とにかく、これは不味い状況だ。言うまでもなく。
一瞬、あのライフル銃が本当は遊戯銃かなにかで、ただアタシ達を脅してるだけかもなんて考えたけど、まぁそれはないだろう。
あの銃には、なんていうか本物臭さがあるし、なによりここでそんなまだるっこしい真似をするようなウマ娘には思えなかった。
いくらウマ娘といっても、流石に銃弾より速く動くことはできない。
それはルドルフにおいても同じことで、結局二人して銃口を前に身動きがとれなくなってしまう。
「なんで......だってアタシたち、ちゃんとアポは取ったじゃん」
「だったらなんだよ。だいたいアポ取ったからって、人んちの塀越えて不法侵入していいわけねぇだろ」
そうだけど......そうだけど!!
でもインターホン押しても出てこなかったあの時間、絶対
仮にも最初はベルを鳴らして門を叩いた来訪者、それも事前に面会の約束を取り付けていた客人相手に、最初から返り討ちにするつもりで準備してたでしょ、この人。
「それに、まだ依頼を請けるって決めたつもりもねぇ。あん時、俺なんて返事したっけか」
「え......お、応相談って」
「そうそう!!だから、まずはここでその話を詰めようか?お前らが来客か侵入者かは、その結果次第だな」
「なっ......」
なんてヤツ。あろうことか、この状況下で交渉をおっ始める気だ。丸腰のアタシ達相手に銃を突きつけて......交渉というより、これじゃただの脅迫だろう。
太陽はちょうどアタシ達の真上。前髪で顔を覆っていても障るのか、少し眩しげに目を細めながらも、こちらから視線は逸らさない。贅肉の欠片も見当たらないその肢体は、骨と皮ではなくまさに筋肉質の見本といったところ。
喧嘩慣れしてそうだなぁ。やけに肝の据わった態度は、決して武器を手にしている優越感だけから来るものではない。
「ええ、分かりました。いいでしょう。こちらは最大限、そちらの要求を呑みましょう」
対するルドルフは慣れた様子で、あっさりとそう言い放つ。
思い切りがいいのは結構なんだけど、さっきからキミの先行にアタシも思いっ切り巻き込まれてるんだけどね。
ただまぁ確かに、この圧倒的劣勢な状況をどうにか切り抜けるには、とりあえずのところサンデーサイレンスに阿るほかないわけだけども。
そんなルドルフの言葉にサンデーサイレンスはふんと鼻を鳴らすと、顎を振ってアタシ達についてくるよう指示した。
「失礼します」
「お邪魔しまーす。わぁ......やっぱおっきいね」
家の中は、外観と比べたら意外にも庶民的だった。その圧倒的な広さに目を瞑れば、アタシの実家に雰囲気が近いかもしれない。
一人では確実に持て余す敷地だが、彼女はこれで満足なのだろう。正直なところ、衣食住にこだわりを見せるタイプとは思えなかった。
今だってそう。タンクトップを適当に着こなしながら、仰向けに寝っ転がりつつミントキャンディーをバリバリと噛み砕いている。そのままウィスキーをストレートで流し込んでいる姿は、見ているこちらの胸がむかむかしてくる。
お世辞にも健康的な生活とは言えない。それでいながら、ウマ娘という種族を考慮してもなお実年齢とかけ離れた若々しさを保っているのは、感嘆を通り越していっそ不気味な程だった。
活火山のような、暴力的な生命力を纏ったウマ娘。一見儚げなマンハッタンカフェとはえらい違いである。
「あ、あの〜」
「諦めろ」
とにかくどうにか場の主導権を握ろうと、様子を窺いつつ口火を切ってみた瞬間、畳み掛けられるように出鼻を挫かれる。
「ま、まだなにも言ってないけど」
「お前らが聞きてえのは、アイツの恥ずかしい過去ってヤツだろ。ねぇよそんなもん。少なくとも俺の知ってる限りの範囲じゃあな」
「な、ないってことないんじゃないの。どこの家にだって、エピソードの一つや二つはあるものでしょ」
