郡千景を幸せにしたい奴らの話   作:“人”

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休みが取れたので早めに投稿、です。


子供らしさなんていらない。好きな子を守れる力が欲しい。

 ———なんか、やばい事をしてしまったかもしれない。

 

 そんな、まるでうっかり取り返しのつかない悪事をしてしまったかのような底知れない恐怖を感じる。

 

 『はい、私も…好き。よろしくお願いします』

 

 その言葉を聞いた時———率直に言えば、俺は嬉しかった。初恋成就の瞬間だ。嬉しくないわけがない。

 しかし、今になってこうも思う———時と場合を考えるべきではなかったのか、と。

 

 あの時の俺は、ただただ正直であろうとした。でも、果たしてそれは、彼女にどんな影響を与えてしまったのか。

 ———もしかしたら、ただ依存させるだけの呼び水になってしまったのではないだろうか。

 

 俺だって、何もなければこんな後ろ向きな考えはしない。———明らかに千景がおかしな事になっているから、心配している。

 

 あのプールサイドでの告白から早1週間。その1週間の間に、千景に異変があった。

 

 

 例えば、過度のスキンシップを求めるようになった。彼女にとって人の手というのは自分を傷付けるもので、恐怖の象徴のようなもの。俺相手でさえ、いきなり手を伸ばそうものなら体を強ばらせるほど。なるほど、普通にスキンシップを求めるようになるのなら、それは『信頼』と呼べるのかもしれない。しかし、流石に服の中、それも胸に手を入れさせようとするのはどうかと思った。

 

 その後のやりとりを思い出す。

 

 

 『あの、流石に異性相手にそういう事をするのはちょっと……』

 『……異性?』

 『俺、男だから……』

 『……っ⁉︎』

 

 俺をまさか『女子』と思い込んでの奇行だったらしいが、そうなると一つ疑問が残る。

 ———なぜ俺の告白を、『恋愛』として受け止め、それを受諾したのか、という事だ。

 

 まさかとは思うが、同性でも良いと思った、とか?

 だとしたら、孤独から逃れる為だけに……?

 

 思考はぐるぐる回る。

 過度なスキンシップだって、もしかしたら俺を繋ぎ止める為だけに暴走した結果なのだとしたら?

 

 ———彼女は別に、俺でなくても良かったのではないだろうか。

 

 

 「まあ、いいか」

 

 彼女に告白したのが俺で、初恋が実ったのも俺。だったらもう、良いのではないだろうか。たとえ彼女が離れる時が来ても、それはそれできっと喜ばしい事だ。だって、その時は俺以外に彼女を大切にしてくれる人が現れたという事なのだから。

 

 ———俺は俺なりに、彼女を幸せにできるように努力すれば良い。

 

 結論は出た。

 

 ———『たとえ依存であってもやり過ぎなくらいベッタベタに甘やかすくらいでちょうど良い』、という結論が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、何でもない日常が続く。

 恋人になったとはいえ、所詮は小学生。実のところ、やっている事といえば友達とあまり変わらない。俺も千景も学校ではずっといじめられるし、クラスが違うので出会う頻度も変わらない。

 

 ———いや、全く変わらないわけでもないか。

 

 

 

 7月も終わりが見えてきた、終業式の日の放課後。明日から夏休みという事実に多くの児童がウキウキで帰宅する中、俺と千景は誰もいない教室にいた。

 

 

 「今日はあまり酷い怪我はしてないから、大丈夫だと思うけど」

 

 「ダメよ。……どうせ、翼君は私の見てないところで無茶してるんだから」

 

 そう言いながら、俺の服を半ば強引に脱がせる千景。あまり見せたくない貧弱な上半身が露わになり、それを見て千景が泣きそうな顔になる。

 

 「…ほら、やっぱり隠してるじゃない……」

 

 露わになったのは、今日新しくついた擦り傷。……このくらいの事は大した事ではない。この程度なら、いずれ傷跡も残らず治るだろう。だというのに、千景は痛ましい顔をしながら、甲斐甲斐しく手当してくれた。彼女にそんな顔をさせるのを情けないと思いつつも、『想われている』事を実感して少し嬉しくなる。もしかしたら、俺の方こそが彼女に依存しているのか。

 

