煙と蜜短編集 千代紙と自鳴琴(オルゴール)   作:ユンカース

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月子と星子が甘味を食べながら話す話。


みつ豆と優雅な食慾

 

少し暇を貰った月子と星子が、やって来たのは甘味処。暖簾をくぐり席に着くとお品書きを見つめる。その眼差しは真剣そのもの。

限られた給金で何を頼むか吟味するのも彼女達にとっては楽しみの一つだった。

 

「迷うわ。団子もいいけど、善哉も食べたいし」

「善哉ね。私はみつまめが食べたいけど、他のも捨てがたいのよね」

「悩むわ」

「悩むわねー」

ここに龍姐がいたら、甘味くらいすぐに決めなさいと言われてしまうに違いない。月子と星子にとっては甘味選びは、観劇に出演する女優と同じくらい好きなものを選ぶのに時間がかかる。それだけ慎重にしなければ後悔することなのだ。

 

「みつまめにしようかしら星ちゃんは?」

「私は、善哉にしようか悩むわみつまめもいいわよね」

お品書きを眺めて迷う星子。考えあぐねてようやく出た答えは

「私も月ちゃんと同じのにする」

 

結局、2人ともみつまめを頼むことになった。

「作って食べるのもいいけど、甘味屋で食べる甘いものって特別よね」

「そうね、お店で食べる甘いものって家とは違う良さがあるわ」

 

月子と星子。生まれと育ちは名古屋の熱田。花塚家に来てからはもっぱら家事仕事をこなす日々。彩りの少ない生活ではあるけれど月子と星子の2人には不足のないだけの暮らしができた。

 

ただそれは衣食住に限ったことで、殿方との出会いや交流は皆無と言ってもいいくらい機会がなかった。時折やって来る姫子の許嫁、土屋文治は殿方で素敵であるけれど女中の月子と星子には身分相応な相手である。何より文治は姫子のことしか眼中にない。姫子も大層文治に懐いていて付け入る隙などないのだから文治については不問なのである。

 

「私も良い男と素敵な時間を過ごしたいわ」

「そうねえ素敵な殿方と会う機会無いものかしら」「いっそのこと文治さまに頼んでみたらどう?星ちゃん」

「頼むって?」

「何か理由をつけて、花塚家に文治さまの部下の方を呼んでもらうとかほら、姫子さまの吃逆が止まらなかった日に男手が必要だったら呼んで欲しいって言っていたじゃない?」

「それは名案、と言いたいけどよく考えてみて月ちゃん。軍人の方って、ごつくてむさい人ばかりじゃない?だから私達のお眼鏡に叶う相手が来るとは限らないわよ」

「そうね、軍人さんで格好いい人がいるというのは期待しない方がいいかもしれない」

姦しく2人が話していると、みつまめが運ばれて来た。

「まあ、美味しそう!」

器の中には、四角い寒天と甘く煮た杏に炒った赤えんどう、が綺麗に盛られている。添えつけのみつは黒。白みつをかける甘味処もあるらしい。

明治の中頃に浅草で、生まれたこのみつ豆は大人が食べる甘味として大いに人気が出た。大正に入る前には全国津々浦々に広がり名古屋にもみつ豆が置かれているのは珍しいことではなかった。

「ここのみつ豆にはういろうが入っているのよね。」

「そうそう!何でも本当は捨ててしまうういろうの切れ端が勿体ないから、みつ豆にいれたらどうかって始めたのがきっかけだとか」

ういろうを短めに切ったものが寒天に乗っていた。

求肥を入れるところをういろうを入れたものらしい。

匙で寒天を掬って一口食べると爽やかな甘さが口の中に広がる。次に杏、杏の甘煮は甘さの中にきゅっとした酸味があり、赤えんどう豆は黒蜜の甘さとよく絡んで旨味を引き立てている。

最後にういろうを口に運ぶ、羊羹ともすあまとも違う独特な食感が良い。

「んーやっぱり美味しい」

「たまの休みに食べるとまた、美味しいのよねー」

しばらく、食べることに専念しているとふいに

月子が匙を置き話し始めた。

 

「新聞の身の上相談を読んだのだけど、皆考えること同じね。結婚のことや恋愛のことが相談内容にあったの」

「へえ、他の人達も惚れた腫れたという悩みはつきものなのねえ」

「それは結婚するとなればお見合いじゃない?お見合いする相手が自分と合わない方なら悩みも出てきて当然よ。かといって好きな人と駆け落ちなんてそうそうできやしないもの」

