【Side 高町まどか】
全管理世界を襲った未曾有の惨劇から半年、私は地球の実家に戻って来ていた。
管理局を辞めたわけじゃなく……そもそも管理局と言う存在自体が無くなってしまったためだ。
地上本部はまだそれなりに組織としての体を為しているが、本局の方は完全に壊滅状態だった。
あの時、褒美をやると言われて望みを聞かれた私が望んだことは「私や家族、友人達の安寧」だった。
その望みは受け入れられ侵攻は止まった──但し一時的に。
私や家族、友人達が生きている間は戦争も流出も行わないと言う約束だが、逆に言えば私達の寿命がリミットということでもある。
仮初の平和……それが私達が戦って勝ち取れた限界だった。
尤も、本局についてはその時点で破壊し尽くされた後であり、手遅れだったが。
私は実家に戻り、翠屋でアルバイトを始めた。
管理局には未練は無い、元々『ラグナロク』のことがあったことと、高ランク魔導師は見逃して貰えないと言う理由から所属していただけだ。
私はなのはやフェイト、はやて、そして優介の様な正義感の持ち主ではない。
優介は……あの時『城』に乗り込んだメンバーの中で唯一の犠牲者だ。
彼に想いを寄せていたなのははショックで実家の部屋に暫くの間閉じ籠っていた。
今では復帰しているが、その理由を知る私としては複雑だ。
優介の脱落により『ラグナロク』の生き残りは私とラインハルトの2人だけとなった。
そして、昨日……正史であれば機動六課の解散日であったであろう日を迎えた。
それはつまり、『ラグナロク』の期限が終わったことを意味する。
残存2名であればサドンデスも発動しない……私は生き延びたのだ。
これまでは生き延びることだけを望んでいた為、これからどうやって生きればいいのか正直分からない。
管理世界は大混乱に陥っている為に故郷である第97管理外世界に戻ってきたが、この世界での私の学歴は中卒だ。
アルバイトなら兎も角、就職もかなり厳しい。
取り合えず、翠屋でアルバイトをしながら高認取って短大に入ろうか。
そこまで考えた所で、カランカランと言う音が鳴ったので接客に向かう。
「いらっしゃいま……げ」
扉を開けて入ってきた人物の顔を見て、思わず間抜けな声を上げてしまった。
鏡が無いので分からないが、今の私は相当渋い顔をしていると思う。
「……相変わらず、変わった接客だな」
そこに居たのは、半年前に死闘を繰り広げた相手である人物だ。
地球に居る為、流石に軍服ではなくスーツを着ている。
実のところ、彼が翠屋にやってくるのは今に始まった事ではなく、月に数回というペースで訪れている。
正直私としてはこの上なく複雑な心境なのだが、彼の方は全く気にも留めていない様だ。
尤も、そんな彼とよりを戻したフェイトも相当だと思うが……。
「いつものでいいの?」
「ああ」
彼を席に案内して注文を取る……と言っても、慣れたものであるため既に聞く必要もない。
時間帯的に空いている為、4人席にしておいた。
私は父さんからブレンドコーヒーを2つ受け取ると、シュークリーム3つを2つと1つで2枚の皿に乗せて運ぶ。
「ん?」
頼んだ以上のものを持ってきた私に彼は首を傾げるが、私は構わずに彼の前にシュークリームが2つ載った皿とコーヒーを置く。
そして、残った皿とコーヒーを反対側の席に置いて座った。
「休憩入ってこいって言われたのよ。
フェイトとの待ち合わせなんでしょ?
