「ロン。リーチ一発ドラ3ダブ東發混一に裏を乗せて数え役満だな」
パタン、と牌の倒される音。
私の対面に座るルドルフが、落ち着いた声で勝負の終わりを告げた。
それに支払えるだけの点棒は既にない。私の敗北でこのゲームは終了だ………いや。私とシリウスの、か。
隣にあぐらをかくシリウスの顔を横目で見やると、まさしく苦虫を噛み潰したような表情で自らの手牌を眺めている。たぶん、私も似たようなものだろう。
「さて、トレーナー君。現実的でトップは私ということになるが……シリウス共々、一つだけ言うことを聞いてもらおうか」
「分かってるよ。そういう約束だったからね」
まぁ、ここはもう諦めて受け入れよう。
この部屋に着いたとき、既に服を剥かれたシリウスの姿を見た時は肝を冷やしたが、結局このゲーム自体は普通の点棒を使用するルールで行うこととなった。
もっとも、ルールが正常であることと勝てるか否かはまた別の問題なのだが。とはいえ事前にある程度覚悟は出来ていたのでそこまでショックでもない。
自分で言うのもなんだが、こういった運で戦う勝負に滅法弱いのだ。私は。
そしてそれは、私だけでなく隣の彼女にも当てはまること。
「よくもまぁ、こんな無茶な勝負を仕掛けたものだなシリウス。シービーならいざ知らず、私達ではあまりにも分が悪いだろう」
シリウスの対面には、呑気にあくびを晒しているシービーの姿。
ルドルフのような派手な大勝ちこそあまり見せていないものの、コツコツと点数を積み上げ確実に自らの足元を固めるあたりは流石の勝負強さと言ったところ。
レースにおいてルドルフとシービーの好む戦い方が、別の種目において逆転するのは中々面白い傾向だと思う。
「仕方ないだろ。あの時は私もどうかしていた。それに今日は苛ついてたんだ。ルドルフのシンパ共があれこれ煩くてよ」
「いつもの事だろう。どうしてそれを今日になって………ああ、駿大祭のせいか」
「ああ。お陰でシンボリルドルフの株は青天井だ。嫌われ者の私達はしばらく縮こまっているしかないな」
うんざりした様子で首を振るシリウス。
彼女とて自ら引き下がって大人しくしているのは本意ではないだろうが、ここは一過性のブームと割りきっているらしい。
現状を客観的に把握し、自らの置かれている立場を把握した上で取るべき行動を取れるのは間違いなく彼女の長所だ。伊達に一組織の長を務めているわけではないということか。
「それで?ルドルフ……約束は約束だ。さっさとなにがお望みなのか言ってみろよ。私とトレーナーに一体なにをさせるつもりだ?」
「なに、そう身構えることもない。本当にちょっとしたことさ」
そう言うとルドルフはおもむろに立ち上がってベッドの方へと向かう。
その下から衣装ケースを取り出すと、透明なカバーに包まれた衣服を取り出してこちらに寄越してくる。
「トレーナー君は既に話にも聞いていると思うが、今度の感謝祭ではマンハッタンカフェの出し物を私とシービーも顔を出すことになってね。折角だから君達にも手伝ってもらいたいんだ」
ガサガサと、慎重にカバーを取り除いて中身を取り出して広げてみる。上等な生地で作り込まれているそれは、まさしく執事服と呼ばれるものだった。
「なんだ、これ……。私達にこれを着させて給仕でもさせようってつもりか?」
「ああ。もっとも、執事の格好をするのは私も含めた他の参加者達も同じだけどね。俗に言う執事喫茶というものらしい。そうだろう、トレーナー君?」
「ああ。少なくとも私は先輩からそう聞いている」
「ふぅん」
いまいち釈然としない顔をしながらも頷くシリウス。確かに、あまり彼女には誰かに奉仕するイメージといったものがないからな。私だって給仕の心得なんかないし、これを着ている自分も想像出来ない。
とはいえ、たまにはそういった役を演じてみるのも面白そうだ。普段とは違う自分になれるのがコスプレの醍醐味だろうし。
そう気持ちを切り替えて、ゆっくりと執事服の生地を撫で回す。
