シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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ネゴシエーター

 

あのまま送迎車へと乗せられ、道路を飛ばすこと数時間。

郊外に佇む大きな屋敷に僕は辿り着いていた。表札の類いこそ見当たらないが、シンボリ家の本邸であるに違いない。

 

「さ、どうぞ邸内へ。手をお貸ししましょうか?」

 

「いえ、結構です。どうもありがとう」

 

道中脇を固めていたばんバ達に先導されながら、門を抜けて庭の中を進んでいく。

広大な庭はよく手入れこそされているものの、あまり目立つような装飾品は置かれていない。といっても虚しさやみずぼらしさとは程遠く、むしろ心地よい解放感をこちらに伝えてくる。

 

さらに玄関を抜けて屋敷の中へと進み、そのまま応接室へと案内された。

扉をくぐると目の前には上等な家具や美術品で設えられた一室が広がっている。

 

「奥様をお呼び致します。こちらで腰掛けたままお待ち下さい」

 

「分かりました」

 

促されるまま中央のソファへと腰掛け、封筒を大理石のテーブルの上に置く。

目の前に出された紅茶に口をつける気にはなれず、車中で着替えさせられた慣れないスーツとネクタイの窮屈さに顔を眉をひそめる。

 

ばんバ達が部屋を出てから数分後、再び応接室の扉が開いた。

 

「お待たせ致しました。当家代表のスイートルナです。わざわざ遠方からご足労頂けたことお礼申し上げます」

 

「ええ、こちらこそ」

 

入ってきたのは妙齢のウマ娘。豊かな鹿毛を背中に流し、きっちりとスーツを着こなしている。

およそ母とは対極に位置する人物だというのが第一印象だった。なるほど確かに、これは彼女とウマが合わないのも至極当然といったところか。

 

「して、サンデーサイレンス殿はどちらに?」

 

「サンデーサイレンスは連日の猛暑により体調を崩しておりまして。なので私が代理として参上したという次第であります」

 

まさか説教が厭わしいから名代を遣わしたなどと言えるはずもない。

 

「………迎えにあたらせた者曰く、極めて壮健な様子で声を荒げていたそうですが」

 

「口から産まれたようなウマ娘なもので。夏風邪程度で大人しくなるような可愛げもございません」

 

「そうでしょうとも。次に顔を合わせた際には覚悟しておくよう忘れず伝えておいて下さるかしら?」

 

「承りました」

 

僕の任務はあくまで書類にサインを貰うことまでだ。その後の説教の回避までは命じられていないのでこれで良いのだろう。

 

幾らか世間話を交わしたあと、気を見計らって茶封筒を手渡す。

彼女はそれを受け取り、中身を取り出して項目を改めつつ、ぼそりと不服を口にする。

 

「本当なら今日だけは彼女に足を運んで頂きたかったのですけどね。本当に、間の悪いというかなんというか………」

 

「申し訳ございません」

 

「いえ。貴女に言った所で仕方ありません。お気になさらず」

 

そのまま彼女は口をつぐんでしまった。

ここまできたら僕に出来ることは全くないので、大人しくしたまま部屋のそこかしこに目を泳がす。

 

程なくして、扉の脇に控えていた黒服のウマ娘と目があった。

彼女は僅かに微笑み会釈をくれた後、また直立不動の体勢へと戻る。一瞬見間違えかけたが、このウマ娘もばんバと同じく競争バとはまた別の種類だ。

 

(いつの間に…………)

 

スイートルナが入室した際には気づかなかった。見落としていただけか、それとも気配を殺して入ってきたのか。

 

僅かに首をひねり、視界の端でこちらの後方を伺う。

そちらにも同じように、黒服を着こなしたウマ娘が数人立ち尽くしていた。いずれもやはり競争バではない。

 

「気になりますか?」

 

きょときょとと周囲を窺う僕の姿を見かねたのか、スイートルナが書類から目を上げてこちらを覗きこんでくる。

 

……しまった。流石に露骨すぎたか。

これだけの家の重鎮が顔を見せるともなれば、護衛の幾らかが同席するのも当たり前の話だろう。

 

「出来る限り目に入らないよう配慮したつもりですが。もし気に障るようでしたら下がらせましょう」

 

「いえ、そういう意味で見ていたわけでは。ただ、珍しいと言いますか………軍バというものを初めて目にしたもので」

 

競争バとばんバの中間に位置する体躯。

頑強かつスタミナに恵まれており、死や怪我に対する本能的な恐怖の制御に長け、なおかつ痛みと爆音に強い耐性を持つウマ娘。

 

その名の通り軍隊や警察において歓迎される種族だが、不思議と近年ではめっきり数を減らしていた。

それを何人も保有しているあたりこの家の勢力も随分なものだが、問題はそこではない。

恐らく相応の訓練を積んでいるであろう、戦闘に特化した軍バが複数控えているこの状況そのものがあまりにも不穏だった。

 

