シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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番外
ルドルフの尻尾の毛は綺麗だな【1】


トレセン学園ではトレーナーとウマ娘にそれぞれ寮が与えられている。

 

勿論入寮については強制ではなく、実際に実家や下宿先から直接学園まで通うトレーナーや生徒もいるわけだが、それでも大半の者は寮を利用しているようだ。かくいう私もその一人である。

トレーナー寮が学園の中にあるので通勤が楽という事情もあるが、なんと言っても設備が素晴らしい。セキュリティは言わずもがな、洗濯機や冷蔵庫、テレビや電子レンジといった家電も備え付けで、おまけに最新式なのだ。

防音も過剰なほどしっかりとしていることから、夜中であっても気軽に洗濯機や乾燥機を回すことができるし、シャワーも浴びることもできる。服や体が汚れることも多く、また夜遅くまで業務に勤しむ我々にとってはありがたいことこの上ない。さらにはハウスクリーニングを始めとした各種サービスも格安で利用することも可能だ。

もっとも、これらの福利厚生はすなわち学園からの期待の裏返しでもあるわけだが。これだけの待遇を用意してやってるのだから、ちゃんとしっかり結果を出せというメッセージを含んでいるのだろう。もっとも、その程度の圧力で折れてしまうようでは中央トレーナーという職業はやっていけないし、私自身特に気負うような所もない。そもそも誰に言われずとも、トレーナーというのは常に結果に追われている生き物なのだろうが。

 

そして、それと同じぐらい充実しているのがウマ娘寮だ。食事やらなんやらの補助も入れれば、あるいはトレーナー寮すら凌駕するだろう。日本最先端かつ最高峰のレース環境を標榜し、なにより徹底したウマ娘ファーストを掲げるこの学園においてはある意味で当然の話かもしれない。衣食住が欠けてしまえば、そもそもレースどころの話ではないからね。

そんなウマ娘寮は、さらに二つの名前に分けられる。一つは栗東寮、そしてもう一つが美浦寮だ。入寮を許可された生徒がどちらに所属するかは学園が決定し、その通達に従って正式に荷運びと入寮手続き、相方との顔合わせが行われることになる。この振り分けについてはなにやら基準があるらしいが、生憎一介のトレーナーの耳にはとんと入ってこなかった。

 

私の担当であるルドルフとシービーは、二人とも美浦寮に所属している。

 

そして今、私がひっそりと入り口を潜ったのも、まさにその美浦寮なのであった。

扉を開き、玄関で靴を脱ぐととりあえず目立たないよう脇に揃えて置いておく。いくら多数の者が利用する場所とはいえ、流石に革靴が堂々と放置されていては目立つことこの上ない。別に後ろめたいことなど何一つとしてないが、生徒ではなくトレーナーであり、それ以前に男である私はこの寮において異物そのものなのだから。なるべく存在を消しておきたいと思うのが道理だろう。

受付のカウンター脇に掲示された名簿を確認する。ここには美浦寮に所属するウマ娘全員の名札が掲げられており、それをつけ外しすることによって誰が外出中かを一目でチェックできる仕様だ。あくまで自己申告のため必ずしも正確な情報とは限らないものの、少なくともこれを見る限り二人とも今はこの寮にいないらしい。恐らくルドルフは生徒会の関係で、シービーもシービーでなんらかの用事があるのだろう。なんであれ好都合だ。

 

受付の来訪者名簿に名前を記入し、私はさらに奥へと進んでいく。ホールを抜けて奥手にあるエレベーターに乗り込み、上へ向かうボタンを押した。目指すは四階、この寮の最上階にあるルドルフとシービーの寮部屋だ。私の担当になる以前から、奇遇にも二人は同じ美浦寮に入れられており、さらには部屋まで同じものを与えられていた。

エレベーターの扉が開くと、目的の部屋は丁度目の前。入り口から真っ直ぐ進むだけというかなり便利な配置なのだが、生憎ルドルフはともかくエレベーターの苦手なシービーはこれを活かせていない。どんなに急いでいる用事があっても、わざわざ廊下の両端にある階段を利用している始末だ。見かねたルドルフが部屋の変更を申請しているそうだが、生憎許可の通る見込みはないらしい。

 

