シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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【閑話】ただでは終われない者達

 

カイチョーとトレーナーが一緒にいなくなった……なんて話がボクの耳に届いたのは、午後のレース講義が終わってすぐのコトだった。

 

消えちゃった、なんてわけでもなくて、たんにお出かけに行っただけだと思うけど。端末にインストールしたトレセンのポータルサイトから、トレーナーの出勤カレンダーを何度見返したところで、今日の部分にはその表示しか記されていない。

トレセンはそのあたりの融通がよく利くっていう話を、入学した翌日の授業で担任の先生から聞いた気がする。だから、ボクは別にそこまで焦っているとか、困惑しているわけじゃなかった。

……まぁ、正直なところ、昨日トレーナーの身に降りかかった災難が、あまりにもインパクトが大き過ぎたっていう部分もあるけど。アレと比べれば、この先なにが起きても取り乱すことはないと思う。少なくとも、トレーナーに関係する事件なら。

 

だけどシービーが言うには、そう単純な話でもないみたいだった。

なんでも、一日限りのお出かけならシービーもそう焦ることはなかったらしい。それ自体が結構怪しい話ではあるけど、ひとまず脇に置いておくとして……問題は、トレーナーが今日に限らずこれからも当分学園には戻ってこないだろう、とのこと。

人伝に聞いた話によれば、カイチョーの実家でしばらくトレーニングをつけてもらうんだって。ボクはその家についてはよく知らないけど、マックイーンの実家みたいな名門だって噂は聞いたことがある。

なら、力をつけるぶんには問題ないのかもしれない。むしろ下手に授業とかに時間を取られないぶん、そっちの方が効率的なのかな。トレーナーがトレーニングをつけてもらうというのは、少しあべこべな気もするけれど。

 

まぁ、とにかくそんなワケで。ボクはトレーナーについては、実はそこまで心を痛めているつもりも無かった。

我が事ながら、少し薄情過ぎるかもしれない。ただこれは決してトレーナーを蔑ろにしているだとか、トラブルを楽観視しているわけでもなくて、たんにかのシンボリルドルフが動いているならきっとなんとかなるだろうと言う、ボクからカイチョーへの絶対的な信頼によるものである。……いや、それを楽観視って言うのかな?

 

「だからさ、シービー。そんなに悩んでもしょうがないよ。トレーナーならきっとカイチョーがなんとかしてくれるってば」

 

そうひそひそ声で励ましながら、ボクは隣のシートにぐでっと身を預ける先輩を覗き込む。

 

容姿に優れるウマ娘という種族においても、とびきりの美貌だと評判の三冠バ。同じ性別、同じ種族であるボクから見ても、お世辞抜きに端正だと思えるそれは、今は見事なまでに翳ってしまっていた。

セルフマネジメントのお陰か、肌荒れや太り気味といった目立つ不調は見当たらない。ただ、その淡い青色を湛えた瞳は、ぼんやりと虚ろに光を失ってしまっている。それがかえって、保護欲を掻き立てる儚い美しさを醸し出しているのは、流石というかズルいというか。

ボクの投げやりな慰めに心ここにあらずといった様子で頷きながら、肘置きに立て掛けたバケツ大のポップコーンに手を突っ込むシービー。手の平一杯のそれを口の中に放り込み、美味しくなさそうに咀嚼するとニンジンジュースでまとめて流し込む。

そんな自棄食いが許されるのも、トレーナーがついてない日の特権なのかな。お出かけに出ているカイチョーとは別で、今日のボク達は完全にオフだった。

 

「トレーナーはともかく、カイチョーがいつまでもいなくなっちゃうワケじゃないんでしょ?生徒会長のお仕事があるんだから」

 

「ルドルフは正直なんだっていいのよ。トレーナーがね……はぁ」

 

