シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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【幕間】シリウスシンボリの憂鬱【2】

今日の私は腹の虫の居所が悪かった。

その原因はやはりあの憎たらしい幼馴染、生徒会長シンボリルドルフとそのシンパ共である。

 

元々私は学園の中でも異端児だ。あるいは厄介者とも言えるかもしれない。

落ちこぼれや鼻摘み者と揶揄されるような連中を束ねるようになって久しいこの頃。私自身、いつからか『問題児たちの王』として一際周囲の白眼視に晒されるようになっていた。

 

この蔑称には二つの意味が含まれている。

一つ目はこの私、シリウスシンボリに向けられたもの。かつてダービーを制して欧州を渡り歩き、かの皇帝にすら匹敵し得る傑物と評された私が、よりにもよってあんな学園の掃き溜めのような輩とつるんでいることに対する好奇と困惑だ。あるいは同じく一集団の指導者たる皇帝と比較して、率いる配下たちのお粗末さを嗤われているのかもしれない。

二つ目は言わずもがな、私の仲間たちに向けられたものだ。人気も実力もない上に学園の和を乱し、他の生徒の足を引っ張る癖して私がいないと一つにまとまることすら出来ない愚図。それがアイツらに対する周囲からの評価である。

 

そういった侮蔑自体は別にいい。

ここは勝負の世界だ。実力で劣るアイツらが肩身の狭い思いをするのはある意味当然の話であるし、私達が他の生徒の邪魔になっていることも事実なのだから。無理で道理を押し通しているのだから、周りから貶されるのも元より覚悟の上である。

 

気に食わないのは、自分の力でどうにかしようともしないことだ。

口はあんなにも達者なくせして、実際にはなにも行動に移さない。私達のことを消えて欲しいと願っていながら、直接排除するでも話し合いに来るでもなく、それどころか面と向かって文句を言うわけでもなく、ただ陰でうぞうぞとしているばかり。

その陰口の中身すら人任せだ。大抵私の引き合いに出されるのはシンボリルドルフとその仲間たち。たまに得意げに披露しているご高説も、よく聞けばアイツらの言葉を借りているだけである。

利己的だろうが自分の言葉で動いているぶん、私たちの方がはるかにマシな生き物なのではないだろうか。

 

………そしてそんな連中が、ここ最近にわかに活気づいている。

理由は単純。先日の駿大祭における生徒会長と副会長の流鏑馬が、SNSを中心にバ鹿みたいな旋風を巻き起こしていることにある。

お陰であの二人の人気はうなぎ登りらしい。とっくに天井を叩いているものだと思っていたが、どうやらまだその先があったようだ。

さらに言えば、駿太祭は秋のファン感謝祭………聖蹄祭の前哨戦でもある。当然そこでも大々的に指揮をとらなければならない生徒会にとっては、これ以上ない程の理想的環境とも言えるだろう。

そんな求心力にあてられて、より一層心酔と義務感を拗らせたシンパが考える事など一つ。生徒会の敵わたしたちの排斥だ。

 

 

ああ全く、本当に忌々しい――――

 

 

 

 

「………リウス。シリウス!!聞いているのか?」

 

「ん?ああ………悪ぃな。聞いてなかったわ」

 

目の前で眉をひそめるルドルフを見ながら、私は投げやりにそう言い捨ててやる。

はぁ、と疲れた溜め息と共に肩を落とすルドルフ。チラリと壁に掛けられた時計に目をやると、このソファに腰掛けてからゆうに三十分以上経過していた。なるほどそんな演説をまるで無視されていたとなれば流石のコイツでも嫌気がさすか。別にどうでもいいが。

 

「………まったく。言いたいことがあるなら直接言いに来いと伝えてきたのは君じゃないか。であればそれなりの態度というものが必要だろう」

 

「よく言うな。わざわざ生徒会室にまで引っ張りこんでおいてよ。思いっきり私のアウェーじゃねぇか」

 

「仕方ないだろう。この時間帯では、ここ以外に人目を避けて話せる場所もないのだから………だからこそ、わざわざエアグルーヴとブライアンにも席を外させているというのに」

 

「一対一だから文句ないだろうってか?私は別にアンタら三人がかりで説教してくれても構わなかったんだがな」

 

