「では、そろそろお暇させて頂きます。すっかり日の入りですが、まだまだ祭りは長い。最後までお付き合い頂ければ幸いです」
「ええ、勿論ですとも。私達も天下のトレセンで商売できる機会は中々ありませんからね。また来年もお呼びいただけると嬉しいですな」
「ええ、こちらからも是非」
テントから出てきたルドルフが、最後にもう一度頭を下げた。
そのまま自然な動きで入り口から離れると、無言で側に立っている私の腕を引いて広場を歩き始める。
出し物が終わり、私達が学園を自由に回れるようになった頃には既に辺りも暗くなっていた。
肌寒さまでは感じないものの、こうも日が短くなると本格的に冬の到来を実感できる。
あらゆる意味で節目といえる行事なのだ。駿大祭とこの聖蹄祭は。学園が総力を上げて取りかかるのもさもありなんと言ったところ。
「ほら、トレーナー君。ぼうっとしていてはいけないよ。まだまだ回らなければならないお店はたくさんあるのだから」
「はい、ルドルフ様」
日が傾きかけているとはいえ、依然として学園の熱気は収まらない。いや、むしろこれからが本番とも言えるだろう。
フリーで動いていた生徒はともかく、私達のように出し物に携わっていた者達がようやく動き出せる時間なのだ。
逆にまだ企画を続けているチームもあるし、我々をターゲットにして商工会主催の屋台はさらに盛り上がってすらいる。見所には事欠かない。
………もっとも、ルドルフの活動は祭りの堪能からは少しズレたものであったが。
「さて、次はどちらにご挨拶をしようか。先程の金魚すくいがEブースの4だったから、このまま5に向かうべきかな」
「いえ、その店は30分程前に撤収を済ませているようです。なので向かうべきはEブースの6ですね。本日の出店は30店舗だったので、次で最後となります」
「そうか、30分前………少し遅かったな。単純にAの1から回るのではなく、一度先方のタイムスケジュールを全て確認しておくべきだったか」
「そういった情報は全て運営部の所轄ですからね。あそこは対応が遅いですから、確認を取りにいった所で時間切れとなることに代わりはありませんよ。それにご挨拶なら先日既に済ませているでしょう」
「そうだな……いや、しかしそれなら今朝………」
ぶつぶつと、自己反省に突入してしまったルドルフを横目に見ながら、私はそっとため息をつく。
確かに商工会を呼び込んだのは生徒会であるし、長であるルドルフがそれぞれの出店に顔を見せるのも大事かもしれないが、それにしても彼女は少々気負いすぎているきらいがある。
各々の責任者との顔見せと挨拶自体は昨日のうちに行っているし、エアグルーヴやブライアンもまた顔を覗かせていた筈だ。故にあの店も早々に店じまいとしたのだろうが………どうも彼女は、自らの計画性の至らなさが招いた結果だと恥じているらしい。
かさり、と私の抱える大判焼きの詰まった紙袋が音を立てる。
先程サービスとして頂いたものだ。時間が経ち少し冷めかかってしまっているが、彼女は全ての挨拶が終わるまではと手をつけようとしない。
学園デートと口にしたのだから、少しは肩の力を抜いて欲しいものだが。しかしこうなってしまったルドルフは相当に頑固なものだ。
生徒会長として、ブライアンやエアグルーヴばかりに任せてはいられないというのが彼女の本心だろう。
せめて今日限りの従者として、私も最後まで付き合ってやろう。
「Eの6……ここですね。たしか商店街にあるメンコの専門店でしたか。生徒を対象としているだけあって、まだまだ営業は続けるつもりのようですね」
「ここの店主は学園とも関係が深い。私の招致にも真っ先に承諾をくれた人だ。後回しになってしまったのは申し訳なかったな………トレーナー君、行ってくるよ。君はここで待っていてくれるか」
「了解致しました。ルドルフ様」
私の返事に鷹揚に頷くと、ルドルフはそのままテントの暖簾を潜って中に入っていってしまった。
