シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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果断実行

定例のミーティングを手早く切り上げ、シービーを追い出した後。

私ははやる気持ちを抑えつつルドルフをミーティングルームまで呼び出した。

 

はっきり言って、今日のミーティングそのものは全く重要ではない。既存の予定の再確認だけだ。

なので、たとえばこれがシービー相手だったら、せいぜい次回に小言の一つでもくれてやるだけで終わっただろう。

彼女のサボりなどいつものことで、逆に今日ちゃんと来たことを褒めてやりたいぐらいである。

だが、これがルドルフ相手となると話は別だ。

彼女が理由も告げず欠席するなどまずあり得ない。ましてや開始時刻を過ぎてもなお連絡がつかないとなれば、これは大変なことである。

 

 

「では、君の用事を先に聞こうか」

 

......しかし、ミーティングが終わった三十分後、嘘のようにすんなりと連絡がついて。

堂々と重役出勤してきた彼女が、応接間のソファにどっかりと腰を落ち着けて、横柄に言い放ったのはこんな言葉。

恐れ知らずを通り越して不遜とすら言えるその態度に、こちらの気勢も削がれていく。

 

「どうしてミーティングに来なかった」

「ああ、それはすまなかったね。来月の視察に気を取られるあまりすっかり忘れてしまっていたんだ。謝るよ」

 

白々しい。

一度見た顔は忘れないという彼女が、定例の集まりを失念するはずがないというのに。

予め回答を作ってきていたことがありありと伝わる、見事なまでの棒読みだった。

 

「......まぁ、いいさ別に」

 

こういう誠実さに欠く対応をするのは、今、彼女が物凄くへそを曲げているという強烈なメッセージである。

踏み込んでこいと誘われているが、それに乗ったら最後ろくな目に遭わないことを私は経験から理解していた。

故に、こうしてスルーする。とりあえず、彼女にこれといった異常がないだけでも良しとしよう。

 

「次からは遅れず来るように。じゃあ、私はこれで」

「待ちたまえトレーナー君。君の用事だけ済ませておしまいはあんまりじゃないかい」

 

ああ、やはり見逃してもらえなかった。

ルドルフはおもむろに立ち上がると、緩慢な動きでゆるりと私の背中に回り込み、肩に手を置いてくる。

腰を落とすことすらしない、ただ添えているだけのように見せかけながらも、大胆かつ繊細に加えられた力のおかげで立ち上がるどころか身動き一つ敵わない。

流石はウマ娘の膂力。ことここに至って、ようやく私は自らが詰みかけていることを理解する。

 

「.....分かった。それで、君の用件とは?」

 

聞きたくない。

ほぼ確実に凶報だと察しながら、しかしこの状況に強いられままに私はその先を促す。

 

ようやく自分の思い通りの反応を引き出せて溜飲が下がったのか、ふっと笑うように息を零すルドルフ。

死角から届く息遣いは、否が応でも私の喉元にひんやりとした感覚を想起させる。

 

「私の、ではないかな。いや、母様がね。トレーナー君とお話をしたいと言っているんだ」

「なんだって急に」

「さっき、久々に実家の家族と電話してね。君の話をしたら、そろそろ顔を見せてほしいと」

「そうか。いい機会だからシービーも連れて行こうか」

 

仲間外れは可哀想、という気遣いではない。

単純に同じ境遇の仲間......あるいは道連れが欲しいだけである。

 

「それはまた今度だな。今回は身内だけで折り入った話がしたいそうなんだ。家族会議という奴だな」

「私は君達の家族になった覚えはないが」

「まぁ、そう遠慮しないでくれ。我々と君との仲じゃないか」

 

口調はあくまで朗らかに、しかし両肩の重みからは決して逃さないという意思を感じられる。

 

「ふむ......」

 

状況に好転の兆しはなし。

であれば、この場を仕切り直すことが最優先か。

 

