シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

102 / 126
ルナちゃんのなつやすみ

 

私はこの辺りの地理にはあまり明るくないのだが、それでもこの屋敷を出て数十分ほど歩いたところに、大きな繁華街があることは知っていた。

ルドルフに連れてこられたのも、まさしくその街である。彼女が用意したという服に身を包み、私は中心を一本貫く大通りをぽつぽつと歩く。見覚えのある店、知らない店が混在していて、見ていて懐かしさと新鮮さが同時に押し寄せてきた。

全体的に、レジャー関係の施設が増えただろうか。

そう言えば、近年この街もアメニティの推進とやらに取り組んでいるらしく、それも地域の若返りを目指すためなのだとか。なんにしても、こうして若者向けの商業が進出してきている辺り、その試みは功を奏しているのかもしれない。

もっと詳しく観察したい気持ちもあるものの、それをぐっと押さえつける。気を抜けば意識から外れてしまいそうになるが、これでも仕事の最中なのだ、私は。

 

ポップコーンとドリンクの空容器を片手に、映画館を練り歩く姿からはとても想像つかないだろうが。一応、お出かけの範疇ではある。

私の隣を歩くルドルフなんかは、普段の凛々しさもどこかにやったのか大層ご機嫌な様子であり、担当のリフレッシュという点で意味があったと言えるだろう。

 

「『ウマ娘の夜明け』……か。まさか、シリーズ化されるとは思わなかったよ。前にトレーナー君と見たときは、そこまで客の多くなかった記憶がある」

 

「いや、確かあの時は公開から三週間は経ってなかったか。最初の週はかなり盛況だった筈だよ。その時は……その、別のものを……観ていたけども」

 

別のもの。確か『初恋キャロットケーキ~恋はにんじんより甘く~』だったか。ヒトである私の感覚からすると、にんじんの甘さを強調されてもいまいちしっくり来なかったので、それがかえって記憶に残っている。

あのにんじんとはきっと、作中のキャロットケーキそのものを指していたのだろうが……。

 

中身と言えば、タイトルそのままの甘酸っぱい青春恋愛物語だった。派手さは欠けるものの中々によく練られたストーリーで、実は数年経った今でも記憶に残っている。

だからだろうか。それについて言及した途端、妙に現状を意識して噛んでしまった。ルドルフとは数え切れない程二人きりでお出かけしてきたものの、今日はどこか雰囲気が異なる。

 

それはやはり、私と彼女の服装のお蔭だろうか。

ルドルフが私のために用意したのは、黒のトップスに白のフレアスカート。意匠はシンプルながらも、輪郭がはっきりと浮き出る組み合わせとなる。通気性に優れた薄手の生地は、この春暖には丁度いい案配ではあるものの、やはり気恥ずかしさが拭えない。

対照的に、ルドルフはスカジャンとデニムを見事に着こなしていた。いつもの緑の私服とはうって変わって、無骨な男らしい印象を放っている。

どちらかと言えば逆じゃないかとも思うのだが、サイズの都合上取り換えることも出来ないのでこのままだ。遠目に見れば、真っ昼間から映画館をぶらつく気ままなカップルにも見えるだろう。言うまでもなく、ルドルフが彼氏で、彼女は私。

そのギャップにあてられたか、先程からどうしても隣を歩く彼女を意識してしまい……誤魔化すように、どうにか新しい話題をひねり出す。

 

「そう言えば、夜明けの方には君にも声がかかっているんだったか。噂で聞いたよ。確か次回作あたりだとか」

 

あの映画は、競技ウマ娘のレース人生にスポットを当てた、伝記形式のドキュメンタリー作品だ。

前作と今作は、それぞれ戦中と戦後の経済成長期を扱ったもので、時系列から考えるなら次ぐらいにはルドルフやシービーにお鉢が回ってくるだろう。

担当自慢になるが、彼女達を抜かしてこの国のレース史は語れない。実際に出演するかどうかは別として、話を持ちかけられるのは必然とも言える。

「ん……ああ、うん、確かに申し出はあったよ。アポは全てトレーナー君を通してくれと言ったきりだが。そもそも身のある話でもなかったからね。叩き台すら出来ていない」

 

「そうか。まぁ、そもそも最新作が劇場公開されたばかりなんだから、本当に構想の前段階といった程度なんだろう」

 

