凹凸の記 第一章 凹編   作:さちばうま

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本著は骨董市で蒐集した凹凸の記を現代の用語に起こしたうえ再編集をおこなったものである。一部筆が乱れているところがあるがご容赦願いたい




第一章 凹編

8月12日 月

 

9時頃大どんぶりのお汁粉を前触ぶれに

山より御同勢8人が船にて押し寄せ、逗子の浜に上陸しようと画策するが

朝になっても用意の出来るわけもなくとてもよくテンテコマイして

ようやくお客を迎えた。

10時頃

皆、訪れて皆それぞれ仕舞とにかくしぶしぶ行う我

昼も近づきし時とて、目もくらみ始めた。何の用もなくとりあえずぼんやりと

海の方を眺めやりすごす。夢うつつに待ち侘し活弁さんの姿、青義のように浮かびて

あとはくわしく御察しありたし 朝の当番 猫又(いやいや記す)

 

年頃活弁さんの父君訪れた、その一同寝転んでよもやま話をした

夕食後、御一同連れ沿ってトム君のお手紙を出すために郵便局に寄る

葉山に電話をかけて広告に載っていたせんべいを買い求める

帰りも遅くなり帰宅。(菩薩記す)

 

8月13日 火

 

三日続きの 雨のあと

四日続ける 晴のあと

嬉しや今朝も 早くより

彼方の山の 谷間もれ

色も山の名 桜色

ウラウラウラと 朝日影

青く波打つ 麦畑に

照り返したる のどけさよ。

 

おりしも海の かなたより

吹き来りたる そよ風に

きのう都の 塵をさけ

ここに来られし 道女殿

衣の襟を かきあわせ

「なにをすずし」とぞ のたまうに

「などか すずしき この暑さ」

のたまう みれば 大菩薩。

 

勤めいそしめ わらべらよ

日の照らぬ間に いそしめよ

鞘の蝉は わらべらが

暁の夢 安きより

義末の露に 霑(しおり)いて

声の限りに いそしむぞ

つとめいそしめ わらべらよ

涼しき中に いそしめよ

 

山の端(は)もる 暑き日を

軒(のき)のすだれに よけつつも

清水に磨きし 墨つけて

筆を動かし 二人あり

一人はおのが やまと歌

色紙にかけり もひとりは

つれづれ筆を 手習えり

青義繁山 のきに見て

 

壺に茶道具 台にのせ

ふたあし みあし こちらより

みつあしの上に 板のせて

筆はしらせる 紙の上

見れば不思議や アラ不思議

線は作れり ウツワガタ

平たき壺も ふくれ山車

錆びたる茶器も 照りだした

 

部屋のかなたの 片隅に

台をかかえて 手に余る

洋書 繙(ひもと)く 一人あり

日よけの下の 緑台に

青き本もて 寝転びつつ

読み出したる 一人あり

松韻涛声(まついんとうせい) 蝉躁に

耳をも貸さずに 読み耽(ふけ)る

 

やがて昼餉(ひるげ)も 近づけば

日は上りたり 中天に

暑さようやく たえがたく

目は窪みたり 上頭に

ふみかく筆も 読む声も

画をかく筆も ふるえ勝ち

おりしも馬車の 笛の音に

見れば眩しい 海の上

 

いざ遊べよ わらべらよ

日は輝けり 遊べよや

賎家の鶏は わらべらが

いそしみの窓 深きより

背戸の塵土(ちりつち) けちらして

声はり上げて 歌えれば

いざ遊べよ わらべらよ

暑くなりたり 遊べよや

 

読めしふみも おもて閉じ

書けりし筆も 墨洗い

描きてありし 写し絵も

かなたのすみに 押しやつ

皆あつまって これかれと

笑いさざめく ひとしきり

おりから昼餉(ひるげ) 告げる声

たちまち鳴りを 静めケリ

(注 筆は鉛筆のことなり)

 