「遠目に一瞬見ただけで彼女達の種族を看破するとは。ウマ娘についてよく勉強しておられるようで」

 

ほぅと感心したように一つ嘆息すると、スイートルナは何度もうなずいて見せた。

 

「ありがとうございます。幼い頃から職業としてのトレーナーに関心があるもので」

 

「トレーナー………と言われても私にはサンデーサイレンスの印象しかありませんが。あの人もまぁ、かつては中央で随分腕を鳴らしたものですからね」

 

そう口では称賛するものの、彼女の顔は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいる。

英雄の理想と現実といったところだろう。同じく一度はサンデーサイレンスというウマ娘に憧憬を見出だした者として頷ける。

 

「………やはり、母が原因でしょうか。その、彼女が万が一にでも錯乱した場合に備えてということでは」

 

家での会話が本当だとすれば、彼女は少なくとも一度はこの部屋で長々とした説教を貰った経験があるということだ。

そして僕の知る限り間違いなく、サンデーサイレンスは言われたまま黙っていられるようなウマ娘ではない。

 

しかしその予想は外れたようで、スイートルナは僕の言葉に首を振って否定した。

 

「いえ、そうではないのです。確かに彼女は凶暴ですが、しかし時と場所を選べる程度には狡猾さも兼ね備えています」

 

「そうでしょうか」

 

「そうですとも。それに彼女の暴走に備えて講じた対策であるとするならば、貴女一人と分かった時点で下がらせておく筈です」

 

「それは………その通りですね。しかしだとすれば何故、あの方達を控えさせているのでしょう?」

 

「貴女から私を守るためじゃない。むしろ貴女自身を守るためです。万が一、外から誰かが乱入してきた場合に備えて」

 

「…………その、誰かというのは?」

 

スイートルナはその問い掛けになにも返さず、書類をテーブルに放ってこちらへと身を乗り出してきた。

 

「ところで貴女、この度のサンデーサイレンスの代理として遣わされた件についてはどのようにお考えでしょうか?」

 

「どのように、と言いますと?」

 

「率直に言って、彼女に怒りを抱いていないのかということです。聞くところによれば、ほんの直前になってこの仕事を命じられたとか。私の目から見ても横暴というほかありません。激昂して然るべきでは?」

 

睨むような彼女のアメジストの瞳からは、どこか切迫詰まっているようにも感じられる。

こちらを慮っているというわけでもなく、純粋に答えを求めているようだ。

 

「特には。腑に落ちない所もありますけれど、怒りという程のものはありません。母がそういう無茶をする人物であることなど十も承知ですから。それに………」

 

「それに?」

 

「………貴家からのご支援は、私の生活にも直結する事柄なので。自分の食い扶持は自分で稼ぐのが道理ですから」

 

僕がそう告げると、スイートルナは少し悲しそうな顔をした。

ゆっくりとソファに戻り、手持ち無沙汰に万年筆をくるくると回して見せる。

 

「随分とまぁ、殊勝な心がけですね。言葉遣い然り、佇まい然り、この国においてその齢で同じ事を出来る者は少ないでしょう」

 

「ありがとうございます」

 

「………とはいえ、けして喜ばしい事でもありませんが。貴女には本来まだ子供でいられる権利がある筈です。そして大人には、それを支える義務がある。我が子が不自由なく、のびのびと、健やかに成長出来るように」

 

どこか詰るような口調でそう彼女は呟く。

話の流れからすれば、それは僕の育ての親たるサンデーサイレンスに向けられたものだろう。

………しかしそう捉えるには、どこか引っ掛かるものがあった。

 

そんなもの、黙って心の片隅に仕舞っておけばよかったものを。それでも僕はどうしても、その違和感を口に出さずにはいられなかった。

それはたんなる好奇心ゆえか。あるいは頭のどこかで、母親を貶められた怒りがあったのかもしれない。

それとも………自らが可哀想な存在と見なされた不甲斐なさか。

 

「お言葉ですが申し上げます」

 

「いいですよ。言ってみなさい」

 

「先の言葉、本当は貴女自身(・・・・)に向けられたものではないのでしょうか」

 

その言葉を聞いた瞬間、彼女は不意を突かれた様子で口を閉じる。そのまま目を瞑って腕を組んだ。

 

そこに至ってようやく、僕も自分の言葉が行きすぎていることに気がついた。

そんなこと年上の、それも初対面の相手に向かって指摘するようなものではない。ともすれば挑発とすら受け止められかねないものだ。

 

「申し訳ございません!!先程の発言は撤回を―――」

 

「する必要はないわ。事実だもの」

 

