「無駄ですよ」
黒い軍服を着た手足の長い男が、浴びせられる射撃魔法の雨を身軽にかわしながら言葉を続ける。
100を超える射撃を掠ることすらさせずに回避する男の身のこなしは超絶的で、攻撃する者達は焦りを募らせる。
「数で囲むのは確かに有効な手段ですが、絶望的に開いている差を埋めることはそれだけでは難しい」
男が手を振るうと、見えない糸によって周囲を囲む管理局員達の身が切り裂かれ、デバイスが切断されていく。
「残念ながら、貴方達では何人集まっても私を捕えることは出来ません」
舞っていた男が地面に降り立った時、周囲には既に立っている人間は居なかった。
「不甲斐ないとは言いませんよ。厳然な実力差とはこういうものです」
ミッドチルダの首都クラナガンを襲った7つのロストロギア反応と8ヶ所で起きた次元断層の予兆。
その内の一角でこの惨劇は起きていた。
管理局員は数十人で以って男を囲み攻撃を仕掛けたが、有効打を与えることなく一掃された。
地上本部の部隊員で構成された捕縛部隊は隊長クラスでAランク魔導師、隊員の殆どがBランク以下で構成されていた。
これは地上本部の部隊としては極めて平均的な構成であり、数日前に解決したばかりのJ・S事件により被害を受けた地上本部が現状で繰り出せる最大限の戦力だった。
対する男は爬虫類じみた容貌の手足のひょろ長い男で、黒い軍服を纏っている。
つい先日まで周囲を囲む者達と同じ管理局に所属していた……否、潜伏していた彼はAAランクを取得している。
しかし、ここで圧倒する姿を見れば、それは男の戦力を正しく表すランクとは思えないだろう。
明らかにSランク以上の戦闘力を以って、管理局員達を鎧袖一触の勢いで薙ぎ払ったのだから。
「さて、お客さんはこれでお仕舞いでしょうかね」
襲い掛かる者達を迎撃し、スワスチカの防衛という任務を遂げた彼、ロート・シュピーネはひとりごちた。
管理局に潜伏する任務は彼にとって難しいものではなかったが、同時に酷く窮屈でもあった。
かつて、上官達に怯えてその復活の妨害を企てた彼ならば、上官達から離れることの出来る潜伏任務は喜ばしいものであってもおかしくない筈だが、今の彼は漸くそこから解放されたことを素直に喜んでいる。
何故なら今の彼はかつてと違い、真に獣の爪牙となっているからだ。
この世界に来た直後は処罰を下される可能性に怯えもしたが、既に1000年も経過すればそれもない。
ラインハルト・ハイドリヒの総軍に取り込まれた彼にとって、上官達は恐ろしくはあっても忌避する対象では既に無いのだ。
故に、与えられた命令は忠実にこなし完遂する。
「…………おや?」
かつての自分を振り返って苦笑していたシュピーネは、新たにこの場に現れた者達の姿に気付いて疑問の声を上げる。
現れたのは矢張り管理局員だが、先程まで戦っていた相手と異なり2人だけ。
それも、10歳かそこらの子供としか言いようがない年齢だ。
「そこまでです!」
姿を現したのは茶色の髪の槍型デバイスを持った少年と、紫の長髪の少女の2人。
潜伏時に機動六課の後見役を務めていたシュピーネは当然その2人のことを知っている。
「確か、ライトニング分隊のエリオ・モンディアル君とルーテシア・アルピーノさんでしたか。
私に何か御用ですか」
「「っ!」」
自分達の名前を的確に把握されていることに、エリオとルーテシアの2人は警戒心を抱く。
目の前の相手は数時間前まで自分達の部隊の後見役を務めていた相手であり、おそらく名前だけでなく様々な情報を知られてしまっている。
戦闘スタイルや得意技などが事前に知られている……戦うに当たっては非常に不利と言えるだろう。
しかし、臆して引くわけにもいかない。
「貴方を捕縛しにきました」
「あと、ロストロギアの封印処理」
「成程、つまりはここに転がっている彼等と同じということですね」
そう言うと、シュピーネは周囲に注視させるように手を翳す。
そこに転がる血まみれで呻く局員達の姿に、エリオとルーテシアの2人は顔を青褪めさせる。
半分程は既に絶命しているが、残り半分はその身を切り裂かれながら苦痛の声を上げている。
幼い2人の戦意を削ぐには十分な凄惨な光景だ。
「理解出来た様ですね、こうなりたくなかったらそのまま帰ることをお勧めしますよ」