「そうね。結婚は家同士で決めるものというのが習わしだものね。」

「家を継続させる為の結婚か…浪漫がないわよね。」

口元まで持ってきた匙を止めてため息を吐く星子。

そう結婚とは義務であって好きな人と一緒になるものではない。花塚家に奉公してきた女中という身分であるからこそ結婚には夢を持ちたいという気持ちが星子と月子にはあった。

明治時代が終わって大正時代に入った今の時代。

見合いを中心にした結婚がもてはやされていることに変わりないが、自由恋愛というのに憧れてはいる。

 

しかし、自由恋愛をして好きな人と結ばれるということは親との縁を切り自分達だけで生きていかねばならぬということであった。相手がそれなりの金持ちなら話は別だが、貧しい者なら2人が暮らしていくだけの糧をまかなえる保証もない。身の上相談にも

相手が好きだけど、貧乏だから嫌だという投稿があった。それは好きという気持ちだけでは結婚はできないことを如実にあらわすものであった。

 

「でも、姫子さまは幸せよ。文治さまという方と見合いとはいえ好きな者同士結婚するのだから」

「そう、かしら?姫子さまはともかく文治さまは思うところがあるみたいよ」

止めていた匙を上の空で口の中に運び咀嚼し飲み込むと星子は何か知っているの?と月子に聞いた。

「星ちゃん。私見たのこの前文治さまが応接間で沢山煙草を吸っていたのを。それも二、三本なんかじゃないわ。十も二十も吸われていて灰皿が吸い殻の山になっていたんだから」

「まあ、そんなに!月ちゃんの言う通り思うところがあるのかしら。」

「あるんじゃないかしら、だけどなんというか姫子さまを嫌いになったとかこの婚約に気が進まないという風ではなかったの」

「だったらどうして煙草を山ほど吸うくらい悩んでいたのかしら」

「あくまで予想だけれど文治さまは姫子さまが何も知らないうちに家だけで結婚することを決めてしまったから後ろめたい気持ちがあったとか」

「でもそれなら婚約を破棄することもできたんじゃない?」

「それはきっと無理よだって、花塚家の大旦那様は相当なお金持ち。その縁談を断ったら金も同時に失うことになるもの」

「ああ、そういうことね。姫子さまを自由にしてあげたいけど家のためにそれは出来ないから文治さまは板挟みになっていると」

「無くは無いわね、その可能性」

根拠のない不安のタネが気になりはじめた月子と星子は、残りのみつ豆を急いで食べ終えると店を出た。

 

2人が花塚家に着いて、引き戸を開けると玄関には機嫌の悪そうな龍子が腰に手を当てて立っていた。出かけたきり帰ってこない2人に業をにやしたという風だ。

「たっ、ただいま戻りました。遅れてすみません」

「今何時だと思っているの?もう夕刻で夕餉の支度をする時間よ」

「ごめんなさい龍姐、少し話が弾んでしまって」

「そうなのつい、長話しちゃって…」

星子が許してというばかりに手を合わせて拝む。

「仕方ないわね。今ならまだ間に合うから手を洗って割烹着に着替えてきなさい」

「さすが龍姐、じゃなくてありがとこの借りはいつか返すから」

「喋ってないで準備しなさい」

「待って!ひとつ気になることがあって」

ぴしゃりと言ってさっさと奥へ下がろうとする龍姐を月子が呼び止めた。

「何?」

「文治さまのことなのだけど」

少し前に甘味処で話をしたことを、かくかくしかじかと伝えた。龍子は怪訝な顔をして

「はあ、どうせあなた達文治さまにそのこと直接聞いたわけじゃないでしょう」

「そう、だけど」

なら本人に聞きなさいと言ったきり龍子は背中を向けて行ってしまった。

「龍姐のケチ」

月子はむくれて、星子は苦笑いした。

 

 

 

茶の間

夕餉の準備が整い、皆揃ってご飯を食べている時、

月子と星子は互いに目を合わせて、そわそわしていた。隣同士なので小声でこそこそ話す。

(いざ聞こうにもどの頃合いで声をかけたらいいか)

(今聞かないと、文治さまと面と向かって話せる機会がなくなるわよ星ちゃん)

(わかってるでもどう話題を切り出したらいいか)

