「ってわけで、トレーナー寮には二重認証ロックがかかるようになったわけ。おしまい」
「そうかそうか」
アタシがそこで話を終わらせると、サンデーサイレンスは満足そうに頷いてボイスレコーダーのスイッチを切った。
「わざわざ録音する必要ある?っていうか、いつもそんなの持ち歩いてるんだ」
「最近はな。お前らだけじゃない。俺の昔の話を聞きたがるうぜぇ連中が土の中から一斉に芽を出してよ」
苛立たしげにウィスキーのボトルを呷るサンデーサイレンス。
気持ちは分からないでもない。アタシもルドルフも通ってきた道だ。世の中には、有名人の使ってるバスタオルの柄まで知らなきゃ気の済まない人種が意外と多いらしい。
ある程度の自衛は必須である。とはいうものの、彼女は少しばかり行き過ぎているような気がしないでもないが。
「無碍にあしらうのもそろそろ限界かもな。飴の一つはくれてやるべき頃合いかもしれねえ」
「飴......って、なんの話?それアタシ達に関係あるの?」
「んあ、いや。なんでもねえよ。こっちの話」
彼女は大きなため息をついて、ごろんと背中から倒れてしまった。畳の上で大の字になりながら、瞬きもせずに天井を見つめている。
真っ昼間からお酒を呑んで、横になって。なんともまぁいいご身分だが、そんな彼女でもなにもかも自由にとはいかないのだろう。ある意味で世知辛い現実がそこにはあった。
「っていうかさ。アタシ達がちゃんとお話したんだから、そっちもちゃんとした話をしてよ。そういう約束だったでしょ。ねえ」
「......」
そうやってアタシが真っ当な要求を向けてみたところで、なんの反応も梨の礫。一応お願いしている立場なわけだし、まずこっちからネタを明かすのはまあいいとしても、約束を破ることは許せない。
ただ、サンデーサイレンスは対価を出し渋っているというよりは、単純に面倒くさそうなだけのようにも見えた。頭の中から十数年前の記憶を引っ張り出して、言語として出力する作業が億劫なのかもしれない。とはいえ、先にひとに同じことをやらせている以上、今さら「やっぱ嫌です」なんて我儘は通らないわけだけど。
しかしいくら急かしたところで、きっと彼女には意味がないだろう。下手にへそを曲げてしまえば、かえって逆効果にもなりかねない。脅しや懐柔に屈するようなウマ娘でないことは明らかだった。
なので、アタシとルドルフはただ、捲れたシャツからさらけ出された腹を掻く彼女を見守るだけ。バサバサに投げ出された漆黒の髪は、あたかも両翼を広げて横たわる鴉のよう。
そっくりの容姿でも、マンハッタンカフェはどちらかといえば黒猫に近い雰囲気があるけれど、そんな表現サンデーサイレンスにはまったく似合わない。荒々しく、粗暴で、抜身のナイフみたいな女。ゴミ捨て場を漁る野良カラスにそっくりだ。
「ちょっと......」
「まぁシービー。そんなに催促しては出てくるものも出てこないだろう。ここは大人しく見守るべきだ」
アタシの我慢が限界に達しつつあったその瞬間、これまで一歩引いたところにいたルドルフが珍しく口を挟んできた。
そしてこれまた彼女にしては珍しく、随分と気の長い提案。思えば、トレーナーががっつり絡んでいるこの案件において、この子が身を引いていること自体が珍しい。
「なに。随分余裕だねルドルフ。ここぞという切り札でも握ってるわけ?」
「そんなことはない。ただ、私の場合は君と違って、そこまで焦るような立場でもないということを思い出してね」
「は?」
「いや、正直に言ってしまうと、この部屋に通された時から段々と昔の記憶が蘇ってきていてね。やはり、頭の中だけで捏ねくり回すことと、実際に縁の場所を目にすることとでは違うらしい」
「つまり?」
「私にとっては、最悪『自前』のものでもどうとでもなるということだ。勿論彼女から追加の情報が得られるに越したことはないが.....それでも、私には私だけしか知らない、彼の昔話がある」
あっそう。そういうことか。ようやくルドルフの言いたいことが飲み込めた。
薄々感じていたことではあったけど、やっぱりこの子、トレーナーと昔から繋がりを持っていたことを大層ご自慢に思っているらしい。その優位性で以て、アタシに余裕を見せつけてやろうという魂胆なのだ。
その満足気な笑みの裏に隠しているのは、こんな状況に至ってもなお、アタシへの対抗心一色というわけか。
「ルドルフ......」
「おや、不満そうな顔だなシービー。まぁ、君の気持ちは分からないでもないが.....しかしこればっかりは仕方のない話だ。思い出とは過去。過ぎ去ってしまったことは仕方がないんだ」
「この......」
「残念だったな。そう、もし仮に、君が私より先にトレーナー君と出会っていたのなら、きっと私がそうして歯噛みしていたのだろうね――」
「ああ、そうそう。先に会ったとかなんとか、その話なんだがなぁ」
自慢げなルドルフの語りに横槍を入れたのは、顔だけをこちらに向けたサンデーサイレンス。
しかしその視線はアタシでもルドルフでもなく、どこかここではない虚空を捉えている。どうやら何かを思い出したらしい。
「どっちが先って話なら、お前の方がずっと先にアイツと会ってんだぜ。ミス・ターシービー」
「ミスターだよ。え、なにそれ......初耳なんだけど」
「なんだ。アイツからなんも聞いてないのか。ならアイツも忘れちまってんだな。歳も歳だし、一回きりだって考えりゃ無理もないか」
「違うな。たんに忘れる程度の記憶だったというだけの話だ。お互いにとってね......」
完全に水を差されたルドルフが憮然とした顔でそう呟くが、勿論サンデーサイレンスはそんな様子を気にも止めない。
のそりと身を起こし、がしがしと頭を掻きながら、ようやくその重たい口を開く。
「じゃ、それについて教えてやろう。といっても、まずは俺が振り返るところから、だが」
「おお」
流石。十年半ば経った昔の出来事を一から想起できるあたり、やはり頭のキレには眼を見張るものがある。
「あれは確か、俺とアイツの二人で北海道に行った時のこと――」
イラスト描くのに夢中でサボってました