「それは……出来ません」
「何故です?」
血臭に怯えながらも、戦意を完全には失わないエリオ達の姿にシュピーネは不思議そうに問う。
「八神部隊長もフェイトさんも、僕達の力を信じて作戦に加えてくれました。
今も一番大変な戦場であの人達が戦っているのに、僕はここから逃げるわけにはいきません」
「エリオ、『僕』じゃなくて『僕達』」
「ルー…うん、一緒に戦おう」
凄惨な戦場だと言うのに桃色の空気が醸し出され、シュピーネは引き攣った顔で後ずさる。
「よろしい、分かりました。
ならば聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート・シュピーネ、お相手仕りますよ」
「エリオ・モンディアル、いきます!」
言うが早いか、エリオはストラーダを構えて突撃を掛ける。
「思ったより速いですね、しかしその程度では……」
「ブーストアップ・アクセラレイション」
エリオの突進を余裕でかわそうとするシュピーネだが、その直前にルーテシアが機動力強化の支援魔法をエリオに行使する。
その途端、突進の速度が上がりかわせる筈だったシュピーネの目算を崩す。
「ぬぁ!?」
かろうじて回避するが完全ではなく、腕に掠ってバリアジャケットでもある騎士団服が切り裂かれる。
その上、エリオは止まらない。
通り過ぎたまま弧を描く様に回って再びシュピーネに向けて吶喊する。
「ブーストアップ・ストライクパワー」
「くっ……」
機動力に加えて攻撃力まで強化され、シュピーネは堪らずその場から飛び退く。
「思ったよりもやりますね。
少なくともここに転がっている局員達よりは遥かに手強い」
Sランクオーバーの実力を持つシュピーネに対し、エリオはAAランク程だろう。
しかし、ルーテシアの支援魔法によってAAAランクに迫る力を見せている。
地力ではシュピーネの方が勝るとはいえ、油断すれば喰われる程度の差しか存在しない。
「ならば仕方ありません。
私の聖遺物をお見せするとしましょう」
その言葉にエリオとルーテシアは警戒のギアを一段上げる。
「
詠唱と共にシュピーネの両手の指から鋼糸が伸びる。
「
これに捕らえられたが最後、黒円卓の騎士団員でも無ければ逃れることは出来ませんよ」
そう言うと、シュピーネは両手を交差する様に振るう。
10本のワイヤーは波立つように弧を描きながら、エリオの左右から襲い掛かる。
「くっ!?」
左右から襲い掛かるワイヤーを避ける為に、エリオは敢えて前へと踏み込んだ。
ワイヤーは大きく弧を描く様に襲ってきており左右に逃れるのは不可能、かといって後ろに下がればジリ貧だ。
「お見通しですよ」
「がっ!?」
それしか選択肢が無いと言うことは、相手にとっても行動が読めると言うことでもある。
行動を読んで先回りしていたシュピーネに腹を蹴り飛ばされ、エリオは軽々と吹き飛ばされる。
「エリオ!?
……インゼクト!」
痛撃を受けたエリオの姿に、滅多に表情を変えないルーテシアも顔色を変えて怒りを示す。
そのまま無数の蟲を召喚して、シュピーネに差し向ける。
「ふむ、当たった所で何ともないでしょうが、気分は良くないですね」
エリオの攻撃と異なり、インゼクトではシュピーネの霊的装甲を突き破れない。
放置した所で影響は無いが、無数の蟲にたかられるのはダメージが無いと分かっていても避けたいのだろう。
シュピーネは両手のワイヤーを巧みに振るい、近付いてくる蟲を細切れにしていく。
その様子にルーテシアは焦りを募らせる。
「どうやら打ち止めの様ですね」
蟲を一通り処理し終えたシュピーネは、ルーテシアに向かってニヤリと嗤う。
「さて……おっと」
そのままルーテシアの方へと近付いていったシュピーネだが、何かに気付いたのか飛び下がる。
次の瞬間、先程までシュピーネが居た場所にストラーダを振り切ったエリオの姿があった。
「危ない危ない」
からかう様に苦笑するシュピーネの姿にエリオはギリッと歯を食いしばる。
「まだ動けるのには感心しましたが、無傷と言うわけではないようですね。
先程の私の攻撃で肋骨が数本いかれてるのでしょう」
シュピーネの蹴撃をまともに受けたエリオは苦痛に顔を顰めながらも槍をシュピーネに向けることを止めない。
