【Side シグナム】
全身から汗が滴り落ちる。
対峙しているだけで、精神が擦り減っていくのを感じていた。
転移魔法で連れて来られたのは
私達が立っている場所を円形の観客席が囲んでいる。
しかし、そこには観客の姿は居ない。
居るのは私とヴィータ、シャマル、そして私達をここに連れてきた黒騎士だ。
黒騎士は私達をここに連れてきてから一言も口を開かない。
ただ黙したまま私達を睨んでいた。
ヴィータもシャマルも、その威圧感に言葉を発することが出来ない。
私も同じだ。
強い……素直にそう思う。
未だ剣を交えていないが、この威圧感だけで分かる……間違い無く歴戦の騎士だ。
しかし、委縮するわけにはいかない。
我等は主から彼の相手を仰せ付かったのだ。
だから私達は叩き付けられる威圧を振り払う様に声を張り上げ名乗りを上げる。
「夜天の守護騎士ヴォルケンリッターが烈火の将シグナムと炎の魔剣レヴァンティン」
「同じく、鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン」
「同じく、泉の騎士シャマルと風のリング、クラールヴィント」
「夜天の王、八神はやての命により───」
「貴様を倒す!」「手前をブッ倒す!」「貴方を倒します!」
気勢を上げる私達に対して、黒騎士は厳かにその口を開く。
「聖槍十三騎士団黒円卓第七位大隊長ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
奴の居ないこの世界で既に未練など無いが、俺は此処では加減出来ん。
心して掛かって来るがいい」
奴と言うのが誰のことか分からないが、戦意は伝わってきた。
ならば是非も無し。
「ヴィータ、合わせろ!
シャマルは援護を頼む!」
「任せろ!」
「了解よ、シグナム」
元より、語り合うことなど何もない。
私達は主に彼を倒す様に命じられ、彼は主に私達を倒す様に命じられた。
ならば、これより先に言葉は要らず、ただ剣を交えるのみ。
一撃必殺の能力を使用するには詠唱が必要と聞いているから、まだ使っては居ない筈だ。
しかし、それを抜きにしても迂闊に近付くことは出来ない。
能力は確かに脅威だが、彼の真価はそれではないと私の勘が言っている。
鍛え上げられた巌の様な肉体と微塵も揺らぐことのない精神こそが彼の武器だ。
「レヴァンティン!」
≪Schlange Form!≫
近付くのが危険であるならば、中距離で攻める。
「グラーフアイゼン!」
≪Schwalbefliegen!≫
ヴィータが放った8発の鉄球と私のレヴァンティンの連接剣が黒騎士へと同時に襲い掛かる。
威力よりも回避されないことを重要視して放った攻撃だ、このタイミングであれば絶対にかわせない。
奴が防御体勢に入ったら波状攻撃で畳み掛ける。
今は使っていないとは言え、相手が一撃必殺の能力を持っている以上は守りに入るのは自殺行為。
相手に行動を許さない様に立ち回る、攻撃は最大の防御だ。
「憤!」
そんな私とヴィータの思惑は黒騎士の拳の一撃で文字通り吹き飛ばされた。
腰からの回転により繰り出される理想的な一撃、何も無い虚空に向かって放たれた拳撃によって齎される風圧は私のレヴァンティンとヴィータの放った鉄球をあっさりと吹き飛ばしたのだ。
「な、手前!?」
「馬鹿な!?」
驚愕の余り棒立ちになる私達に対して、黒騎士は一足飛びに踏み込むと左の拳を私に向かって叩き付けてくる。
「シグナム!」
シャマルの声と共に、私は自身の身が軽くなったのを感じて反射的に後ろに飛び下がる。
私が飛び退くのと同時に黒騎士の拳が叩き付けられ、小さなクレーターが地面に出来る。
只の拳撃で齎されたその結果に、私は思わず青褪めた。
「助かった、シャマル」
「どういたしまして」
さっきのタイミングでシャマルが支援魔法を掛けてくれなかったら、私は今の攻撃をかわしきれなかっただろう。
一撃必殺の能力でなければ即死はしないだろうが、それでも今の恐るべき威力の攻撃をまともに喰らっていたら戦闘継続出来たか怪しい。
「やはり、強い」
最初に思った通り、強い。
ただ想定外だったのは、私とヴィータの放った中距離攻撃を拳圧で相殺されたことだ。
中距離で一方的に攻め立てれば勝ち目があると思っていたが、そうはいかないらしい。
勿論、紫電一閃等の威力の高い攻撃を繰り出せば拳圧を超えることは出来ると思うが、先程の強襲を見る限りではこの距離でそんな隙を見せたらあっと言う間に潰されるだろう。
ならば矢張り……
「接近戦、しかないか」
当然、リスクは跳ね上がる。
しかし、元々遠距離が不得手な我等としては中距離が駄目ならば近距離しかない。
ヴィータに目配せをすると、頷き返してきた。
「ゆくぞ……」
「
「!?」
接近戦を仕掛けようとした私達の機先を制すように、黒騎士は徐に言葉を紡ぎ出す。
その様に驚き、思わず動きを止めてしまった。
「
まずい、奴は能力を使うつもりだ。
