持つ者に富が集まる、というのはある種この世の真理だ。
それは金銭であったり、権力と呼ばれるものであったり、あるいはウマ娘であっても然り。
ただ、一族の過半数をウマ娘が占める、という在り方は少々特殊かもしれない。
家業の中で、ウマ娘が中心となる......もっぱらレース界で名を売ってきた一族。メジロ家と、シンボリ家。
別に、私はかの家の関係者というわけではない。
ただ小さい頃から、少しだけ縁があったというだけのことだ。
その構成というか、実態について人並み以上に知っていることは殆どない。せいぜい、各界に隠然たる影響力を持ち、沢山のウマ娘を抱えているという程度。
ただ、その「沢山の」の物差しすら、どうやら私は測り間違えていたらしい。
ぞろぞろと、後から後からミーティングルームに突入してくる一団を見渡しながら痛感する。
ただでさえそう広くはない部屋のこと。さらにその人数と、彼女達の上背も相まって、強烈な圧迫感が私の身を包み込む。
「っ......」
職業柄、多人数のウマ娘に囲まれて臆するなどということはない。
が、その相手が揃いも揃って黒のスーツを着込み、同じ色の手袋を嵌めた全身黒づくめとなれば話は別だ。
思えば、私が相手をしていたのは同じウマ娘といえども、まだまだ成長過程の中高生でしかなく、こんな、死線を幾つも踏破したかのごとき屈強さを備えてなどいない。
追い詰められた生き物の性として、目線が出口へと向かう。
殆ど本能的な動き。だが、ルドルフからしてみればそれすらも気に食わなかったらしい。
「困るなぁトレーナー君」
ゆるり、と私の目の前に回り込むと、こちらの片手に指を絡めて持ち上げる。
所謂恋人つなぎというものだが、そこから連想される甘酸っぱさなど欠片もない。
手繋ぎより拘束という表現の方がより適当だろうか。
「借りたものはちゃんと返してもらわないと。たとえ一生かかってでも......」
なにが、などとしらばっくれても無意味だろう。
彼女の中でどういう心変わりが起きたのかは分からないが、こうなればあとはただ成り行きを見守るしかない。
それによる事態の好転の兆しが全く見えないとしても、だ。
「ルドルフ」
「ふふっ。だがまぁ、我々も鬼ではない。君がシンボリのモノになると誓うなら、その借金、君ごと引き取ってやっても構わないが......?」
「それは......」
それは提案ではなく、要請。もっと言えば命令と呼ばれるものではなかろうか。
私の返答を待たずして、両脇に控えていた黒服に両腕を絡めて持ち上げられる。
こんな時だというのに、クレーンゲームで両脇を引っ掛けて吊り上げられるパカぷちをふと連想した。
「さあ、大事なお客様だ。丁重にお連れしろ」
「了解」
ルドルフの音頭に従って、ミーティングルームを後にする一同。
丁重とは程遠い扱いを受けながら、私は引き摺られていく。
「その、ルドルフ?」
「なんだ」
「いや、私は仕事があるから......たぶん君だって。弾丸帰省している場合じゃないと思うんだけど?」
「リモートなワークなら向こうでも出来るから問題あるまい」
「うう......」
遠征の拒否に仕事という言い訳が使えなくなった元凶。
昨今の労働環境における革新的進歩にこの時ばかりは恨みを漏らす。
私を群れのど真ん中にホールドしつつ、真っ昼間の学園の廊下を悠々と闊歩する黒服の集団。
年齢的にも学園の生徒でないことは明らかであり、雰囲気もおよそ学園の職員のそれとはかけ離れている。一見した限りでは、部外者に学園のトレーナーが拉致されている事案の現行犯にしか見えないだろう。
それでもすれ違う生徒が誰一人咎めることなく、職員すら遠巻きに様子を伺うだけなのは、その集団の先頭を肩に風を切って征くのが、他ならぬ生徒会長たる皇帝シンボリルドルフその人だからに違いない。