とても静かな、だけど地の底まで沈みそうなほど重々しいため息を溢しながら、肘置き越しにポップコーンのボックスを渡してくれる。ボクにははちみつドリンク片手にそこから一口ぶんポップコーンを掴み取った。

これらも映画館のチケットも、学園からここまでの電車代まで全て先輩が持ってくれた。普段はカイチョーが世話を焼いてるから、こういう時ぐらいは奢らせて欲しいって。遠慮するのもかえって失礼だと思うから、甘えさせてもらっている。

 

「だいたいなんでトレーナーがここにいるって知ってるのさ。ボクだって聞いてないのに。まさか、いっつも居場所を追ってるわけ?」

 

「モチロン。それに現在地だけじゃないよ。六年間更新し続けてきたアタシのデータにかかれば、この先一週間程度の動きはだいたい掴める」

 

「今はカイチョーもいるのに?」

 

「ルドルフも計算に含めてだね」

 

「うわぁ……」

 

前々から……と言ってもチームに加わってまだ数週間だけど……薄々感じてはいたけども、ボクのチームの先輩二人はどっちも独占欲が強い。

カイチョーは隠しているつもりでかなり分かりやすいけど、シービーも普段は飄々としてる癖に、こして不意打ちで牙を見せてくるから心臓に悪い。

ボクはともかく、箱入り娘なマックイーンはこのチームに入らなくて正解だったのかも。

まぁ、あっちもあっちで、トレーナーとエースがまとめて素行不良だってもっぱらの噂だけど。まだ右も左も分からない新入生の間ですら噂が立つ程だから、それはもう筋金入りなのだろう。

 

と言うか、たった今、まさしく張本人がボク達のすぐ側にいるんだけど。

やさぐれたシービーの向こう岸には、どっかりと足を組んでふんぞり返るシリウス先輩の姿。さらにその奥手には、タキオン先輩が真面目なのか不真面目なのかよく分からない顔でスクリーンを眺めつつ、なにやらしきりに頷いている。

そしてそんな二人に挟まれて、シービー以上に魂の抜けきった成れ果てと化しているのは、目の前の大画面で今まさに啖呵を切っている主演女優、『漆黒の幻影』マンハッタンカフェその人だった。

 

「ねぇ……カフェ先輩……大丈夫?」

 

「……殺して。いっそ……殺して下さい……」

 

あ、まだどうにか会話は成立するみたい。なんとかギリギリ、本当に辛うじてだけど。

 

これでも映画館に入るまでは、本当に元気一杯だったと言うか、殺気立ってたのに。張り込みも疲れるから一旦休憩ってことになって、自然な流れで映画を観ていこうという話になり……そうなれば、この面子で選ぶタイトルなんて一つしかない。

限界まで伏せられていたチケットを渡されて、ようやくその正体を知った途端にイヤイヤと抵抗し始めたカフェ先輩を、数の力にモノを言わせて無理やり引っ張ってきた結果がこれだった。もう成れ果てを飛び越して、ただの脱け殻。

自分の演技を知人の前で、それも映画館の大スクリーンでたっぷり120分に渡る鑑賞会をされているものだから、精神的に取り返しのつかないダメージを負ってしまったらしい。冷静に考えれば、途中退席してしまえばいいだけの話なんだけど……そこにまで考えの至らない程の致命傷なのかな。

 

現実のマンハッタンカフェとは対照的に、画面の向こうの彼女は暴力的な生命力を放っている。プロの役者に混じっているにも関わらず、彼女の演技は全く劣っていない。ともすれば、凌駕しているのではないかとすら思えてしまう程。

ただ本物と似ているだけじゃない。確かに容姿はそっくりだけど、ただそれだけなら良いキャスティングだという以上の印象は残らなかったハズ。ここまで主張が効いているのは、カフェ先輩独自の味が出ているからに他ならない。それもサンデーサイレンスというキャラクターのノイズにはならず、一つのアクセントとして昇華されている。