彼女の指示通り、入り口のすぐ側で大判焼きの紙袋を抱えながら待機する。
ここはトレセン学園のちょうど真ん中に位置する中庭。各所に道が続いているため、適当に敷地内を散策していると自然とここへ辿り着く。
いわばターミナルのようなものであり、ここを中心に出店や屋台を展開するのはいい判断だろう。まさに今この瞬間も、大量の人間とウマ娘でごった返している。祭りはまだまだ終わりそうにない。
遠くには屋台でたこ焼きを焼いているタマモクロス。あの特徴的な声を限界まで張り上げた呼び込みは、祭りの喧騒の中でもより一層際立って聞こえた。その脇ではオグリキャップが材料の仕込みをしているが、時々耐えきれなくなったのかタコの切れ端をこっそり口に放り込んでいる。
あのままではたこ無しのたこ焼きを作る羽目になりかねない。後で大判焼きを分けてあげよう。
その向かいではお面を売っているイナリワンの姿。タマモクロスに負けじと声を張り上げているが、その商品は全て自身のものと同じデザインのキツネばかり。それでもかなり順調に売れているあたり、恐らくイナリワン自身の人気をウリにした戦法なのだろう。
さらにその奥では、なにやらウマ娘を膝枕をしているスーパークリーク。どうやら耳掻きをサービスとして売り出している出店らしい。
よく見れば膝枕されているのはシリウスのようだ。私達と同じく、彼女も祭りを見て回ることにしたのだろう。その様子を覗き込んでからかっていたシービーが不意に顔を上げる。私と目が合い、ウインクしながら軽く手を振ってくれた。
それに手を振り返していると、さらに向こうの通りを駆け抜けていく生徒会の腕章をつけたウマ娘達の集団が目に映る。
それを先導しているのはエアグルーヴだった。とっさに追いかけようとしたものの、あっという間に人混みの中へと消えていってしまったので諦める。
ブライアンの姿は見えないが、恐らく彼女も午前中は哨戒の任務にあたっていた筈だ。ルドルフの代行として、生徒会の指揮を執っていたのが彼女達だった。
そうやってぼんやりと人の流れを目で追っていると、たまにチラチラと複数の視線を感じることがあった。
敵意とか警戒とは異なる、どこか好機に近い視線。無視しなければならない類いのものではないだろうと結論を出し、暇潰しにその発信源を辿ってみる。
そう時間もかからず、いくつかある発信源のうちの一つを見つけ出した。
ニットとフレアスカートに、薄手のコートを羽織ったウマ娘。頭にはイナリワンの屋台のお面を斜めに被っている。恐らくここの生徒ではなく、外部からの来訪者だろう。
私と目があった瞬間、どこかいぶかしむような様子で佇んでいた彼女は、意を決した様子でこちらへと近づき声をかけてきた。
「あの、もし間違いでしたら失礼ですけど、あのシンボリルドルフさんのトレーナーさん………ですよね?さっきからルドルフさんと一緒に歩いていましたし。その、服装から少し判断がつかなくて………」
「はい、その通りです。この服装につきましては、ルドルフからの提案といいますかなんといいますか………まぁ、トレーナーとしての仕事です。たぶん」
そう言いながら、私は自分の着ている服に目を落とす。
黒を下地に白いエプロンを重ね、所々にフリルのついた女性用の給仕服………俗にメイド服と呼ばれるもの。
また今度と言った自らの発言をあっさりと翻したルドルフに着せられて、折角だからとそのまま学園中を連れ回されているのだ。
私自身の迂闊な発言が招いた結果ではあるが、そもそも執事喫茶にも関わらずこんなものを彼女が持ち込んでいたあたり、遅かれ早かれこうなる運命だったのだろうと思わなくもない。
不幸中の幸いと言うべきか、こんな女装をした私をかのシンボリルドルフのトレーナーだと即座に見破られる場合は少ないのだが、時たま目の前の少女のように目敏い者もいる。
まぁ、すれ違うだけなら兎も角、静止している姿をじっくりと観察されれば無理もないか。
