シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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魔を射落とす祓いの儀

駿大祭でルドルフが流鏑馬を奉納するらしい。

と、そんなことを私が聞かされたのはつい今朝のことだった。

 

駿大祭というのは毎年秋に開催されるウマ娘たちの祭典のことで、レース界の発展とウマ娘たちの無事を願う古くから伝わる伝統行事である。

レースを走る競争ウマ娘たちは言うに及ばず、それを主催する学園やURA、多数のウマ娘団体、さらにはトレーナーにとっても極めて重要な一大行事だ。

それだけでなく、地元の商工会からスポーツに関連する事業を展開する企業、大手広告代理店までもがこぞって協賛している。なんとも商魂逞しいものだと思うが、祭りが盛り上がるならそれはそれで良いことなのではないだろうか。

 

 

「トレーナー君は、駿大祭にはどの程度参加したことがあるのかな?初めて見に行った時の思い出があるなら是非とも聞かせて欲しい」

 

「参加……というのがどの程度のものを指すかはよく分からないが、屋台を見て回ったり神事を参観したりした経験なら沢山あるよ。初回の記憶なんて、それこそ大昔のことで思い出せないな」

 

自動車のハンドルを回しながら、隣に座るルドルフからの問い掛けにそう答える。

集中して頭を捻れば初めて見に行った時の思い出ぐらいは呼び起こすことができるかもしれないが、生憎今は慣れない土地の運転に四苦八苦している最中なのでやめておく。

ひたすら似たような景色が続く、カーナビすら当てにならない郊外の山林。ルドルフの案内のお陰でなんとかスムーズに走れてはいるものの、気を抜けばあっという間に現在地が抜けてしまうだろう。

幸いなことに道自体はしっかりとしているが、迂闊に進路を取り違えた挙げ句にバックで戻る羽目に陥るのは御免被りたいところだ。

 

「そうか。トレーナー君は小さい頃もウマ娘が大好きな男の子だったんだね。お祭りに参加したのもやはり有名なウマ娘が目当てだったのかな?」

 

「ちょっと誤解を招きそうな言い方だけど……まぁ間違ってはいないかな。駿大祭それ自体、いちファンからしてみれば中央のウマ娘たちと直接触れ合える貴重な機会だ。みすみす見逃すような手はないよ」

 

「なるほど、確かに駿大祭はファンとの交流を目的としているところもあるからね。レースの発展やウマ娘の安全について神に祈願することも大切だが、我々の活動が多くのファンや支援者の方々に支えられているものである以上、彼らにも目を向けなくてはならない」

 

ふと気紛れで訪れた駿大祭をきっかけに、レース競技やウマ娘そのものに魅入られる者も多いと聞く。

巨大な神輿を引いて往来を練り歩く曳神輿、三女神に感謝と祈りを捧げる奉納舞、そして厄に見立てた的を射る流鏑馬等々、神に奉られるはずのそれらはこの世の存在をも魅了するのだ。

元来祭りというものは大衆統合や娯楽追求の側面もあるという。なればこそ、彼女らの神事が人々の心を掴むのも当然の成り行きかもしれない。もっともそれは、演者がその日のために積み上げてきた自己研鑽と修練があってこその話だが。

 

「お客様として参加するのも楽しかったけど、実際に運営する側として立ち会うことができるのはトレーナーとしての醍醐味かな。いや……『シンボリルドルフのトレーナー』としての醍醐味か」

 

いかにウマ娘の祭典といえど、流石にトレセンの生徒全員が運営に携われるわけではない。

学園の生徒を統括する生徒会、その長であるルドルフだからこそ祭りの中核となれるのだから。

名誉なことである一方、当然相応の責任も求められる。学生には重すぎる筈のそれを軽々と担ってみせるあたり、彼女の指導者としての優れた器量を感じさせた。

 

「ふふ、ならば私も君を失望させるわけにはいかないな。元より駿大祭とは、ウマ娘がレースへかける覚悟を一新する機会ともなる祭礼だ。故に私は皇帝として、生徒の模範として在るべき姿を見せつけねばなるまい」

 

「だからこうして、わざわざ僻地の山奥にまで足を運んだというわけか」

 

