シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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大型犬シンボリルドルフ

 

ここ数日間、夜もめっきり冷え込むようになった。

先週まで冷房を入れなければ少々寝苦しかったことを考えると、なんとも両極端なものである。

 

「さむ......」

 

もっとも、自然のやることに文句をつけても仕様がない。

目下の急務は、昼にルドルフと交わしたあの悪魔じみた取引をどうこなすかという一点に尽きる。

 

なにが怖いかといえば、あれ以来とくに要求らしい要求が全くないということ。

まだ半日しか経っていないとはいえ、約束を交わすだけ交わしてなんの音沙汰なしというのもかえって不気味だ。

同時にこのまま何事もなく終わるのではないかなどと、そんな淡い期待が心の片隅で燻っているが、それは本当に儚い希望だろう。

そうして私を焦らすだけで満足するウマ娘ではないのだ、シンボリルドルフは。

 

無論、だからといって余計な言及はしない。

幸い今日はオフの日だ。チームを巻き込んでどうこういったこともなく、午後もそこそこに生徒会の業務を手伝ったあと、普段より三時間ほど早めに離脱した。

その後は学園近くのカフェで時間を潰し、明日明後日の事務作業をだいぶ消化できたことに満足しながら、こうして帰りの途についている。

 

 

 

はらり、と鼻先に舞うひとひらの落葉に目をとられれば。

その隙にひんやりとした風が襟の隙間から吹き込んで、私は反射的に自らの両腕を抱き締めた。

秋から冬にかけては繁忙期だ。ここで風邪でも拗らせたら堪らないと、早足で自宅に駆け込む。

 

ここはトレーナーの大多数が生活の拠点としているトレセン学園の寮.....ではなく、念のため契約してあった賃貸アパート。

オートロック完備、防音仕様のしっかりした物件だ。

念のためというのは、なんらかの事情でトレーナー寮に帰るのが危なくなった場合のことだが、まさか本当にその備えが役立つ日が来るとは思わなかった。

 

学園を介さない個人的な借り上げなので、ここの存在を把握しているのは私しかいない。

日中の業務の間だけどうにか凌げれば、あとはルドルフの目を免れることが出来るわけだ。

備えあれば患いなし。私の危機管理能力に隙はない。

 

「ただいま」

「おかえり。遅かったね、トレーナー君」

 

両手を擦り合わせながら玄関の敷居をまたぐ。

誰に向けたわけでもない挨拶に、何故か返事があった。

 

たたきから居間まで通じる廊下。

出るときに間違いなく消したはずの明かりは煌々とフローリングの床を照らしていて。

 

 

その真下に仁王立ちで腕組みしている、一筋の流星が特徴的な寝間着姿のウマ娘。

 

 

「なんで......」

「おや、おかしなことを聞くんだな君は。たった今君自身がただいまといったばかりじゃないか」

「いや、それはあくまで独り言というか......」

「ただいまと呟いたということは、即ち私の存在を無意識にでも認めていたということで、私がここにいることになんら問題はない。いいね?」

「いや、それは....」

 

おかしい、との私の言葉は、長くしなやかな尻尾がぴしゃりと壁を叩く音で遮られた。

 

「トレーナー君。私のお願いには?」

「......ぜ、絶対服従」

「よろしい。次はないからな」

「はい......」

 

ひとまず満足したように頷く暴君。

その場で踵を返し、尻尾を揺らしながら奥へと引っ込んでいく。暗についてこいと言っているのだろう。

こちらとしても踵を返して安全だと分かったトレーナー寮に撤退したいところではあるが、秒で捕まってより酷い目に遭うのは目に見えているので、大人しくその背中に続く。

 

「なぁ、随分遅かったじゃないか。トレーナー君」

「え、あ......うん」

「こんな時間までどこでなにをしていたんだ。.......いや、別に答える必要もないが。残業は程々にしろとあれほど理事長からも言われただろうに」

 

居間の取っ手に指をかけ、ルドルフは肩越しにこちらを見やる。

その視線の先には私が肩から提げた鞄があり、中途半端に開いたチャックの隙間からラップトップの角が覗いている。直前まで仕事に勤しんでいたことは明らかだった。

 