そうこうする内に敬次郎が、口にまだ白米が残っているのに話しだしてしまう。

「のう、土屋のこの前は随分待たせてすまなかったな」

「この前と言うと先週ですか」

「そうじゃそうじゃ。久方ぶりに将棋を指そうとなって、珍しい御影石の将棋盤を出そうとしたじゃろ?」

「ええ」

「物置きから盤を引っ張り出そうとしたら昔読んでいた古い本が出てきたから、つい読み耽ってしまった。かれこれ数刻は待たせたかの。あの時はすまんかったな」

「いえ、お陰で様々な局面を考えることができたので良かったです』

かたん

月子と星子が同時に箸を落とす。

(文治さまが煙草を山のように吸っていたのは)

(大旦那様を待っていただけ…)

(取り越し苦労ならぬ取り越し心配になってしまったわ)

(龍姐に言われた通り確認しないと本当のことはわからないものね)

 

龍子がほら、やはり貴方たちの勘違いじゃないという眼差しを向ける。月子と星子は、気まずそうに箸を拾って食事を再開した。

(無駄な心配よりも明日のための食事)

(女中になって良かったのは、美味しいご飯を食べさせてもらえることだもの)

「一番嬉しそうに食べてるのはこま子だけどね」

「そうね。こま子は食いしん坊だから。私達も負けずに食べるわよ月ちゃん」

「ええ」

憂ごともとい気になることが単なる勘違いだとわかった途端、月子と星子はご飯を食べる事に意欲を示す。そんな2人を呆れて見る龍子、にこにこしている

瑞子、こま子は食べる事に夢中、文治は姫子に御影石って何の石ですか?と聞かれ答えてやろうとしていた。

 

花塚家の団欒は今日も優雅な食慾と笑いに包まれ平穏に過ぎていったのであった。

 

終わり

 




前回の短編が完成まで、時間がかかってしまったので今回はもっと短い話をまとめたものを短編集として載せるという風に考えていました。
ただ、Twitterで掲載した話を載せるだけでは
つまらないので書き下ろし作品を入れようと書き始めたのですが、これが中々終わらず12月に入ってようやく完成した次第です。
軍隊関係の知識がない為それらを調べたり、食べ物の歴史、身の上相談は実際はどんな相談が寄せられていたのかなど調べて書くうちに字数がかなり増えてしまいました。

なのでTwitterやおまけの話より書き下ろしの方が長めになってます。バランス悪くてすみません。また、今回Twitterとおまけの話を再掲するにあたりこま子とおツルの方言を直したり追加したりしています。変換ツールで変換しているので少し変かもしれませんがご了承ください。

今回の短編集は原作の合間に文治と姫子と他の登場人物達が、こんなやりとりをしていたかもしれないを自分なりに二次小説として書いたものです。煙と蜜の原作と合わせて読むことで繋がりや面白さが出てくるので原作未読の方は是非原作を読んでみてください。

秋刀魚と寝相のあとの話
月子と星子がみつ豆を食べながら色々話す話。
ちょっとした疑いからひと騒動起こすものの
勘違いするというオチに挑戦してみました。
タイトルの優雅な食慾は萩原朔太郎の詩「閑雅な食慾」から取っています。

少し長くなりましたが読んでいただきありがとうございました。次はまた煙と蜜の短編を書く予定です。よろしくお願いします。

あとがき終わり

あとがきのあとがき
ハルタ89の作者コメント欄で長蔵先生ぎっくり腰だと書かれてましたけど心配ですね。
なんとなくなんですけど長蔵先生8時間以上座りぱなしだったりするんじゃないかな。
腰は座る体勢が一番負担がかかるんです。
なので、座ったり立ったりを交互にしながら作業しないとぎっくり腰がヘルニアになってしまうこともあるので気をつけて欲しいです。

無理したら駄目ですよ。私はまだ仕事できると頑張るのが一番あぶないですからね。
立ちながら作業できるスタンディングデスクがおすすめです。

なんだか先生へのメッセージになってしまいましたが、第4集は来年の春頃みたいなので楽しみにしています。4集の内容も今のところほのぼのしてるのでまだ戦争に行くというところまで描かれていませんのでご安心を
煙と蜜は第一から第三集が現在発売中です。前作ルドルフ・ターキーは全7巻。どちらも電子書籍でも購入できるので興味がある方は読んで見てくださいね。

今は冬の季節の話が描かれていますが、春と夏の話も楽しみにしてます。春の話にはあの目白が出てくるんでしょうかね
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