預かっていたカードキーをスライドさせて解錠し、ノブを引いて中に立ち入る。

扉を潜ると、そこから続くのは一本の廊下。脇にはトイレとキッチンが備え付けられている。部屋風呂はなく、入浴は共同の大浴場で済ませているらしい。廊下の先には広い一部屋の寝室があり、両脇にはそれぞれベッドが据え置かれている。二人のウマ娘を一つの部屋に収容するというのは、見方によってはトレーナー寮のそれより過酷と言えなくもないが……仮にも二千人という生徒を抱えている以上、致し方のないことだろう。天下のトレセン学園といえど、その保有する敷地の面積は無限ではない。

 

「しかし、だいぶ散らかっているな……」

 

私が今日ここに訪れた理由は部屋の掃除。今朝二人から頼まれたのだ。

 

誤解のないように言っておくと、ルドルフもシービーも本来かなり几帳面な性格である。自分のことは大体自分でやってしまうし、あまり他人の手を煩わせるといったことを好まない。個人的にはもっと頼って欲しいと思うのだが、こればっかりは気質の問題だからどうにかなるものでもないだろう。

しかし、今私の目の前に広がる光景はおよそ几帳面からはかけ離れている。汚部屋という程のものでもないが、あるべき所にあるべきものが収まっていない感じ。おおよそ長期間かけて徐々に徐々に散らかっていった結果、いよいよ手に終えなくなったといった所だろうか。

………最近のルドルフは忙しいからな。生徒会を一人で切り盛りするのは尋常なことではない。シービーだって暇じゃないわけだし。なんにせよ、さっさと片付けてしまおう。

 

手始めに、換気のために日光の射し込む大きな出窓を両開きに開放する。最上階なだけあって、ここからの眺めは中々のものだ。

ざぁっと、つめたい秋の風がこちら側に吹き込み、私の前髪は涼しげに揺らされた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……こんなもんでいいでしょ」

 

とりあえず本来の場所に物を戻し、床を掃き、角やサッシに積もった埃を拭き取って、ついでにベッドのシーツも整えておく。洗濯物については触れないでおいた。流石に年も性別も異なる人間に触れられたくはないだろうし。自分達でちゃんと洗濯機に放り込んでおくよう指示しておこう。

 

窓の外を見ると、もうだいぶ薄暗くなってしまっていた。季節も季節だから日が落ちるのも早い。風もだんだんと冷たさを増し、部屋の温度も下がってしまっている。私は窓を閉め、エアコンのスイッチを入れた。

 

温かい風が吹き込んでくる。それにあたりながら、私は椅子なんかより余程心地いいルドルフのベッドに腰掛けた。他人の部屋のベッドに勝手に座るのは行儀の良くないことだが、ここは一つ掃除の報酬として見逃して欲しい。

 

「…………………ん」

 

ふと、ベッドの端にキラリと光るものが目に映る。取り上げて見てみると、それは細く滑らかな一本の鹿毛。とても長く、それでいて丈夫さと柔らかさを兼ね備えているもの。これは間違いなく、ルドルフの尻尾の抜け毛だろう。夕焼けに照らされて黄金色に輝いており、その感触も相成って絹糸のような印象を抱いた。

他にもないかと目を凝らして探してみると、さらに数本同じものが見つかった。掃除が行き届いてないというより、そもそもの数が多いのだろう。この時期になると、厳しい冬に備えてウマ娘達は換毛期と呼ばれるサイクルに入る。細くて柔らかな毛が抜け落ちて、代わりに固くて丈夫な毛が生え始めるのだ。ただでさえ膨大な食糧を必要とするウマ娘という生き物。実りの乏しい冬という季節において、体温の低下を抑えて少しでもエネルギーの消耗を減らそうという生存の知恵である。

この様子を見るあたり、既に換毛期も終わりを迎えているのかもしれない。今度、ハウスクリーニングでも要請しておこう。

 

「ふふ………」

 

数本の鹿毛を人差し指と親指でつまみ、そのままくるくると回してみる。キラキラと、角度を変えるごとに美しい光沢を放っている。今度は趣向を変え、両端を指で摘まんで回転させてこよりを作ってみる。完成したそれを左右に引っ張ってみるが微動だにせず、さらに数秒間本気で張力を加えることでようやく真ん中からぷつんと切れた。これは、ともすれば銅線より丈夫なのではなかろうか。

大したものだ、と素直に思う。柔らかくて、滑らかで、美しくて、それに極めて頑丈。それはやはり絹糸のようで、人間に存在するどんな体毛とも異なる異質な存在。

 

