11月の終わり冬の気配が迫る頃。
文治は花塚家の応接間で一服していた。敬次郎と将棋を一局、指したあと、いつものように誉に火をつける。ふぅーと煙を吐き出すと、いつだか言われた事が脳裏に浮かんでくる。あれはいつ頃だったか…
「顔色が随分悪いが、持病か何か持ってるので?」
三寒四温。寒さ和らぎ春の暖かさと冬の寒さが繰り返す頃。文治は、突然男に話しかけられた。
「ははは…持病は持っていない。元々こんな顔でね。」
隈の濃い怖い顔を皆が見て恐る恐る声をかけてくることに、すっかり文治は慣れていたため、さも驚かず答える。すると、気を悪くしたのではないと安心したのか男はさらに
「そうか、俺は農家のもんでね椎茸を作ってるんだが胃が悪くて、治る見込みなしでな、もう少ししたら息子に椎茸作りを継いでもらおうと思ってるんだ」
よく見ると、痩せすぎた浅黒い顔に深い皺がある、労苦が滲んだ相貌の男であった。
「医者には?」
「ああ、医者に行くほどの病じゃないんだ。起きて動くのがしんどくなっちまってね贅沢な病だよ」贅沢な病と言ったところで卑下するように男は笑う。
「それは難儀だな」
「そうだ!あんた将校さんだろう?今度、次男が軍に入隊するんだ。もし、縁あって面倒見る機会があったらよろしく頼みます」
「貰うわけには…」
「胃を悪くしてからは、煙草も吸わなくなってしまってね。持っていても仕方ないんだ。」
逡巡して受け取ろうとしない文治を無視して、男は一息に言い切ると無理やり煙草を持たせて、じゃあよろしくと言うなり走り去ってしまった。
「土屋さま、土屋さま」
どのくらいの時間だったか、深い思案に耽る文治の意識を龍子の声が現実に引き戻した。
「ああ、すみません龍子さん。一服していたらついうとうと、してしまいました」
「こんなところで寝ていると風邪を召してしまいます。寝るのであれば、お帰りになってからにしてください」
愛想の無い声で言うと、龍子は周りの片付けを済ませていく。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「先日はありがとうございました。お返しします」
文治はふと思い出すと、龍子に何かを手渡そうとする。なんですか?と怪訝そうな顔でそれを見て龍子の顔が驚きに変わった。
「あら、無理して返さなくてもよろしいのに」
「いえ、あの時は助かりました。龍子さん、ありがとうございます」
朝日と書かれたパッケージの煙草が一つ。
「どういたしまして。ですが、女中に気をまわすことなんてしなくても大丈夫ですから」
「借りたものは、返しておきたいんです」
文治がふと表情を緩めて言うと、龍子は調子を崩したのか勝手にしたらよろしいとばかりに煙草を受け取り、会釈をして部屋を出ていこうとした。その時、トントンと扉を叩く音がして、文治と龍子がおや?と顔を見合わせる。
「どうぞ」と文治が言うと扉が開いてそこから姫子がひょこっと顔を出す。
「姫子さま、どうしました?」
「お爺さまに文治さまが、しばらく戻らないので見てきなさいと言われたので」
「すみません、そろそろ帰り支度をします」
文治が椅子から立ち上がると、姫子が龍子の手元の物に気づく。
「龍ねーねの煙草」
「これは、」
龍子が答える前に、文治が口を開いた。
「先日、お借りした煙草を返しました」
「文治さまが煙草をお忘れになった時に龍ねーねから借りた煙草ですね」
「ええ、あの時は本当に助かりました。」
「重ね重ねどういたしまして」
「文治さまも龍ねーねも優しいですね!」
ぱあっと顔を輝かせ、姫子がとびきりの笑顔で言うと。文治も笑顔になり、つられて龍子も笑顔になった。
(そんな優しい2人が私は大好きです)
そう姫子は心の中で呟いて両手を頬に当てた。
終わり
空と煙のあとの話
文治がうとうと寝て昔のことを思い出すというイメージがふと浮かんだので書いてみた話。しいたけ農家のおやじさんはオリキャラです。
原作には登場しません。過去の夢と現実を煙草が繋いでいるという感じ。