 ———最近はこうして、誰もいない所で千景が手当をしてくれるようになった。以前よりも確実に、距離が縮まっている。

 呼び名も、千景は俺の事を『翼君』と呼ぶようになり、俺は俺で千景の事を『ちかちゃん』なんて呼んでいたりする。休日は一緒に遊びに出かけたりもするし、(いじめられている事さえ除けば)実に充実した生活と言えるのではなかろうか。

 

 手当が終わると、今度は千景の番……なのだが、外が騒がしい。そこそこ時間が経ったはずだが、まだ児童が残っているようだ。

 ———うっかり教室に戻って来られるのも嫌だし、こっそり帰ってからで良いか。先生に見つかっても面倒くさいし。

 

 

 「帰ろうか。そうだ、昼食はうちで食べていきなよ」

 

 「……じゃあ、お邪魔します……」

 

 

 そそくさと校舎から出て、上履きを上履き袋に入れる。来月末まで、嫌な思いをする学校生活とはおさらばだ。夏休みの間は、穏やかな日々が続くだろう。

 そんな事実に胸を膨らませつつ、千景と手を繋いで帰路に着く。幸いにも、人影はずいぶん先を進む児童の一団だけ。いじめてくる暇な児童はいないようだ。

 

 「そうだ、この間買ったゲームなんだけどさ。ちょっと攻略手伝ってくれない?……アクションゲームって苦手で……」

 

 「もちろんよ。だったら、私が持ってる武器もあげる」

 

 そんな他愛もない会話をしつつ、俺は千景の様子を観察する。

 ———すこし、口元が引き攣ってるな。何か怪我をしてる気配がする。

 

 千景は俺の事は叱るくせに、自分も怪我を隠す傾向にある。だからこうして、よく観察しなければならない。俺と違って女の子だ。その柔肌に傷が残るという事実は、千景本人が思うよりもずっと重い。

 

 20分ほど歩くと、それなりに大きな一軒家が見えてくる。俺と母親が住む借家だ。基本的に母親は仕事で家にいないので、女の子を勝手に家に連れ込もうと何かを言われる心配もない。

 

 

 「ただいまー」

 「おじゃまします…」

 

 誰もいない家に上がる。2人で手洗いとうがいを済ませ、二階にある俺の部屋へ。そして俺は救急箱を片手に、彼女にこう言った。

 

 

 「はいじゃあ脱いで」

 「……えっ」

 

 

 『えっ』ではない。まさか気付かないとでも思っていたのだろうか。

 千景の目が泳ぐ。

 

 「……えっと、恥ずかしいから……」

 「前は服に手を入れさせようとしたのに?」

 

 ずいっと千景の方は歩みを進めると、彼女は後退りした。……しかし残念ながら、後ろは壁だ。逃げ場はない。

 

 「はい、ちょっとごめんね」

 「いや…やめて……っ」

 

 ……なんか今日はやけに嫌がるな、なんて思いつつ、一枚脱がせた。

 

 

 「……は?」

 

 俺の口から、間抜けな声が出る。現れたのは、白い布地を赤く染めたインナー。赤い染みが3箇所、その存在を主張していた。既に乾き始めているのか、その染みの端の方が少し茶褐色に変わっている。

 

 

 「ち、違うの……別に、大した怪我じゃなくて……」

 

 そんな慌てた言い訳をする千景。その声は震え、まるで叱られる子供のようだった。

 頭の中が真っ白になる。これは一体なんなのか。問答無用で、俺はさらに彼女の着ているインナーを捲った。

 

 「なにこれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なにこれ」

 

 呆然とした、感情の抜け落ちた声。それを聞いた千景は、「しまった」と思った。

 現れたのは、3箇所の刺し傷——のような、切り傷。パックリと開いた皮膚から、中のピンク色の皮が見えてしまっている怪我。化膿したのか、傷口からは血と黄色い膿が混ざったような液体が流れ出てしまっている。今日の昼近く、翼に会う前にいじめっ子の女子にやられたものだ。いつものように身動きを取れなくされ、衣服を捲られ、お腹に開いたままのハサミを突き立てられ、『ジョキン』と切られた。

 

 ———その時の激痛は、これまでのいじめで一番酷いものだった。

 

