「ファン感謝祭の出し物………ですか。そこで先輩のチームは喫茶店をやると」
「ああ。といってもただの喫茶店じゃなくて、従業員全員が執事のコスプレをして給仕するっていう、所謂執事喫茶のような形にする………らしい。カフェから聞いた構想だとそんな感じだった」
「ほぅ………」
先輩の言葉に頷きを返しながら、私は手渡された企画書のページをペラペラと捲っていく。
ファン感謝祭………聖蹄祭においてはこのように、運営委員会のみならず各々の生徒やトレーナーもまた出店や出し物を立案し実行することがある。
基本的にこのような企画書を作成して運営委員会に提出し、判子を貰うことで誰でも自由に執り行うことが出来るのだ。
イメージとしては学校の文化祭に近いだろう。
しかしそこはやはり日本屈指の名門、中央トレセン学園のこと。大勢の有名ウマ娘が一堂に顔を見せるだけあって、こういった催し物における話題性も集客力もそこらのイベントを遥かに凌駕している。
一部にはウマ娘だけではなく、特定のトレーナー目当てで来訪するファンもいるわけだし。
ある意味で学園の威信がかかっているわけだ。私達にしてみても、自分の担当を積極的にアピールすることで新しくファンを捕まえる機会でもある。レース以外の場面で全く新しい顔と触れあえるのは貴重なチャンスなのだ。
だからこそ、その催し物の内容というのもまた必然的に凝ってくるわけだが………。
「………それにしたって、かなり手の込んだ企画書ですね。なんなら重賞直前の作戦表と同じぐらい仕上がってません?」
「当然だろ。なんたってカフェ直々の提案なわけだからな。仮にも妹の頼みとあらば力を入れないわけにはいかない」
「律儀ですね」
ずっしりと分厚い企画書の上下横にはびっしりと付箋が貼られており、至る所に補足や注釈が書き込まれている。
その中身は予定参加者や希望するブースといった申請における要項だけでなく、用意する機材の名称や個数から設営の手順、内装や服装のデザイン案、珈琲や紅茶、スナック菓子の調理方法から原材料の発注先、来客並びにコストと利益の見積り等々………膨大なテキストやら数字やら表やらグラフやらが、これでもかというぐらいに並べられていた。
運営委員会の許可がどうこうというレベルの話ではない。
新しく喫茶店を起業するにあたっての経営計画といわれても信じてしまいそうなほど。
「これ全部先輩一人で作ったんですか?仕事の合間に?」
「ああいや………勿論タキオンやシャカールにも手伝ってもらった。というか、後ろの方にあるデータと分析の部分は全部あの二人がやったやつだ」
「あ、確かに………いかにもあの二人が得意そうなことですもんね。こういった出し物に積極的なのは少し意外ですが」
「だろ。頑張って説得したんだぜ」
「………違います。皆さんを説得して回ったのはこの私です。勝手なこと言わないで下さい……兄さん」
手元の貸借表に目を落としていた最中、不意に頭の上から声が飛んで来る。
見上げると、漆黒の髪を長く垂らしたウマ娘がひっそりと佇んでいた。私と目が合うと、ゆっくりとその場で一礼してくれる。
「いや、カフェは珈琲喫茶にするか紅茶喫茶にするかであれこれ揉めてただけだろ。コスプレについては俺が説き伏せた筈だけど?」
「紅茶がいいとゴネていたのはタキオンさんだけです。他の方は概ね賛成してくれましたから、後は衣装についてお話するだけでした」
首を傾げつつ下から彼女を睨め上げる先輩と、同じく首を傾げながら眉をひそめるマンハッタンカフェ。
ああだこうだと言い争う二人を横目に見ながら、私は企画書の最後のページを読み終える。あくまでざっと読み流しただけだが、それでもおおよその内容は頭に入っている。
だからこそ、どうしても気になった事が一つ。
