シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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誰の記憶にも残らなかった

 

俺はこの国に来て以来、あまりあちこちへと脚を向けたことがない。

 

単純に時間がなかったからだ。それに担当のレースに付き合えば、東京以外にも出張せざるを得なくなるから、それで満足していたというところも大きい。

だからまぁ、完全なプライベートで北海道の地に脚をつけるのはあの日が初めてのことではあったものの、はっきり言ってなんの感慨も湧かなかった。そもそも北海道それ自体は、仕事で何度も寄った場所だ。

 

じゃあなんでわざわざ旅行に訪れたかといえば、珍しくまとまった時間が取れたので、どうせなら休暇らしいことをしてみたかったという、ただそれだけの話。言うならば旅することそのものが目的となっていたわけで。

ちなみにカフェは置いていった。だいぶ......というか滅茶苦茶ぐずられたが、当時のアイツの歳だと船旅は少しキツい。しっかし最後の最後まで「着いてくから」と喚いていたあたり、俺がカフェに嫌われてんのはそれがきっかけかもな。あーあ。

 

 

北海道といえば......なんだろうか。

函館山か小樽運河、あるいはいっそのこと、知床の方まで見聞を広めてみるのも面白いか。飯目当てなら港周辺か、札幌でジンギスカンを堪能するのも良いだろう。

そこんとこ、もうちょっとよく詰めとくべきだったよな。てかそもそも、どこでなにをするかをまず最初に決めてから出かけるもんだよな、普通。

 

しかし如何せん、急に転がり込んだ余暇なものだから。

昨晩思い立って早朝家を立つという、これ以上ない見切り発車となった。そこでアドリブを効かせるとなると、どうしても過去の経験が表に出てきてしまうわけで。

 

 

両袖をトレンチコートのポケットに突っ込み、フェリーのタラップを降りれば、目の前には大きな看板。

デカデカと掲げられた地名は、函館でも小樽でも札幌でも知床でもなく、浦河。どこだよ。

......いや、自分から来たんだから勿論知ってはいたけども。レース競技にちょいとばかし縁の深い土地だ。たまにはレースのことなんか忘れてゆっくりしようと思えばこれだ。どうやら根っこの深くまで染み付いちまったらしい。同じレースなら、せめて帯広でばんえいでも見たほうがまだマシだったろうに。

 

 

もっとも、いくらド田舎とはいえあくまで日本。なにも砂漠のど真ん中に裸で放り出されたわけでもなし。狼狽えるようなシチュエーションではまったくない。

そもそも旅することが目的であり、フェリーで遠路はるばるこの地までやってきた時点でそれなりに満足なんだ。

少なくともバスは通っているわけだし、別に歩いてもいい。普通に考えて、栄えている場所があるとするならの玄関口付近だろうし。

 

「おい、いくぞ」なんて声を出して。

そこまで至って、ようやく俺ははたと気がついた。

 

さっきまで俺の尻尾を掴んでいた筈のツレがいない。

俺が係員と簡単な下船の手続きをこなすために、ほんの一分足らず目を離した隙に姿をくらましたんだろう。

 

着いて早々、迷子ってのは本当に前途多難だ。

ああいうガキってのは、弱っちい癖してその自覚もなくあちこちふらふらと彷徨い歩くから始末に負えねえ。

それでもフェリーの中をうろちょろしてんならまだマシだった。しかし案の定、船員を問い正してもろくな答えが返ってこない。

自身のウマ娘の嗅覚を最大限に発揮して、か細い糸を手繰り寄せるようにアイツの匂いを辿ってみれば、確かにそれはタラップを降りた外界へと繋がっていた。

 

ああ、知ってたさ。何時間もかけて閉じられたフェリーの中にいたんだから、今更そんなところに関心を持つはずがない。

ようやく辿り着いた新天地に、意気揚々と飛び出していったところだろう。ヒトの子供なんていつもそうだ。生物的には脆弱極まりない癖に、好奇心だけは肥大化して持て余す。よくぞまぁこれまで絶滅せずにこれたもんだよな?

 

舌打ちしながら、俺は微かな痕跡を辿ってアスファルトを蹴った。

匂いはまだ真新しい。それに都会と違って空気もいい。だが、どうしても海から吹き込む潮風に紛れてしまう。

 

 

ただ、紛れてるのは塩気だけじゃない。

 

ウマ娘だ。ウマ娘の匂いも確かに感じた。

ということはアイツ、誰か別のウマ娘と一緒にいるのか。勿論、こんな土地に俺たちの知り合いなんぞいるわけがない。

 

こんなご時世に、ウマ娘がヒトを拐うことがあるなんてなぁ。基本的に、同じ未成年略取でもヒトよりウマ娘の方が罪が重いんだぜ。内在する危険性が遥かに大きいからな。

まぁ罪の軽重はさておき、見ず知らずのガキを拐う奴なんて、ヒトだろうがウマ娘だろうが救いようのないロクデナシに違いない。ひっ捕らえたら、北の冷たい海で存分に頭を冷やさせてやろうと心に決めていた。

 

