メリークリスマス、カンパニェーロ   作:木下望太郎

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第8話

 

 クリスは言う。

「誰だ? ま、誰だっていいがよ。俺らの敵か、それとも他か」

「つっても、味方なわけねーっスよ。オレらの仲間以外は……な!」

 そう言ったキッドの、銃帯に添えていた左手が別の生き物のように動く。流れるように銃を抜いて男へ向けた、しかし。それは銃声と共に跳ね飛ばされていた。いつ抜いたのか、男の手には細く煙を昇らせる拳銃があった。

舌打ちと共にキッドが右腰の銃に手をやる。同時にスラッシャーが刀を抜き、クリスが散弾銃を向ける。そしてまた、それと同時。男は右手で引き金を絞ったまま、左手で煽るように撃鉄を弾いていた、三連続で。

 

 まるで一つのように重なり響く銃声を残した連射(ファニング)が、正確にキッドの銃を、スラッシャーの刀を撃ち落し、クリスの散弾銃へまともに当たる。

 

「クソ、がっ……!」

 だが、クリスはその手を離さなかった。軋む音を立てて奥歯を噛みしめ、痺れる手で無理矢理相手に向ける。引き金を引いた。

 闇を裂いて火を吹いたそれはしかし、外れていた。早く撃ちすぎたか、地面に着弾し土煙を上げた。奇妙なことに、男の両側で。

 

「なに……?」

 構え直してさらに撃つ、が。かすった様子すらなかった。決して遠い距離でもなく、正面からまっすぐ放ったというのに。まるで散弾の方が男を畏れ、身をかわしたかのようだった。

 

 クリスは口を開け、キッドは手を押さえ、スラッシャーは唇を噛み締めていた。だがそれぞれに、別の武器へじりじりと手を伸ばし、あるいは男の様子をうかがいつつ、撃ち落とされた武器と自分との距離を測っていた。

 

 ニコラウスが声を上げる。

「貴様ら、やめよ! この御方は――」

 

 拳銃を弄び、納めた後。細巻の煙を一度吹かし、男はキッドの方を見た。

左手(利き手)ですら及ばなかったのだ、右手では致しようもあるまい。なあウィリアム……お前の罪はこの国での、多数の強盗とそれに伴う殺人。ウィリアム“怪童ビリー(ビリー・ザ・キッド)(ヘンリー)(マッカーティ)Jr(ジュニア)

 

 スラッシャーに顔を向ける。

「それ以上続けるなら、次はその手に穴が開くぞ。私のようにな、イゾー……お前の罪はニホンでの、政治目的による複数の殺人。そのカタナによってな、以蔵(イゾー)人斬り(スラッシャー)岡田(オカダ)

 

 そして間を置き、クリスを見据えた。

「かつて私を背負って川を渡した、大力の男もお前と似た名を得ていた。何故お前はそうならなかった? 正しい渡し守に、海を越えて渡す者に。なあ、クリストファー」

 煙を空へと吹かし、続ける。

「かつてイタリアで生まれ、ポルトガルで船乗りとなり。スペイン王室の支援を受けての、新大陸航路発見という偉大な功績にも関わらず。……お前の罪は先住民族に対する殺人、組織立てた大量の殺人、いや虐殺、虐殺……虐殺。先住民族の奴隷化、彼らの土地への侵略。南北新大陸における、侵略と民族的差別の嚆矢。なあクリストファー。クリストファー“虐殺提督(ザ・パイオニア)”コロンブス」

 

 男は馬の首を巡らし、ニコラウスへと向き直る。

「そして何故。お前は彼らを率いている、地獄に堕ちた者たちを。亡者から強者を選りすぐり、何故人を殺させる。お前の役目はそうではあるまい、五十九代目“聖き好々爺(サンタクロース)”聖ニコラウス――ジャンヌ・ダルク」

 ニコラウスは歯を噛み締めてうつむく。

 

 クリスは言った。

「で? 俺らをようくご存知の、そちらさんは何だってんだ」

 

 男は古傷のある両手で帽子とマフラーを取る。豊かに波打つ黒髪がその下からこぼれ落ちた。ややこけた頬は東洋かユダヤ系といったように黄色味を帯びている。そして、その額を飾るのは。(いばら)で編まれた冠だった。

 

キッドは目を見開いたまま口をわななかせ、スラッシャーは眉を寄せる。

頬を引きつらせてクリスはつぶやいた。

何てこった畜生(ジーザス・クライスト)……イエス(ジーザス)・キリスト(クライスト)とはよ……!」

 

 イエスは四人をゆっくりと見回し、ニコラウスに目を向ける。

真に(アーメン)、お前たちに告げよう。私はかつて言った、裁くな、汝ら裁かれん為なり、と。罪無き者だけが罪を裁くがよい、そして罪無き者など人の間には無し。裁きはただ神のもの。……何故、お前たちがそれを行なう」

 

 ニコラウスは唇を噛んでいたが。やがて顔を上げ、イエスを見据えた。

「……お言葉ですが、主よ。右の頬を打たれ左の頬を差し出す前に、撃ち殺される者がおります。下着を奪う者に上着はおろか、全ての財を奪われる者がおります。一ミリオン来いと強いる者と二ミリオン共に行く間に、(みさお)を奪われる乙女がおります」

 

 表情を変えずイエスは言う。

「……人の子であった頃のお前が――」

 

