「過労です。今日明日は安静に養生した方がよろしいかと」
そう告げられた医師の言葉に、アタシもトレーナーもただただ黙って頷くほかなかった。
ルドルフの失神は、過労によるストレスに伴う迷走神経反射が直接の原因らしい。なんにしても、これ以上彼女に仕事をさせてやるつもりもなかった。
「今後のレースに響くような後遺症は残るでしょうか」
「現時点ではそのような心配は不要かと。ですが、今の生活環境を改善しない限りは同じことの繰り返しでしょう。それを積み重ねていった結果、心身に取り返しのつかない異常が生じることも十分に考えられます」
アタシ達のここ一週間における実態を把握した上で下された宣告に、これまたアタシとトレーナーはなにも言葉を返すことが出来ない。
ルドルフをバ車ウマの如くこき使う現状をどうにかしなければ、早急な生徒会人事の再編成と見直しが必要だ。
「では、ルドルフのことをどうかよろしくお願いします。先生」
「貴殿方はこれからどうなさるので?」
「現状の見直しと改善を。彼女が戻ってくる前に形だけでも整えなければ話になりませんから………行こうか、シービー」
「………うん」
トレーナーに促されるまま、アタシ達は二人揃って席を立つ。
そのまま肩を並べて引き戸へ向かおうとした瞬間、先程まで控えていた看護師さんが行く手を遮った。
正確には、トレーナーの進路の真ん前に立ち塞がっている。
「………あの、私になにか?」
「ミスターシービーさんはともかく、トレーナーさん………貴方は駄目です。シンボリルドルフさんと同じく、早急な検査と療養が必要となります。シービーさん、少し肩を押してもらえますか」
「こう?」
医師の指示に従って、後ろからトレーナーの肩を押してやる。
恐らく人間から見てもそれほど大したものではないその力に彼はあっさりと屈し、体勢を崩してそのまま床へと膝をついた。
それでもなんとか立ち上がろうと試みてはいるものの、思うように四肢に力が入らないらしい。生まれたての小鹿のように震えている。
結局看護師に肩を貸されることでどうにか起き上がり、一人だけ再び椅子に座らされている。
「過労ですね。今すぐ入院して下さい」
「ま………待ってください。私は別に、ルドルフほど業務に没頭していたわけでは………」
「いくら貴方が成人男性で相手が未成年とはいえ、ウマ娘と人間の基礎体力が同じなわけがないでしょう。それにただでさえ、トレーナーという職業は過労がつきものなんですから……」
やいのやいの後ろで騒ぐ人間達を刺激しないよう、そっと扉を開けて病室を辞する。
個人差には医師の見解に賛成なので、取り立てて助け船を出してやるようなことはしない。人の振り見て我が身を直せとよく言うのに、トレーナーはルドルフの入院を完全に他人事だと捉えていたみたいだし。
こうでもしなければまともに休もうとはしないだろう。なら無理やりにでもベッドに放り込んでやるのが本人のためだ。
かつかつと、人もまばらな夜の病棟を歩く。
普通ならこの総合病院の規模ならまだ来客もいるだろうが、ここはウマ娘専用の病棟だ。
トレセン学園付属なだけあって、わざわざウマ娘専用に独立した施設まで作られている。当然対応にあたるのも、きちんとウマ娘医療看護の免許の交付を受けた医師や看護師だけ。
その方が診察や治療の面で効率的であるし、なにより不躾なファンやマスコミも一斉にシャットアウトすることが出来るからだ。人気や知名度が図抜けており、ファンもアンチも多い中央のスターウマ娘が足しげく通うこの病棟は、原則付き添い以外は立ち入り禁止となっている。
療養中うるさくつきまとわれては治るものも治らないので当然だろう。
望もうと望まざるとに関わらず、現役アスリートのプライベートは原則として秘匿されるべきだ。
ましてやそれが、かの皇帝シンボリルドルフなら尚更。
そんなことをつらつらと考えていたその時、不意に後ろから肩を叩かれる。
「はぁい、シービー。ルドルフの調子はいかがかしら?」
「ただの過労だったらしいよ……少なくとも今のところは。ルドルフと、それからトレーナーはこの先数日間は駄目そうかな。学園の様子は?」
「一応公言はされてないけど………『誰か』が救急車で運ばれたことと、それに貴女とトレーナー君が同乗したことはかなりの子達に目撃されていたらしいわ。だとするなら、その『誰か』があの子だって事も皆察しがついてるでしょうね」
「可能な限り人目は忍んだつもりだったんだけどね。それで、キミもここまで車を飛ばしてやってきたわけだ。マルゼン」
「えぇ、そんなとこかしらね。さぁシービー、一緒に学園へ帰りましょ。まだまだやることはあるんでしょう?のんびり走って帰る暇なんてないわよ」
「あぁ…………うん、そうだね。お願いしようかな……」
「モチのロン!!お姉さんに任せなさいな」
…………正直、彼女の助手席に座るのは気が進まないことこの上ないのだが。
とはいえ背に腹は抱えられない。時間も圧している以上、マルゼンの提案に乗ることにする。
確かに時間的な面で言うなら、レーンを走って帰るよりもそちらの方が早く着くわけだし。
本当に気は乗らないけどね。でもまさか市街地のど真ん中をかっ飛ばすなんて真似は流石に……ねぇ?