「そうだ。勘を取り戻すにはうってつけの場所があったことを思い出してね。ああそこ、その道を真っ直ぐ左に向かって………ほら、着いたよ」

 

木々を抜けると、切り拓かれた山の中腹に出た。

車が通れる程度に道が整備されていたことから薄々予感はついていたが、やはりかなり人の手が入っている場所らしい。

そのわりには道とこの広場以外およそ手つかずのようだが、あえて自然の状態を維持しているのだろうか。

 

広場まで車を侵入させると、できるだけ隅の方に寄せてブレーキをかける。

一足早く車から降りたルドルフを追って、私もエンジンキーを抜いてから外へ出た。

 

「トレーナー君、私の弓はどこにあったかな?」

 

「後ろのボックスの中に入れてあるはずだ。念のため外側にクッションを詰めてあるから分かりづらいかもしれないが……」

 

「ああ、大丈夫だ。見つかったよ。では一緒に射的場へと向かおうか………案内しよう。こっちだ」

 

どこか弾むような足取りで、ルドルフは私を先導する。

勘を取り戻すと言っていたあたり、恐らくここ最近は訪れていなかった場所である筈だ。にも関わらず、すいすいと目的地まで歩いていけるのは流石の記憶力といったところだろうか。山の中の景色など、季節や時間の流れによってあっという間に変化してしまうものだというのに。

 

「しかし、どうしてルドルフが今回の流鏑馬奉納を担当することになったんだ?抽選か、それとも君から立候補でもしたのか」

 

「URAからのご指名だよ。駿大祭における流鏑馬の演者は二人………まずそのうちの一人をURAが選んで通達を行い、選ばれたウマ娘がもう一人を選ぶ決まりになっているんだ」

 

「それで、君は相方として誰に声をかけたんだ?」

 

「最初はシービーに受けてもらうつもりだった。しかし彼女は以前に奉納舞を演じたことがあるようで、それを理由に断られてしまったよ。多くのウマ娘が顔を見せる方が好ましいという考えあってのことらしい」

 

確かに、ファンとの交流だけでなく演じるウマ娘の顔を売る舞台でもあることを考えれば、なるべく重複を避けることが望ましいだろう。

しかしそれが断り文句だとすると、シービーにも弓の心得自体はあるということか。おかしな話ではないが、少し意外だ。

 

「シービーは『キミは魔を祓う英雄役も似合うね』なんて他人事のように言っていたが、私は彼女の方が適任だと思うかな。トレーナー君はどう思う?」

 

「そうだね……確かに彼女はヒーローと相性が良い気がするな。ルドルフはどちらかといえば退治される方だ。英雄にどう負かされるかに注目が集まる怪物だろうな」

 

「おや、君も言うようになったね。しかしそうなると、今年の流鏑馬は怪物が二人顔を見せることになる」

 

「となると、君が選んだもう一人とはオグリキャップのことかな」

 

「残念、不正解だよ。怪物は怪物でも、芦毛の怪物ではなくシャドーロールの怪物。私はブライアンに任せることにした」

 

それは意外だな。ブライアンがこういった催しの花形を勤めるとは思わなかった。

格としては十分だろうが、あまり表に出たがらない印象がある。実は駿大祭における演者の正式発表はまだ先のことであり、トレーナーの間でも盛んに予想が行われている最中であったのだが、その中でも彼女の名前はなかったように思う。

 

「理由を教えてもらってもいいかな?」

 

「先も言ったが、この駿大祭はレースに向ける覚悟を新たにする一つのきっかけでもある。だからこそ、演じる者は見ている者たちの気持ちを高揚させ、その内に秘めたる闘争心を掻き立ててやらねばならない。本能を否が応でも刺激される、この私と鎬を削るに相応しいウマ娘………彼女こそがそれに値すると考えた」

 

「そう言われてみれば、確かに適任のような気がするな。それにしても、ものぐさなブライアンがよく引き受けてくれたものだ」

 

「初めこそ渋られたけどね。最終的には承諾してもらえたよ………もっとも、代わりとして一つ条件を出されたが」

 

「条件?それは一体………」

 

 