嫌気がさしてんのは私も同じだ。さっさと帰らせて欲しいところだが、だからと言って体面だけでも取り繕う気力すらない。

今日一日、散々しょうもない奴らにケチつけられて気が立っていたんだ。それでもどうにか一日をやり過ごして、夕飯も食ったことだしさっさと寝て切り替えようとした矢先にこれだ。

コイツに生徒会室まで無理やり連れ込まれて、欠伸の出るようなお説教を頂いている。子守唄なら百点満点だが、今の私は自分の部屋で眠りたいんだ。

 

「説教なんかじゃないさ。私は君と話し合おうと言っているんだ。君が私達を敵対視しているのは分かっているが、それでもお互い無視し続けていては意味がないだろう?」

 

「意味がないって言うならその話し合いとやらがまさにそれだぜ。アンタがあのトンデモ理想論を掲げている限り、私はそこに突っ込んでいれば負けないんだからな……なぁ『ルナ』ちゃん」

 

壁時計から目を外し、組んでいた足をほどいてぐいとルドルフの方に身を乗り出す。

困惑したように目尻を下げてるその顔を、至近距離から睨み付けてやる。

 

「アンタは一々やることが極端なんだよ。だいたい、よくもまぁそんな常識人ぶっていられるもんだ。生徒会長なんてやってるうちに牙が抜けたか?人に飼われたライオンはネコみてぇに懐くそうだな………もっともアンタの場合、猫の被り方を覚えただけか」

 

「なにが言いたい」

 

「人気取りにご執心の生徒会長サマなんかに私は歩み寄るつもりもないってことさ。そうやって一人で勝手に目標掲げて、一人で勝手にもがいていればいい。自縄自縛ってヤツだ。人気のない私らはこれまで通り好き勝手やらせて貰うよ。アンタと違って失うものも抱えるしがらみも少ない」

 

「人気…………」

 

「最近ネットでも大人気らしいじゃねぇか。お陰でこっちはやたら鬱陶しく絡まれていたところだ。世の中正しいか正しくないかじゃない。人気があるか否か、どれだけ声がデカいかで物事が決まるんだ」

 

私達が正しいかどうかはさておいてな。

そんでそういう人気やら声の大小を無視して、無理やり己を通してきたのが私であり、そして昔のコイツだった。

はっきり言って、アンタは自分で思ってる以上にずっとこちら側だと思うんだがな。

 

「いずれにせよ、アンタと私達じゃ前提条件が違うんだ。人気者で目立つアンタは、発言力がある代わりに大胆な行動がとれない。私達は日陰者であるからこそ今みたいに好き勝手出来るのさ。だからこれからも目立たない舞台袖で程々にやらせて貰うよ。半端に人気がついたところで息苦しいだけだからな」

 

衆目を集めれば集めるだけ、どうしても人の目を気にせざるを得なくなってくる。それはコイツのお説教よりも余程厄介なものだから。

表に出ない日陰者だからこそ自由に反体制派なんてやってられるのだ。下手に喧伝されたり祭り上げられるようなネタは徹底して抑えてある。

 

身軽だからこそ、私達は生徒会をのらりくらりとかわせるのだ。これまでも、そしてこれからも。

 

「じゃあな」

 

「ま、待ってくれシリウス……!!」

 

席を立った瞬間、ルドルフに腕を引き留められる。

しかしそのまま彼女は口を閉じてしまった。どう説得すればいいか考えが浮かばないのだろう。

 

 

その姿を見て、私の頭に一つアイデアが閃いた。

………閃いてしまった。

 

 

「なぁ、会長サマよ。会話じゃ決着がつかないってならここは一つ、白黒はっきりつくもんで勝負しないか?」

 

「勝負……レースでもするつもりか?」

 

「違う。コンディションやらに左右されない、もっとお互いに公平な………ゲームでもしようか。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く」

 

私が負けたところで、コイツは精々グラウンドの占拠をやめろとか、自分の指示に従うようにとでも言ってくる程度だろう。

それはそれで嫌なものだが、それ以上に報酬の方に頭が向く。ルドルフになんでも言うことを聞かせられる権利………ただでさえ学園の看板であり、今現在ノリにノっている彼女にとっては致命的だろう。