「あ、あはは………そうなんですね。でもその、とっても似合っていると思いますよ。可愛いです。ね、みんな?」
少女が振り返り、人混みに向かってそう呼び掛けると、なにやらこちらを見ながらざわざわしていた観客が一斉に色めき立った。
最前列では少女とお揃いのお面を被った数人のウマ娘が、目を輝かせながら私にウマホのカメラを向けている。中にはトレセン学園の制服を着ている者もいた。恐らく友人同士連れだって動いていたのだろう。
さらにそれを取り囲むようにして、野次馬達も次々と集まっている。人が人を呼び込んだのか、いつの間にやら結構な規模の集団と化していた。本来こういった人混みを整理する筈の生徒会の生徒すらちらほらと混ざっている。
自分で言うのもなんだが、私はそれなりに顔が知られている。かの皇帝のトレーナーというだけで、良くも悪くも衆目を集めることになるのだ。
ましてやそれが、女装して往来を闊歩していたとあれば余計に。間違いなく今夜にでもネットの海にこの痴態が流れるのだろう。
「その……トレーナーさん。こう、くるって回ってもらってもいいですか!?スカートがふんわりとなる感じで!!」
想像以上の注目を浴びたことで気が大きくなったのか、少女が興奮した様子でそう詰め寄ってくる。
ブンブンと、千切れんばかりにその尻尾が激しく右に左にと振り回される。
恥ずかしいのは恥ずかしいが、ここまで来てしまえばもうなにをやったところで同じだ。
そんな半ば投げやりな気持ちで、私は彼女の言う通りにその場でくるりと一回転する。
「こ………こうかな」
遠心力で広がった裾から空気が入り込み、ふわりと丸いシルエットを浮かべて膨れ上がる。踝まで覆うような丈の長いスカートで助かった。ちなみにこれも、元々シンボリ家で使われていたものだったらしい。
回転が終わり、紙袋を片手に抱えながら手を振って見せると、まるで爆発するかのように群衆から黄色い声が降り注いだ。
口を揃えて可愛いだのなんだの言われたところで、あくまで男である私からしてみればあまりパッとこない。まぁ、笑われるよりはずっといいかな。
「いい………いいです!!凄い可愛い!!めっちゃ可愛いです!!とにかく可愛い!!」
目の前の少女といえば、可愛い可愛いと、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返しながらさらに激しく尻尾を振り回している。
バタバタと狂ったようにウマ耳を暴れさせたせいで、折角のキツネのお面が額までずり落ちてしまっていた。
その後ろで少女の友人達もまた負けず劣らず取り乱しているのだから手に負えない。祭りで浮き立っているせいで、いとも容易く興奮が伝播するのだろう。
あまりにも異常な空気に圧され、思わず一歩後ろに退く。
と、突然なにかに背中がぶつかり、振り返る間もなく肩を掴まれた。
「そうだろうとも。私のトレーナー君はいつだって愛らしいんだ。そして格好いいし頼もしくもある。この皇帝の半身なのだから当然だろう」
「ルドルフ……?」
最後の挨拶も片付いたのだろう。
いつの間にかテントから出てきていたルドルフが、なんとも威風堂々とした立ち姿で群衆を見つめている。
その姿を認めた瞬間、ざわめいていた観客が徐々に静まると、好奇と期待の入り交じった瞳で一斉に私達を見つめてきた。さながらG1のパドックにでも立たされたかのような気分。
流石というかなんというか、ルドルフはそんな熱視線をまるでものともせず、うんうんと幾度か頷くとまるで見せつけるかのようにその口元を歪める。
「しかし残念だったな。彼は私のものなんだ。これまでも、これからもずっとね。誰であろうとも……たとえ母親であろうとも、そこに割って入れる余地なんて何処にもない」
まるで宣言するかのように、高らかとそんなことをのたまう皇帝。
あたかも演説のようでありながら、彼女の瞳は人だかりを飛び越えてどこか一点だけをしかと睨み付けていた。ゲート入りした直後のような、あるいはそれ以上の殺気が放たれみるみると膨らんで空気を圧迫する。