最初から、労うニュアンスでないことは薄々察していたが。

しかしどこか落ち着かなさげに揺れる尻尾と耳を見るに、どうやらかなりおかんむりらしい。

元々、私の勤務実態について最初に理事長に苦言を呈したのが他ならぬルドルフであることを考えればむべなるかな。

私の業務が自らの活動と密接に関連している以上、彼女の強い責任感が看過を許さないのだろう。

 

「それとも、そうまでしなければならない程に生活が逼迫しているのかな?もしそうだとするなら、私が援助してやることも吝かではないが」

「さらっと酷い勧誘をしてくるもんだな。悪魔か」

「皇帝だとも」

 

そうやって彼女に借りを作った結果が、隠れ家を特定されて押し掛けられている現状に繋がっているわけだが、この期に及んでもなおルドルフにとっては貸し足りないわけか。

どうやらこの皇帝は、とにかく奴隷に首輪を嵌めたくて嵌めたくて仕方ないとのことらしい。

 

既に泥沼に引きずり込んでおきながら、尚も追撃の手を緩めない容赦のなさには恐れ入る。

というか、それを私に向けないで欲しい。

 

「必要ない。そのぐらいの自己管理は出来ているから大丈夫だ」

「トレーナー君の『自己管理』と『大丈夫』はこの世で最も信用ならない言葉の一つだろう。理事長との三者面談で何度それを聞かされたことか」

「うっ......」

「だいたい、管理が出来ていないからこうやって私に手綱を握られる羽目になっているんだろうに」

「............」

 

ぐうの音も出ないとはこのこと。

 

およそ真っ当ではない手段で私を束縛しにかかったはずのルドルフの言葉は、事実を盾にして説得力を伴ったものに変化を遂げる。

こうなると、彼女に口で勝つ望みはほぼ潰えたと言って良い。結局、私に打てる手立てなどありはしないのだ。

 

「まぁ、仕方ないか。そもそも君がそういう奴だということぐらい、私だってよく分かっているとも」

「ルドルフ.....」

「だが安心しろ。これからは私がつきっきりで、しっかりと君のことを管理してあげよう」

 

さも良いことを思いついたといったように人差し指を立てながら、丁度いい大きさの胸を張ってみせるルドルフ。

 

 

当然、私に拒否権はない。

 

 

 

 

 

 

つきっきりでとは言うものの、単身世帯用のこのマンションに二人で暮らすとなれば、互いのパーソナルスペースなんてあったものじゃない。

一応、部屋は二つあるものの、片方は寝具とトレーナー寮に収まりきらずに投げ込んだ荷物でいっぱいいっぱいのため、起きている間は居間で顔を合わせっぱなしにならざるを得ない。

 

自他共に認めるお嬢様であり、裕福な実家の庇護のもと、何不自由なく伸び伸びと幼少期を送ったルドルフにとって、この兎小屋はさぞキツかろう。

 

 

.....などというのは、あまりにも虫が良すぎる想定だった。

 

「なあトレーナー君。もう片方のクッションも取ってくれ」

「座布団だよそれは。というか、明らかに君のほうが近いじゃないか」

「つべこべ言わない。今のトレーナー君は私のお願いをなんでも聞くんだから。はーやーくー」

「..............」

 

寝間着をくつろげて、私から奪った座布団を腹の下に敷きながら、居間の中央でぐでんとうつ伏せに寝っ転がるルドルフ。

窮屈さとか、あるいは同居人たる私への気遣いとか遠慮とか、そんなものは微塵もない。

 

迂闊だった。

だいたい美浦寮は二人部屋なのだから、パーソナルスペース云々の抵抗感など初めからないか、既に克服済みに決まっている。

加えてルドルフは、一時期とはいえかの自由奔放なシービーと共同生活してのけた実績持ちでもある。

 

こういう時、最初の一日でどれだけ主導権を握れるかによって、今後のお互いの力関係が固定されるというらしいが。

だとすると、家主である私すら押し退ける彼女のふてぶてしさは相当なもの。

 