何とか止めねば……。
「
詠唱の妨害をしなければならないと、頭では分かっていても膨れ上がり続ける威圧感に気圧されて足が動かない。
「
何も出来ない私達の前で、詠唱は終わりを告げる。
「
その瞬間、奴の両腕の鉄腕が巨大化した様な錯覚に襲われた。
我に返って見れば、外見上は先程までと何ら変わりは無い黒騎士の姿があった。
しかし、違う。
先程までとは何かが決定的に違うと、幾多の戦場を駆け抜けてきた私の騎士としての勘が訴えている。
「ハッ!」
吶喊してくる黒騎士の姿に、私は必死に距離を取った。
一撃でも喰らったら終わりだ。
しかし、このまま逃げ続けていてもいつかは捉えられる。
リスクは高いが、攻めなければならない。
「ヴィータ、シャマル!」
「ああ!」
「いけるわ!」
パワーもスピードも相手の方が上、その上非常に危険な能力を持っている。
そんな相手に一対一で立ち向かっても勝ち目は無いが、こちらは3人だ。
「もう一発行くぜ!」
≪Kometfliegen!≫
ヴィータが先程よりも大きな、人の頭ほどある鉄球を作り出してデバイスで叩いて黒騎士へと撃ち出す。
黒騎士はその鉄球に向けて右の拳を突き出した。
幾ら黒騎士の拳に威力があろうとも拉げそうな質量とスピードだったが、鉄球は黒騎士の拳が触れた瞬間に粉々に砕け散った。
あれが……幕引きの一撃か。
「シャマル!」
「戒めの鎖!」
黒騎士は鉄球を破壊する為に右の拳を撃ち出した状態だ。
その右腕にシャマルの放ったバインドが絡み付く。
突き出した状態の腕を拘束されればそう簡単には抜け出せない、千載一遇の好機。
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
≪explosion!≫
レヴァンティンからカートリッジが排出され、魔力が噴き上がる。
噴き上がる魔力は炎となって、刀身に絡み付いた。
私は腕の拘束を引き千切ろうとしている黒騎士に一気に接近すると、右手に持った剣を左薙ぎに振り抜く。
「紫電一閃!!!」
完璧なタイミングだ、倒し切れずともかなりのダメージを負わせるだろう……そう思って剣を叩き付けた私はその異常な感触に瞠目し驚愕の余り硬直する。
レヴァンティンの刀身を右脇に受けながら、微動だにしていない彼の姿がそこにはあった。
「馬、馬鹿な……無傷だと!?」
「シグナム、逃げて!」
「避けろ、シグナム!」
驚きの余り敵の眼前で動きを止めてしまった私は絶好の的だった。
黒騎士の右碗が私の胸に向かって正面から突き出されてくるのが見えた。
まずい、かわさなければ……そう思うが動きの遅れた私の脚は0.5秒程間に合わない。
そうして、私は黒騎士の拳撃を受けて吹き飛ばされた。
「「シグナム!!?」」
20メートル程も吹き飛ばされた私だが、何とか立ち上がり体勢を整える。
レヴァンティンを構える私の視界の端で、レヴァンティンの鞘が粉々になった。
本気で死を覚悟したが、かわせないと悟って咄嗟に鞘を盾にしたことが功を奏して何とか生き延びた様だ。
「よかった、シグナム」
「ビビらせんじゃねーよ」
安堵した様子を見せるヴィータとシャマルの姿に申し訳なく思うが、今はそれどころではない。
奴は私が全力で放った紫電一閃を無防備に受けて無傷だった。
攻撃を防いだわけではない、素の防御力が私の全力の攻撃を上回ったのだ。
これが霊的装甲……一定以下の規模の攻撃を無効化する聖槍十三騎士団の護り。
そして拙い、紫電一閃が無傷だった以上、他の攻撃も殆ど通じないだろう。
奴にダメージを与えるには、高町の様な砲撃魔法か主はやての様な広範囲殲滅魔法が必要だ。
私もヴィータもシャマルも、そこまで極端に規模の大きな攻撃手段は持ち合わせていない。
攻撃が通じない以上、勝ち目はゼロだ。
≪シグナム……ヴィータちゃん……≫
≪シャマル、どうした?≫
念話で話し掛けてきたシャマルに応答する。
無論、そんな素振りは見せないままだ。
わざわざ念話を使用した以上、内密でないと出来ない話なのだろう。
≪シグナムの紫電一閃でもダメージを与えられない以上、私達の攻撃では彼を倒すのは多分不可能ね≫
≪ああ≫
≪悔しいけど、シャマルの言う通りだな≫
どうやら、シャマルもヴィータも私と同じ結論に至った様だ。。
≪それでね、1つだけ彼を倒す方法を思い付いたの≫
≪何!? 本当か?≫
≪マジかよ!?≫
先程攻撃が通じないことを認めたと言うのに、シャマルは何故か勝つ方法を思い付いたという。
正直信じ難かったが、シャマルの説明を聞いて納得すると同時に顔が引き攣るのを止められなかった。
≪本気か、シャマル≫
≪私も出来ればやりたくないから、他に良いアイディアがあるなら聞くけど?≫
≪……ないな≫
あればとっくに言っている。
≪あ~もう! 死ぬんじゃねえぞ!≫
どうやら、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「相談は終わったか?