 ニコラウスは続ける。

「そうであったように。それでも天は何もしない、先代ニコラウスが先の町でも、他の町でも。銃を、平和のための力(ピースメーカー)を願う子に、おもちゃのそれを与えたように。……どこにいるのだ。魚を望む子に、蛇を与える馬鹿がどこにいるのだ!」

 

 頬を歪めて叫んだ後、何度か息を吸い込んで続けた。

「だから、私は決めたのです。良き人が良き倉から良きものを取り出し、悪しき人が悪しき倉から悪しきものを取り出すのならば。良き者にならずともよい、悪しき者によって、全ての悪しき倉を打ち壊そうと。……決めたのだ、幼子には――」

 うつむいたままクリスがつぶやく。

「――平和を」

 目を見開きそちらを見た後、ニコラウスが続ける。

「それを(おびや)かす者には――」

 キッドが口を開き、スラッシャーが後を受ける。

「――鉛玉と」

「――死を」

 

 ニコラウスは三人を見、長く緩やかに息をついた。イエスへと向き直る。少しだけ自由になった頬を震わせ、叫ぶ。

「――贈ってやると! 決めたのだ」

 

 イエスは何も言わず目をつむった。細巻の焦げる音だけが静かに響いた。

 

 やがてしびれを切らしたように、クリスは馬から飛び下りる。唾を吐き飛ばして言った。

「おう、そこの七光り。どうするんでぇ……とっとと決めな。道を空けるか、パパんとこ帰るか。なんなら……いつでも送ってやるぜ」

 拳銃を引き抜き、天を指す。指先を用心金に入れ、弄ぶように回してみせた。

 

 ニコラウスが顔を引きつらせる。

「おま、貴様……!」

 

 見下ろすような目で馬上のイエスを見上げ、クリスは続けた。

「正しかろうが悪しかろうが。力のある奴が全部取る、力のねぇ奴が全部悪い。力がねぇなら泣き寝入れ、この世はいつもそんなんだ。正しかろうが悪しかろうが……俺たちの時代までは、な」

 

 イエスが細巻を口から離し、クリスの目を見る。

「ならばこれより後は違う、と?」

「俺らは行くと言ってんだ。正しかろうが悪しかろうが、力ずくだろうがな。止めたきゃ止めな、それとも――」

 クリスは困ったように眉を寄せ、優しく笑う。

「――可哀(かえぇ)そうに、(こえ)ぇか坊ちゃん?」

 

 イエスは表情を消し、それから息をついて笑った。

「聞いたことはないか? 試みてはならない、と」

「さあてね。俺が知ってんのは、試みに応えられない奴ぁ、決まって試みに耐えられない奴だってことさ。耐えられないなら神であっても、そいつはもう男じゃねぇ」

 

 口を開けたまま、イエスの表情が再び消える。考えるように細巻を口にし、煙を吹かす。音を立てて馬から下りた。ポンチョを肩へ巻くり上げ、腰の銃帯を示す。

 

「私は常に言葉を選ぶ、相手に理解できる話をするために。お前にそこまでの覚悟があるならば――私も、拳銃(通訳)を以て語るにやぶさかではない」

 つまんだ細巻を落とし、踏み消す。

「あえてお前の弾丸に避けさせはすまい……だが良いのか? 私が望むなら右の胸を撃たれる前に、お前の左胸を撃ち抜くことも出来るのだぞ」

 

 嬉しげにクリスは笑う。

「御意のままに、よ。今度は叫ぶ暇があるといいな、主よ(エリ・)主よ(エリ・)我を(レマ・)見捨て給うか(サバクタニ)聖痕(スティグマ)が頭に増える前によ」

 

 馬を下りたニコラウスが駆け寄る。

「クリス、クリスやめよ! 命ずる、今すぐ銃を捨てて詫びろ!」

 

 わずかに後ろを見、クリスは言う。

「二人とも……押さえとけ」

 

 スラッシャーが後ろから抱き止め、キッドが前から肩を押さえる。

 キッドが言った。

「旦那、早撃ちならオレが」

 

 クリスは唇の端で笑う。

子供(キッド)にゃ刺激が強すぎら、こいつぁ大人の楽しみだ。……譲れや」

 

 クリスはワイヤーを仕込んだ上衣を捨てた。シャツも何も脱ぎ捨て、上は全て裸となる。帽子は頭に載せたまま。右腰に拳銃を吊ったものの他、銃帯も他の武器も捨てた。軽量化のためか、銃に込めていた弾丸も一発を残し、全て捨てた。その一発を撃てるよう、回転弾倉(シリンダー)を回して合わす。具合を確かめるように、右手で銃を弄ぶ。

音を立ててホルスターへ納めた。腰を落とし、白い息をゆっくりと吐き。両の肘を曲げた。

「……来な(バモ)

 

 イエスもわずかに腰を落とし、右手を開いた。

「いつでも……良い」

 

 視線をそらさぬままクリスは言う。

「キッド、合図だ。真ん中に帽子を投げな。それが地についた瞬間、決着(ケリ)だ」

 

 キッドは唇をなめた。ニコラウスは震える目を見開き、スラッシャーは射抜くような視線を投げかける。

 キッドが帽子に手をかける。それが宙に舞った。風はなく、真っすぐに、帽子は二人の間へ。ゆっくりと、落ちた。

 

 銃声が同時、一つとなって交錯する。

 

 

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