「ところで先輩、どうしてわざわざこれを私に見せたんですか?添削ならしませんしする必要もないと思いますよ。この出来なら……」
「いや、別に推敲をして欲しかったわけじゃない。一つ頼みたいことがあって………そういえばお前、既に出し物の内容は決まってるのか?」
「いえ、今はまだ……ちょうど明日あたりにウチの連中とも話し合おうとは考えていまして。流石にこの時間では二人とも寮に戻っているでしょうし」
「別にメッセージアプリでも使えばいいんじゃないか?」
「まぁ、それはそうですけど。ただそこまでする必要も感じられないといいますか………」
「余裕だな。まぁそれもそうか。なんたって抱えてんのがあの二人だもんな」
危機感がないというのはその通りだ。
ただでさえ圧倒的な人気を誇るミスターシービーにシンボリルドルフ。しかもそのうち片方は、つい先日の駿大祭でそれはもう見事な流鏑馬を披露して見せたばかりだという。
いまや時の人といっても過言ではなく、感謝祭でなにをやろうが大ウケ間違いなしの状態なのだ。なんなら適当に並走をして見せるだけでも人が集まるだろう。
もっとも、だからといって手を抜くつもりは微塵もないが。学園の看板として恥のない舞台を二人に用意する責任が私にはあるわけだし。
基本的にクオリティを上げれば上げるほど新規ファンも増えるだろう。ただでさえ十二分に集めてはいるが、やはり応援してくれる人は多ければ多いほど良い。
「ちなみにどういった感じにするか、大体の構図なんかは頭にあるのか?」
「とりあえず、先日の流鏑馬に関連した出し物を用意しようかとは………なにせSNSはあの時の話題で持ちきりですからね。カレンチャンがこれでもかと広報に腕を振るってくれましたから」
「去年のメイド喫茶の続きなんかは考えていないのか?」
「いや…………どうでしょう。流石に二年連続で同じ出し物をやるわけにもいきませんし、今年は応援も来てもらえるかどうか。だからといって執事喫茶にでもしたら、今度はそちらと被っちゃいますからね」
別にメイド喫茶をもう一度やっても凄まじいことになるとは思うが………去年のアレはとんでもなかった。
ただ個人的に、二番煎じは許せないのだ。むしろノリにノッてる今だからこそ、さらにインパクトのあるものを出したいという気持ちもあるわけだし。
頭を捻らせながら背もたれに深く身を沈める。その勢いで後ろに逸れた視線が、たまたま金色の瞳と交わった。
どこかおどおどと不安気な様子で瞳を揺らすカフェ。目と目があった瞬間、意を決したように口を開く。
「…………怒ってます?」
「なんで?」
「私達、去年は大失敗してしまったので………ですからその、まるで成功していたトレーナーさんのチームのアイデアを盗んだように見えるかもしれませんから。実際に参考にさせて頂いたところもありますし」
「ああ、去年ってそっちは確か………タキオンの公開実験だったか」
「はい。『マッドタキオンのびっくりドッキリ研究室ラボ』……です」
「そうそう………そうだったね」
一年前に彼らが主催した参加型の実験教室。
確かに狂気ビックリドッキリの三拍子が全て揃っていたし、そういった意味では看板に偽りなしかもしれないが。
私含め子供向け教室を想像して訪れた人間には、少しばかり刺激が強すぎたかもしれない。………とはいえ思い返してみれば結局のところ、最大の厄災はむしろ観客の方にあったのだけれど。
やはりあの人の顔が見えた時点で逃げておくべきだったのだろう。私が得た唯一の、そしてかけがえのない教訓である。
「いや、別にコスプレ喫茶なんてありふれたものをパクリだなんだと言うつもりはないよ。だって学園祭の定番みたいなものでしょ。全然気にしてないよ」
こんな立派な企画書を仕上げてくるあたり、むしろ参考にされることを申し訳なく感じるぐらいだ。