ルドルフは私の疑問には答えず、その場で足を止めると羽織っていたコートを脱ぎだした。

その下から現れたのは、サラシの似合う和装の勝負服。そういえば以前、ルドルフと勝負服の別デザインについて議論を交わしたこともあったが、そこで私が出した案と限りなく近いものだった。

 

「実は一昨日初めて着付けしたばかりのものなんだ。………うん、トレーナー君の意見を参考にさせてもらったよ。本当ならその場で見せるべきだったのだろうが、折角だから弓の腕と共に御披露目したいと思ってね」

 

「そうだったんだな。しかし手前味噌になってしまうかもしれないが、本当によく似合っているよ。全体的に涼しげで、祭りの雰囲気にもよく合うだろう」

 

「ふふっ、ありがとう。祖父にもよく似合っていると言われてね……曰くフランスでも人気が集まりそうだと。さて、そんな機会は訪れるのやら……」

 

そう話しながらも手を止めることなく、今度は背負った袋から弓を取り出す。私も持ち運んでいたケースから射的用の矢を一本取り出し手渡した。

 

「的はどこなのかな?」

 

「あそこだ」

 

そうルドルフの指差す先に目を凝らせば、確かに木々の間にひし形の的が吊るされている。

よく見ればその背後には砂の詰め込まれた袋がいくつも積み重ねられており、命中しても外れても容易に回収できる造りになっているようだ。

 

さらにその隣には、真っ赤なペンキで大きく矢印の描かれた看板が立て掛けられている。

 

「あれを目印に、コースを周回しながら道なりに用意された的を順番に射っていくんだ。本来なら火を焚いてそれを目印にするところなんだが、今は明るいし火事の危険もあるから止めておこう」

 

「いや、コースと言われても……木と岩しかないじゃないか。これ、到底走破できる地形じゃないだろう。昔の流鏑馬ならともかく、今時の祭りで行われるものからはかけ離れている」

 

「その通り。駿大祭における催しはもっと簡易的だった………昨年まではね。トレーナー君、これがブライアンから出された条件だよ」

 

「流鏑馬の在り方を、従来の………というより原始のやり方に戻せと」

 

「その通り。温故知新、更なる盛り上がりが欲しいのならかえって古いやり方に立ち返るのも一つの手だというわけだな。やはりブライアンの発想には目を見張るものがある………さて」

 

ルドルフが弓を構え、おもむろに矢をつがえる。

 

 

 

「私の手並み、とくとご覧に入れよう」

 

 

 

地面に両足をしっかりと食い込ませ、背筋をピンと正し、そのままゆっくりと引き絞った。すうっと、大きく息を吸い込んで目を開く。

一連の動きは思わず目を奪われる程滑らかで、流れる清水のように一点の淀みもなく美しい。

 

数秒の静止の後、彼女の指が筈から離れる。

放たれた矢は澄んだ空気を切り裂きながら一直線に的へと飛んでいき、それを真っ二つに叩き割った。

 

 

 

「お見事」

 

「正射必中、といったところかな」

 

手を叩いて称賛すると、どこか嬉しそうにルドルフははにかむ。

尻尾をゆらゆらと揺らしながら木々の間へ走っていくと、貫通して袋に突き刺さった矢と壊れた的の破片を回収して戻ってきた。

 

「正射必中か………正しい姿勢で射られた矢は、必ず当たるという意味だったかな。言葉の通り随分と綺麗な射法だった。相当打ち込んでいたみたいだね」

 

「もともと教養の一つとして祖父に習わされていたのだが、私自身も上達していく中で楽しくなっていってしまってね。過去に何度か大会にも出たことがあるんだ。最近は触れる機会も殆どなかったが………そういえば、この話はトレーナー君にはしていなかったな」

 

「初めて聞いたよ。射撃の心得があるという話については聞いていたが、あれは確か祖母に連れられてのことだったな」

 

「そう、よく覚えているね。その時語ったのはアメリカでの実銃体験の思い出だったが、実はここにも射撃場があるんだよ。なにしろ人気のない山の中だし、ここら一帯もシンボリ家の所有地だ。誰にも迷惑がかからないぶん、実射にもうってつけというわけだな」

 