「余所の家なんて知らねーよ。だいたいアイツは、昔っからいい子ちゃんだったからなぁ......」
そこで話をやめてくぁ、と大欠伸。
ああ、不味い。これは完全に飽きが来ている。このままだと、一分後には帰宅を促されてもおかしくない。
ここまで来て徒労に潰えるのは絶対に御免だったので、どうにか食い下がってみる。
「じゃ、もうなんでもいいよ。昔の思い出ならさ。母親ならなんかあるでしょ?」
「なんかねぇ.......」
◆
なんかなんて言われたところで、パッと出てくる奴は思い出とは言わねぇよ。そりゃあただの記憶だ。
まぁ、それでも詩的で涙ぐむようなお話の一つぐらいあってもいいんじゃねぇかって、そりゃ確かに俺も思うぜ。親と生き別れ、誰にも心を開かなかった孤児が云々......なぁんにもなかったなぁ、そういうの。
むしろアイツはどっかおかしいぐらいだった。初対面から人懐っこいのなんの。手が掛からないで済んだのは、俺も助かったがな。
いや、手が掛からないは嘘だな。別の意味で気は遣った。
なにせずっと後をついてくるんだ。隙さえあれば俺の背中についてくる。勝手にうろちょろされるよかマシかもしれんが、それがいつ何時もとなるとな。そういう妖怪かなにかかと思ったぜ。
.......そうそう、妖怪といえばソイツ、夜になると何故か俺の布団に潜ってきてな。ちゃんと自分の布団を与えてやったってのに、何故かわざわざ狭いこっちまで移動してくる。
まぁ、そこまでならまだ分かる。まだ小さい子供は誰かと一緒に寝たがるもんだ。特に俺たちウマ娘は、平温が高いぶんちょうどいい塩梅らしい。
あ?ああ、なにが妖怪なのかって。
まぁ聞けよ。アイツはな、夜中になるといっつも俺の顔を覗き込んでくるんだ。それも、鼻先の触れ合う至近距離でな。
俺は神経質なんだ。あまり付き合いの長くねぇ奴が近くで起きてると寝つけねぇ。必然、この家じゃ俺が一番遅寝早起きだったんだが、あれには参ったね。
あんなに顔寄せられて、何十分も何時間もガン見されたら、俺じゃなくても誰も寝られねぇだろ。それも俺がホントは起きてるって分かっててじゃれついてんじゃない。一体ナニがアイツをそこまで駆り立てたんだろうな?
結局、俺がアイツの存在に慣れて、観察されながら寝つけるようになるまでずっとその奇行は続いた。ひょっとしたら、寝つけるようになった後もずっと。
そんでだいぶ後、随分デカくなった時に聞いてみたんだが、たんに俺の顔が気に入っただけなんだと。
お前らも小綺麗な顔しちゃあいるが、結局俺には敵わないってこった。なんせ、幼児期の不純物のない感性が一番素直に決まってんだからな。
◆
「......え、終わり?それだけ?」
まさか、こんなヤマもオチもない、フラットの極みみたいな話で満足しろと?しかも最後マウントまでとってるし。
釈然としないアタシの顔を睨み返して、サンデーサイレンスは再び口を開く。
「ネット漬けの今時のヤツらはこれだから話にならねぇ。情報がタダだと思ってんなら大間違いだぜ」
「ああ、今のが無料お試し版ってこと。他が欲しいならお金を入れろと。旅館のえっちなビデオみたいだね」
「黙れ。だいたい俺が欲しいのは金じゃねぇ。んなもんよりちゃんとぴったり釣り合うだけの価値のあるもんだ。分かるだろ」
分かるか。
なんて言ったらそこで交渉終了なので、真面目に考えてみる。
といってもお金が駄目で、しかもぴったりと天秤の整う対価となると......考えのつくものは一つしかない。すなわち、同じだけのトレーナーと、アタシ達の間の思い出だ。
幸い、その話のネタというか、引き出しだけは腐るほどあった。その中から適当なものを引っ張り出して投げつけてやる。
「前にね、トレーナーの寮によく泊まってた時期。アタシには、夜更けになるとトレーナーのベッドに潜り込んで、その顔を観察する習慣があってね......」