好奇心に駆られて、シービーのベッドからも数本尻尾の抜け毛を採取する。先程と同じようにこよりを作って引っ張ってみると、こちらもまた同じぐらい頑丈なようだ。まぁ、同じウマ娘かつ歳も近いのだから当然だろう。

 

 

 

そうやって私が二人の尻尾の毛で遊んでいると、不意に部屋の扉が開かれた。

 

「お帰り、二人とも。言われた通りやっておいたよ」

 

「お、ありがとうトレーナー。最近結構ヤバい感じだったし、中々アタシ達も腰が動かなくてね。やっぱりキミに頼んで正解だったかな」

 

「ただいま、トレーナー君。すまない、本当なら私達も加わりたかったのだが、どうしても時間を食われてしまった。………ところで、なにをしていたのかな?」

 

「ああ………二人の尻尾の毛で遊んでたんだ」

 

ルドルフの問い掛けに、頷きながらそう答えを返す。ついでに指で摘まんだそれもヒラヒラと振ってやった。果たして二人からちゃんと見えているかは分からないが。

 

「尻尾の毛って………トレーナー、キミはそういうのが好きなの?まさかトレーナー室でもこっそり収集していたり?」

 

「そう言えば、世の中にはそういった趣味もあると聞くが……君もそういう人種だったのか」

 

「違う。本当にただ単純に、好奇心に駆られていただけ」

 

その私の言葉に、意味が分からないといった様子で小首を傾げる二人。彼女達にとっては生まれた時からずっと当たり前のように付き合ってきたものだから、そこに好奇心とか言われた所でピンとこないのだろう。

 

「私達ヒトにはないものだからね、尻尾というものは。この毛についても、例えば髪の毛などとはまるで手触りが違う。だからどうしても特別感を持ってしまうんだ」

 

「未知なる故の神聖視というものだろうか」

 

「かもしれないね。なんにしても、ウマ娘の尻尾というのは古来一つの象徴でもあったから」

 

ヒトとウマ娘の間における、外観上の最も大きな違いは耳と尻尾。ただし、形状が異なるとはいえ耳と呼ばれる器官については我々にも備わっているのに対し、尻尾やそれに類似した器官は存在しない。だからこそ、ヒトは昔から彼女達の尻尾というものにある種の信仰心を抱いてきた。

ウマ娘の尻尾の毛を入れたお守りは弾除けになるとか、悪戯で尻尾を踏みつけた人間が祟られて死んだだとか、そういった逸話などそれこそ履いて捨てる程あるのだ。

 

「………特別感、か。なら、トレーナー君ももし生やせるなら尻尾が欲しいのかな?私達ウマ娘と同じような尻尾が」

 

「そうだね。うん……欲しいかな。手触りもいいし、なにより冬でも暖かそうだからね」

 

「別にアタシ達だって、わざわざ自分の尻尾で遊んだりなんてしないけどね。そりゃ確かに手触りはいいかもしれないけど」

 

「とはいえ冬の間は暖かいというのはトレーナー君の言うとおりじゃないかな。もっとも、後ろについている以上あまり暖をとるには向かないかもしれないが」

 

「実用性の面でいうなら虫を追い払うぐらいだよね、それこそ。とはいえ、冬の間は羽虫も飛ばないわけだからあんまり役に立たないかな。……なのに一丁前に換毛だけはするから、ホント部屋だけ汚れて困っちゃうよ。手入れのお金だってバ鹿にならないからね」

 

私の感想を聞いてやや否定気味のシービーと、顎に手をやりなにやら思考に浸っているルドルフ。概ね私の主張に対する共感は得られなかったらしい。換毛を筆頭に色々手間もかかるだろうし、持たざるが故のお気楽な意見と捉えられても仕方ないだろう。

 

「ともかく、やることはやったからね。時間がないのも分かるけど……今夜からはなるべくこまめに掃除しておくんだよ」

 

「了解した。感謝する、トレーナー君」

 

「分かったよ。ありがとうね……ママ」

 

「誰がママだ」

 

夜も近い。いくら許可をとったとはいえ、暗くなった後もここに残るのは良くないだろう。そろそろヒシアマゾンが巡回を始める時刻だから、それまでには寮を出てしまいたい。

 

そう考えた私は、二人との尻尾談義を切り上げて足早に部屋を後にした。

 

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