シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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破天荒な彼女

 

トレセン学園からその手紙が届いたのは、俺が母国への出張から帰って来た直後のことだった。

 

長40の茶封筒には校章のスタンプが押されていて、一目で差出人が分かる仕様。元々あそこでトレーナーをやってた俺だから、その関係で、連絡が来ること自体はそう珍しくもない。

いつもと違ったのは、引っくり返した裏面に記載された組織名が、理事会やら事務局やらではなく、生徒会だったということだろうか。

俺はトレセン学園のトレーナーでこそあったものの、生徒ではなかった。故に、そんなところから声をかけられる謂われなどない。

 

面倒だ。そういう一風変わったお便りは厄介事だと決まっている。この俺の豊富なバ生経験から導き出せる真理だ。

正直このまま見て見ぬふりをするか、なんなら切手を貼り替えて送り返してやりたいぐらいだったが、そうするともっと面倒が大きくなるという確信が俺を思い止まらせる。

 

封を切って逆さに振ると、飛び出してきたのは四つ折のA4用紙。

ご丁寧にもサインの上に印鑑まで捺されていて、正式な通達だということは明らかなのだが……。

 

「……んん?」

 

そのサインが不可解だ。

現生徒会長であるシンボリのガキが記名するのは分かる。だがその下の名前は一体なんだ?

いや、素性は分かっている。シンザン以来十数年ぶりの三冠ウマ娘。問題は、何故そいつが連署しているのかということ。

名前の頭にくっついた肩書きは、前トレセン学園生徒会長。本来、副会長あたりが出張ってくる場面とはいえ、しかし現生徒会の関係者と言えなくもないのが尚更混乱の種である。

 

それにほんの少しだけ興味を惹かれて、文面にもざっと目を通してみる。

起草したのは現生徒会長の方か。お手本のような、子供らしさの欠片もない格式張った文章は、時差ボケにやられた頭には少々キツい。

それでもどうにか拾い上げた情報を咀嚼するに、どうも俺へのインタビューの話らしい。昔の話。ただし俺ではなく、連中のトレーナーについての話。

 

俺は自分自身の昔語りを一切しない主義だ。気持ちのいい話ではないし、なにより一方的に憐憫を押し付けられるのは腸の煮えくり返るような不快感に苛まれる。

己の過去という領域に土足で踏み込まれること自体がまずもって腹立たしい。

おまけにここ数年、三冠ウマ娘が立て続けに誕生したこともあってか、鬱陶しい取材依頼が相次いでいた。

 

俺の過去を漁る奴は誰だろうが許さない。その手の依頼は一つ余さず全て蹴ってきたのだが、しかしアイツの話とはね。

ミスターシービーはさておき、シンボリルドルフならそれなり以上のことは知っているだろうに。それでもこうしてわざわざアポを通してきたということは、よっぽど切羽詰まってると見える。

 

「あー……どうしたもんかね」

 

はっきり言ってしまえば面倒くさい。が、それさえ我慢すればかなりオイシイ話のようにも思える。

なにせこちらに失うものがないのだ。それで天下のトレセン学園生徒会に恩を売れるのなら、曲がりなりにもレースに関係している身としては御の字である。

昔の話……"情報"というのがまたいい塩梅だ。なにせ俺以外に供給源なり得る者がいないのだから。

念のため、子供二人には黙っているよう後で釘でも刺しておこうか。

 

早速返事をしたためようと万年筆をとって……俺はふと手を止める。

互いに損のない話。ただし、勝手に取引のネタにされる義理の息子を除いては。

過去を暴かれる痛みについては、他ならぬ俺自身が一番理解している筈。

それなのに、本人に無断でこんな話を進めることは、果たして許されるべきことなのだろうか?

