郡千景を幸せにしたい奴らの話   作:“人”

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ゆゆゆいで幸せな光景を見てると辛くなってくる。





幻想———それは、かつて夢見た……

 ———どうして、こうなってしまったんだろう。

 

 後悔と自己嫌悪に浸りながら、あてもなく千景は彷徨う。

 あれから何日が経ったのか、千景は全く数えていない。カレンダーを見るのも億劫だった。

 

 

 

 ———あれからは大変な騒ぎになった。

 

 大きなイジメ問題が発覚したとして、小学校にマスコミが押し掛けた。小学校側はなんとか責任を逃れようとしたものの、翼の母親がマスコミに対しイジメの問題を暴露。千景の心を案じてか、誰がいじめられていたのかを頑なに話さなかったものの、特定の子供に対して村ぐるみでいじめを行なっていたと証言した。

 

 ———イジメが原因で自殺する子供が後を立たない世の中だ。当然、この村はマスコミにとって格好の餌食となる。

 

 

 具体的に何がどうなったのか千景は知らない。興味もない。今更騒がれたところで、過去が変わるわけでもない。だから、小学校でいじめに加担していた子供やその家庭がどうなろうと、千景にとっては知った事ではなかった。

 

 (……翼君)

 

 翼は事件の日以降、目を覚まさない。楽しみにしていた夏休みがこんな事になるなど、全く想像もしていなかった。

 

 『自業自得よ。いつも頼ってばかりだから、こんな事になったの』

 『ねえ、自分のせいでカレシが寝たきりになるのってどんな気持ちぃー?』

 

 もはや日常となった幻覚の囁き。最近は、自分の声どころかいじめっ子達の幻聴まで聞こえるようになった。

 

 (……助けて)

 

 いつも助けてくれるはずの翼は昏睡状態。誰に縋れば良いかも分からないまま、何も考えずに千景は歩き続ける。

 

 グラグラと地面が揺れる。最近頻発するようになった強い地震。屋外でさえも揺れていることがはっきりと知覚できるほどの地震だが、千景は気づかない。ぐちゃぐちゃに心を乱したまま、ふらふらと彷徨い続けた。

 

 ———やがて気がつくと、千景の目の前には古びた神社があった。

 

 管理する者がいないであろう、荒れ果てた神社。地震によって社は倒壊し、その場には黒い刃物のようなものが転がっている。

 

 (……?)

 

 吸い寄せられるように、千景はその黒い刃物に近づき、拾い上げた。———社と同様に放置され、錆びてしまった刃。誰からも見向きもされずに忘れ去られていたのだと思うと、千景の胸にひび割れるような痛みが走る。

 

 (……まるで、今の私と同じね)

 

 この刃や社にも、かつては管理する者がいたのだろう。この間まで、千景に翼がいたように。しかし、管理する者がいなくなればこうして放置され、荒れ果てる。———まるでこれからの自分を暗示しているようだと千景は思った。

 

 (……持って帰ろう。せめて、私は手入れしてあげないと)

 

 同情心とも使命感ともつかぬ気持ちで、彼女は刃を持ち帰る事にした。———それが彼女の日常を一変させる事など、知るよしもないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———その日、花本美佳は自身でもよく分からない衝動のままに、自転車を走らせていた。地震で何度か動けなくなりながらも、必死に走り続け……古びた神社へと辿り着いた。

 

 (…⁉︎)

 

 ———そして、彼女は運命の出会いを果たす。

 そこにいたのは美佳と同年代と思われる黒い髪の少女。涙を流しながら、錆びた刃のようなものを拾い上げている。その少女を視界に入れているだけで、美佳の鼓動は早まり、息が難しくなった。

 

 (…あれは天使?神様?)

 

 そう思ったのは、少女の容姿がこの世のものではないと錯覚してしまうほどに整っていたからか。はたまた、その少女の瞳に宿る昏い何かが、少女の雰囲気を儚げなものに変えていたからか。どちらにせよ、『僅かにでも目を離せば消えてしまうのではないか』という危惧を美佳は抱いた。

 

 ———そんな危惧を抱き、数分間見つめた後。見つめられた少女が、おもむろに美佳に声を掛けた。

 

 「…はなもと、よしかさん?」

 

 (…私の、名前をっ?)