私含め今の時期の資料や見通しなど、総じて頭の中だけにあるかせいぜい要項だけを簡潔に書き連ねるぐらいが関の山だろうに。
是非とも今年こそは成功させて欲しいものだ。
「そうか。その言葉を聞けて安心したよ。それなら本題に入らせてもらうが………単刀直入に言う。そちらの担当をうちに貸してほしい。というより、俺たち二チーム合同で出し物をやって欲しい」
「合同ですか。たしかそちらのメンバーは、カフェとタキオン、シャカールにフジキセキでしたか」
「そうだ。そこにシンボリルドルフとミスターシービーも加えた上で、全員に執事の格好で給仕をさせる。ちなみに、そっちの二人には既に許可を貰ったところだ」
「なら私は良いですよ。流鏑馬とは関係ありませんが去年との繋がりはありますし、かといって新鮮さもありますからね。しかしそれは………」
………大変なことになりそうだ。
いや、具体的にどれ程大事になるかははっきり言って全く予測がつかないのだが、とりあえずただでは済まないことだけは分かる。
ふと、先程の資料に全期間を通じた客の総見込み数についても分析があったことを思い出す。
机の上に放った企画書を再び手に取り、該当ページを開く。件の項目に載せられた数値とグラフには、およそこれまでのファン感謝祭において見たこともないような数字が並んでいた。
「ちなみにこの試算の根拠はなんでしょう」
「なんでも去年のそっちの売り上げから算出したらしい。だから実際の来客数と一致するかはかなり怪しいそうだが、まぁあくまで予測だからな。とはいえ大盛況は間違いなしだそうだ………母さんが来なければ、の話だが」
「………ところでその場合の予測もあるんでしょうかね?」
「算出結果は『予測不能』らしい。どうやってその答えを導きだしたのかは知らないが、シャカール曰く自明だと」
私の手にあるグラフを覗き込むように、机越しに身を乗り出してこちらへ頭を寄せてくる先輩。
さらりと、長く伸ばされた漆黒の鹿毛が紙にかかる。まるでミルクでも溢したかのように散った流星と、その下で光る金色の双眸。
後ろの彼女と余りにも似通ったその姿に、ふと余計な一言が口から溢れ出る。
「先輩も出るんですか?」
「は?」
「いえ、執事喫茶………全員に執事の格好をさせるんでしょう?なら、先輩もその格好で給仕をすると?」
「…………どうだろうな」
彼は腕を組み、そのまま自分の背もたれへと身を預ける。しばし宙を睨んだあと、やがて溜め息混じりに自分の顔を両手で擦った。
「そもそもさ、大感謝祭の主役はウマ娘なんだよ。そりゃトレーナーでも積極的に顔出しする奴はいるし、別にそういった連中を否定するつもりもないが、少なくとも俺は基本裏方に徹するべきだと思う。厨房にでも引っ込んでるよ」
「勿体ない。親がウマ娘なだけあって顔は良いんですから、むしろ前に出てきた方がウケが狙えると思いますけど」
「ならお前がやれば?」
「え?」
擦る手を止め、指の間からギョロりとこちらに視線だけ向けてくる。
いつものやる気のない様子とは真逆の、至って真剣そのものな金色の眼に睨まれた瞬間、まるでピンで刺し留められたかのように体が硬直してしまう。
「ウマ娘のハーフどうこう言うならお前だって同じだろ。皇帝と一緒に学園の広報やってるぶん、知名度ならむしろお前に分がある。表に出てみろよ………その方が『ウケが狙える』ぜ」
「でも、私は先輩と違ってそこまで背も高くありませんし、見映えもしませんから………」
「別にウマ娘と比べりゃ変わらないだろ。だいたいお前は昔から、それこそ義務教育の頃からチビだったのに今更見映えがどうこう言うのか?本当に見た目が悪けりゃ広報なんて任されないっての」
「私もそう思います」
ぽすん、と両肩に優しく手が乗せられる。