 

そう考えを巡らせて、俺は……

 

 

「……ま、いいだろ。別に減るもんじゃあるまいし」

 

そんな良心を秒で切り捨て、用紙の裏に筆を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフに案内されたトレーナーの実家は、想像よりずっと大きかった。

あと意外とトレセン学園に近い。郊外もいいところだが、一応は東京の中にある。ルドルフ曰く、家主が偏屈なので、案内なしに辿り着くのは困難らしいが。

 

「大きいね」

 

「一応、住宅兼事務所という形になっているんだ。彼女は本当に手広くやっているんだ。もうちょっと離れた場所では孤児院も扱っている……まぁ、それはおいおいかな」

 

「へー」

 

「?どうしたシービー。なにか気に触ったかな?」

 

「べーつに。なんにも。お気になさらず!」

 

立て板に水を流すような流暢な説明。そして迷いのない足取りからして、ほんの一、二回ここに訪れたという程度ではあるまい。

かつて話に聞いていた以上に、深い交流があるらしい。本当に面白くない。

 

ルドルフはそうか、と呟いて歩みを再開する。

バスを乗り継いで、小洒落た並木道を流した先にある静観な住宅街。低層マンションが建ち並ぶいわゆる振興開発地帯という場所ではなく、どちらかといえば昔ながらの風情があった。

 

そんな中でも、この家は一等存在感を放っている。

地上から全貌は窺えないけれど、それでも一目で広大だと分かる敷地を、ぐるりと瓦敷きの塀が囲っている。

両開きの門は重厚な木製で、インターホンすら場違いに思えてしまうほど。これはまるで……

 

「武家屋敷、のようだろう?事実、一からこれを建てたわけではない。彼女が買い取ったのさ」

 

考えが顔に出ていたのか、アタシの思考を引き継ぐルドルフ。まるで自分のことのように得意気な様子。

彼女の実家だって大概であるし、なんならこれよりもずっと規模が大きいのだが……この屋敷は、それに負けず劣らずのなにかがあった。

それは情緒とか、格式とか………あるいは歴史と呼べるものなのかもしれない。

 

「本当に大名の屋敷だったの?」

 

「さぁ、そこまでは知らないが、名士だったことには違いあるまい。なんにしても、異邦人である彼女がよくもまあ見つけ出したものだ」

 

「その頃から日本に興味があったのかな」

 

「どうかな。少なくとも今ではすっかり日本かぶれだが」

 

呆れた様子のルドルフ。

筋金入りの外国かぶれであるシンボリ家のウマ娘が言ったところで、あまりにも説得力がないのだけれど。

 

 

まぁ、アタシにしたってここの家主のことは知っている。

トレーナーやマンハッタンカフェ、マンハッタンカフェのトレーナー、それにシンボリフレンドから聞いたこともあるし、そもそもこの国でレース競技に携わる者なら知っていて当然である。

ずっと昔に海の向こう……アメリカで活躍した二冠ウマ娘だ。それが引退後、どういうわけか日本に渡り、中央でもトレーナーとして実績を残している。

 

レースに直接関係する点では同じだが、競技ウマ娘とトレーナーでは求められる才能がまるで異なる。端的に言ってしまえば、競技者か指導者かという違いだ。

レース競技で結果を残したところで、トレーナーに転向したとたん鳴かず飛ばずの例など枚挙に暇がない。逆もまたしかり。

後者の例になるが、シンボリフレンドなどまさにその典型だろう。いや、彼女も菊花賞に出走していたわけで、上澄みであることは間違いないが、流石に妹と比べると見劣りする。逆にルドルフが指導する側に回ったところで、彼女ほど大成するかはかなり疑わしい。

 

そんな中で、双方を極めた彼女の才能は比類ない。月並みな表現になるが、天才というわけだ。

そしてきっと、その才覚は未だに衰えていないのだろう。

いくら成り上がったといえども、たった一代でこれだけの屋敷とそれに見合う生活を維持しながら、悠々自適に暮らすことは難しい。

ルドルフはさっき、手広くやってると言っていた。それはつまり、今も数々の領域に手を入れて、成功を納めているということ。

 

異才。だからこそ、新たに浮上する懸念もあるわけで。

 

「アタシ全然その人の話聞かないんだよね。おかしくない?これだけの成功者なら、テレビとか新聞とか出るもんじゃないの?」

 

「だから言っただろう、偏屈だと。人嫌いというか、猜疑心が強いというか……とにかく軽々しく近寄られることを酷く嫌う。好かれるよりも、嫌われる方が気分が楽だと言い放つぐらいだ」

 

「社会不適合にも程があるでしょ」

 

「好戦的、暴力的、唯我独尊。もっとも、その貪欲さで以て勝ち続けてきたこともまた事実だろうが……」

 