「そもそも、本格的に着手するとなると、担当トレーナーである君にも声がかからなければおかしいからね。君の母君もそうだったろう」

 

「ああ、それもそうだな」

 

スポットを当てられるのはウマ娘だとしても、その活躍を語る上で担当トレーナーへの言及は欠かせない。場合によってはメインで扱われるウマ娘と抱き合わせで、出演を打診されることすらあると言う。

 

なにを隠そう、母がまさにそれだった。

もっとも年に一度、大手のレース誌から発行される特集号への顔見せすら、徹底拒否するほど露出を嫌う彼女のこと。直談判に訪れたスタッフを敷居も跨がせず叩き帰したのは記憶に新しい。

その後も粘り強く、私や先輩に取り成しを懇願してきたものだが……結局全てが空振りに終わり、ウマ娘とトレーナー二人揃って代役で済ませたのだったか。

 

「もし私が出演することになったとしたら、君も一緒に出てくれるかい?」

 

「ああ、勿論。私はルドルフのトレーナーだからな。君が望む限り、どこまでも一緒に付き合うとも」

 

「ふふっ……ああ、頼もしいな」

 

あえて感想を述べるわけでもなく、思わず漏れてしまったとでも言うべき素直さで、ルドルフは嬉しそうにそう呟いた。

普段の彼女であれば、ここで甘えるように腕に抱きついてくるところであるが、しかし今日は少し違った。腕を抱きかかえこそしたものの、擦りついてくるのではなく逆に自らへと引き寄せてくる。

 

強い力だった。ルドルフの身体能力については、たぶんこの世で二番目に……ともすれば、本人よりも詳しく把握している自信はある。

それでも、数値の上で理解することと、こうして直に体感することとでは受ける印象も全く異なる。彼女に抱き寄せられること自体は、決して珍しいことでもないのだが、ヒトの身だと種族差というバイアスがかかるのだ。相手はウマ娘なのだから、腕力で負けるのも当然だろうと。

だが、こうして仮にも同じウマ娘となり、種族として同じ土俵に立ったことで、ようやくその力を正しく実感出来るようになった気がする。違うんだ……私とは圧倒的に。

 

赤いカーペット敷きの館内を、肩をくっつけながら歩く。正確には背丈の違いから、私の頬がルドルフの肩にひっつく形。こちらに顔を寄せているのか、ウマ耳にかかる吐息がくすぐったい。

平日の真っ昼間ということもあり、通路を行き交う客はまばらだ。それでもすれ違った者は全員、こちらへちらりと視線を送ってくる。中には振り返る者まで。ウマ娘となり、敏感になった五感で分かってしまう。

 

「視線が気になるかい。ああ、そう言えば変装を忘れていたね。皆、私が気になっているのだろうか」

 

「……白々しい」

 

「ふふ……ああ、すまないな。少し意地悪を言ってみたかっただけなんだ」

 

ごめんねと囁きかける、その笑いすらも白々しい。見ていて思わず目を覆いたくなるような、白昼堂々繰り広げられるそんな甘ったるい睦み事を、周りの人達はどんな思いで眺めているのだろう。

呆れるか、奇妙な光景だと息を呑むか、特に気にせず通り過ぎるのか。いずれにしても、こんな私達の姿を前にして、彼らが連想する関係性など一つしかあるまい。

 

腕を掴まれ、肩を抱かれて密着させられる。今の私とルドルフの身長差も相まって、いよいよそういう関係にしか見えなくなってくる。その誤解を解くためには、彼女から身を引き離すしかないのだろうが、不思議とそうする気にはなれなかった。

決してこの状況を受け入れたわけではないにも関わらず、抵抗する気持ちが起きない。どうせ敵わないだろうという諦めにも似た気持ちが止めどなく沸き起こり、体から力が抜けてしまう。

生物としての規格が違うとすら思える程の、重苦しい威圧感……覇気。なまじ同じ土俵に立ったばかりに、生々しい実感として理解させられた。不特定多数に放たれれば、それはカリスマとして受け止められるのだろう。

 

そんなものを、密着したまま一身に浴びせられればどうなるか。この胸の中で早鐘を打つ鼓動は、きっと甘酸っぱさからくるものではない。

肉体的素質に個体差があるという点では、ヒトもウマ娘もまるで違わない。ルドルフはその中でも

 

