角田、三田、田丸も登場します。
第三師団歩兵第六連隊 射撃場
的を大きく外して弾が飛んでいく。
小銃を構えた兵がああ、と呻く間もなく、次!と上官の声が響いた。
動かない的に弾を当てる。ただそれだけのことが、なかなかできない。
できないと上官からお小言を聞かされ、下手すれば、平手打ちも喰らう。
新兵で銃の扱いに慣れない角田、田丸、三田は
一向に上達しない射撃訓練に、すっかり嫌気がさしていた。
「やる気はあるのかっ!!お前達!」
業を煮やした天道が顔を赤らめ怒鳴る。
「はっ!やる気はあるであります!」
すかさず捧げ銃で敬礼し形ばかりの返答をする新兵達だが内心は(早う終わってくれんかな)と思っていた。
しばらく、射撃を続けるも弾は虚しく的から外れるばかりで命中することはない。
幾度目かの叱責を受け、すっかり新兵達が縮こまりやる気を無くしていると。
「なんだ?初年兵か、新米どもだな」
目つきが怖く頬に傷のある下士官が角田達をじと睨め付けるように見てくる。
ギョっとしすぐ様敬礼する角田、三田、田丸。
少尉には銃礼、そしてその下士官には挙手の敬礼と慌しい。
(おい、あの人、軍曹じゃにゃーか?)
(肩章に黄色い線、星2つ。やっぱり軍曹だ)
(少尉殿の話を小耳に挟んだんだが、何でもあの軍曹、土屋少佐殿と一悶着あったと聞いとる。しかも少佐殿を殴ろうとして逆にやり返されたとも言っとったな)
(土屋少佐と言うと名古屋の観光地を俺たちに聞いとったあの人のことか?)
(ああそうとも、目の下の隈が怖くて西洋かるたが、どえりゃー強かった少佐殿よ)
(あんなに怖い少佐殿を相手に喧嘩するなんてとてつものう度胸ある軍曹だがや。大隊長に楯突くなんてわ)
(しかし、そんな軍曹に目をつけられるということは俺たちに問題があるんじゃにゃーか)
こそこそと話している初年兵をしばらく見ていた軍曹は、やがて天道の方に視線を移した。
「こいつらを訓練しているのは少尉殿か?」
「そうだ。私が直々に射撃を教えている」
「的に当たるようになった者はいないようですが」
天道に対して落ち着いた風に小銃を捧げてみせる鉄だが、天道を良く思っていないという眼差しを向けていることは明らかだった。
それに不服を感じた天道はすかさず
「君なら初年兵達が的に当てられるよう教えられるとでも言うのか?鉄軍曹」
「勿論、俺なら当てられるよう教えられます天道少尉殿」
すぐに返事をされると思っていなかった天道は
ぐっと唇を噛み締め悔しさをこらえた後、よろしいそこまで言うならやってみたまえと鉄を初年兵達の前へ行かせた。
(うわ、身体が大きゅうてひびりそう。天道少尉殿より怖いがね)
「もう一度撃ってみろ」
「は、はっ!」
三田がおどおどしながら小銃を構え撃つ。
弾はまたも外れて飛んでいった。
また叱責されると肩をすぼめた三田だが、一向に怒鳴り声は飛んでこない。
「構えがしっかりしていないから標準がずれる。今度は俺が撃つから見てろ」
三田を下がらせて、鉄が自分の小銃を構えると
構えの姿勢からじっと動かない。小銃を構えた先の視線は的に注がれたまま。
風が一瞬止んだ頃、乾いた音が二、三して
的の真ん中からわずか数センチの所に穴が空いていた。
「おおっ!俺たちがどんなに頑張っても当たらなんだのに、鉄軍曹は一回で的に当てた。すごいがね」
「失礼ですが、どうやったらそんな風に上手う、的に当たるようになりますか?」
田丸と角田が身を乗り出して矢継早に言う。
天道少尉は、口を開けたまま声が出ないでいた。まさか本当に当てるなど思っても見なかったからだ。
