シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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君が悪い話

そう、成立し得ないのだ。頭の中で再現を重ねていけば、筋の通らない部分がいくつもある。

当事者である目の前のウマ娘がそれに気付いていないのは、そこまで深くかの事件を捉えていなかったからか、あるいは単純に動転していたのか。もっと単純に、即興の作り話だという可能性もあるが、さて。

 

「まず真っ先に浮かんだ疑問としては......速度が、不自然に思えてなりません」

 

「速度ぉ?」

 

「ええ。貴女が当時のトレーナー君とはぐれてから、追いつくまでかかった時間。具体的にどの程度でしたか?」

 

「そう問い質されても、流石に十年以上も昔となるとな。......まぁ、十五分は越えてるんじゃねぇか」

 

「ええ。だとすると、あまりにも長過ぎるような気がします。百歩譲って、ウマ娘であるシービーだけならまだしも、十にも満たないヒトの子供が一緒にいながら、ちょっと目を離した隙に、そんな距離が稼げるとは思えない」

 

彼女とて悠長に歩いていたわけではないだろう。いや、仮にそうであったところで、大人のウマ娘を振り切るのは至難の技だ。彼女に現地の土地勘が無かったことを加味しても尚。

かかった時間と、匂いによる追跡が困難であった辺り、彼女が一瞬気を逸した間に、シービーとトレーナー君はキロ単位で港から遠ざかっていたことになる筈。でなければ、あっという間に追いつかれて終わりだ。

 

「そもそも、トレーナー君たちが出会って即座に意気投合して動き回るというのもおかしな話で、相応のコミュニケーションがあるべきでしょう」

 

「俺の意識から外れたのは、せいぜい十秒、二十秒ってあたりだ。その間に、初対面の二人が逃避行というのは......」

 

「まぁ、あり得ないですよね。いくら子供のやることだとは言っても」

 

「他には?」

 

「そうですね。どうして大人である貴女の胸の位置にある昇降ボタンを、貴女の尻尾を掴む程度の背丈であるトレーナー君たちが押せたのかとか、他に誰もいないにも関わらず、エレベーターの籠が地上ではなく屋上に留まっていたこととか」

 

「......」

 

「トレーナー君とシービー以外の『誰か』がそこにいたと考えれば、この奇怪な現象にもまだ説明がつくのでしょうが」

 

幸い、全く手掛かりなしというわけではなさそうだ。

先程から明らかに様子のおかしい、隣で肩を小刻みに震わせる彼女の顔を覗き込む。

 

 

「......さて、シービー。いよいよ君の番だ。話してもらおう。一切合切、その時君とトレーナー君に何が起きたのかを」

 

私がそう促すと、意外にもシービーは素直に首を縦に振る。

そのままゆっくりと唇を開き、彼女らしくもないか細い声を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシがトレーナーと出会ったのは、本当にただの偶然だった。

元々、アタシの実家は港にそれなりに近くてね。アタシは暇を持て余すたびに、ぶらぶらとその辺りをほっつき歩いてたんだ。特に意味なんてなく、ね。

今にして思えば不用心だけど、なんとなく目についた観光客に声もかけてね。つまり、トレーナーもその一人だったわけ。

 

え?だからって誘拐なんかするな?いやいや、いくらアタシだってその程度の分別はあったって。

トレーナーに声かけたのはさ、単純に保護者がついていたからだよ。むしろその保護者の方が、積極的に絡んできてね。アタシもまぁ、母親以外でウマ娘を見るのも久し振りだったから、乗っちゃったのもある。

母さんとは全然違うタイプだったからね。前後に長く垂らした青鹿毛と、金色の瞳。猫みたいだったな。大人しそうというか、こう言っちゃなんだけど少し陰気というか。少なくとも、攻撃的には見えなかった。子供のアタシにも、ちゃんと敬語だったしね。

 

ただ見た目のわりに大人しくはなかったな。

アタシとトレーナーの手を取ってね、どんどん港から離れていっちゃって。そこはアタシの地元で、勿論一番土地勘があるのもアタシだから案内するよって言ったのに、暖簾に腕押し。まるでこっちの言うことなんて聞いてくれなかった。

 

おかしいとは、思わなかったな。

確かに、アタシ達が連れて行かれたのは山中の滝。そこに横付けする形で備え付けられた展望台。

港からそこまで、確かにそれなりの距離がある。大のウマ娘が早足で十数分。ルドルフの言う通り数キロ......もしかたら十数キロはあったかもね。

事実、それ相応の時間が経ってたんだよ。一番足の遅いトレーナーにあわせてたんだから、少なくとも二時間以上はかかってたんじゃないかな。正確なところは、そもそも確かめようがなかったけど。

え?いや、別に不安にもならなかったし、特にトレーナーのことを心配することもなかったな。だって......