ただ、気になったことが一つあった。どうも件のウマ娘、単独犯じゃないっぽいんだ。

恐らくは二人組み。その片方に違和感がある。妙に懐かしいというか、それでいて背筋のゾッとするような、不自然な感覚。

それにどうしようもない気味の悪さを抱きながら、俺は歩みを止めずに先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は初めて来る土地を散策するのが好きだ。元々、地に根の張っていない性分なのだろう。

むしろあてどない旅路に束の間でも目的が生まれたぶん、これはこれで良いんじゃないかなんて、ふと浮き上がってくるそんな呑気な考えを抑え込んだ。子供一人居なくなっているのだから、そうそう油断もしていられない。

本当なら真っ先に警察を頼るべきかもしれないが、しかし俺は昔から警察という人種が頭のテッペンから爪先まで嫌いだったし、なにより寄り道している内に匂いを辿れなくなっては困るからな。

 

というより、そうするまでもなかった。

港から走ること三十分ほど、道を逸れて小洒落た山道を進んだあたりで、ちょうど見つかった。

生い茂った木々の連なりを切り裂くように......たぶん、地元のちょっとした名所だったんだろう、滝が現れたわけだが。その滝壺から若干離れた辺りに展望台があってな。

そのエレベーターの中だよ。屋上にカゴが止まってんのを見て念のため呼び出してみたら、まさかその中にいたとはね。その時間、俺たち以外は展望台に誰もいなかったからなおさら不自然なことこの上ない。

 

......ってかミスターシービー、お前の地元だ。心当たりはあんだろ?観光地?そうか、やっぱりな。

今はどうだか知らねぇが、当時のその場所はこう言っちゃなんだが、なぁんか雰囲気が良くないというか、寒気がするというか。金がなかったのかね。そういう場所にしては、バリアフリーなんかも整ってなかったな。

例えば......ほら、エレベーターの昇降ボタン。あれが俺の肩のあたりにあってな。あれじゃあ車椅子の奴なんかは押せねぇだろうな。

 

まぁそこらへんはどうでもいいんだが、とにかく中にはアイツがいた。

正確にはアイツだけじゃない。アイツと、お前だよ。ミスターシービー。二人揃って、エレベーターの中で倒れてたんだよ。どういうわけか、お前と一緒にいたはずのもう一人は見つからなかった。俺の鼻も衰えたんかね。

なんでそんなとこにって......んなもん俺が聞きてぇよ。妙なことに、監視カメラには二人が乗ってる最中と、その前後だけ電源が落ちてたみたいでな。その後、勝手に復旧したらしいが。とにかく、そんなんだから事態把握のしようがない。

警察も動いたっちゃ動いたらしいが、お手上げさ。地元紙の三面を賑やかすのがせいぜいだった。今なら一面には載るかね。

てか俺じゃなくて当事者に聞けばいいだろ、そんなん。

 

ま、とにかくそんなわけで。それがアイツと、ミスターシービーの馴れ初めさ。

お前よりもコイツの方が、ずうっと先に『トレーナー君』と巡り合ってたのは事実なんだぜ。シンボリルドルフ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一息で話し終えた俺は、そこでふうっと一つため息をついて酒を呷る。

我ながらなんとも中身のない話だ。それもその筈で、俺自身コイツらの身に何が起きたのか全く理解していない。むしろこっちが教えてもらいたいぐらいである。

とりあえず、第一発見者としてあの後道警にどえらい疑いをかけられた怒りだけは忘れちゃいない。しかも連中、俺が二人を連れ歩く目撃情報も出てるなんて適当をほざいてやがったか。とにかく犯人を捕まえたくて躍起だったのだろう。

といっても、その不快感がなければこうして思い出すことも出来なかったかもしれない。事実、ミスターシービーの名前をテレビかなにかで目にする前まで、すっかり頭の中から飛んでいたわけだし。

 

悪いが、別にこのウマ娘と直接話をしたわけでもないからな。俺としちゃあ、分別のねぇガキが自分の子供を拐ってったってだけの認識。ソイツがよりにもよって未来の三冠ウマ娘とは思ってもみなかったな。

ほんの少しばかり、因縁じみたものを感じながらミスターシービーの顔を見ると、先程とは打って変わって、居心地の悪そうに、落ち着かなさげに眉を顰めている。

 

「お、なんだ。ずいぶん景気の悪い顔してんな。何か思い出したか?」

 

「......いや......」

 

「つーかお前らホントになにしてたんだよ。エレベーターは遊び場じゃねえっての」

 

公共の場だ。当然人の出入りがある。

昏倒していたとはいえ、拉致監禁の類いでないことは確かだろう。仮にも子供二人が巻き込まれた事件にも関わらず、半ば神隠しのような扱いで済ませられてしまったのは、そういった事情もあるのだろうか。

 

それに隣に目を向けて見れば、シンボリのガキの方も同様に険しい表情をしていた。

まぁ、コイツにとっては先を越されたようなもんで、やはり気分のいいものではないことは確かだろうが。

 

「なんだ。お前も湿気た顔してんな。便所なら廊下を出た突き当りだぜ」

 

「知ってます。いえ、そういう話ではなく......」

 

「じゃあどういう話なんだよ」

 

俺が促してからも、少しの間シンボリルドルフは小首を傾げていたが、やがて踏ん切りのついた様子で口を開く。

 

 

「先程の話......破綻している。どう考えても、異常な気がしてならないのですが......」

 

 

 

 

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