「その戦意は大したものですが、その状態で私の聖遺物を避けられますか?」
そう言うとシュピーネは先程と同じ様に今度は左手のみで5本のワイヤーをエリオに向けて放つ。
先程と違うのは左右から弧を描く様な軌跡ではなく、真っ直ぐに突き出される様に放たれたことだ。
弧を描く攻撃と異なり、左右にかわすことは可能。
「くっ」
「っ!?」
かろうじて全てのワイヤーをかわし切るエリオ。
「お見事、しかし
「…………え…?」
ワイヤーをかわしたエリオが立っていたのはシュピーネとルーテシアの中間だった。
真っ直ぐに放たれたワイヤーはエリオがかわしたことにより、そのまま後ろにいたルーテシアを襲いその身を拘束する。
「ルー!?」
エリオは慌ててルーテシアを拘束するワイヤーをストラーダで切断しようとする。
しかし、ワイヤーは硬くデバイスを軽々と弾いた。
「あぐっ!?」
それどころか、ワイヤーを引っ張る形となって縛られているルーテシアが増した締め付けに苦痛の声を上げる。
「先程言った通り、このワイヤーを切断出来るのは黒円卓の騎士団員くらいですよ。
それに、ワイヤーへの攻撃は拘束されている彼女を苦しめるだけですからお勧め出来ませんね」
「ルーを放せ!」
「お断りしますよ。
放して欲しければ、力尽くで来られたら如何ですか」
挑発にカッとなりストラーダで切り掛かるエリオに、シュピーネは左手でルーテシアを拘束したまま右手のみでワイヤーを振るってエリオの攻撃を捌く。
シュピーネが片手で対処している為一見互角の戦闘が繰り広げられるが、状況はエリオの方が不利だ。
如何に才能があり訓練をしていても、エリオはまだ10歳の子供でしかない。
戦闘向けではないとはいえ、黒円卓の騎士団員であるシュピーネと比べれば体力の差は明らかだ。
最初は互角だった攻防も次第にシュピーネの方に傾いていき、エリオはあちこちを切り裂かれながら何とか致命傷を避けるだけの状態に陥ってしまう。
お互いが飛び下がった時、その形勢は見た目でも明らかだった。
全身から血と汗を流しながら肩で息をしているエリオに対して、シュピーネは無傷のまま息1つ乱していない。
「ここまでの様ですね。
いえ、貴方はよく頑張りましたよ。
私を相手にここまで奮闘したことは胸を張っても良いでしょう」
「…まだです!」
エリオは一瞬後ろに対して意識をやると、ストラーダを改めて構える。
「自棄になっての特攻ですか?
まぁ、別に構いませんが」
「ストラーダ!」
シュピーネの言葉には耳を貸さず、エリオはただただ集中力を高めて過去最高の力を相棒である槍型デバイスへと籠める。
そして、吶喊する。
「飛んで火に入る夏の虫とはこういうことですね」
対するシュピーネはルーテシアの拘束を解き、両手のワイヤーを用いてエリオの正面に蜘蛛の巣状の罠を張る。
エリオさえ押さえればルーテシアを再度捕える事など簡単だという判断だ。
正面に形成された蜘蛛の巣にエリオも気付くが、自身の出せる最高速に到達している彼は止まることが出来ない。
しかし、彼は目を閉じずに真っ直ぐにシュピーネを見据えながら、自分をズタズタに切り裂くであろう蜘蛛の巣に突入する──
──直前で、エリオの姿が忽然と消えた。
「は? うごお!?」
何が起こったか分からずに呆然とするシュピーネ。
しかし、次の瞬間その後頭部に何かが猛烈な勢いでぶち当たった
シュピーネは堪らず意識を失い、そのままゆっくりと前に倒れる。
シュピーネの後頭部に当たったそれは、そのまま真っ直ぐに飛ぶとスピードを落とし、丁度ルーテシアの前に降り立った。
「ナイスサポート、ルー」
「ん、当たり前」
それは姿を消した筈のエリオだった。
ルーテシアは召喚魔導師であり、逆召喚による転送も得意としている。
あの瞬間、真っ直ぐに進めば蜘蛛の巣に突っ込むしかないエリオを逆召喚によってシュピーネの後に転移させたのだ。
「それじゃルー、ロストロギアの封印お願いね」
「任せて」
(後書き)
カイン&リザ、神父、中尉、螢は纏めて一話で片付けたにも拘らず、一話丸ごとVSシュピーネさん。
いえ、dies原作において共通ルートで脱落した彼は先に挙げた面々と比べると出番が単純計算で4分の1なわけで、ならばこのくらいの待遇は許されるのではないのかと。