そっと眼球だけを動かして見上げると、気を抜けば吸い込まれそうなほど深い紫の瞳と交差した。それは凪のように穏やかで、見事に内側を覆い隠している。おかしなもので、つい先程まであれだけ気を張っていた癖に、見つめ合うなかで熱の引くように動悸が落ち着いていった。

ずっと眺めていたくなるような安心感だったが、生憎ここは公共の場所。周囲の人気を思い出して渋々ながら目線を外す。

 

「おや、残念」

 

「あっ……」

 

そんな私に、ルドルフは惚けるように笑いかけると、お返しとばかりに抱き寄せる腕の力をより一層強くした。

 

そのお蔭で、彼女の腕から胴の輪郭、肉付きや温かさまではっきりと感じ取れてしまう。

女性らしい丸みを帯びた柔らかさをしっかりと残していながら、同時に決して自然には身に付く筈のない堅さとしなやかさをも両立させている。ウマ娘の平均よりもやや高めの体温に、柔剛兼ね備えた強靭な肉体は爆発的な熱量を内に灯していて、あたかも成熟した獅子のような生命力を醸し出す。

女性にこう表現するのは不躾かもしれないが、雄々しいという形容が最もしっくりくると思う。なにもかも忘れて身を預けたくなるような、重厚な雄性がそこにはあった。

 

「さて、このまま外に出ても良いが……久々に羽を伸ばす機会だからな。もう一本ぐらい見ていこうか」

 

そう言いながら、尻尾を巻き付けてくるルドルフ。最初こそ二人の尾の先端が触れ合う程度のさりげなさだったのが、こちらがなにも言わないのを良いことに抜け目なく絡みつかれてしまった。

受け身のままでは駄目だと分かっていながら、彼女の絶え間ないスキンシップを前にすると、ただただ流されるままになってしまう。声を上げない抵抗は、かえってルドルフを喜ばせるだけだというのに。

 

されるがままに尻尾を遊ばせていれば、ふと斜め前方から飛んでくる一際熱の籠った視線。

チュロスの紙袋とオレンジジュースを両手に持って、肩から提げたスクールバッグを揺らしつつ群れている五、六人あたりの集団。校章を見るに、ここからさらに南に下った女子校の生徒達だろう。今日は休校日なのか、それとも全員で授業を抜け出してきたのか。

興味のないふりをしつつも、隙を窺うように私達……特にルドルフへと、熱を帯びた関心を向けている。

私ですら察知出来るほどなのだから、当のルドルフが気付いていないわけがない。にもかかわらず、会釈はおろかただの一瞥も彼女達にくれなかった。

普段の愛想の良さは鳴りを潜め、その存在すら目に入っていないのかとすら思えてしまう淡白さ。己の興味は、隣のウマ娘にしか向けられないのだと言わんばかりに。

 

誰もが敬愛するかの皇帝の寵愛を独占しているという、その事実を確かなものとして認めた瞬間。

途方もない満足感で、あっという間に心が満たされていくのを自覚した。

 

 

ああ……これは不味い。戻れなくなってしまう。

 

「……トレーナー君?」

 

「あ……ああ。分かった。今考えるから、ちょっと待ってて」

 

「まぁ、そこまで気負うこともないさ。あくまで息抜きだからね。飽きたら下の階でもぶらつこう」

 

「分かった」

 

気のない返事と共に頷く。

勿論このままウィンドウショッピングと洒落込むつもりはない。なんの目的もなく、ただルドルフの隣のいるのは危険な予感がする。

 

なにか、なんでも良いから別のことに気を逸らそうと、ポケットに捩じ込んでいたパンフレットをパラパラと捲り、上映中の作品一覧に目を落とす。

今日のところはルドルフに任せっぱなしだったものだから、実は今週なにが公開されているのかも把握していない。パンフレットを開くことすら、これが初めてのこと。

年度始めということもあってやることが多く、事務作業に慣れたここ数年においても、この時期はアミューズメントに意識を向ける余裕がない。続編である『ウマ娘の夜明け』はともかく、初見の新作を選ぶとなるとやはりだいぶ迷ってしまう。