 

 『なぜ初対面の人の名前が分かるのか』という疑問は、『やはり目の前の少女は神様なのだ』という納得に置き換わった。……実際は、美佳の自転車に名前が書かれていただけだったのだが。

 

 こうして、後に勇者と呼ばれる存在となる郡千景と、巫女という存在になる花本美佳は出会ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「翼さん、起きてください。朝ですよー」

 

 そんな間伸びした少女の声で、俺は目を覚ました。視界に映るのは、金色の髪と青い瞳の美しい少女。我が家のメイドを自称する姉、神崎レナだった。

 ———目の前の彼女の姿に、酷く違和感を覚える。記憶よりもいくらか成長しているような……。

 

 「……翼さん?どうしましたか?」

 

 俺の様子を観察していた姉が、訝しげに声を掛ける。それに「何でもない」と返事をし、俺はベッドから起き上がった。

 

 

 ———その後も、違和感は大きくなっていく。

 義理の姉に対する違和感だけではない。両親の揃った朝の食卓、身だしなみを整える時に鏡に映る自身の姿。いつも通るはずの通学路に、毎日来ているはずの中学校。普段通りの生活のはずなのに、どこか現実味のない感覚を覚える。

 

 「…あれ?」

 

 極め付けは、学校の靴箱。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「どうしました、翼さん?」

 

 訝しげに尋ねてくる姉に対し、つい俺は口走ってしまった。

 

 「いや、いつもならなんかゴミとか入ってなかったっけ?」

 

 すると姉は、少し悲しげな表情を浮かべながら、

 

 「寝ぼけてるんですか、翼さん。朝から少し変ですよ」

 

 と宣った。

 

 まあ、確かにそうかもしれない。こんな、いつも通りの幸せな日常に違和感を覚えるなどどうかしている。

 

 「それに、もし翼さんが虐められるような事があれば、私が黙っていませんから!」

 

 「……ありがとう」

 

 予想できた姉の発言だが、なぜか酷く目頭が熱くなる。まるで、その言葉をずっと聞きたかったかのような、寂しさの入り混じった郷愁のような痛み。

 

 「……レナ、俺って毎朝靴箱で何かしてなかったっけ?」

 

 それと同時に、何かを忘れているような気がする。確かに毎日、自分以外の靴箱で何かをしていたはずなのだ。それが何かを思い出せない。

 

 「いいえ?いつも翼さんは、たまに入っている私宛のラブなレターを確認するだけで、いつも素通りしてますよ」

 

 「……そっか」

 

 いつも俺を観察している姉であればこの違和感の正体が分かるかと思ったが、そううまくはいかないらしい。

 

 ———その後も、ごく平穏な時間が流れる。

 

 退屈な授業を聞き流し、放課後はそのまますぐに帰る。姉は部活動なので、俺一人での下校だ。部活に興味がないと言えば嘘になるが、自分から率先して集団に馴染もうという気にはなれなかった。そもそも学校自体、俺はあまり好きじゃない。小学生の頃、——が虐められていた影響だろうか?

 

 (……誰が、虐められていたんだっけ?)

 

 やはり、何かを忘れている。学校の校門から出て、そのまま道路へ。気紛れに振り返ると、ふと学校名が目に入った。

 

 ———『◯◯市立◯◯第◯中学校』

 

 公立の中学なので、住んでいる地域の名前が入っているのは当然、そのはずだ。小さい頃からほとんど引っ越しもせずに地元で過ごしてきたのだから、違和感を覚える方がどうかしている。

 

 ———ならばなぜ、俺はその地名に懐かしさを感じているのか。

 

 

 「………」

 

 どうにも気味が悪い。自然と俺は早足になり、やがて自宅に向かって走り始める。

 

 「…はぁ、はぁ」

 

 帰宅部とはいえ、それなりに体力はあるはず。そのはずなのに、俺の足は徐々に重くなり始め、走り始めてからそう遠くない距離で立ち止まってしまう。

 

 

 ———そして、その場所が視界に入った。

 

 いつも通りの通学路。いつも目にする、ありふれた交差点。俺と同じ中学の制服を着た生徒達が、談笑しながら信号が青に変わるのを待っている。

 

 

 ———その光景に重なるようにして、今まで忘れていた情景がフラッシュバックした。

 

 

 「……は、」

 

 決して忘れてはならない、忘れられるわけもない事件。この交差点で、俺の最愛の姉は刺され、命を落とした。あの周囲の音が消えていく感覚と無力感、手にこびりつく真っ赤な血の生暖かい感触は決して忘れる事はできない、そのはずなのに。

 

 

 「…………」

 

 グラグラと視界が揺れる。否、俺の足が震えているのか。

 

 (………なんだ、これ?)