 とても恐ろしい体験だった。刃先が皮膚に触れる冷たい感触、ゆっくりと食い込む刃先、『バツン』という、皮膚が断たれる感覚と焼かれるような痛みと痺れ。昔なら、大泣きして悲鳴を上げていたかもしれない。

 

 だが、ハサミで切られる間際に千景が思い出したのは、翼の事だった。

 

 (翼君に、また心配を掛けてしまう……)

 

 それはダメだと彼女は思った。せっかく明日から夏休みなのだ。今日もゲームして遊ぶ約束をしているし、楽しい時間を台無しにしたくはない。

 ———耐えられる、と彼女は思った。どうせ耳を切られているのだ。今回だって、そう大した怪我ではない、と。

 

 涙を流しながらも悲鳴を上げない事がつまらなかったのだろう。いじめっ子達はさらに2箇所、ハサミで切った。

 ———結局、千景は悲鳴を上げなかった。

 

 ただ、いじめっ子達は恐ろしいものを見るような目で千景を見つめた。その手にあるのは、千景の血がべっとりと付いたハサミ。何かに怯えるような顔で、いじめっ子達は逃げていき……痛みを堪えながら、千景は何食わぬ顔で翼に会いに行った。

 

 

 

 

 ———そして今、翼を悲しませてしまっている。

 

 「…えっと。つばさく———」

 

 「なんで平然としてるんだっ」

 

 

 おそらくは初めて聞く怒号。少女にしか見えないその美貌を歪めながら、翼は泣いている。

 

「なにされたか分かってるのか⁉︎そんなところ刺されたら死んじゃうんだよっ」

 

 

 ———千景は知らなかった。翼が明かさなかったのだから、仕方がない。

 

 かつて、翼には血の繋がらない姉がいた。金色の髪と青い瞳の、一目で外国人と分かる美しい少女。翼とその姉は、異常なまでに仲が良かった。

 しかし2年前。彼女は通り魔から翼を庇い———脇腹を刺されて亡くなってしまう。

 

 その事件が今、翼のトラウマとなって蘇っている。荒くなる呼吸。震える手足。段々と激しくなる動悸。およそ正常な判断ができる状態ではなかった。

 それでも、なんとか『町の病院へ行く』という結論を出す。……この村の医者は、とても信用できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———千景の傷を見て、俺は久しぶりに今は亡き姉の事を思い出した。

 義姉は、俺を溺愛していた。俺もまんざらではなくて、可愛い姉にそこまで思ってもらえる事に幸福しか感じていなかった。なぜか彼女本人は姉ではなくメイドだと言い張っていたが、世話をされるのは気分が良かったので訂正はしなかった。ずっとこれからも一緒に生きていくんだろうなと、そう信じて疑っていなかった。

 

 ———だから、2年前。姉が刺されて亡くなった時の恐怖と悲しみは、今もなお癒えずにこびりついている。

 脳裏に焼き付いているのは流れ出す赤色。染まっていく白い布地。冷たくなっていく姉の身体。何もできない自分。

 

 だからきっと、知らない間にトラウマになっていたのだろう。深い刺し傷や切り傷は、あの事件を思い出してしまうから。

 

 町の病院に千景を連れて行ってから、もう3日も経つ。それだけの時間が経過して、ようやく俺は冷静さを取り戻した。

 

 あの日、結局彼女の怪我は深刻で、傷口を縫う羽目になったらしい。幸い命に別状はなかったものの、どこをどう見ても大怪我だ。おそらく傷跡も残ってしまう。彼女にそんな仕打ちをした女子を殺してやろうかと、冷静になった今でも割と本気で考えていた。

 

 

 「最悪だな…」

 

 千景を責めてしまった。『どうして黙っていたのか』と。彼女は別に、悪いことはしていないのに。黙っていた事も、きっと俺を心配させまいと思った故の事であったろうに。

 夏休みに発売するゲームソフトで遊ぶ約束も反故にしてしまった。母親からもらっていたお小遣いを、千景を病院へ連れて行くためのタクシー代に使ってしまったからだ。……今思えば、バスで行くという手段もあったのに。

 

 自己嫌悪に浸りながら、俺は夏休みの序盤を過ごした。最初の5日間は、千景と顔を合わせなかった。




この作品は、以前投稿した作品とは基本的には関わりはありません。
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