「あっ......会長、こんにちは」
「ああ、こんにちは」
今もまた、本来この学び舎の治安維持を一角を担う生徒会所属の生徒がすれ違ったが......一瞬、この異様な光景に目を見張っただけで、率いるのが己のボスだと知るや挨拶だけで去ってしまう。
生徒会に限らず、風紀委員から警備部門のスタッフに至るまで、ルドルフの挨拶一つで全て顔パス。せいぜい二度見でもすればまだマシといったところか。
日頃の行いや実績が、こういう時に物を言うのだと痛感する。別に私の評価や人望がないわけではなく、ルドルフのそれが唯一抜きん出て並ぶ者のないだけなのだが、いずれにしても結果は同じだ。
こういう時、あの優秀かつ喧しい記者がいれば、もしかしたら打開の糸口になったのかもしれないが。
そう都合よく現実が私の思い通りに動くはずもなく、なんの障害もなくすんなりと学園の正門まで連行される。
正面に横付けで並んでいる、黒塗りの高級車三台。
その真ん中の扉が開かれ、乗り込むよう促される。乱暴ではなく、むしろ繊細すぎる程に丁重に扱われるが、それでも反抗できないのは明らかだった。
「では、あとはよろしく頼むよ」
「かしこまりました。お嬢様は?」
「少しやり残した仕事がある。後で追うよ」
「了解しました」
淡々と、私の頭上越しに交わされる主従の会話。
両脇に黒服が乗り込み、私の両脇をがっちり固めたことを確かめたルドルフは、自動車の扉に指をかける。
最後にこちらの顔を覗き込んで......
「.......ふむ」
......なにやら満足気に頷いて、そのまま閉めた。
いや、ここまでやるならせめてなにか言えよ。
そんな私の恨み節に、応えてくれる者は誰もいない。
バタン、と無情に響き渡る音を置き去りにするかのように走り出した車は、静かに、しかし着実に加速を重ねて車道を駆け抜ける。
みるみると後ろに流れていく、窓ガラス越しの並樹を眺めながら、私はこの顛末に至った原因......そもそもの話の発端に思いを馳せた。
◆
8年前――或る昼下り
トレセン学園はお嬢様校である。
......などと、世間ではごく当たり前の事のように語られているらしい。
高い学費もそうだが、なにより天稟の才能に加えて、幼少期からの弛まない鍛錬がモノを言うこのレースの世界においては、なるほど確かに、富裕層にはある程度のアドバンテージが期待できるだろう。
実際、そのような統計データもあるらしい。それが信頼性のあるものかどうかは知らないが。
ただ、私に言わせてもらえば、そのような傾向――つまるところ、上流階級が多数を占める世界の形成――は、学生達よりもむしろトレーナー社会に顕著だと思う。
中央トレーナー試験とは、如何せん難関試験だ。思う存分、学習に打ち込める環境というものが必要不可欠であり、その過程においてはやはり先立つ物が必要であろう。
またその専門職という特性上、採用に至らなかった後の現実はかなり悲惨というほかなく、一生を棒に振りかねないリスクを背負う以上、ある程度の保険が必要だ。実家の資産というのもまたその一つである。
とにかく、様々な世知辛い事情が重なり合って、今や中央トレーナー社会というのは、上流階級の集う一種の特権階級になりつつある......というのが、私の勝手な認識である。
中央トレーナーを官僚や法曹、医師と同列に見做す向きもあるらしいが、産まれの差如何という意味では、例えばフランスの
繰り返すが、こんなのは私の勝手な認識である。というより、偏見である。
だって私はそもそも、当の中央トレーナーになってすらいないわけだし。
「はぁ......」
縁側で足を投げ出しつつ、今朝届いたばかりの通達を、それが収まっていた封筒ごと真っ二つに破る。それぞれくしゃくしゃに丸めて、さらにもう一度合体させ握りつぶすと、一つの大きな団子になった。