上手くいけば、今後生徒会と対等以上に渡り合えるだけの弱みを手に入れられるかもしれない。

 

いや………なんだかんだ言ったところで、結局は今日のストレスをルドルフで発散したいというのが本音だったのだろう。

なんでもいいからコイツを負かして溜飲を下げたかった。

 

背負うものも失うものも大きすぎるルドルフにとっては余りにも分が悪すぎるゲーム。

しかし、ルドルフは即座にそれを受け入れた。

 

「いいだろう。ただしその代わり、場所は私の寮部屋ということにさせてもらう。結果の保証人が必要だからな」

 

「シービーね。たしかにエアグルーヴじゃ立ち会いは受けてくれないか………もっとも、それならこちらにも保証人をつけさせてもらうぜ。アンタ一人だけはフェアじゃない」

 

「構わないよ。それで、肝心のゲーム内容は?」

 

「それもこっちで決めさせてもらう。アウェーでやらされるんだから、それぐらいのハンデは設けてもらわないとな」

 

「分かった」

 

ルドルフは鷹揚に頷くと、そのままさっさと生徒会室を出ていってしまった。真っ直ぐ寮に向かったのだろうが、随分とフットワークの軽いことだ。

 

自分が負けることを少しでも考えないのだろうか、彼女は。

まぁ、それならそれでいい。逃げられるよりよほど好都合だ。この機会に、獅子の手綱をこの私が握ってやることとしよう。

 

 

 

 

 

 

「……………で、その結果がこれってわけだ。儚い夢だったねシリウス。そもそも脱衣麻雀を持ってきた時点でなんか予感はしてたけれど」

 

「う、うるせぇ!!そもそも提案したのはフェスタだろうが」

 

嘲笑うようなシービーの言葉に咄嗟に反応するが、しかし目の前の現実は変わらない。

彼女の手元で倒された倍満。たった今私の捨て牌でロンしたものだ。

手持ち無沙汰に字牌をくるくる回している彼女の姿は、今のところ下着にシャツ一枚とソックスといったところ。何故か一番始めにスカートから脱ぎ出したのがコイツだった。

ちなみに頭に乗っけてある白い帽子は、たとえ全裸になっても外すつもりはないらしい。

 

 

「なんだ?シリウス、ゲームの案出せっつったのはアンタだろう。そもそもこのボードにしたって私が提供したものなんだ。もっと感謝してくれよ」

 

「………だからって、別に服まで脱ぐ必要はなかっただろうが」

 

「その方がこっちは楽しいんだよ。リスクは大きければ大きいほど張り合いがある」

 

カラカラと飴を咥えながら、フェスタはカチャカチャと手元のビデオカメラを弄くり回す。それもボードと一緒にフェスタが持ち込んできたものだ。

 

「なんだよフェスタ、そのカメラ………まさか私を撮るって言うんじゃないだろうな!?」

 

「そのまさかだよシリウス。安心しろ。誰かが下着んなったら今度はお前に撮らせてやるから」

 

「んだよ、それ………それもリスクの一環とでも言うつもりかよ……」

 

「よく分かってんじゃねぇか」

 

飄々とした様子で頷いている彼女の脇に積まれているのはニット帽とソックスだけ。

つまり殆どノーダメージだということだ。その二回はそれぞれシービーとルドルフが速攻でアガった時のものである。

 

 

「今更かもしれないが言わせてもらおう。シリウス、てっきり私は君がチェスとか将棋とか、そういったゲームを持ってくるものだとばかり思っていたんだ」

 

チェスという言葉にフェスタのミミがピクリと反応する。

それが向いた方向………フェスタの上家かつ私の対面には、胡座をかいて鎮座するルドルフの姿があった。

その脇の床に放置されているのは、ミミ飾りとソックスと胸のリボン。フェスタとシービーのアガりに一回づつ巻き込まれ、さらにシービーに一度刺されたという形になる。

まぁ、ほとんどノーダメージといって良いだろう。

 

「それがまさか、こんな多分に運の絡むゲームを持ち込んでくるとはね。おまけに脱衣までルールに加え入れてしまうとは………そのような君の姿を、世間一般になんと称するか知っているかい?」

 