………信じてるからね、マルゼン?
◆
「………と言われて、まさか本当に安全運転で帰るウマ娘がいるとはね。このネタ振り潰し」
「なにか文句でもおありかしら?シービー」
「なんにも。強いて言うなら、普段からこれぐらいお見事に走って欲しいと願うばかりだよ」
「嫌よ。それじゃあ気持ち良くないじゃないの」
いけしゃあしゃあと、後ろを歩く彼女はそんなことをのたまう。
マルゼンの運転はそれはもう素晴らしいの一言で、滑らかなハンドル捌きで夜の街を最短距離で突っ走ってくれた。曰く今日ばかりは万が一にも警察にパクられないように気を遣ったらしいが、それが出来るなら最初からやって欲しいとしか言えない。
アタシ自身、免許自体は持っているものの真似することなど不可能だろう。そう断言できるレベルで確かなテクニックはあるというのに、これでは宝の持ち腐れだ。もったいない。
本校舎の階段を足早に駆け昇り、そのまま二人揃って廊下も駆け足で突っ切ると、たどり着いた生徒会室の扉をバカンと勢い良く開く。
「む?」
「あらん?」
その瞬間、応接間のソファに腰かけている顔と目が合った。
「前トレセン学園生徒会長ミスターシービー並びに前副会長マルゼンスキー、ただいま戻りました」
「お疲れ様です。秋川理事長、たづなさん、それから………安心沢さん」
つい先程までアタシとトレーナーが座っていたその場所では、代わりに二人のウマ娘が向い合わせで書類に取り組んでいた。
彼女達はペンを止めないまま、視線だけこちらへ向けて返事をしてくれる。
「帰還ッ!!病院への付き添いご苦労だった!!ミスターシービー、それからマルゼンスキー」
一人は秋川理事長。
流石というべきか、流れるような手際で次から次へと書類を捌いていく。ここを出る前にデスクに積んでおいた紙の山は、既に大半が削り取られていた。
その矮躯からは想像もつかないが、この年で栄えある中央トレセン学園を一手に統括している辣腕家なのだ。元々同じ運営側であることも相まってか、生徒会の事務仕事など彼女にとっては苦でもないらしい。
普段はこちらを振り回しがちな彼女だが、この状況下では頼もしいことこの上なかった。
「あら、おかえりなさ~い。随分早かったじゃないの?最近の子は車もよく使うのねぇ」
そしてもう一人は、赤のドレスに白衣を重ね着した妙齢の女性。いつもの奇妙な形をしたサングラスは今日はつけていないらしい。
彼女の名前は安心沢刺々美。自称笹針師で、度々医務室に出没しては応援と称して生徒に針治療を行う危険人物。
学園のセキュリティ部門並びに警視庁騎バ隊、それからオグリキャップの天敵である。
「ふ~ん。今時の会計処理はだいぶ楽になったのね。あたしが現役の頃にもこうだったら良かったのに」
などとぼやきつつ、これまた流れるような手捌きでノートパソコンに数値を入力していく。
部外者に学園の中枢たる生徒会の会計を取り扱わせているというかなり目も当てられない構図なのだが、OGかつ二代目生徒会長という経歴から無理やり自分を納得させておいた。
そもそも目の前に理事会のトップがいるのだから、仮に問題が起きたところでアタシの責任にはならないだろう。呼び出したのはアタシだけど。
と、そんなアタシ達のところへ生徒会長のデスクから飛んでくる凛とした声。
「……そんなことを言っていると一気に年を食って見えるそうですから、気をつけた方がいいですよ。シンザン」
「安心沢です。その台詞、やっぱり貴女が言うと説得力が違いますね………いつまでそうやって若作りしているつもりですか?ミノル会長」
「私は駿川ですがなにか?」
「………いえ、なんでもないです」
特徴的な緑の帽子と制服に身を包みながら、こちらもパソコンになにやら叩き込んでいるのは駿川たづな理事長秘書。
かつてこのトレセン学園生徒会を作り上げた張本人であり、初代生徒会長でもある。そういう意味では今起こっている事態の元凶とも言えるかもしれない。
アタシの視線に気がついたのか、ふと上目遣いにこちらを見上げる。
「報告については結構です。先程、お医者様の方からお電話を頂いたところなので」
「そうですか。なら、アタシ達も残りのお仕事を手伝わせてもらいますね」