 

 

......だって、『保護者』が一緒にいたんだから。

 

 

その『保護者』に手を引かれてさ、エレベーターの中に乗り込んで。

そうそう、そういえばそのエレベーターなんだけど、流石、小さくても観光地にあるものだからさ。扉の真正面に大きな窓があったんだよ。そこから滝の景色が見えるんだけどね。

エレベーターが昇る間、ガラス越しにその風景を眺めててさ。

 

それがいつまで経っても終わらないんだよ。

どんどん地上から籠が上がっていって、いよいよ地面が見えなくなるぐらいに上がってもまだ。延々と滝が終らないの。

何百メートルも、ひょっとしたら何千何万も上がっても、ずうっと。エンジェルフォールでもあるまいに、まるで映画フィルムのように、全く同じ滝と、同じ景色が終わりなく伸びていって。それでもトレーナーはまるでなんともないように、その保護者とずうっとお話をしてばかりで、アタシの方を見向きもしない。

まるで、アタシだけが違う世界に囚われたかのような。

 

ああ、それでも最後はたどり着いたんだ。

扉が開いた瞬間、目の前に見えた展望台には、まるで墓石のように数え切れない程のエレベーターの扉が規則正しく並んでいて。

その光景に思わず飛び出しかけた足を止めた瞬間、急にエレベーターの呼び出しボタンが鳴ったの。おかしいよね。既にエレベーターは開いていて、ボタンなんて鳴るはずがないのに。

そしたらその瞬間、展望台にあるエレベーターの扉が一斉に開いてさ。マトリョーシカみたいに、その中にはさらに別の屋上が広がっていた。

それを見届けた瞬間、アタシ達の乗っていたエレベーターが落ちたの。何万キロも昇ってきた軌跡をなぞって、真っ逆さまに。

 

 

ああ、そうだ。思い出した。

それがきっかけだったんだ。アタシが、エレベーターに乗れなくなったきっかけ。

 

もしあの時あの屋上で降りてたら、一体どうなってたんだろ。『保護者』に聞けば分かるのかな。

うん、最後に名乗ってたんだ。といってもアタシに向けたわけじゃなくて、トレーナーとの会話の中で零していたのをした偶然聞き取っただけなんだけど。確かその名前は....

 

 

 

 

 

 

 

.......『マンハッタンカフェ』

 

 

「そうか」

 

その独白を聞き終えた瞬間、私はほとんど反射的に立ち上がる。言うまでもなく、即刻この場を離れるためにだ。

 

「貴女は貴女が思っていたよりよっぽど憎まれていたらしいですね。サンデーサイレンスさん。彼女にとっては、そこまで置き去りにされたことが恨めしかったらしい」

 

「じゃあなんで貴女じゃなくてアタシに障ったの!?」

 

「さあな。ガキん頃からスターの相でもあったんだろ」

 

さも他人事のように呑気な様子のサンデーサイレンスに、今回に限っては純粋に被害者だったシービーは肩を怒らせる。

それに付き合ってる暇はない。さっさと退散して、今日のことは綺麗さっぱり忘れることにする。

そういえば、つい数時間前、しきりについてきたがるマンハッタンカフェを半ば騙す形で置き去りにしたのを思い出したからだ。彼女がここに、一体なんの用があったかは知らないが―――

 

「ああ、最後にこれだけは教えといてやろうか。なんで俺がわざわざ今日、こんな話を選んでお前らに聞かせてやったのか」

 

襖に指をかけた瞬間、背中にサンデーサイレンスのざらついた声が纏わりつく。

どうしても無視できず振り向いてみれば、彼女は裂けるような笑みに満月の瞳を揺らした凶相を湛えている。まるで、蜘蛛の巣に落とした蝶の末路を楽しむ童のような。

 

長きを生きたウマ娘には似つかわしくない表情。

そもそも......そこにいるウマ娘は、我々を招き入れたこの女は......

 

本当にサンデーサイレンスだったのか?(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「よく言うだろ。風邪は人に移すと治りが早いってな。どうも最近、寒気がして肩が凝るんだ。今度は一体なにがカフェの気に障ったんだろうな?」

 

「なんで......だってアタシ達、ちゃんとトレーナーのお話したのに!!」

 

「俺だってちゃんと話したろ。その質について約束した覚えはねぇ。だいたいなんでもいいって言ったのはそっちの方だぜ」

 

「コイツ......」

 

「そもそも俺は、代わりにアイツの話を聞かせろなんて明言してないからな。お前が勝手に勘違いしてべらべらくっちゃべっただけじゃねぇの......さて、今から一体どうなることやら」

 

サンデーサイレンスの語り終わりを待たずして、私はシービーの襟首を引き摺りながら躊躇なく襖を開け放つ。

彼女の言い方からして、もう時間がない。

 

 

惜しむらくは、その判断力をもっと早く発揮できなかったことか。

あの女の話を聞く前、家の塀を乗り越える前、学園を発つ前に。いや、そもそもの話、トレーナー君の弱みを握ってやろうと色気を出したことそのものが謝りだったのか。

人を呪わば穴二つ。他者を貶しめんとする計略は、その果てに我が身を滅ぼすのが道理だというのに。

 

 

 

 

敷居を挟んだ向こう側には、長く前後に青鹿毛を垂らした黒いウマ娘が立っていた。

 

 

 

 

 

 





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