午後

昼餉(ひるげ)終わってなにかしようかと考えに考えて

今は暑さに耐えがたく学びの道までするような心地せず。

なにおう我が家にあるトランプで遊んで見ようと一興が

カバンの上より持ち来るカードに、しばし退屈をしのぐ

勝ったり負けたり鎬(しのぎ)を削り、髪逆立てて悔しがるやら

歯をむき出していがみかかるやら・・・いつの間にか時間が経ち

面白き事の限りを尽くして気づけば既に午後三時すぎ、

海に行こうと男ども着物着替えてかけ出せば

女ども、二櫛半のはらけ髪、巻き上げもウヤムヤ鉢の水。

揉むや揉まずに巻き上げて、ゴムの帽子に身を固め

海を目指して遅れ走らせ。海が荒いと泣き出す道女、ボートに乗れぬと

怒るは菩薩。それぞれ特殊の芸当にドッと笑うや男の子

「そろいもそろって若伴まわり、少し遊がば、溺れるうちに二行に立ってぼったてろ

早く帰って長湯する」

それから先はいつもの通り、家に帰れば神妙にも教えを守り

早速、お湯をあけ渡す。それから先は忘れたよ

大した事もなかったようだ

悪筆兵衛 一清入道(是ヲ記シ給フ)

 

8月14日 水

 

目をさませば蝉の声こだます。右となりの猫又は今起きんとするところ

菩薩、道女は眠くてたまらんという顔。両人やっと起き上がる。

七時すぎなり。新聞紙は米騒動の記事で賑やか。

皆々読んではオヤオヤ大変大変。

朝食後、机上に齧(かじ)りついて勉強するもなんの寝転んで本読んだり

道女の色紙を覗きこもうとするもあり。皆々その仕事を眺めた。

道女の色紙を覗いて不安に心、落ち着かず気少々狂いたれば、その他は

覚えなさず、これにておしまい。(道女しるす)

 

午後

お昼の飯を食べたので気もおちつき道女のクシロイもおさまりたれば

カードを始めた。その時玄関から「お免」という声もきこえはじめて

色紙のことを思ったら、とんでもないことに三ゆき先生が来た。

猫又ギャフン・・・裾をめくり三ばかりのさわぎ

菩薩も風人も道女も入道も粋なものでカードをつかって奥へ避難してしまった。

そのうち猫又一人で油汗を流して先生をウェルカムしました

 

猫又の勤めもおわりホット一息ついたとき風神と入道、波乗りすべく

でかけました。今日の波はいつもより高い波でした。

彼らは「彼らが波にのまれてしまいはしないか」と彼らの伯母様は言われました

逆巻く怒涛を乗り切らんと泳いでいく二勇士の後を見送ってホロリとしたとはいうまい。ドザエモンがまた一人あったとて入道、青い目をしてあがってきいた

やれやれ、また一人のまれたか、不憫なるじゃ。

夕暮れの静かなあたりを閉ざす頃、皆うちつかれて浜をそろそろ歩きしぬ

失われた一人の者の魂を思いつつ。

小屋に近づけば人々の騒めきあり、急いで行って見れば、ああ無情!

むなしき むくろ 布におしこまれて永久(とわ)に眠っている

 

波の音は低く、我らにここと弾けている

 

富士の高嶺は彼方にそびえ。鳴観小坪の岬に抱かれ沖に緑の江ノ島浮かぶ。

常は白扇、倒れかかかって瀾(なみ)さえ立たぬ逗子の浦。

今日は何たる悪日だ。我、浦の浜辺に立ってみるに白波大波立ちつづく

浜の真砂小を巻き立つ風は物凄く、なぎさの岩に砕くる涛に白泡おびただしく

巻き起こり、ボートを出すべくも見てみれば、オールクラッチ碇(いかり)など

取り片づけて波乗りせんと飛び込めば彼は関をつくって打ちかくる。

その力、その勢い遥か彼方の太洋に住むと聞く鯨の王もおそれるだろう

見えてける。しばし波にもまれ、もまれて行きも耐えなん思いをなすこと幾度。

ふと後を振り向けばなぎさに人あり赤旗を何度も振って我を呼ぶ。

「なにかあるのか」と上り立つと

 

