シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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「トレーナーの実家に遊びに行こう」

 

『過激な取材が増えています』という警告というか、注意喚起が学園事務局から届いたのは、一日のトレーニングを終えて寮に帰った直後のことだった。

学生専用のイントラネットや私用のメールボックスに加えて、ポストにもその旨が紙一枚投函されているときたのだから、中々に気合いが入っている。

 

過剰といっても、暴力行為だとか不法侵入だとか、流石にそこまでのレベルではないようだけど。逆にそこまでやらかしてくれればなんの気兼ねもなく警察に突き出せるし、百戦錬磨の記者達はそんなヘマをしない。

問題は中身だ。競技ウマ娘としての諸々にとどまらず、もっとプライベートに踏み込んだ部分。一般にアタシ達が人に知られたくないと思う領域であって、それがスキャンダルの類いであれば最高なのだろう。

 

「注意、って言われてもね……。トレーナーに言ってよ、こういうのは」

 

なにをどう気を付ければ良いというのか。

アタシ達にとって流出させたくない情報なのだから、アタシ達自身の口から外部に……ましてや報道関係者なんかに公表されるわけがない。というかそうやって本人から任意に聞き出している時点で、過激な取材でもなんでもないのだから。

すなわち情報源となり得るのはもっぱら他人。学生は親兄弟と離れて暮らしているから、最有力は公私ともにほとんど毎日顔を会わせている担当トレーナーに他ならない。

ウマ娘の育成のみならず、マネージャーとしての性質も兼ね備えている以上、マスコミと直接やり取りする機会だって段違いに多いわけだし。

 

誰に向けたわけでもない呟きだったが、向かいのベッドに腰掛けたルドルフは、それを耳敏く聞きつけたようで。

律儀に脚の爪を切る手を一旦止めると、顔を上げてこちらを覗き込んでくる。

 

「なにも余計な口がトレーナーだけとは限らないだろう。こと私生活について言うなら、寝食の大半を共にしているルームメートの方がよっぽどじゃないかな」

 

「あー……確かに。それはあるかもね」

 

寮部屋で分かることなんてたかが知れているが。

そもそも組み合わせによって格差も大きい。やっぱり共同生活には、人それぞれ向き不向きというものがあるから、全てのペアが仲良しこよしというわけでもないのだ。

とはいえ同じ部屋で生活する以上、流石に犬猿の仲というケースは稀である。その珍しいケースの一例が、他でもないアタシと入寮間もないルドルフの組み合わせだったのだが……いつの間にやら、随分と関係も進展したものだね。

 

「トレセン学園生徒会長シンボリルドルフが、生徒会発行の週刊紙を読みもせずに爪切りの下敷きに使ってることとか」

 

「これの起草から脱稿、推敲までの全過程において私が携わってるんだから良いのさ。わざわざ読み返すまでもない。それよりも、君こそ我が身を省みるべきではないかな、シービー?」

 

「ん?どういう意味?」

 

「君はまず服を着てくれ」

 

床に脱ぎ捨ててあった、アタシのスウェットの上下を放り投げてくるルドルフ。ひょいと身をかわせば、張り替えたばかりの壁紙にぶつかってシーツの上に崩れ落ちた。

 

「同性同士なんだから別に良いでしょ。見られて恥ずかしいような身体はしてないし。ほら、見てよこの腹筋の仕上がり」

 

「見ない。それとこれとは話が別だ。いくらプライベートとはいえ、そういった気の緩みがいずれは公にも波及するんだ。だいたいそんなずぼらでは、一人暮らしなんてやっていけないんじゃないかい」

 

「つれないの。あ、分かった。ルドルフってば、アタシの方がプロポーション良いから嫉妬してるのかな」

 

「私の方が戦績は良いけどね」

 

「全く可愛くない戦績だけどね」

 

別にアタシが脱ぎたがり見せたがりってわけじゃない。単純に、下着が一番楽ってだけの話。

元々アタシは一人っ子ということもあって、共同生活というものに憧れてこそいたのだけれども、しかし常に他人の目を意識するというのは疲れてしまう。

 

「……じゃなくて、外に流れたら不味いネタの話をしてるんだけど」

 

「うん?だからそれが今言ったことじゃないのか?……もしや君、それが恥ずかしいという自覚すら喪ってしまったのか?寮だけじゃない、部室でも好きに着替え始めるのも……」

 

「え、いやちょっと。なんでそれをルドルフが知ってるわけ?少なくともアタシ、部室じゃキミの前で着替えたことなんてないハズだけど」

 

「トレーナー君から聞いた。シービーのために更衣室が必要かなって、愚痴っていたよ」

 

「あんの……」

 

ホント、そういうところだからね。

アタシが一体どんな気持ちで……まぁいい。

 