ならばそろそろ決着を付けるとしよう」
こちらが念話で話をしているところ察していたのか、黒騎士が問い掛けてくる。
相談中に仕掛けて来なかったのは騎士道精神に拠るものか。
「先程の攻防で理解出来ただろう。
お前達の攻撃では俺は倒せん。
諦めて終焉を受け入れることだ」
「悪いが、それは出来ん」
≪Panzergeist≫
私はフィールドタイプの防御魔法を展開する。
「……そんなもので、俺の拳は防げん」
「それはどうかな?
やってみなければ分からんだろう」
自分で言っていてなんだが、防げないのは分かっている。
幕引きの一撃の前には無力だし、それ無しでも奴の攻撃の威力では防ぎ切れないだろう。
「そうか、ならばそのまま散るがいい」
そう言うと、黒騎士は拳を振り被りながら吶喊してくる。
私は防御を信じてその場から動かない。
≪Schwalbefliegen!≫
横合いからヴィータが鉄球を放つが、黒騎士は意に介さずに向かってくる。
奴の防御力なら無防備に喰らったところでダメージにはならないのだから、それも当然だろう。
しかし、ヴィータが狙ったのは奴ではない……私だ。
「ぐっ!!」
「何!?」
横合いから放たれた4発の鉄球が直撃し、私はそのまま撥ね飛ばされる。
防御魔法で威力の大部分を封じているとはいえ、肋骨が数本折れたかも知れない。
しかし、その代償を払ったことにより私は黒騎士の拳の射線上から逃れることに成功する。
まさか味方を撃つとは思っていなかった黒騎士は瞠目し、反応が遅れる。
拳を止めることが叶わずに、先程まで私が立っていた場所に空振りすることになった。
「ガッ!?」
いや、正確には空振りではない。
奴の拳撃が叩き付けられた場所には、円状のリングによって極彩色の空間が形作られている。
シャマルの特殊魔法──旅の鏡だ。
黒騎士の右腕はその空間の中に入り込み、そして奴自身に突き刺さる──
──筈だった。
「………………あ…………」
ポツリと言葉を残して、シャマルが自身の胸部に突き刺さった拳を呆然と見る。
黒騎士の拳は旅の鏡を何事もなかったように掻き消すと、そのまま背後に居たシャマルに叩き付けられたのだ。
シャマルはそのまま光に融けて消滅する。
「「シャマル!?」」
シャマルの立てた作戦は旅の鏡で奴の幕引きの一撃を奴自身に当てることだった。
その為には、奴の攻撃を直前でかわして旅の鏡に誘い込む必要があったが、普通にかわした場合に攻撃を止められる可能性があり、それを防ぐために意表を突く狙いでヴィータの鉄球を私に当てて射線上からかわすと言う方法を採った。
しかし、黒騎士の拳は空間接続までの「触れた」と見做して一瞬で搔き消したのだ。
「ッ! 避けろ、シグナム!」
その結果と対処する方法が無くなった事に対してほんの僅かだけ思考停止してしまった私に、ヴィータから警告が発せられる。しかし、それによって我を取り戻した時、既に私の視界は巨大に見える黒い鉄の拳で埋め尽くされていた。
「申し訳ありません……主はやて」
「シグナム!!」
ヴィータの叫ぶ声を遠くに感じながら、私の意識は途絶えた。
(後書き)
幕引きの一撃は拳が当たれば物質・非物質・概念問わずに破壊出来ます。
問題は「拳が当たれば」と言う点。
空間を接続する旅の鏡が「触れる」対象になるのか否か。
ここではなる前提で書きましたが、議論の余地があるかも知れません。