振り返り、それを居間の隅にあるごみ袋へと投擲。綺麗な放物線を描いて飛翔したそれは、目論見通りすっぽりと中に収まるが、それだけで私の不機嫌が鎮まるわけでもない。
URAのシンボルマークが印字されていたあれは、中央トレーナーを目指す受験生向け都立奨学金制度の合否通知。
定員一名の返済不要、給付型であり、対象者に選ばれるのは極めて困難だ。事実上、将来の主席合格候補しか受けられない仕組みであり......けれども私の場合、直前の模試で僅かに手の届かなかった資格。
おまけにその対象となった受験生が、かの名門の輩だというのだから堪らない。
「桐生院、葵.....」
名前しか知らないので、男か女かは分からない。
ただその家名についてはしっかりと心当たりがあった。代々トレーナーとして身を立ててきた、資産家の一族である。
言うまでもなく、こんな奨学金なんて全く必要ないであろう立場。貰えるものは貰っておけの精神だったのだろうか。
本来それは、親失くして孤児院に引き取られている、私のような人間にこそ与えられて然るべきだろうに。
「......はぁ......」
分かっている。これはただの八つ当たり。
全ては己の実力不足が招いた結果であり、それによって誰かを責めるのはお門違いなのだ。
なのだが、しかし、どうしても靄靄とした鬱憤が胸に沈殿して仕方がなかった。
「うっせ」
「......なんですか?」
「辛気臭いんだよ、お前。根暗が伝染るから今すぐ止めるかどっか行け」
縁側に座る私に背を向けて、居間の中央に寝転がる真っ黒なウマ娘が、こちらに尻尾をしっしと振って寄越す。
ジーパンにインナーシャツ一枚の格好。裸でないだけまだマシかもしれない。座布団を枕に敷き、無造作に酒瓶を転がしている。
昼間から偉そうに......実際、家主なのでこの家では偉いのかもしれないが。
彼女に食わせて貰ってる身分とはいえ、ああも堕落しきった姿を見せられれば敬意もなにもあったものじゃない。
あえて無視することにした。命令に従ってほしいのなら、従わせるなりの態度というものがあろう。
再び庭の真ん中と視線を戻す。
うららかな陽射しの下、鹿毛を後ろで括った小さなウマ娘が、きょとんとした様子でこちらを見返していた。
「......なにかな。ルドルフ」
「うーん......困ってるみたいだけど。どうしたの?また
びっと、私の肩越しに寝そべるウマ娘を指差す。
仮にも客人の身で家主をあれ呼ばわりとは恐れ入った。
朝早くにアポもなくやってきて、つい先程まで誰からの許可を得ることもなく「この辺に芝でも作ろっか」などと勝手に人の家の庭を物色していたかと思えばこれだ。
妹が大きくなってきただとかなんとかで、この頃は妙に大人びたというか、丸くなってきた彼女ではあるが、その根っこにある傍若無人さはまだ抜けきっていない。
「違うよ。大人の事情。君には関係ないことだ」
「大人の事情?ああ......お金のこと」
「......」
「あ、図星」
からからと可笑しそうに笑うルドルフ。
並外れた観察眼に、歳にそぐわない聡明さ。あくまで私見だが、彼女の強みを一つだけ挙げるとするなら、脚力でもスタミナでもなく、知能の高さだろう。
何事であっても、彼女がおよそ他人より劣るところを見たことがなかった。その才覚の殆どが悪戯にしか発揮されていないことが悔やまれる。
ひとしきり笑って満足したのか、ルドルフはどこからともなく一枚の用紙を取り出した。
いっぺんの曇もない、無邪気そのものな満面の笑みを湛えてこちらを見上げる。
まるで、とてもいいことを思いついたといった様子で。
「心配いらないぞ!この白紙に君の印鑑さえくれれば、シンボリ家から好きなだけ貸してもらえるからね」
「......って母様が言ってた」