一番初めのプロモーションで、監督や共演者の人達がべた褒めしてるのを見た時は、いきなり大抜擢された先輩へのフォローか、先輩のファンに向けたアピールだろうと勘繰ったものだけど。あの評価がお世辞でもなんでもない本心から来るものだって、今になれば良く分かる。

実際、批評したがりなあのタキオン先輩ですら、今は素直に感心しているようだった。

 

「いやぁ、カフェも中々どうして達者なものじゃないか。その道でも大成出来そうだねぇ」

 

「うん、ボクもそう思う。もっと皆にも観てもらえばいいのに。どうせ全国公開しちゃってるんだからさ」

 

「それにしても小慣れているものだ。これが初舞台とはにわかには信じがたい。元々我々は、ごく一般的な美的感覚に基づけば容姿に恵まれている種族であり、とりわけ競技ウマ娘ともなれば人前で走り歌い踊ることとなる。そういった自己肯定感や経験が活きているのか……」

 

「……はぁ、はぁ……うっ……はぁ……!!」

 

ああ、とうとうコミュニケーションも怪しくなってきちゃったみたい。

お腹と胸の境目あたりを押さえながら息を荒げている。こんなになるぐらいなら、最初から請けなきゃ良かったと思うんだけど……カフェ先輩曰く、メディア嫌いな母親への反発心が動機だったらしいけど、誰よりもダメージ負ってるのはたぶんこの人だ。

 

ミイラ取りがミイラになるって、まさにこういうことを言うのかな。

タキオンと並ぶこの鑑賞会の共同提案者で、最初は弄る気まんまんだったシリウス先輩も、今はその有り様を横目に見ながら黙って組んだ足を揺らしているばかり。

カフェ先輩やタキオン先輩のさらに先輩で、それにカフェ先輩とは学園入学前からの付き合いだって聞いてるけど、そんなウマ娘ですら気後れする程の惨状だった。

 

「大丈夫?カフェ先輩。お腹痛いの?」

 

「……………うぅ…………」

 

「泣いちゃった!!」

 

「バ鹿お前。コイツが痛めてるのは腹じゃなくてココだよココ」

 

カフェ先輩に代わって、サムズアップの親指で自分の心臓のあたりを示しているシリウス先輩。

 

「って言うか、なんでシリウスまでここにいるのさ。違うチームでしょ」

 

「私達は契約を交わしたばかりだからな。こうして担当トレーナーの人となりを把握しとくのもトレーニングの一環ってワケさ」

 

「そのトレーナーはいいって言ってるの?」

 

「なにも言ってこないってことは許容してんだろ。それよりお前、新入生の癖してなんで呼び捨てなんだ。それも私だけ」

 

「それは……」

 

「アタシが許可したんだよ。先輩なら先輩らしい振る舞いをしなきゃねシリウス。少なくとも、トレーニングをフケるのは模範的じゃないかな」

 

「んなこと言ったら、コイツもタキオンもお前らのチームとは違うじゃねぇか」

 

「私達のチームも、今日はちゃんとオフだからねぇ。外出届も二人ぶん、しっかり学生課まで提出してあるとも。もっとも、記入したのも持っていったのもカフェだが」

 

「ハンッ。カフェはともかく、よくお前に許可が下りたもんだ」

 

そう吐き捨てて、シリウスはもぞもぞと落ち着かなさげに尻尾を椅子の穴に通して揺らしている。

あくまで静かに、だけど。一応上映中だから。ただ平日の午後から映画館をぶらつくような人間にとって、ある種教育的なこのテのドキュメンタリーは肌に合わないのか、ホールにはそれなりに人がいたにも関わらず、このスクリーンに観客は殆どいない。ほぼほぼボク達の貸し切りとなっていた。

 

 