「…………なんだよ」

 

「鴨が葱を背負ってやってきたと言うんだ………ほら、今回も君の負けだよ。さっさと脱いでくれ」

 

「ぐぅ…………」

 

 

屈辱と羞恥に歯を食い縛らせながら、私は一つ一つシャツのボタンを外していき………乱暴にそれを脱ぎ捨てた。

最早、今の私には上下の下着しか着けられていない。

 

「おぉーやっぱいい体してるねキミ。スタイルならルドルフにも負けてないんじゃないの?」

 

「そんな恥ずかしがんなよシリウス。むしろもっと見せていけよ勿体ない………しかしなんで今日に限って、そんな派手な下着着けてんだろうな」

 

「本当は期待してたんじゃないのかい?それはそうと、前よりも腹斜筋のつきかたが変わっているね。ちゃんとトレーニングの成果も出ているらしい」

 

「こ、このぉ………」

 

どいつもこいつも好き勝手言いやがって…!!

思わず目を逸らした先に転がるのは、私のミミ飾りとソックスと胸のリボン。それからシャツと肌着とスカートだ。

他三人と比べて明らかに存在感を放つそれは、紛れもない敗北の証。

 

「よし、もう撮り終わったから服着てもいいぞシリウス。それで会長、この画像も後でちゃんと買い取ってくれるんだろうな?」

 

「勿論だとも。この私の前で裸に剥かれたなどと、仲間に知られたら果たして君の立場はどうなるだろうなぁ………シリウス?」

 

嬲るような口調でそう囁いてくるルドルフ。

そうなれば彼女が脱衣麻雀に興じていた事実も明らかになるので、実際そんなことが出来るわけもないのだが………私の弱みとなることに変わりはない。

アイツの弱みを握ってやる筈が、気づいたら私自身の弱みを握られる羽目になっていた。

 

駄目だ………こんなところでまだ終わるわけにはいかない!!

 

「ルドルフ……もう一回、もう一回だ!!次こそは私が勝つ!!」

 

「何回やっても変わらないとは思うが……どうするシービー、フェスタ?私はどちらでも構わないぞ」

 

「私はパス。この後用事が入ってるからな。自分の部屋に戻る………終わったらボードと牌はコイツに持たせてやってくれ」

 

「あ、帰る前に並べるのだけ手伝ってよ。手積みは時間かかるんだから。それでルドルフ、次からはサンマにしようか?」

 

「それでもいいが………折角だ。シリウス、新しくもう一人だけ巻き込みたい面子はいないか?さっきは余りにも君の一人負けだったから、そのぐらいのハンデをつけた方がかえって新鮮だ」

 

余裕たっぷりにそんなことをのたまうルドルフ。

情けをかけられるのも屈辱だが、今はそんなこと言ってられる状況じゃない。

 

「………アンタの、シンボリルドルフのトレーナーだ。フェスタが抜けるならアイツを連れてきてくれ」

 

「………ほぅ」

 

あの器具庫での出来事を思い出す。

自分の生き死にのかかったチンチロで、一発で即負けを引くツキの悪さ。あのトレーナーが加われば、本来私に集中する筈だった被害を分散させ………あるいは勝てるかもしれない。

トレーナーさえ負けてくれれば、私とルドルフはお互い勝負不成立のドローで流せるかもしれないのだ。一回目の負けは見なかったことにしよう。

 

「いいだろう。私が連れてこよう………シービー、ここでシリウスを見張っててくれ。あと、私達が戻ってくるまで彼女に服を着させるな。その方が説明が手っ取り早い」

 

「はいはい。これが積み終わるまでには帰ってきてね」

 

 

両脇をルドルフに抱えられ、そのままベッドに放り投げられる。脱いだ衣服は手の届かない所まで移動させられてしまった。

肩を抱いて震えていると、不意にフェスタと目が合った。彼女はどこか愉しそうな様子で口を開く。

 

「おい、シリウス。どうせアンタはあのトレーナーを生け贄に、自分だけはどうにか助かろうとでも思ってんだろ?」

 

「………だったらなんだってんだよ」

 

 

 

「断言する。アンタは助からない………次の勝負の決着は二人負け。当然敗者はアンタとトレーナーさ」

 

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