通りで案内に迷いがなかったわけだ。

見たところ銃と弓の訓練以外に用途はなさそうだが、それだけのために山一つ買い占めるとは資産家のやることは違うな。あるいはその逆で、もともと持っていた山にどうにか利用価値を見出だした結果かもしれないが、どちらにしてもスケールの大きい話だ。

 

「しかしルドルフが銃だけでなく弓の扱いにも精通しているとは意外だな」

 

「おや、それはどうして?」

 

「いや………なんとなく、君はいざとなったら剣か拳一つで戦いそうなイメージがあったから。てっきり近接格闘タイプだと思っていたら、まさかの遠距離狙撃タイプとは」

 

「私はそんなことを思われていたのか………。まぁ、確かに感謝祭でフェンシングを披露したことはあるし、いくつか武道のようなものも修めてはいるが。しかしそれはそれとして、弓の用途を戦いだけだと考えるのは感心しないな。トレーナー君、特に我々ウマ娘にとって弓術は特別な意味を持つものだ」

 

「まさに流鏑馬の話だろう。レースと並んで数少ない、ウマ娘のみに行うことの許された弓術」

 

「うん。一時期廃れたこともあれど、流鏑馬はその源流を辿れば日本書紀にまで遡れるほど歴史のある弓術。神事であれ催事であれ、弓の披露はウマ娘にとって名誉の一つなんだ。それこそ昔、軍バと呼ばれる種族が活躍していた時代なら尚更」

 

「故にウマ娘の教養の一つとして習われていたのだったか。少し前までは嫁入り修行の一つとしても行われていたらしいが、今はめっきり廃れたものだと」

 

「ウマ娘の花形がレースへと移ったからね。それでも弓を嗜んでいるウマ娘というのは存外いるものだよ。私やブライアン、シービーだけじゃない。もしかしたら、君の知っている他の娘の中にもいるかもしれないね」

 

「全く話に聞いたことはないけどね」

 

「無闇にひけらかしたくないというだけかもしれないぞ。それに弓にも走りと同様、向き不向きというものがあるからね。………さて、お話はここまでにしよう。日が暮れたら的も見えなくなるし、足元も危険になる。明るいうちに数をこなしておきたいからな」

 

ルドルフに促されるまま、ケースに残っていた全ての矢をまとめて渡す。

彼女は受け取った内一本を弓につがえ、残りは全て腰に提げた矢筒に装填する。

額に手を置き、もう一度改めてコースとやらの道なりを確認する。ぽつんぽつんと的や砂袋、矢印の看板は目に入るが、その間をつなぐ整備された道はない。獣道すらない。本当にただの木と岩と山肌の連なりだけ。

 

「なぁ、ルドルフ。本気でこれに臨むつもりか?はっきり言って危険どころの話じゃないでしょ。いや、ヒトとウマ娘では感覚に違いがあるのかもしれないが」

 

「大丈夫。危険だと思うのは私も同じだ。怖いと感じる気持ちもある………だからこそだろう」

 

じゃり、と開始地点に向かうルドルフの下駄が土を噛む。軍服を模した通常のものとは違う、肌の露出が大きい勝負服。

これで山を駆け巡り、縦横無尽に的を射って廻るのはおよそ正気の沙汰とは思えない。レースにも事故や落命のリスクはあるが、これはそれとは根本から性質を異にする。自らその命をさらけ出し、死線の際で雌雄を決する過酷な儀式。

 

「だからこそ、見る者の心は揺り動かされるんだ。我が身の危険を省みず、困難な道を乗り越えてこそ人々は感動し神は願いを聞き届ける。もとより、神事としての流鏑馬とはそういうものだろう」

 

 

 

言うや否や、ルドルフは凄まじい速さでコースに飛び入ってしまった。

木々の間を縫い、岩を駆け抜け、川を飛び越える。その後ろに引かれるのは、真っ二つに叩き割られた木の的という轍。

 

 

 

 

「はぁああああああっっ!!」

 

 

 

 

鹿毛の怪物が雄叫びと共に断崖を駆け昇る。

勢いのまま壁を踏破し、空中へ背面飛び。逆さで射たれた矢は風を切り裂き、一気に二つの的を貫いた。

 

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