振り仰ぐとカフェが、今度は柔らかな微笑みを湛えながら私のことを見下ろしていた。
「カフェ?君までなにを」
「……折角ですから私達と一緒に楽しみませんか?トレーナーさんは有名ですから、貴方に会うために来てくれるお客さんもいるかもしれません」
「カフェ、俺は?俺もそこそこ有名だと思うんだけど。テレビとかぱかチューブとか結構出てるし」
「……兄さんは駄目です。発光する人間がホールにいられては去年のトラウマが蘇りますから。それから………トレーナーさん。私達と一緒に参加してくれますか?」
「そうだな………」
「私も彼女達の意見に賛成かな、トレーナー君。全国に向けた広報の機会でもあるのだから、やはり君は表に出るべきだろう」
突如、私達の間に割り込んでくる凛とした女性の声。
体ごと後ろへと振り向くと、カフェの背後にある談話室の出入り口からルドルフが尻尾を揺らしつつこちらへと近づいてくるのが見えた。
「こんばんは、マンハッタンカフェ。それからトレーナー殿。私のトレーナー君に緊急の用件があるので悪いが貰っていくよ」
「……こんばんは会長。大丈夫です……どうぞ」
ルドルフはそのまま私の腕を掴むと、くいと引っ張ってくる。それと同時にカフェに背中を押された。
まだ話の途中だったが、緊急事案というのであればそちらが最優先だ。事前にメッセージも入れず直接寮から出向いてくるあたり、相当切羽詰まった状況であるに違いない。
大人しく彼女達の誘導に従って席を立ち、ルドルフの後ろにつける。
「ああ、そうだ。忘れるところだった」
退室する間際、ふと立ち止まって先輩の方へと振り返るルドルフ。
「すみません。昼の時点では参加者三名と伝えていましたが、実はもう一人増えることになりそうです」
「執事服はどうしますか。こちらで用意しているぶんも増やした方がいいでしょうか」
「いえ、今のところ数に変更はありません。残りについてはこちらの方で調整させて頂きますから、ひとまずは人数の変更だけ計画に入れておいて下さい」
「了解」
それだけを告げると、ルドルフはそのまま部屋を出て先へと行ってしまう。
私も手を上げる後ろの二人に会釈だけ返すと、足早にその背中と続いた。
◆
ルドルフに連れてこられたのは、美浦寮の四階にある彼女の自室。
まさかとは思うが、シービーの身になにかあったのだろうか?いや、そうだとするなら私よりも先に救急課に通報が入っている筈だし、そのような報告を事務局からは受けていない。
「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫だ。別に私達に何かがあったわけじゃない。詳しい話は中でしよう………入ってくれ、トレーナー君」
「あ、ああ………お邪魔する」
招かれるまま、開かれた玄関から中に立ち入る。
土間を見下ろすと、そこには私とルドルフを除いて三人分の靴があった。扉一つ挟んだリビングからは複数人の話し声も聞こえてくる。
靴そのものは学園指定のローファであり、恐らく他の生徒でも迎えているのだろう。しかしそこに私まで呼び出すとは、まさか喧嘩の仲裁でもさせる気なのだろうか。
玄関の戸を閉めて鍵とチェーンをかける。
靴を土間に脱ぎ揃えた私が横に並んだことを見届けたルドルフが、勢いよくリビングへと続く扉を開けた。
果たしてその向こうに見えたのは ―――――
「ただいま戻ったよ。さぁシリウス、お望み通りトレーナー君を連れてきてあげたぞ……早速続きを始めようか」
「おかえり~」
「ご苦労さん。あ、それもうちょっと斜めに積んでくれ」
持ち運び式の麻雀卓と敷かれた座布団。
その上に胡座をかきながら牌を並べるシービーとナカヤマフェスタ。
「うぅ…………ぐすっ。好きにしろよぉ………」
………そして、ベッドの上で下着姿で震えるシリウスシンボリの姿だった。