それでも私と同様、あるいはそれ以上に多忙な筈のルドルフが、きっちりと目玉を抑えていたのは流石と言うべきだろうか。

 

立ち止まり冊子を眺め出した私を、ルドルフは館内ホールの柱に寄り掛かったまま邪魔にならないよう見守っている。

元々彼女は気の長い性格だ。それに今日の場合、映画鑑賞そのものを目当てとしているわけではなく、どうも私と出掛けることそれ自体が目的だったようなので、こうして隣にいるだけでも不満は無いのかもしれない。

逆に言えば、滅多に単独行動を許してくれないということでもあるが。こちらとしても、一応はお出かけの業務中という建前がある以上、彼女を放ってはおけないという事情も踏んでのことだろう。

 

「………ん」

 

なるべく当たり障りのない……それこそ甘酸っぱいボーイミーツガールなんかは絶対に回避することを肝に銘じつつ、縮小印刷されたポスターを俯瞰していたところ、思いもかけずよく知った顔が目に入った。

 

修道服をモチーフとした勝負服に袖を通したウマ娘。長く垂らした漆黒の前髪と、それに反発するかのごとく逆立った一房の流星。真っ白な肌は陶器のように滑らかで、血の通っていない無機質な印象を受ける。

そうして陰気を纏いつつも、前髪の隙間から覗く金色の瞳だけは、暴力的な生命力を孕みつつこちらを睨み付けている。そのギャップは、今にも爆発しかねない不安感を醸し出し、片時も目の離せない危険な魅力を演出していた。

 

そのタイトルは……

 

「『運命に噛みついたウマ娘』……ルドルフ、勿論君はこの作品のことも知っていたな?」

 

「ならどうして教えなかったと聞きたいんだろう?答えは単純。必要ないからだ」

 

「なにを……」

 

「私は君の担当で、君のチームメイトであり、そして彼女はそのどちらでもない。"お出かけ"の最中において、君が目を向けるべきウマ娘は果たしてどちらだろうか」

 

ポスターの右隣に四角で囲まれた役者の一覧を、ルドルフは顎をしゃくって示す。

 

小さな文字でびっしりと書き込まれた名前。そのトップを飾る主演はかの米国二冠ウマ娘サンデーサイレンス……に扮したマンハッタンカフェ。

あの人は決してメディアに出たがらない。ましてや映画なんてもってのほか。紆余曲折の果てに、容姿が似ていて、劇中の年齢にも近いという理由から彼女に白羽の矢が立った。

どうやらカフェにはその道の才能があったようで、製作陣からの評判もすこぶる良かったとか。ただ、いざ撮り終えた途端に恥ずかしくなったのか、公開日含め詳細についてはなにも教えてもらえていなかった。

たぶん、今日たまたまこうして映画館に足を運んでいなければ、少なくともシアターで見る機会は逃していただろう。いくら忙しいといえども、これからはもう少しアンテナを張っておくべきだと反省する。

 

ホールの壁に嵌め込まれた掲示板を見やれば、タイミング良く入場が開始されたところだった。

すぐさま券売機に向かい、二人ぶんのチケットを購入する。慌てて後を追ってきたルドルフは、私の肩越しにそのタイトルを見るや否や不服そうに目を細めた。

 

「トレーナー君?」

 

「違うな、今の私はルドルフのチームメイトだ。君がそう言ったんだろう?先輩として、後輩の我が儘の一つは聞いて欲しいな」

 

「む……」

 

ルドルフは世話焼きというか、誰かに頼られる事を好む性格だ。しかしながら、親愛より先に畏怖が来るためか、一般の生徒達と容易に打ち解けられていない現状があり、それにやるせなさを抱いている。

だからこそ、こういったアプローチにはかなり弱い。如何せんこれまで共にやってきたチームメイトはシービーであるし、生徒会で補佐するエアグルーヴもあの調子だから、後輩に甘えられるというシチュエーションそのものに飢えているのだろう。

テイオーへの可愛がりっぷりを見れば明らかだ。どうも本人は、公平公正かつ適正な距離感を保っているつもりらしいが。

 

 

なにはともあれ、今はその弱点を最大限利用させてもらおう。

私は取り出し口から飛び出したチケットを重ねて指に挟むと、ルドルフの袖を引きつつ指定された入場口に足を向けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。