「射撃が上達したけりゃ何度も訓練するしかねぇな。撃ち慣れてくれば自然と的に当たるようになる」
「訓練を地道にこなすしかにゃーでありますね。わかりました」
三田が答えると鉄はその通りだという意味ねか不敵な笑みを浮かべてみせた。
「鉄軍曹、勝手に兵に教練を説くのは…」
天道が慌てて声をかけるも、その時丁度、ラッパの音(ね)が聞こえてきた。休憩のラッパである。
「では、俺はこれで」
鉄はそう言うと去って行こうとしたが、待て!と天道が呼び止め立ち止まった。
「俺にまだ、何か用がおありで?天道少尉殿」
いささか面倒そうに振り返るなり鉄は天道に向き直る。対する天道も真っ直ぐ鉄を見た。
「君は射撃が随分と上手いようだが、何か特別
なことをしているのか?」
「いえ、特には、日々訓練を続けているだけです」
「そうか。なに私が教えるよりも早く兵達が
的に弾が当てられるようになるとは思わなかったものでな」
「具体的なやり方を教えてやることができなければ
射撃も上手くはならないでしょう。失礼ながら、天道少尉の教え方は上手いとはいえないと、俺は思いました」
「ぐっ……しかしそれが事実だろうな」
生意気なことを言う。と思いながらも天道は自分が、教練を部下にするのが上手くないことを自覚しつつあった。教え方がきちんとしていれば、先のように兵達が射撃をこなすのも早くなるからだ。
「六藤大尉から聞いたが、君は確か土屋少佐といざこざを起こした者だったな。なんでも、ありもしない噂をながそうとしたとか」
「耳が早いですね。」
「私には不思議でならないのだよ。そんな問題を起こし帝国陸軍たるに相応しくないであろう君が、兵達の面倒を見ているのがな」
訝しむように目を細め鉄軍曹を見つめる天道少尉は、小銃を肩に下げると腕を組んだ。
「不思議ですか、あなたのような士官学校出の上官とは違い、田舎から出て来て兵になったやつらは右も左もわからないでしょう。わからないことは教えてやらなきゃならねえ、それだけの理由です」
呆れ軽く息をつきながら鉄は穏やかに言い返す。
「上官を信用していないというわけか」
「いえいえとんでもない。信頼はしていますが、どうにも兵の士気が下がってるようにみえたもので」
つい口を出してしまいましたと鉄。
「それより、初年兵どもが帰ろうとしていますがいいんですか」
言われて天道が後ろを振り返ると角田、田丸、三田の3人が天道のことなどお構いなしという風にそそくさと兵舎へ戻って行こうとしていた。これに慌てた天道は
「貴様らー!!勝手に訓練を終わりにするんじゃない」そう吠えて初年兵達を追いかけて行く。
「うわっ気づかれた!早う行くに」
天道が猛然と追いかけてくるのに恐れをなした角田、田丸、三田がどかどか走って逃げて行った。
段々と小さくなっていく天道達の姿が見えなくなる頃鉄はぼそ、とつぶやいた。
「階級ばかり上の連中は好きじゃねえな。天道少尉も少佐も」
遊郭でのいざこざが、鉄の中では未だに燻り続けていた。やり切れない気持ちを抱えたまま小銃を構え的を狙う。
(このままで済むと思うなよ。)
呪詛を込めて放った弾は的の真ん中を貫く。
(あの子供さえなんとかすれば、あいつも偉そうに出来なくなるにちげぇねえ。)
それを見て満足そうに笑った鉄の脳裏には姫子の姿が浮かんでいた。
終わり
寿と鉄のあとの話
もし、天道少尉と鉄軍曹が、軍隊生活の中で話をしたらこうなるのかなと考えながら書いた話。角田、三田、田丸はかなり適当に絡ませています。軍隊の外ではふてぶてしい鉄も中では、上官に渋々従っているのではないかなと。*原作では一度も話していません。