それでも……この五人以外全く誰もいないというわけじゃない。

真ん中の通路すぐ後ろに並んで腰掛けているボク達よりずっと前方、最前列の中央に二人並べて座っている。明かりの落とされた部屋の中だからぼやっとしたシルエットしか分からないし、この距離だといくらウマ娘でもお互い声なんて届かないけど。

でも、ずっとその後を追っていたボク達なら見間違える筈もなかった。あれはカイチョーとトレーナーで間違いない。

 

一応お出かけという体にはなっているけども、ボクとシービーはオフという事で置いてきぼりを食っているあたり、どう言い繕ってもあれはデートにしかならないんじゃないかと思う。

きっと、カフェ先輩のつながりで選んだんだろうけど、それにしたってわざわざこんな作品をチョイスするあたり、二人揃ってマジメを極めてる気がする。せっかく二人きりならもっとこう……イチャイチャしてるのを観ればいいのに。まぁ、隣のシービーの掛かり具合からして、後々イチャイチャどころかドロドロになりそうだけど……もうなってるのかな。

 

シートから身を起こしたと思ったら、その勢いのまま目の前の手摺に顎をのせるシービー。違う意味でドロドロになってるやる気のなさだけど、そのウマ耳だけはしっかりと後ろを向いていた。学園の正門を抜けてから……違う、ランチが終わった後、カフェテリアまでボクを迎えにきた時からこうだった。

途中で四人から聞いた話をまとめると、どうも見事にシービーはカイチョーにしてやられたと言うか、完膚なきまでに出し抜かれたみたいなので、それも仕方ないのかもしれないけど。

 

ただ、さっきから前の二人に向けて尋常じゃない圧を放っている気がする。流石、何年もターフで君臨し続けてきただけあって、ただ横にいるだけのボクですらびっくりしてしまう程。

それを平然と無視してるカイチョーも凄まじい。隣のトレーナーの戸惑いを見る限り、絶対に気付いていない筈がないのに。

二人ともボクにとって、二人きりのチームメイト。この中に割り逝ってしまったんだ、ボクは。別に後悔はしてないけど、もうちょっと心の準備が欲しかったような。恋は戦争だと言うけれど、その当事者が三冠ウマ娘となれば洒落にならない。とりあえず、あの日トレーナーにキスしたことは隠しておいて良かったと心から思う。

 

 

そして肝が据わってるのは、なにもカイチョーだけじゃない。

 

「さぁさぁ、いい加減元気を出しておくれよカフェ。この上映に限っては私達の他に客もいないのだから、そう恥ずかしがることもあるまい」

 

「笑えるぐらいガラッガラだもんなここ。やっぱり真っ昼間から観るには面白くないか」

 

「………悪いですか………?」

 

「ちゃんとプライドは持ってんのな、お前。チッ……めんどくせぇ……」

 

皆、威嚇を飛ばすシービーの事なんか我関せずと言わんばかりに、気ままなひそひそ話を続けている。

よく考えれば、ここにいる全員がG1レースで結果を残したウマ娘達。勝ち続ける中で度胸がついたのか、それとも度胸があるからこそこれまで勝ち続けれこれたのか。ただ一つ確かなのは、ボクもそうならなければならないということ。

三冠ウマ娘の威圧すら、適当にあしらえるぐらいにならなければ。

 

 

ずっと前を向いていたカイチョーが、ふとこちらを振り向いた。

 

その輪郭は曖昧で、顔なんてとてもじゃないけど分からないにも関わらず、ボクとシービーを見据えているのだとはっきり分かる。

だって、向こうから飛んでくる殺気は、まさしくたった今隣のウマ娘が放っているものと全く同じで。それに感化されたのか、さっきから感じていた怒気が一際強くなった。それにカイチョーまで呼応して、二人の間で際限なく高め合っていく。

それは、直接言葉を交えるよりも、ずっとずっと濃密な果たし合い。

 

「ぴぇ………」

 

 

友達以上仲間でライバルって、こういうことなの?ねぇ、マックイーン……。

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