「ホントに馬鹿な野郎だ。この波の中で、いくら泳げるからって・・・・。

・・・・何、達者でネェッテンじゃねえか」

 

何だかさっぱり分からネエからまたドザエモンかと思いつつ仔細を問えば

ここにドザエモンと申すもかしこけれど、人皇一百二十一代の御代に生まれし

日本男児、今は昔の強兵にその名も高き関東の武蔵の国に住むとかや、

鉄道院に奉職しこの夏休みにふと遊びし逗子の浦

その浦曲によす波に呪われて聞くも哀れなりドザエモン。

名告げりは「益田」というとかや。空は雲ゆきがあやしくて、影定まらぬ海の面、

見渡し探しても影もなく、白砂を踏んでそこ、ここと、築杓ありけど、行方はいずこ

白雲が行くか帰るか松風の松の梢(こずえ)に吹くまでも救いを求める声かと

怪しまれるも哀れなり。今ははや、先方も涙も露の我袖に顔押しあてて見るも悲しき

伴の者。波に足うち洗って、砂に転んで、足ずりして殺すなよ、助けよと

おめくあり叫ぶあり。

 

さてかくてあるべきにも、あらねばわらわらと船頭共を呼び集め船を出さんとすれば波

ますます猛り立ち、風も唯、荒れ狂って船の進退自存ならず。さては海神の怒りにふれてたるかと我は万が一をたのみに我が家に帰りけり。

 

さて夕餉を終えてより再び訪ねる新宿の浜伝いに来てみれば、ああ止みなみなみに網張れる小屋の中なる男、数名に守られて黒夜に包まれ、白衣をいただく、人の抜け殻横たわる。

おめき叫んでも甲斐もなし。形心既に離れてしまっては千古再来の我なくて、

 

怨みは深き逗子の浜。

 

怨魂いずこや迷いならん。ああ父母妻子のおもいやいかに、未だ日も暮れざるに

太陽密雲の浦に影をひそめ天地暗然として集雨まさに来ようとしている。

眠り給えよ、安らかに・・・。

 

8月15日 木(晴)

 

朝六時過ぎより彼方で御氏方はまた、だんだんに起き出でて

七時過ぎより一同食堂にあり、また朝の食事を無事にすませたまり

それよりいずれも時事新聞にむかい米騒動の記事をよむもの

ドザエモンの記をさがすものなど色々ありたり、されどドザエモンの記を

ついに見出を発見する。あとは、浅よれより各自見出しのつどめをなりたり

一時頃より道女と菩薩を目が乾きたるを幸いと海岸に運動に出かけた。

海目よりつどあちこちに屈むごとき人々、泳いでいたり

いろいろの彩りをして海に浸かっているのを見て二人とも驚いて

長い間見物して十二時前戻りたり、途中にて道女の楽しそうな

尾の切れたれたるこそ、かくのごときも口情きるもなき (蟹柾午砲大菩薩)

 

午後

昼餉の後の菓子を食べていたが、彼方から風人が一封の手紙を持ってきた

おもてには、言わぬとも逗子ウンヌンの文字ありけるが、裏には軽井沢ウンヌンの

文字があり、これは嬉しい知らせと、開けて見れば宿屋部屋のことにて

串々の事が書かれている。今、主な事を書けば下記の通りである

 

一 今 宿屋は満員なり

一 十二畳の間 一つ空きたり

一 他に二畳(しかと覚えてぞ)の間一つ

一 二十日頃には ひと間ほどは空く予定

一 縁側渡され度頃はそこに寝ては

 

このほか、かれこれ、多くの事が書いてあったが、今は忘れてしまった。

橋居らなれば今日はいくつきも十日あまり五日なる。

二十日と言われてもあと五日を超えずはやく取り決めて

帰り事せんと皆々語りあう。今年はよねの騒ぎもあれば、恐ろしい今年にしてはと

お居られる方もあり、よねの騒ぎ何かはとくに行きこむと言っている人もある、

トムが不惑でいる、いかに一人と言われる人もあり。話中々にまとまらず、

とくとくと席を訪ねるもあれば止めよ、しばし、と留めるもある。げにまことの

小田原評議もあればかくなん。

 