ルドルフにしては歯切れが悪い。まぁ、気持ちは分かる。

そんな一般的にはおよそ受け入れがたい気質を備えながら、しかしかのウマ娘は疑いようもなく勝ち組にいた。果たして見倣うべきか否か……。

 

「人となりは知らないとしてもだ。あの返信を見ればおおよそ察しはつくだろう」

 

「まぁね」

 

アタシのポケットの中には、くしゃくしゃに畳まれた茶封筒が一つ。

あろうことか、彼女はアタシ達への返答を、取材依頼の文面をしたためたA4用紙の裏に書き殴って寄越してきた。

中身も簡潔に、『応相談』の三文字。つまりアタシ達は、実際に話を聞けるかも分からないまま、こうしてはるばる出向かされている。

それを徒労に終わらせたくないというこちらの心理を利用して、少しでも『交渉』を有利に進めようという魂胆なのだろう。

 

走るだけが能のウマ娘ではない。レースに留まらず、権謀術数もこなせる類いの強者だ。トレセンでは殆ど見ないタイプの。

こんな粗野な立ち振舞いをしていながら……いや、それすらも演出の一つなのかもしれない。

いずれにしても、アクの強い人物であることに間違いなかった。

 

「会いたくないなぁ……」

 

「君から会いたいと言ったんだろう。もうここまで来てしまったんだ。早めに腹を括ってくれ」

 

「はぁい……」

 

ルドルフはアタシを振り向きもせず、インターホンのスイッチを押す。

しかしいつまで経っても反応がない。ふと上をみると、監視カメラが首を下げているのを見つけた。なんだろうこれは。一気に暴力団の事務所っぽくなったね……。

 

「いない。……筈はないな。確かに気配は感じる。仕方がない。勝手に邪魔するとしよう」

 

「鍵は?」

 

「必要ない」

 

言うや否や、ひらりと身を翻して壁を駆け上るルドルフ。あっという間に、塀の向こうへと姿を消してしまった。

程なくして、反対側から壁を小突く音が三回響き、ついてこいという指示。

 

「えぇ……」

 

そりゃあ、確かにアタシ達にかかれば、こんな塀ないも同然だけど。

でも、ただでさえ危険人物と分かってる相手に、こんな真っ正面から喧嘩を売るなんてどうかしてる。どうかしてるが、他にどうしようもないので仕方なく後に続いた。

 

 

同じように飛び越えて着地し、臥せた顔を上げると、目の前には先行していたルドルフと……さらにその先で、仁王立ちする一人のウマ娘。

獣駆除で使うような、アタッチメントのついたライフル銃を手に提げながら、アタシ達を睨み付けている。

 

 

マンハッタンカフェによく似ていた。髪の色も、長く垂らされた前髪の隙間から覗く満月の瞳も。

だけどその肌は、夏の太陽の下でもなお不気味な程に青白くて。不自然に内側に曲がった脚も相まって、この世のモノから外れた印象を受ける。

しかしその瞳だけは、あたかも寿命の尽きかけた恒星のように、爆発寸前の生命力を湛えながら揺らめいていた。バサバサに乱れた青鹿毛は、まるで伝説に生きる大鴉のような。

 

アタシやルドルフよりも、ふた回りも小柄な体格。

いや、上背だけで言えばそこまで大きな差はない。少なくとも、女性の平均以上はあるだろう。

だけどそのひん曲がった片脚と極限まで贅肉を削ぎ落とした上半身のせいで、実態以上に華奢に見えた。

 

そう、そんな肉付きまで見えてしまうのだ。だってこのウマ娘、庭とはいえ仮にも外であるにも関わらず、上になんにも着けていない。小振りで形の良い乳房が丸見えだった。

ハーフパンツにサンダルを履き潰しただけの、完全なるトップレス……うん、分かるよ。だってその方が楽だもんね。

 

「お久しぶりです。それで……どうして裸なのでしょう。サンデーサイレンス殿」

 

「後で返り血洗うのが楽だからに決まってんだろうが殺すぞ」

 

ゆったりと落ち着いた、これまた娘そっくりの声色でそう言い放つと、サンデーサイレンスは髪を揺らしながらライフルの照準をこちらに向ける。

その動作は身体に染み付いているかのようにスムーズで、お手本のように綺麗な構えのまま、引き金にそっと指をかけた。

 

……有言実行の鬼かな?

 

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