 

 姉は、レナは生きている。そのはずだ。今日だって一緒に登校したのだから。今だって、忌々しい男子共の注目を浴びながら、水泳部での活動に勤しんでいるはずだ。

 

 ———ならば、これは一体なんなのか。

 

 

 俺はその場から引き返し、中学校へ戻る。向かう場所はプールサイド。校門から近いその場所は、今の季節ならば外からでも耳障りな男子共の歓声が聞こえる、そのはずなのに。

 

 

 「……誰も、いない?」

 

 今は7月上旬。いつもなら、泳いでいる姉の姿目当ての、部員ですらない男子共がプールの外のフェンスに群がっているはずなのに、誰一人としていない。水泳部員も、姉の姿も見えない。

 

 「………」

 

 プールサイドの門は開いていたので、恐る恐る中へと入る。しかし、結局誰もいなかった。

 

 

 ———その後も、中学校の中を探し回っても誰も見つからない。まるで、自分だけが異世界に来てしまったかのような恐怖と焦燥を覚える。

 

 

 (…なんだこれ、なんだこれっ⁉︎)

 

 みっともなく涙目になりながら、俺は慌てて校門から外に出る。いつもの通学路を走り、ひたすら自宅へと向かう。自宅にたどり着くや否や、玄関の鍵をこじ開け、『ただいま』も言わずに家に上がる。そのまま姉の部屋へと向かい、ノックもせずにドアをこじ開け、

 

 「……あぁ」

 

そのまま俺は、床にへたり込んだ。

 部屋は綺麗に片付いていた。様々な小説や学術書が並んだ本棚に、黄色いカーテン。ベッドの枕元には、俺が昔誕生日にプレゼントしたハリネズミやクマのぬいぐるみが並んでいる。

 

 ———そして、机の上には花瓶に挿さった白い仏花。

 

 

 (………夢、か)

 

 少しずつ、現実を思い出してきた。

 そうだ。俺は姉の事を忘れたくなくて、姉の私物を何一つ彼女の部屋から出さなかった。姉の生前と違うところがあるとすれば、机の上に花瓶を置いた事くらいだ。

 

 少しだけ落ち着いた俺は、姉の部屋を出て自分の部屋へ。少しだけ覚悟を決めて、自室のドアを開ける。記憶の通りなら、気味悪さを通り越して恐怖を覚える光景が広がっているはずだ。そのはず、なのに。

 

 

 「もう少し、ゆっくり平和な夢に浸っていても良かったんですよ?翼さん」

 

 

 悲しげに笑う、とうに亡くなっている姉がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———ああ、そうだとも。忘れていた。

 

 最愛の姉が亡くなっていることも、生まれ育った地元から高知に引っ越したことも。そしてあろう事か、今一番愛している女の子の事すらも忘れてしまっていた。

 

 俺の目の前には、今朝見た姿とは異なる、亡くなった当時の姉の姿。覚悟していた部屋の惨状は、どこにもない。———あの地元の部屋は、壁や天井にびっしりと姉の写真が貼り付けてあったのだが。

 

 

 「…これも、夢だろ。きっと、俺がレナに会いたくてたまらなかったから、こんな夢を見るんだ。夢って本人の欲求が反映されて見るって聞くし」

 

 分かっている。夢ならば、きっとこんな問いに意味なんてない。目の前の姉だって幻想なのだから。

 

 「はい、夢ですね。だからこそ、私は翼さんに、少しでも長くここにいて欲しかったのに」

 

 「…………」

 

 幻想の姉がこう言うという事は、きっと俺は誰かに甘えたかったのだろう。弱音を吐いて、幸せな幻想に浸って、辛い現実逃避をしても良いと、きっとそう言って欲しかったのだと思う。———格好つけたい年頃なので、情けない事この上ないが。

 

 

 「少しくらい、現実逃避をしても良いではないですか。だって、まだ小学生なんですよ。……翼さんは今昏睡状態なので、幻想に逃げ込むまたとない機会なのに」

 

 ———幻想の姉にしては、少し不自然だ。眠る前の記憶がないので、てっきり普通に眠っている間の夢だと思っていたのに。自分が昏睡状態にあるなど、想像すらしていなかった。

 

 

「……私まで、夢だと思っていたんですね。本物の私はずっと傍にいたのに、悲しいです」

 

「……………は?」

 

 

 夢の中で、俺は間抜けな声を出した。

 

 

 

 

 

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