時長く経って決まりけるは今頃、六時入道の文の君

胸躍らければその上にて、よねの騒ぎのあらさま浮かびて

とく帰りごとせん。義山にも電話にて知らせてよ。と出でありける

さて、長きサダメアイに気も心も疲れに疲れてしまったので

皆評議をとめて西の玉のかるたなるトランプカードというものをして遊んだ。

この遊び欲深き遊びにて、人のもてるかるた。無理尻に搾り取り数の多きにもって

勝ちとなす。あさましき遊びなり。

 

皆ひと絞り取るうちは口数もないけれどいよいよ手に札無くなれば

絞り取られたるものは口を極めて絞り取れる物をののしり

 

「掃除や」「掃除屋さん」「掃除王」

 

と下げたり上げたりする。

 

あさましきことにこそ、本物の掃除屋にも聞こえならば

「ヘイ」

といらいらしてきたなき物もて庭に入り来る。

 

 

さればあさましきなども愚かならん。かくの罵る事、だれがはじめし事や

今日は空も凄まじく曇り海も濁って白波たち騒ぎはじめて

昨日のドザエモンの為を思い、泳ぎはやめとなりにける。

泳ぎやめたとしても家においては体も損なわれる。ものも口に入れずに、

大なり小なりにラケットとて網の大シャモジのごときものとギュレーションボールとて

ゆはりたるかたきまり、もて下庭に降りたるたち。白ギャハン霜降り長袴に衣かえたる人も

ありけり、おとこ、おみな、みなにて五人ここを限りと荒れ狂うさま、

悪鬼の如く夜叉のごとく、髪の乱れ、白歯むきだし、吉は耳にさけ

銅羅の声はりあげてくらいつかんずるありさま。

怖ろし何度もイヤハヤ。眼は球となって顔の前にさがり顔は金時の如く燃え上がり

握りし手はみな指しりへに抜け出し、

踏みしむる足は土に埋もれて抜くにかたしとは誠の赤きそらごとなり。

わらべらヘトヘトとなりて家に上り「しみ」に見苦しくなりにける足を清水に洗い清めけり

風人はなお飽き足らぬとか物申す事、常の日に見劣りせられけり。

折も折とて、猫又の文君ならこられたれば都やいかにと問えば中々熱きよと

のたまう。イヤサよねのさわぎはいかにとよ、と重ねて問えば何らもなきよとの事

少し押手にけられたる心地せり。

さていよいよ十まりここぬかに軽井沢に立つるとなれり。

この間より都のよねのさわぎを気づかって

山わかれ 飛びゆく雲の かえらくる

折も折とて、猫又の文君より来られたれば。都はいかにと問う人は中々暑きよとのたまう。

イヤサよねの騒ぎはいかにとよと重ねて問えば、何事もなきよとの事。

少し押手よけられたる心地せり。

さていよいよお待ちここぬかに軽井沢に立つ事となれり。

おの間より都のよねのさわぎを気遣いて

 

山わかれ

  飛びゆく雲の

かえらくる

影みる時ぞ なおたのましき

 

と菱公のやまと歌を盗んで嘆けるに、いよいよ明日の夕には都にて

 

昨日の今頃、逗子浜を歩む溺者の人魂、独り腸を断つと空歌とならん時は

来たれ事なり。哀れなれしこの事特に中山氏も知らせてと例の様に

そぞろ歩きにかぎつけて郵便局人何人か参りける。

風人電話をかけてこのことをつばらに知らせけり。

さて足も軽々しく家前につけるごようよう家については早、夜も嘆かりし

かく喜んで何をかした。家に参り、仄かに聞けば佃原は明後日の事、かつ

御区皆々殿も諸共にとの事なり。はて解せぬ事なると叔母様にお話しすれば

「げにまことよ」と宣(のたま)うに、嬉しきやら悲しきやら

逗子の山々の尾の長引き岳しまりもなくかきつくるに先立つ頃より心鈍に物、狂ほしく

物のあとさきも分からなくなる。ここにものせる事の外に嬉しき事も悲しき事も

尚多かれど、これ尽きさらずとまれとにかくやりこむ。 (風の子しるす)