その気迫を察知出来たのは、これ以上なくルドルフに密着していた私と、観客よりも少しだけ私達の方に近かった少女だけだった。
彼女は興奮を醒まし、ウマ耳を垂らしつつ無意識に一歩二歩と、後ずさりながら友人達との合流を試みている。
そんな少々の姿には目もくれず、ルドルフはぼそりと低い声で囁きかけてきた。
「随分とまぁ、人気者になったものだ。執事の君も良かったが、そのメイド服も中々どうして様になっている」
「あ、ありがとう………?」
「他ならぬトレーナー君自身の魅力さ。胸を張るがいい」
私の肩から手を離したと思った瞬間、もう片方の肩をより強い力で握り締められる。
そのまま空いた手で腰を掴まれ、ぐいっと彼女の体へとたぐり寄せられた。私が観客に背を向けて、ルドルフに正面から抱き締められる格好。
私の肩の上にルドルフが顎を乗せ、そのままこてんと傾げて見せた。群衆は期待どおりの光景にまたもや爆発するような歓声を響かせる。
それにかき消されてしまわないよう、ぴとりと私の耳に唇を圧し当ててルドルフがぼそぼそと言葉を紡ぐ。
まるで外界の音を塗り潰すような、凛とした低い声に脳を揺らされた。
「………だが、浮気性なのはいただけない。主人のいぬ間に人を誘惑するような悪い従者にはお仕置きが必要だ。そうだろう?」
「………………はい、皇帝様」
「ふふ、そう………それだ。本当に悪い子だな君は。しっかりと、首輪をつけておくのが主人の義務というものだろう」
ふわっとルドルフの髪が私の顔を撫でる。
それに目を瞑った瞬間、勢いよく唇に突き立てられる獅子の牙。
歓声が、絶叫へと変わった。
◆
「ヒュウッ!!優等生ぶってる癖して中々やるもんだ。このままファックでもすりゃあいよいよ百点満点だな。なぁカフェ?」
「………お外でそういう、品のないことは言わないって約束した筈です。聞いた人も嫌な気持ちをしますから………やめて下さい。お母さん」
「んだよ、お前まですっかり優等生気取りか?正直に言えよ。『大好きな幼なじみが取られて殺したい程ムカついてます』ってよ。なァ?血に飢えた猟犬―――」
「黙っていてください!!!」
一瞬カフェの瞳孔が細まり、殺気すら伴って俺を睨み付けた。が、数秒と経たないうちに元に戻ってしまう。
あの二人の方を見たくないのか、その場で顔を伏せたまま動かなくなった。
そんな姿を見て、俺は盛大にため息を漏らしてやる。それでいきり立つようならまだ見込みはあるだろうが、やはりコイツはなんの反応も示さなかった。
「素直になれよ。『欲しけりゃ噛みついてでも奪い取れ』がウチの家訓だろうが」
「知りません………そんなの。初めて聞きましたし、聞きたくなかったです………」
「あるんだなそれが。なのにまぁ、お前らときたらどいつもこいつも肝っ玉の小さい奴らばかりで………」
カフェはまぁまだマシな方だが、よっぽどの事態にならんと自分からは動かねぇ。
肩に担いでるこのクソガキは、科学者気取りウマ娘のおもちゃにされてるらしい。もう一人のアホチビは、今まさに担当ウマ娘に噛みつかれてる真っ最中だ。
ちなみにそいつはさっきからずうっと俺の面にガンくれてやがる。ムカつくが、その意気だけは買ってやらんこともない。その爪の垢を煎じてガキ共に飲ませてやりたいぐらいだ。
「あーあ。一体どこで育て方を間違えたんだろうな。コイツもあんまり言うこと聞かねぇからちょっと〆てやったらずっと寝てやがる。イブの七面鳥だってもう少し根性あるぜ」
「そういうところですよ、お母さん。………反面教師というものです」
「んだよ。子は親の背中を見て育つんじゃなかったのか。また秋川のババアに騙されたわ」
これ以上はなんの収穫もなさそうなので、俺はさっさと踵を返して中庭を後にする。
この学園から出ていって十年以上経つが、未だに建物の配置は変わっていない。元々東京にバカでかい土地を買っておっ建てた箱庭だ。そうそう模様替えなど出来ないのだろう。