適度に薄く、それでいてしっかりとした作りなのが指からも伝わってくる。凄いな……まるで本物みたいだ。もっとも、本物の執事服というものを私は知らないけども。
「コスプレ用の衣装にしては随分と手が込んでいるな」
「当然さ。元々私達の実家で使われていたものだからね。この機会に一式取り寄せてみたんだよ。予め二人の寸法については確認していたから、サイズもぴったりな筈だ」
「へぇ」
それは尚更気が抜けないな。
余興ではなく本職として、これを身につけて役目をこなしていた人がいたわけだ。それは言うならば勝負服のようなものであり、それに袖を通す以上無様な真似は見せられない。
「なぁルドルフ。折角だから私からも君に一つお願いをしてもいいかな?」
「ん。構わないよ……なにかな、トレーナー君?君からそういったことを申し出るのは珍しいね」
「ああ……といってもこれも別に大したことではなくてね。一通り給仕の手順というか、やり方のようなものを教えて欲しいんだ。君ならそういったものにも明るいだろう?」
「勿論だとも。そもそも私が声をかけられたのも、頭数の確保と同時に指南役という側面もあったからね。とはいえ折角のトレーナー君からのお願いだ。君には一足先にトレーニングを施すとしよう」
「ああ。ありがとうルドルフ」
「どういたしまして……シリウス、君もだ。早く着替えてくれないか」
「はいはい」
ルドルフの指示のもと、早速私達は服を脱ぎ、代わりに与えられた執事服に袖を通していく。
そういえば、幼い頃のシリウスはいつもルドルフの側にいたらしいが。
彼女はそういった礼儀作法には精通していないのだろうか?
◆
「ロイヤルアールグレイで御座います。ルドルフ……お嬢様」
「結構。中々様にはなってきたじゃないか。あとは恥ずかしがらずに、堂々とこなせるようになれば言うことなしなんだけどね」
「………難しいな」
ベッドの端に腰掛け、優雅に足を組みながら微笑むルドルフ。
私と違って微塵も恥ずかしがるような素振りを見せず、気品溢れる仕草でそっとカップに口をつけた。
ポットを両手で抱えながら、そんなルドルフの隣でひっそりと佇む。
初めは中々息苦しかった筈のこの服も、いつの間にかだいぶしっくりくるようになっていた。彼女の言うとおり、サイズはぴったりだったらしい。
どこで私達の採寸の情報を得たのかは知らないが。
やがてカップから口を離すと、少し顎を上げてついと目線をこちらに流してくる。
それに従って、ベッドの脇にあるデスクの上にそっとサンドを置く。これもまた、この寮部屋に保管されていたものだ。
包装を見る限りかなり上等な品らしいものの、ポットと同様に普段使いしているものと思われる。あまり彼女が散財している記憶もないから、きっとごく一部の趣味にこだわるタイプなのだろう。
彼女はうんうんと頷くと指でサンドを摘まみ、口の中に放り込む。
そのまま暫くの間目を瞑って咀嚼すると、やがてゆっくりと飲み込み再び紅茶で口直しをする。
「うん。トレーナー君もそれなりに板についてきたね。その執事服もよく似合っているよ。たとえ明日が本番でも自信を持って送り出せるだろう」
「流石にそれは買い被りじゃないかな」
「正当な評価だとも。君は物覚えがいい……優秀な生徒だな。それに、こう言ってはなんだが十全十美に全てを瑕疵なくやり遂げなければならないわけでもないんだ。あくまで余興……これは雰囲気を楽しむものだからね」
「もし失敗したとしても……」
「それもまた一興というところさ。来客もむしろそういった拙さを目的としている所もあるだろうからね」
ふふっと可笑しそうにルドルフは笑いを溢す。
稚拙さを、演者の至らなさこそを楽しむイベントだということだろう。
そう割りきってしまえば少しだけ、気持ちが落ち着いたような感じがした。
「もし仮に失敗してしまったとしても、私がカバーするから心配はいらないさ。恐らく同じシフトになるだろうからね……君は自分の正しいと思うことをやればいい」
「正しいことか。自分なりに最大限、お客様を楽しませろと」