仮にも女性と同じ空間にいる感じがしない。

その冬毛に生え変わりかけの頭髪と尻尾が相まって、なんというか、大きい室内犬に居間を占領されているかのような。

 

「なにか良からぬことを考えたか?トレーナー君?」

「いや、別に。どうやら私の勘違いだったらしい」

「そうか」

 

そうだな。犬は心の中まで読んだりしない。

いくらだらけようが、そのスペックは据え置きというのが厄介さに拍車をかけている。

 

一応、助かっている部分もある。

帰宅すれば風呂と食事の用意が出来ていることの有り難みを、今日になって改めて実感出来たわけだし。

ただ、私と同じく.....ともすれば私以上に多忙な彼女にそんな雑務をやらせるのは、大人としてもトレーナーとしてもかなり気が引けるところではあるが。

 

「全く君は。自分のことを棚に上げて、よくもいけしゃあしゃあとそんなことを言えたものだ」

「言ってない。勝手に思考を代弁するな。......はぁ、もういい。おやすみ」

 

ここから事態の好転する見込みはなく、それにもうだいぶ夜も深けている。

睡眠とは一日のサイクルにおける重要な区切りだ。ひとまず今日という日を終わらせて、仕切り直しとしよう。後のことはきっと、明日の私がどうにかしてくれるだろうから。

 

居間の電気を落とし、畳の上に布団を敷いただけの寝室に避難する。

襖一枚のとはいえ、二つの部屋が区切られているのはいいことだ。最低限、寝る時に限っては私とルドルフのプラベート空間を確保することができる。

その偶然に感謝しつつ、私は布団に潜り込んで目を閉じた。

 

 

同時にからり、と襖の開かれる音。

ひたひたとした足音の直後、ヒトより少しだけ温もりのある物体が潜り込んでくる。

 

「おい」

「仕方ないだろう。私の寝具がないんだから」

「予備があるからそこの棚の下から適当に引っ張りだして......」

「それに、トレーナー君が布団の中でこっそりスマホでも弄っているといけないからな」

 

ぐりぐりと着実に私の陣地を侵食していくルドルフ。

体格では私に分があるが、如何せん膂力の次元が違うので抵抗のしようがない。

結局、一人分の布団をおおよそ半々で分け合う形に落ち着いた。ただし尻尾の収納スペースも考慮すると、だいぶ彼女の陣取る面積が大きい。

これでは同居人というより侵略者だと思う。図々しいの権化。

 

「なぁトレーナー君。明日の夜はなにが食べたい?」

「しれっと連泊するつもりでいるんじゃないよ。朝になったら引き払うからな。君にバレた以上、ここにいる意味もない」

「駄目だ。君は私とここで暮らすんだから......んっ」

 

そう駄々をこねつつ寝返りを打ったルドルフは、慌てた様子でしゅるりと尻尾を布団に引っ込める。

 

「おい、変な声を出すな」

「し、仕方ないだろう。布団から出るととたんに寒いんだから」

「ああ......まぁ、もうそういう季節だからな」

 

私としては、ウマ娘の体温が直に伝わるおかげで、この肌寒さも丁度いい塩梅だが、逆に体温を奪われ続けるルドルフにとってはキツかろう。

もっとも、これに懲りて大人しく出ていってくれるようなタマではないが。

 

「トレーナー君。エアコンつけてくれエアコン」

「生憎壊れていてね。改修の見込みはないよ。私は寒さには強いからね」

「......えっ」

 

それが余程ショックだったのか、ご機嫌そうに足に巻き付いてきていた尻尾がぴたりと静止する。

思えば、美浦寮とて相部屋といえども設備には十分すぎるほど恵まれているわけで、なるほど彼女にとってはそういう方向が辛いわけか。

 

「まぁ、ここにいる理由もないから明日には学園に帰るけどね。で、君はどうするつもりだ」

「......帰る」

 

ルドルフは如何にも不承不承といった様子で頷いた。

 

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