来るまで居させて貰うわ」
「ふむ、まあ構わんが」
彼が昼過ぎに来るとちょくちょく母さんに休憩を取らされる。
どうも、就職すら怪しい娘を片方だけでも永久就職させようという意図が透けて見える。
優介が亡くなった今、男性で私が会話する相手は家族を除けば彼とクロノくらいだから仕方ないのかもしれないが、母さんは彼がフェイトと付き合ってることを知ってるでしょうに。
色々複雑な相手だから敬語を使う気にもなれなくて普通に話していたのだが、どうやら傍から見れば気易い仲に見えてしまったようだ。
「……なのはは相変わらず?」
「ああ、毎日飽きずにザミエルに挑み、松田優介に介抱されているな」
そう、ショックで閉じ籠っていたなのはは現在、虚数空間に戻された彼の『城』に押し掛けて居座っている。
そんなことになった理由は、閉じ籠ってばかりでは身体に悪いと翠屋に連れ出した時に、偶々彼が居合わせてしまったことだ。
優介を直接殺したのは赤騎士だが、元を正せば責は彼にある。
そもそも、赤騎士自体が彼の一部であるから尚更だ。
当然、彼はなのはにとっては想い人を殺した仇であり、一触即発の危機となった。
「彼を返して!」と泣き叫びながらくって掛かるなのはを何とか止めようと羽交い絞めにする私。
が、目の前の皇帝様は全く空気を読まずに「なら会いに来るか?」と気軽に返した。
彼の能力は彼や彼の戦奴が殺した相手の魂を自身のレギオンに加えること。
吸われた魂は『城』の礎となるが、形成位階に相当する強度を有した魂は自身を実体化することができる。
優介の魂は実体化には十分であり、『城』に行けば会うことが出来てしまうのだ。
生き返ったわけではないが、見えて話せて触れられるならそれは生きているのと変わらない。
勿論、死者の魂が実体化しているだけなので歳は取らないし死ぬこともない。
共に生きることは出来ないから何れは問題となるだろうが、なのはの心が癒えるまで今しばらくは好きにさせておこうと思う。
なお、ヴィヴィオについては父さんと母さんが引き取った形になっている。
「自分も優介と同じになりたいなんて言い出して無いでしょうね?」
「今のところは言っておらん。
が、もし言われたらどうするかね?」
問い掛けに、私は思わず頭を抱えた。
彼が私に聞いてくるのは、私の願った「私や家族、友人達の安寧」のためだろう。
この場合、なのはの望みを叶えて優介と共に過ごせる様にするのが安寧なのだろうか……。
「……ちょっとすぐには答えを出せないわ。
保留にさせて」
「まぁ、それも良かろう。
言い出すとしても年齢差が気になる頃であろうから、未だ猶予はある」
「そうね……」
ちなみに、この悩みはなのはだけでなくフェイトにも同じことが言える。
彼女は恋人(?)であるラインハルトだけでなく、母親と姉もそちら側である為にまず間違いなく自分もそうなることを望むと思う。
「そう言えば、1つ聞きたいことがあったんだけど……」
「何かね?」
答えがすぐに出せない問題は横に置いておき、前々から気になっていたことをこの機会に聞いてみることにする。
「8年位前に私がガジェットに撃墜されて植物状態に陥ったことがあったでしょ。
あの時、奇跡的に意識を取り戻す事が出来たけど……あれ、貴方の仕業?」
植物状態に陥った人間が自然治癒で復帰する可能性はゼロではないが限りなく低いだろう。
では、自然治癒ではなく誰かの手に拠るものだったとして、そんなことが出来る者がいるだろうか。
管理局本局の医療技術でも匙を投げられた以上、この世界の力では不可能だ。
残った可能性──転生者の情報が全て集まった今、私の出した結論は彼くらいにしか出来ないというものだった。
「ふむ、そう言えばフェイト嬢に相談を受けてバビロンに治させたことがあったな」
「やっぱりそうなのね……お礼を言うべきかしら?」
殆ど確信していたが、複雑な心境だ。
不倶戴天の敵が命の恩人だったわけだから。
「要らんよ、元より卿のためにさせたことでもない」
「じゃあ何のためだったのよ?」
感謝の気持ちが少し目減りした。
これで、フェイトが哀しむのを見たくなかったとか惚気られたらどうしてやろうか。
しかし、私の予想に反してラインハルトは手に持っていた物を挙げて一言告げた。
「これのためだ」
「は?」
その手にあるのは食べ掛けのシュークリーム。
どういうこと?
「この店のシュークリームとコーヒーは気に入っているのだがな。
卿が撃墜された時は店が休業してしまって食すことが出来ずに不満だった。
故に、卿が治れば店は再開すると思ってバビロンを派遣したのだよ」
つまり、シュークリームとコーヒー>私ってこと?
……怒るのを通り越して、疲れた。
「そんなに気に入ってても、流出で世界を飲み込んだら味わえなくなるわよ」
「む……」
ちょっとした意地悪のつもりで言った一言だったが、真剣に悩み始めてしまい思わず慌てる。
「ちょ、ちょっと……」
「確かに、これが味わえなくなるのは損失だ。
彼等を私のレギオンに加えればいつでも……いや、魂の強度が足りないか」
不穏なことをのたまい始めたラインハルトだが、ふと言葉を止めて私の方を真っ直ぐに見詰めてくる。
改めて見ると、とんでもない美形だ。
フェイトがあっさり堕ちたのも少し分かる。
彼に真剣な表情で見つめられ、多分今私の顔は真っ赤になってるだろう。
「卿が店を継いで味を受け継いでから私のレギオンに加われば全て解決するな」
「って、勝手に私の将来を決めないでよ!?」
しかも、シュークリームとコーヒー目当てで!