「へぇ。うら若き乙女の秘密をそんなあっさりとバラすなんて。キミは随分とまた彼に信頼されているんだねぇ、ルナちゃん」

 

「待て。その幼名はシリウスとトレーナー君しか知らない筈……」

 

「トレーナーから聞いた」

 

「……………………………………そうか」

 

うわぁ。ルドルフってば、すっごい嫌そうな顔してる。

アタシにそう呼ばれたことか、トレーナーに勝手にバラされたことか、一体どっちだろ。どっちもかな。

 

ただ、今はそれよりも、心に急浮上してきたこの疑念をどうにかしなければならない。

ルドルフもまた、アタシと同じ事を考えているようで、落ち着かなさげに耳をバラバラと動かし始める。

 

「……さ、流石にトレーナー君だって、チームメイトである私達の間ならともかく、外部の取材者に明かすことはないんじゃないかな?」

 

「どうだろうね。時と場合によるんじゃない?こういう時、絶対そうだろうなんて思い込みは全くアテにならないものだよ。キミだって、自分の幼名が勝手にバラされてるなんて、夢にも思わなかったでしょ」

 

「そ、それはそうだが……」

 

「保障が必要なんだよ。トレーナーがアタシ達の情報について、ネットに流れてる以上のものを口外しないっていう保障が」

 

あるいは秘密と言い換えてもいい。

アタシとて、あのトレーナーが無闇矢鱈に秘密を流しまくるとは思わないけど。むしろ口は固い方だろう。

ただ、それでも信頼以上のセーフティをかけておくことでアタシたちは安心できる。そもそも信頼などというものは、ある程度の根拠を下地にして初めて成り立つものなのだから。

 

「保障……トレーナー君本人の口から確約してもらうということかな」

 

「それはあくまで前提だよ。それだけだとたんなる口約束に過ぎないし、だいたい『貴方は秘密を守ってくれますか?』なんて聞いたところで、『はい』以外の返事が貰えるわけないじゃん」

 

「ああ、つまり君は武器が欲しいわけだ」

 

「うん。それもとびきりのやつを。トレーナー君がアタシ達の秘密を漏らすことで、結果的にアタシ達と同等か、それ以上の被害を被るような代物を」

 

「それによって、我々はみな一蓮托生になるというわけだ。核抑止論さながらだな」

 

そう、まさに核爆弾級のものなら最高だ。ただの約束の担保のみならず、いずれは別のなにかにも応用が効くかもしれない。

となると、一つ二つでは心許ない。質量ともにハイクラスで、尚且つ世に出回っていない秘密なら最高だ。

 

「と言っても、あまり見当がつかないな。私の知る範囲においては、トレーナー君はそこまで派手な暮らしぶりをしていない。収入に比べれば、むしろ堅実な方だろう。叩いたところで、肝心の埃が出てくるのかどうか……」

 

「一番近くにいるアタシとルドルフですら知らないってことは、本当になにもないんだろうね。"今は"」

 

「……まさか、これから作り出すとでも言うんじゃないだろうな」

 

「あはは、違う違う。アタシだってそんなことはしないよ。逆だよ逆。見るべきは現在でも未来でもなくて、過去。それも、証拠があれば言うことなしかな」

 

過去。トレーナーがトレセン学園に入ってくる前の話。

アタシはこの学園で彼と巡りあった。だからそこに至るまでの過程を全くと言っていいほど知らないんだけど、幼い頃から繋がりのあるルドルフはよく知っている。それも、かなり深いところまで。

アタシにとって、それはちょっとしたコンプレックスとなっていた。

 

逆に彼が学園に採用されて、シンボリフレンドの下でサブトレーナーとして活動していた一年。アタシが中等部一年生だった頃の彼を、ルドルフは知らないわけだけど。それでも、トータルで過ごした時間で見るなら彼女の方がずっと上。

良い機会だ。この機に乗じて、アタシの知らない彼をとことんまで暴き立ててしまおう。

 

「それならシリウスか……マンハッタンカフェにでもあたってみるか。前者はともかく、後者はかなり期待できるからな。実際に教えて貰えるかどうかは、こちらの出方次第となるだろうが」

 

「それも良いけどさ。せっかくだから、もっと根っこの方に直接手を入れてみない?たぶん、キミでも知らない話をうんと掘り出せるんじゃないかな」

 

アタシも彼の母親にご挨拶しておきたいからね。もうそろそろ良い頃合いだろう。むしろ遅すぎたぐらいかもしれない。

もっと早くに行っておくべきだったかな。それこそ、ルドルフがここに入学してくる前ぐらいには。

 

「ね、ルドルフ。トレーナーの実家に遊びにいこう」

 

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