道すがら手頃なベンチを見かけたので、担いでいるガキを放り投げておく。
「兄さん!!!!」
後ろから追いかけてきていたらしいカフェがすぐさま回収していった。
こういう時ばかり行動が早いのに、どうしていつも後手後手に回るのか。なんて、一言くれてやろうかと振り返った時にはあっという間に彼方へと小さくなってしまっていた。
まぁ無理もないか。あの歳なら親の小言なんて耳に入れたくもないだろう。そもそも俺は言われたことすらないので全く分からねぇが。
あれでいて律儀に正月には二人揃って顔を見せるそうなので、今は取り立てて構ってやるつもりもない。
相手にしなきゃならんのは、後ろから寄ってきているウマ娘の方だ。
「………相変わらずですね。久々に顔を覗かせたと思えば、自由気ままに好き勝手やり放題。まぁ、去年よりはだいぶ丸くなったように見受けられますが」
「アンタのために大人しくしといてやったんだぜぇミノルちゃん。今年は俺を出禁にするしないで揉めずに済みそうで良かったなァ」
「庇ってもらう立場で随分と偉そうですね、貴女は。事前に連絡の一つでも頂ければ、こちらからお出迎えぐらい寄越しますのに」
「あの陰気な黒服集団どもか?どうせお目付け役だろ?冗談じゃねェって。………ハハッ、にしても言ってることそっくりだなアンタら。流石血の繋がった親子ってところか?」
俺の問い掛けにトキノミノルはなにも答えず、ただ神経質にズレてもいない緑の帽子を整えている。
コイツが"なにか"を誤魔化したい時に無意識に見せる昔ながらの癖だ。その"なにか"が何なのかはとうに分かりきった話だが、それについてわざわざ突っ込んでやるような真似はしない。
一人で勝手に悩んでいればいい。進んで手を差し伸べてやるほど俺は優しくはないからな。
自分を救えるのは自分だけだ。それは人間だろうがウマ娘だろうが変わらない。
「……………あん?」
ブルブルと、俺のウマホに着信が入る。
コートのポケットから取り出して立ち上げると、そこにはメッセンジャーアプリからの着信報告。
ここ最近はとんと見ることもなかった名前が、簡潔なメッセージと共に液晶の中央に陣取っている。そういえば、今日中に返事を寄越せっつったのは俺の方だったな。
「………なぁミノルちゃん。ウマ娘と担当トレーナーのベストな正月の過ごし方ってなんだと思う?」
「なんですかいきなり?………そうですね、重要な節目ですから新年に向けて二人揃って気持ちを新たにすることが望ましいのではないでしょうか。お互いプライベートでも良好な関係を築けていることが前提ですが」
「なるほどねぇ………やっぱ似てんなアンタら。そうさ。だから決して俺の教育が行き届いていなかったわけじゃない。血の繋がりには勝てなかったってだけの話だぜ」
「……………………?」
わけの分からないという顔をしているトキノミノルを眺めながら、俺は思わず笑みを溢す。
欲しけりゃ噛みついてでも奪い取れ。
常に相手の上をとり、イニシアチブをとり続けることが重要なのだ。競技ウマ娘にとってもそうだが、とりわけ人間のトレーナーに不可欠な姿勢である。
でなければデカいパイも手に入らないし、例え手にしたところで食い切れない。俺が競技ウマ娘として、そしてトレーナーとして争う中で見出だしてきた真理のうちの一つだ。
ま、アイツには届かなかったようだが。
杖だかなんだか知らないが、せいぜいあのクソガキに好き勝手振り回されて苦労すればいい。もしかしたらその結果、別の真理に辿り着くのかもしれないわけだし。
「よく分かりませんけど、拗ねてます?」
「ンだよ、別に拗ねてねェよ!!せいぜい担当のご機嫌とって勝手に皆に好かれる偉大なトレーナーにでもなんでもなればいいだろうが」
そんな投げやりな考えを頭の隅に焦げ付かせながら、俺はディスプレイのキーボードを叩く。
さて、どんな皮肉と嫌味をぶつけてやろうか。とりあえず、ありったけの小言でも送りつけてやろう。