「ええ、よろしくお願いします。そちらの応接間のデスクに積んであるので、適当に抜き取って処理しておいて下さい」
「ほらシービーちゃん。あたしの隣にいらっしゃい」
「………では、失礼致します」
促されるままアタシが安心沢の隣に座り、マルゼンは向かいの理事長の隣へ座る。
そのまま仕事に取りかかろうとしたところで………既に殆ど消化されていることに気がついた。
流石というかなんというか、余りにも処理が早すぎる。夕方あれだけ苦労していたのが嘘のようだ。
こちらは二人がかりだったとはいえ、流石に理事長とたづなさんのコンビには手も足も出ないらしい。
彼女達とて日中激務をこなした後だろうに、微塵も疲れを見せないのは大したものだ。
「あたしは?ねぇシービーちゃん、あたしは?」
「えぇ、貴女もとてもよくやって下さっていると思いますが………勝手に人の心を読まないで下さい。それとアタシから呼んでおいてなんなんですが、そんなスムーズに対照表仕上げられるとそれはそれで気味が悪いです。どうしてウチの歳出と歳入の内訳を完璧に把握してらっしゃるのでしょうか」
「そりゃあ、時々ここにお邪魔させてもらってたからに決まってるじゃない。シービーちゃんと違ってルドルフちゃんはそれなりに歓待してくれるのよ。あとマルゼンちゃんも」
「そうね。シービーが来そうになるといなくなっちゃうから、貴女が知らないのも無理ないわね」
安心沢の衝撃の告白と、それに趣向の意を示すマルゼン。
全く知らなかった。影すら踏ませないその逃亡術はいっそ見事なものだが、それが神のウマ娘とまで呼ばれた競争バの本領発揮だと考えるとどこか虚しくなってくる。
それを誤魔化すように申請書にサインをし、備考を記した付箋を張ってトレイに入れる。
そうして次の書類に手を伸ばしたところで………先程のそれが最後の一枚だったことに気がついた。
「………終わりましたね。皆さんお疲れ様でした。息抜きにお茶でも入れてきますね」
さっと立ち上がり、給湯室に向かっていくたづなさん。
仮にもこの中では最年長であり、助っ人として呼んだ彼女にお茶汲みまでさせるのは気が引けるものの、その隙のない動きに口を挟むことは出来ない。
ここは大人しくお言葉に甘えるとしよう。
「しかし、シンボリルドルフが倒れてしまうとは……。私の管理監督の不行き届きが原因と言うほかない。猛省………」
「いえ、それ以前に現生徒会の組織体制にこそ問題があるでしょう。これまではアタシやマルゼンにトレーナー、今日は貴女方の手も借りさせて頂きましたが………結局ルドルフ一人のままでは自転車操業です。早急に、新しいメンバーを加えいれなければ」
「アテはあるのかしら?」
「………遺憾ながら、全く」
厄介なのが、既にルドルフがどれだけの生徒に声をかけているのか分からない点だ。まさか寝ている彼女を叩き起こして聞き出すわけにもいくまい。
………もういっそのこと、シリウスでも引き込んでしまおうか。
反生徒会勢力の筆頭である彼女のこと。いかにルドルフといえど流石に声をかけていないだろうし、仮にそうしていたとしても、再度声をかけられた所で萎縮するようなタマじゃないだろう。
面倒見の良い彼女はどうやら取り巻きをいたく大事にしていると聞く。そこをつっつけば言うことぐらいは聞かせられる筈だ。
思えばルドルフのストレスの何割かはシリウス由来なのだから、その穴埋めを彼女自身がするのが道理というものだろう。
「そもそも最初の生徒会の指針そのものに欠陥があると思うのよね。『最も強き者が生徒会を継承すべし』ってカンジだし。そこのところ、あたしにただ強いからってだけの理由で二代目を押し付けた初代生徒会長様はどのようにお考えでしょうか?」
「………仕方ないでしょう。当時と今とでは状況が違うんです」
給湯室から帰ってきたたづなさんがアタシ達全員の前に湯呑みを置き、自らもお盆と共に再び会長席へと腰掛ける。
そのまま一口含んだあと、気だるげに言葉を付け足した。
「当初の生徒会の存在意義は理事会から生徒の権利を擁護することであり、加えて当時の運営は今より圧倒的に力が強かったのです。故にそのような相手にも言葉を通せるような、圧倒的な人気と実力を誇るウマ娘が生徒会には求められた。数より質だったのですよ」