つまり逃げ出す。

この部屋からだけでなく、学園からも一時的に退避することが望ましい。

いくらルドルフが生徒会長であるといえども、その神通力が通用するのは基本的に学園の領域においてのみなのだから。

 

事前に伝えられていたスケジュールから外れていなければ、ルドルフが家族と雑談に興じるに足るまとまった自由時間が確保できたのは、ミーティング開始から今までの数十分間のみである。

そこで何かしらの取引――恐らく、あの『契約』の終了――が行われていたとして、シンボリ本家がなにかしらの行動を起こせるのは、距離的に早くてもあと明日以降か。

 

それまではルドルフとの一対一。

この窮状さえ凌げれば起死回生の目があるかもしれない。

 

幸い、私は大人だ。

まだ学生のルドルフよりも、取り得る選択肢は少しだけ大きい。上手く活用すれば逃げられる。

そのためには、まず相手の出方を把握しなければな。

 

「分かった。それで、いつ伺えばいい。明日か?」

「無論。今からだ」

「......は?」

 

パンッと手を叩くルドルフ。

同時にミーティングルームの扉が開き、向こうからダークスーツに身を包んだ巨躯の(ばんえい)ウマ娘達が現れた。

 

 

 

......その数、およそ10人。

 

 

 

 

 

 

今日のミーティングにルドルフは来なかった。

これは珍しいことだ。

 

確かに、トレーニングではなくあくまで月初めの方針の打ち合わせという建付けであって、既に共有されている情報の確認でしかないから、それほど重要度は高くなかったけども。

真面目にやれば5分ちょっとで済ませられる程度のものだ。だからこそ、アタシもしっかり顔を出したというのに。

まさか彼女の方が飛ぶとは思わなかった。

 

重要度の低いミーティングだから手を抜いたなんていうのは、ことルドルフに限ってはあり得ない話である。

 

「ん〜」

 

体調でも悪かったのかな。今朝、顔を見た時はそんな感じはしなかったけど。

 

「ま、大丈夫でしょ」

 

間違いなくトレーナーからコンタクトはあっただろうし、その結果アタシになんの連絡も来ていないということは、特に問題はなかったということだ。

便りがないのがいい便り、という奴だろう。

 

黄昏時の肌寒さの中、いくつかの集団がたったかと目の前を横切っていく。

向かう先は寮だろう。一人暮らしのアタシはそれを横目に見ながら正門へと足を動かす。

 

 

「んっ......」

 

ざあっと、不意に一陣の風が一体をさらった。

 

ばさばさと街路樹の枝が鳴り、顔を撫でる冷たさに思わず目をつぶる。

しかしそれも一瞬のことで、再び目を開けてみれば、先程からなにも変わらない景色が広がっていた。

ほんの数歩先に立ちはだかる、一つの影を除いて。

 

「......おん?」

「やあ、シービー。もうお帰りかな?」

 

そろそろ換毛も終わりかけた、豊かな鹿毛を靡かせつつ目を細めているのは、まさしく頭の中で思い浮かべていたばかりのルドルフだった。

ミーティングをフケた謝罪にでも来たのかと思ったが、どうやらそんなつもりはさらさらないらしい。

別に、アタシがなにか嫌な思いをしたわけでもないからどうでもいいけど。

 

「そ。で、キミは?アタシになにか用?」

「用事がなければ声もかけてはいけないのかな?」

「そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど?」

「分かってるさ。......ただの通りすがりだよ。ついさっき、ひと仕事終わらせたばかりでね」

「ふぅん」

 

仕事とやらに興味はない。どうせ彼女の駄洒落と同じぐらい退屈なことだ。

下手に首を突っ込んで、手を貸せなんて言われでもしたら堪らないしね。

 

にしても、随分と元気が良さそうだ。

てっきり腹ぐらいは壊したものかと思っていたが。

 

「随分楽しそうね」

「そう見えるかい?」

「??」

 

アタシの声が届いているのかいないのか。

ルドルフは吹っ切れたような、妙に晴れ晴れとした微笑を私に向ける。その尻尾が、機嫌良さそうに右へ左へと揺れていた。

 