「私には卿の存在が必要なのだ」
「え、あ、ちょ……!?」
両手を掴まれ、そんな言葉を告げられる。
傍から聞けば愛の告白にしか聞こえない台詞で、食欲によるものだと知っていても顔の紅潮を抑えられない。
「そ、そんな……ラインハルトさん!?」
横合いから、悲鳴染みた声が上がる。
聞き慣れた声にそちらを向くと、そこには予想通りめかし込んだフェイトが居た。
が、どうも様子がおかしい。
顔は真っ青だし、目は潤んで涙を流す寸前だ。
一体何が……と考えて、今の私の状態に気付く。
デートの待ち合わせで店を訪れたら、そこには恋人である筈の男性が自分の幼馴染の手を握り締めている姿……。
彼は幼馴染に告げる……「私には君が必要なんだ」
その言葉に幼馴染は顔を赤らめながらも頷き、やがて2人の唇が……。
「ち、違うわ。間違っているわよ、フェイト!」
「前から少し怪しいと思っていたの……」
「いや、ホントに誤解だってば!
お願いだから、話を聞いて!?」
「ああ、来たかフェイト嬢。
丁度いい、卿も彼女を口説くのを手伝って貰いたい」
「これ以上話をややこしくしないで!?」
しばらく混乱が続いたが、一度席に付いて話をしようと言うことになり何とか落ち着くことが出来た。
私は元々座っていた彼の正面の席をフェイトに譲って横にズレ、彼の横には栗色の髪の少女が……
「って、誰!?」
いつの間にか知らない女の子が席に座っており、シュークリームを満足そうに頬張っている。
「ごきげんよう、私はイクスヴェリア・ハイドリヒと申します」
「イクスヴェリア!? ……って、今ハイドリヒって言った?」
イクスヴェリアって……冥府の炎王イクスヴェリア?
でも、ハイドリヒと言うことは……。
窺う様に彼の顔をチラと見ると、彼は頷いた。
「私の今生での妹に当たる」
「妹さん……?」
そう言えば、ガレアって彼女の国だったわね。
帝国じゃなくて王国だった筈だけど。
「ところでイクス、何故卿がここに居る?
国の方はどうした」
「少々聞き捨てならない噂を耳にしたため、直接様子を見ることにしました。
勿論、私が不在にしても動けるように指示はしてあります」
「噂?」
「ええ、何でも兄様にお付き合いされている女性が出来たとか」
空気が冷えるのを感じた。
イクスヴェリアの絶対零度の視線はフェイト……とついでに私に向けられている。
……って、何で私まで!?
「ふむ、事実ではあるな」
「ッ!?」
イクスヴェリアの顔が盛大に歪む。
何となく理解出来たけれど、彼女はどうも実の兄にただならぬ想いを寄せている様だ。
「私を抱いたことをお忘れですか、兄様?」
「ぶっ!? げほっごほっ」
想いどころじゃなかった、しかも既に行き着くところまで行ってる?
飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになり、慌てて抑えた結果気管に入ってむせてしまった。
「だ、抱い……っ!?
あ、貴女とラインハルトさんは実の兄妹なんですよね?」
「そうですが、それが何か?
言っておきますが、近親相姦とかの指摘は無意味ですよ。
私も兄様も皇族であり、血統の純度を保つことは義務です」
た、確かに中世ヨーロッパの皇族では兄妹での結婚なんて普通だったって聞く。
前世も今世も一般人の私には理解出来ないけれど、そういう階級の人にとっては当たり前なんだろうか。
「私に寿命と言う概念が無い以上、ガレア帝国で血統や血筋などは求められていない筈だが」
「む……確かにそうかも知れませんが、正妃になる以上は相応しい格が求められるのも事実です」
「せ、正妃……?」
「そこ、顔を赤らめないで下さい。
誰も貴女の事なんて言ってません」
飄々としたままのラインハルト、隙あらば惚気に走ろうとするフェイト、澄まし顔の様でいて悪巧みしたりツッコミに回ったりと大忙しのイクスヴェリア。
そして、それを横から眺めている私。
色々と混沌としているけれど、それが恋愛についてであるなら平和な話で済むだろう。
咄嗟に告げてしまった願いだけれど、こうして過ごせるのならば悪くなかった選択なのかも知れない。
そう1人ごちて、私は目の前の喧騒を眺めながらコーヒーに口を付けた。
Bad End 「穏やかな日々」
(後書き)
以上、Bad Endでした。
え? こっちがGoodEndじゃないかって?
いえ、一応この小説の主人公は獣殿で……(以下略)
次話の後日談としての各人のエピソードを以って、締めたいと思います。