 

8月16日 金

 

この朝は目を覚ましたり、起き上がったり蚊帳を抜け出し夜具(寝具)を片付け

顔洗い、口すすぎ、櫛を取り上げ、髪書き上げつつ箸とりつつ、飯をかき込み吞み下す。

朝の騒ぎもひとしきり、後は音無し響存し。ひとひと、朝の勤めに勤めるを、部屋の片隅に

立ちて見るに風人、菩薩や猫又や、さてはかくいう入道と、いずれも並々ならぬ曲物ばかり

明日は都帰りのどよめき日なればとて荷物をまとめカバンに収める人もあり。

曲物共も一通り朝の務めを終えれば、カバンを首引き首の痛さに耐え兼ぬる老人共に

加勢して、つめたり出したり掻き回したり海に行くのも忘れて騒ぐ。

この時部屋の一陽に机かかえて小首を投げ何か思いに沈むあり、見れば入道、黒黄先生に

手紙を書かんと思えども今は早、書かん方も涙に墨もろく、すれゆき、

世を儚みで泣けるなりけり・・・・。

かくてあるうちに我らが努力悪しからず、やっと手紙も書き上げカバンも充ちて

今は昼餉(ひるげ)の告ぐるを待つのみとなりにけり。

折節、聞こえる足の音に見れば

茶碗や皿などを運ぶ御三方は食堂の整理にかかりはじめたり。

 

午後

 

昼食後皆々思いのままをなした。二時ごろ軽井沢よりすぐ来いとの

電報がくる。しかしながら初めに行った通り十九日より行くと返電打つ

三時頃より海をおもむく、波がしぶいので見ていた猫又、菩薩のみさえ、

道女の誘いでボートに乗る折しも北方をさして行きする一隻のボートなり

道女極力これを避労せんとせしもその功を奏さず波という波にドシンと衝突せり。

「うでとりのままと思っておるやら・・・・」などいいて罪を道女に帰するは

少し残酷なのだが道女大いなる悲感。それよりしばらく水につかりたり。

されまたボートに乗らんと思いて勢いよく飛び込みに津からかなりあって

その際腰を痛めたか打ちになり道女また悲感。しばしへて何気なく浜辺をみしに

こちらに向かってハンカチを振り声はりなぎて呼ぶ一人に男あり。

さてさて何者が誰を呼ぶのと聞いたら彼の人は我らの名を呼ぶの如し、ついに

菩薩、入道、道女の三勇士それ立ちて岸をさしてぞ歩み寄る。

彼の人は我らとの距離を二、三間(4~5mくらい)とりしところ

我らを怪しみつつも答弁せしにやかって人違いせしと初めて詫びる。

なんと馬鹿らしき程である。

 

さて日も今や沈まんときてからは名残おしみつつ家路に尽きぬ

六時頃軽井沢よりまた電報到着。開きて見れば部屋なさざるの故

昨日子供によこせとの意なり。

今すべきと首集めての相談

やっとのことで風人、入道、同所の三人が崎に出て行くやらに部屋より

夕食後返電打つことなる。夕餉すまして叔母様とトランプをなし時の立つ事も

忘れたり。ふと菩薩殿が時計をみられしに今や八時十分になりにけるに

皆々大いに驚き合い下駄はきて家を飛び出し郵便局めがけて去り行く我らを見て

道行く人々は驚きなれり。時半の洗髪ふり乱して去り行く様今思い出しても恐ろしや

行きつきて郵便局にと飛び込んだのは八時十五分だった。なんな恨めし菩薩の時計。

軽井沢に電報を打ち、電話して安心しつつ家に帰りたり。

それより見な支度をし、床に入りしは九時半頃と覚えている。 (道女しるす)

 

 


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