......その口角の吊り上がった表情を眺めていると、心の奥底からむらむらとした衝動が止めどなく湧き上がってくる。

ルドルフの楽しそうな姿を見ていると、ちょっかいを出さずにいられなくなるのはアタシの悪い癖だ。

 

「そういえば、トレーナーとはもう話した?今日のミーティング来なかったから、トレーナー怒ってたよ」

 

勿論、嘘だ。大嘘だ。

サボりの常連ならいざ知らず、十五分前行動を徹底しているルドルフが一度来なかった程度で怒るわけがない。

むしろ、ミーティング中にも全く連絡がつかなかったものだから、えらく心配していた。いつもなんだかんだと十分以上はかかる話し合いが、たった三分で閉じられるぐらいには気もそぞろだった。

あるいはその心配が裏返って......というのも、もしかしたらあるのかもしれないが。

 

「ふむ。そうかい。トレーナー君がね.....ふふっ」

「へぇ」

 

それでも、ルドルフの喜悦は全く揺らがない。

意外だ。彼女のような典型的な優等生の場合、目上からの叱責や失望をなによりも恐れるものだろうに。ましてや、それがトレーナー相手なら尚更。

 

となると恐らく、あの後でチャットや電話ではなく直にトレーナーとは顔を合わせ済みなのだろう。

で、特に絞られることもなく放免されたと。だからこんなにご機嫌なのかな。

トレーナーはルドルフに甘いからね。これがアタシだったらお咎めなしでは済まされなかっただろう。遅刻の常連っていう前提事情もまぁ、なくはないかもしれないが。

 

「まぁ、トレーナー君のことはひとまず置いておくとして、だ。君にも一つ伝えておくことがあってね」

「ふぅん?」

 

やはり、たまたま見かけたら声をかけてみた、というわけではなかったか。

 

「しばらく......といってもほんの数日程度の予定だが、こっちには顔を出せなくなる。実家にすこし用事ができてね」

「そう。いいね、ルドルフは帰省が楽で。いっそのこと実家から通ったらどう?送り迎え付きで」

「母様からは何度もそう提案されてはいるんだがな。今のところはそのつもりもないよ」

「ふーん」

 

送迎については否定しないんだね。

いいね、お金持ちは。築三十年のボロアパートに放り込んで、何日で音を上げるか観察してみたいものだ。

でもこの子なら普通にそつなくこなしそうだし、面白くはないかもしれない。いっそ、外から鍵をかけてみるか?

 

「まぁ、休みたいなら好きにすれば。その間はトレーナーに遊んでもらうから別にいいよ」

「そうか......ふふっ。なら良かった。たくさん遊べるといいな?」

 

くつくつと喉を震わせながら、踵を返して正門へと歩いていくルドルフ。

奇しくもアタシと同じ方向だ。このまま彼女の背中にぴったりとつけて歩くのもなんなので、しばらく見送って距離を稼ぐことに決める。

 

次にあの姿を見るのは、早くて明後日あたりか。今週いっぱいは帰ってこないこともあり得る。

生徒会の方はちゃんと引き継ぎしているだろうし、心配はいらないだろう。そもそも遠征や視察でルドルフが何日も留守にすることは珍しい話ではない。

それでも一応、トレーナーの方には一言伝えておこうとスマホを立ち上げる。

 

「よし、と」

 

思えば説明しようにも、詳しい事情をルドルフから全く聞かされていなかったので、本当に一言だけのメッセージを入力して送信。

もっとも、担当のスケジュール管理もトレーナーの仕事。どうせとっくに知ってるだろうと考えて、既読も待たずに画面を閉じる。

ちょうど先をゆくルドルフとは程よい距離が開いていたため、アタシものそのそとその後に続いた。

 

 

 

しかし、アタシの楽観的予測は見事に裏切られて。

 

その日のうちに、トレーナーの既読がつくことは終ぞ無かった。

 

 

 

 

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