「そんなに手強い相手だったのかしらね?当時の理事会っていうのは」
「えぇ、マルゼンスキーさんでも少し想像がつかないかと思いますが……。と言いますのもあの時代のレース競技には賭博的な要素もあり、その関係で様々なしがらみがあったんですよ。そういった要素を廃して代わりに欧米にならってライブを取り入れ、一躍日本有数のエンターテイメントとして発展したのはもう少し先の時代のこと。たしかシンザン、貴女が主導したのでしたか」
「安心沢です。………するわけないでしょうそんなこんなこと。レースもトレーニングも、何事も程々にがあたしのモットーですから。そんな面倒臭そうなことはしません」
「………そういえば、お二人がそうして姿と名前を偽られているのもそれが理由ですか?」
とっさに頭の中に浮かんだ疑問。
よく吟味しないままそれを口にした瞬間、二人の瞳が僅かに揺らいだような気がした。
しばしの沈黙のあと、おもむろにたづなさんが口を開く。
「………先程も申し上げました通り、過去には様々なしがらみがありましたから。それは当時大規模なレースや学園を運営していく為に不可欠であった以上、悪いこととはいいません。ですが影響力も大きく、運営側と真っ向から対立していた私達は少々、引退後も目の敵にされることが多かったのです。名も姿も騙り続けて早二十年近く。今更元に戻すにも気が引けると言いますか………」
「あたしは今の姿もそれなりに満足してるわよ。もっともあたしと違って会長が捨てたのは名前と姿だけじゃ―――」
「シンザン」
「………はい。すみませんでした」
すごすごと引き下がる安心沢を尻目に、私も一口お茶をすする。
濃すぎず薄すぎず、ちょうど良い口当たり。生徒会も流石に歴史が長いだけあって、脈々と受け継がれてきた伝統のようなものがある。この給湯室の茶の入れ方もその一つだ。
しかし私ではここまで上手くはいかない。まだまだ生徒会長の肩書きを名乗るには不十分なのかな、なんて辞した今更思っても仕方がないのだけれども。
「限界ッ!!ともかく、なにがなんでも新しい人員を補充するしかなかろう。シービー、ルドルフ不在の今は君が代行となるのだ」
「なるのは結構ですけど、それにしたってアテがいないんですよ理事長。根本的に生徒会は人気がないので」
「貧乏くじだってすっかり知れ渡っちゃってるものねぇ。どうしましょうシービー。最悪私達がまた出戻るとか?」
「それだと対処療法にしかならない気がするのよね………」
昔と今では色々変化した部分があるといえど、未だに生徒の顔という役割に違いはない。
だからこそ、新しい風が必要だ。いつまでルドルフが在任するのかは知らないけど、たぶんアタシ達はその最後まで面倒見ることは出来ないだろうし。
「ちなみに、シービーちゃんはどんなウマ娘が役員として相応しいと考えているのかしら。人を選ぶにあたって、どんな条件を柱とする?」
「そうですね…………」
こういう時に限って、真っ先に脳裏を横切るのはあの憎たらしい筈の先代の顔。
レースでの実力、世間における知名度、あるいは優れた実務能力等々。
色々と条件はつけたい所だが、それでも一番に出てくるのはやはり――――
「………人気でしょうか。多くの人々を魅了して、夢を見せて、そしてどんな期待にも応えてしまえるような………誰からも愛されるウマ娘が欲しい」
「話は聞かせてもらったで!!!!」
けたたましい音を立てて扉が開かれる。
慌てて振り返ると、そこにはこれ以上ないほど自信たっぷりの笑みを湛えて腰に手をあてている芦毛。ちょこんと覗いた八重歯が愛らしい。
さらにその後ろには、最近ちょっとした話題だとかいう地方出身のトレーナーと、その担当である芦毛のウマ娘。
そしてその隣では、頭に灰を被ったような芦毛のウマ娘がぼんやりとした瞳でアタシ達を見つめている。どうやらいまいち状況が理解出来ていないらしい。
「タマモクロス………とその愉快な仲間達」
「なんやシービー、水くさいやんか。そんなアホみたいな状況になっとるんやったらもっと早めに相談せんかい。それに、人気のあるウマ娘いうたら丁度ええのがおるやろ!!」