しかしスイートルナは怒りもせず、崩れるようにテーブルへと突っ伏してしまった。

そのまま絞り出すような呻き声を低く漏らした後、僅かに顔を上げて上目遣いにこちらを見上げる。

 

「………私にもね、娘がいるのよ。でも貴女とは全然違うわ。ウマ娘で、年は十にならないぐらい。親に反抗的で、お遣いどころか夏休みが始まって以来部屋からも出てこないわ」

 

「あまり活発ではない子供だと」

 

「まさか。それはもう元気はあり余るぐらい。元気がありすぎて、見知らぬ人間が屋敷にきたらついうっかり(・・・・)噛みついてしまうかも」

 

「ひょっとして、私を襲うかもしれない誰かというのは」

 

「…………………………」

 

スイートルナはなにも答えない。しかしその沈黙こそが、なによりも雄弁に僕の推察を肯定していた。

 

「………本当に走るのが好きな子で、いつもは上の兄姉に面倒を見てもらっていたのだけど。あの子達が家を空けてからずっとその様子。他に付き合ってあげられる子は誰一人いない………」

 

「走るのが好き………ひょっとしてシンボリルドルフさんのことでしょうか?」

 

「あら、知ってるの?」

 

「ええ、顔と名前だけは」

 

ポケットからあの写真を取り出し、目の前に突っ伏すスイートルナに手渡す。

彼女はそれを数秒眺めたあと、ペタンとテーブルの端に伏せてしまった。

 

「この写真はどこから?」

 

「母からです。もしかしたらこちらで顔を合わせる機会があるかもしれないから、覚えておいて損はないと」

 

「へぇ………サイレンスが」

 

のっそりと上半身を起こし、一転して含み笑いを見せてくる。

嫌な予感がして思わず腰を浮かしかけた瞬間、恐ろしい速さで両肩を掴まれ無理やり座らされた。

 

「ねぇ、貴女。一つお願いがあるのだけれど」

 

「シンボリルドルフの脱引きこもりのお手伝いならお断りですよ」

 

「あら、話が早いわね。それじゃあ早速部屋に案内させてもらうわ。頑張って交渉して頂戴な」

 

「だからやりませんって………」

 

「本当に?」

 

「本当です」

 

「本当の本当に?」

 

「本当の本当です」

 

「本当の本当の本当に?」

 

「………本当の本当の本当です」

 

「本当の本当の本当の本当…………」

 

「しつこいですよ!!やりませんったら!!」

 

どうにか振りほどくと、スイートルナは渋々といった様子で元の場所へと戻る。

諦めたかと思いきや、手にした万年筆でコツコツと書類を叩いて見せた。

 

………そういえば、僕の交渉の任務はまだ終わっていない。

 

「………ズルいですよ」

 

「たぶん貴女が思っている程危険なものでもないわよ。扉の外からお話してくれるだけでもいいの」

 

「そんなので向こうは出てきますかね」

 

「やらないよりはマシよ。年の近い女の子同士でウマが合うかもしれない。勿論タダでとは言わないわ。成功か失敗かに関わらず、一時間あたり10本でどうかしら?」

 

「それだけですか?」

 

「………貴女があの子の相手をしてくれている限り、そちらの施設への援助も無条件で更新しましょう。場合によっては増額も」

 

はっきり言って無茶苦茶な提案。

援助を受ける立場のこちらから吹っ掛けるという有り得べからざる交渉。あまりにも得られる利益が大きすぎる。

 

「……分かりました。その条件で引き受けましょう」

 

「ありがとう!!助かるわ!!」

 

そして、だからこそ興味が湧いた。

実の母親を、ひいてはシンボリ家そのものをここまで動かすシンボリルドルフというウマ娘は一体何者なのか。

いくら秘蔵っ子とはいえ、あまりにも周囲に与える影響が大きすぎる。そういった人物は大抵、その内面も平凡ではない。

 

恐らく、僕の今後の人生でも二人と出会わないような人物だろう。記念に一言二言交わしておくのも悪くないのではないだろうか。

 

「ただその前に一つ、訂正と確認しておきたいことがあるのですが」

 

「あら、なんでしょう」

 

「私は………僕は女性ではなく男性です。それでも構わないのですね?」

 

「えっ」

 

ぎょっとしたように息を飲んだ後、彼女は少しの間だけ僕を観察する。

顔を見て、胸を見て、下腹部を見て、最後にもう一度顔を眺めた後、ごめんなさいと一言呟いて書類にサインをした。

 

「勿論、構わないわ。あの子の友達になれるのなら男でも女でも関係ない。………ただ、股間はしっかりと守っておきなさい」

 

「どうして?」

 

「食い千切られちゃうかもしれないから」

 

「ひぇ………」

 

 

………本当に大丈夫だろうか?

 

 

 

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