「そうそう。そして、今ここにいるお客様は私なわけだが……さぁトレーナー君。紅茶と茶菓子だけでは私は満足出来ないぞ。他にはなにをしてくれるのかな?」
「そうだな………」
カップを皿ごとデスクの上に置き、代わりに緩く腕を広げて見せる。
その顔には期待の笑みが浮かび、ミミがピョコピョコ、尻尾がゆらゆらと弾むように揺れている。
そんなルドルフの姿を見て、私は近くの化粧台からブラシを手に取った。
「尻尾を梳いて差し上げましょうか、お嬢様?」
「ふむ、悪くないね。いや……君がしてくれるのならなんだっていいとも」
私もルドルフの隣に腰掛け、そっと彼女の尻尾を手のひらにのせる。
ふかふかと柔らかい尻尾。しかし一日の終わりなためか、ところどころ跳ねてしまっている部分もある。
そういった所を中心として、全体的にブラシで整えていく。どうせこの後入浴するわけだし、その後に本格的に手入れもするのだろうが、そこはご愛嬌ということにさせてもらおう。
隙を見せれば勝手に手から離れていってしまいそうになる気紛れな尻尾をなんとか捕まえながら、丁寧にその形をならしていった。
ルドルフは平気な顔で紅茶を啜っているが、時折落ち着かなさげにミミをバラバラと動かしている。くすぐったいのだろうか。
「………へぇ」
ルドルフの隣に座り、彼女と同じ方向を向いたことで、必然的に対面のベッドに腰掛けるシービーとも目があった。
彼女は興味津々といった様子で私達の方を眺めていたが、やがて堪えきれなくなったのか傍らに佇むもう一人の執事に同じ事をせがむ。
「はは、いいね。アタシにもあれをやって頂戴よシリウス」
「かしこまりました。シービーお嬢様」
そんな注文に嫌な顔一つせず、むしろ気取った笑みさえ浮かべながらテキパキと彼女の尾に取り掛かるシリウス。
同じ執事服を着ているといえど、シリウスの動きは私なんかより遥かに洗練されている。ただでさえ美人の多いウマ娘の中でも突出したその美貌と相まって、その姿は思わず見とれてしまう程に美しいものだった。
奉仕する姿が想像出来ないとさっきまで思っていたが、そんな思い込みが一瞬で覆る程度には衝撃的なもの。
普段は野性的な彼女といえど、やはり相応の教養は叩き込まれているのだろう。私が少しだけ劣等感も抱いてしまうぐらいには。
「……んだよ、トレーナー。さっきからジロジロと私の方ばかり見て。一目惚れでもしたのか?」
「ああ、そうかもしれない。正直ビックリしている………本当に格好いいよ。シリウス」
「なっ………!?」
格好いい、なんて彼女からすればミミにタコが出来るぐらい聞いた陳腐な褒め言葉だろうが。
しかしシリウスはそれを聞いた瞬間声を詰まらせると、口を二度三度パクパクさせた後に結局なにも言わず尻尾に目を落としてしまった。
完璧だった執事シリウスシンボリが初めて見せた隙。
なるほど、確かに見ていて面白いものがある。拙さを楽しむというのはこういうことなのだろうか。
それこそ精密に、機械の如く奉仕する姿を見ても感嘆こそすれ楽しくはないだろうからな。
「………むぅ」
ピシャリと、強めに手の甲を尻尾で叩かれる。
思考を現実に引き戻され、慌てて隣を見るとそこには半目でこちらをじとりと睨むルドルフの顔。
「トレーナー君?今の君のご主人様は一体誰だったかな?」
「シンボリルドルフお嬢様です」
「そうだろう?主人の尾を預かっている最中、他の従者に目を奪われるのは感心しないな。片手間で扱える程、私の尻尾は甘くはないぞ」
「す、すみませんでした」
「続けて頂戴。もっと隅々までしっかりと、ダンスパーティーに出しても恥ずかしくないぐらいにね」
「はい……」
気を取り直して尾を掴むものの、これまで以上に好き勝手跳ね回ってしまう。私は怒っていますと目一杯に主張しているよう。
付け根に指を滑らし、全体を撫でるようにあやしながら、丁寧に丁寧にブラシを通していった。
真似事といえど執事も難しいものだ。
せめて本番では、給仕はともかく尾の手入れをする事態にはならなければ良いのだが………。