「タ、タマ………その、やっぱり私では生徒会長は難しいと思うのだが……」
「違うよオグリ。お前がやるのは副会長で、私達はそのサポートだ」
「そ、そうだよオグリちゃん。私達がちゃんとお手伝いするからさ、会長さんのこと助けてあげよう?会長さん疲れて病院に行っちゃったみたいだから………」
「む………ルドルフのためか。それなら仕方ないな」
「お、流石やなオグリ。ウチはよう知らんけど、いつの間にルドルフと仲良しになっとったんや」
ドヤドヤと騒ぎ立てながら、我が庭と言わんばかりに部屋の中へ侵入してくるタマモクロス一行。
途中で理事長を見つけて早速仕事を寄越せと迫るが、つい先程終わったばかりだと聞かせられて頭を抱えている。
そんな光景を眺めつつ、なるほどと納得いったように頷く安心沢。
通りすがらオグリキャップから寄せられた警戒の視線はどうやら見なかったことにしたらしい。
「ほむほむ、確かに人気ってのは大事みたいね。一匹釣っておまけを沢山引っ掛かけるやり方は嫌いじゃないわっ!!何事も効率的なのが一番ね!!」
「いえ、アタシが思っていたものとはだいぶ違いますが………まぁ、一気に四人も確保できたので良しとしましょう」
「あの~私達もいるのですが………」
解放された扉の陰から、おずおずと様子を伺うように顔を覗かせてくる者がさらに三人。
豊かな鹿毛を後ろで三つ編みにしたウマ娘と、狐のお面を頭に乗っけたウマ娘と、それから………前髪を左に分けた、ボブカットのウマ娘が一人。
「スーパークリーク、イナリワン………それから、ええと…………」
見たことはある。名前も聞いたことはある。
あるのだが中々それが組み合わさって出てこない。確か期待の新人とか持て囃されていたような気がするから、たぶん中等部生なのだろうが。
言い淀むアタシを余所に、彼女はつかつかとこちらの方へ歩み寄ってくる。
そのままぐるりと周囲を見渡して呆れたように溜め息を一つ溢したあと、あたかも親の仇を見るような目でアタシのことを見下ろしてきた。
「会長が倒れたと伺い、さてどのような有り様になっているものかと不思議に思って来てみれば………秋川理事長やたづなさんのみならず、かの悪名高き不審者の手まで借りていたとは。呆れたものです。ミスターシービー先輩」
「…………へぇ」
あのクリークとイナリワンを差し置いて入室した挙げ句、このアタシに直接ダメ出しとは。
いや、あの二人やアタシだけじゃない。他にもマルゼンスキーやタマモクロス、オグリキャップといった中央における最上位層が一同に会すこの状況で、さらには理事長も眼前に控えている中そこまでの啖呵を切るとは。この新入生、ただ者じゃない。
いたずらに虚勢を張るでもなく、淡々とただ思ったことだけを述べるその姿は人並み外れた胆力の賜物だろう。
「ルドルフはキミにも声をかけたのかな?」
「はい。ですが辞退させて頂きました。会長ご自身の判断のみで生徒会の人事を決定するのは、およそあるべき姿とは言えませんから」
「あるべき姿とは?」
「学園の顔、ウマ娘の模範としての姿です。生徒会が生徒の代表である以上、その役員は生徒によって選ばれるべきだ。ましてやこのような、一時的にとはいえ部外者の手を借りるなどあってはならないことですから」
「…………つまり?」
「『選挙』をしましょう。シンボリルドルフ会長と、オグリキャップ先輩と、それから私。全生徒から最も信任を受けた者が長を勤める。そうして初めて、この歪な組織構造が生まれ変わるのです」
胸に手をあて、そう高らかに宣言する彼女の溌剌とした姿はどこかルドルフを彷彿とさせた。
『皇帝』シンボリルドルフ。新入生であるにも関わらず、それと対をなす二つ名で呼ばれるウマ娘がそういえば一人いたな。
「『女帝』エアグルーヴ………そうだった、それがキミの名前だったね」
「………ええ、その通りです。以後お見知りおきを」
凍てついた湖のごとき彼女の鉄面皮が剥がれ落ちる。
ピシリピシリと、まるで罅が走るかのようにゆっくりとその笑みを剥き出しにした。
「……タ、タマ。もしかしてこれは私にも関係があるのだろうか?」
「………あ~あ、えらいことなったでオグリ。こうなったらもう諦めて腹括れや」