シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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天の岩戸

 

応接室を出て、シンボリルドルフの籠る部屋へと向かう。

廊下を次々と曲がりながら、ひたすら階段を下へ下へと降りていった。

 

「屋敷が広すぎるのもそれはそれで困り者でして。中々スムーズに目的地へ辿り着くことが出来ないのです」

 

先導していた青鹿毛の軍バがこちらを振り返り、少し困ったように眉を下げてみせる。

先程扉の脇に控えていたウマ娘だが、どうやらこの家における警備隊の隊長らしい。タイトなスーツから零れ落ちた尻尾が、ゆったりとした動きで揺れている。

 

「私としては新鮮で楽しいものですけどね。我が家も中々の大きさですがここにはとても及ばない」

 

「そう言っていられるのも今のうちですよ。明後日にもなればほとほとうんざりしますから」

 

「まるで私が明後日になってもここにいるような口振りですね」

 

「少なくとも奥様はそうお考えでいらっしゃいますよ?」

 

ひょいと片耳を上げ、今度は落ち着かなさげに尻尾を揺らす。

淡く輝く琥珀色の瞳が不思議そうに僕の顔を窺ってきた。

 

「引き受けたからにはちゃんとやりますけどね。とはいえ相手を部屋から引っ張り出した後のことまでは知りません。私はさっさと帰らせてもらいますから」

 

「その引っ張り出すこと自体が大変困難なのです。これまでも当家の多くの者が挑み、そして敗れてきた」

 

大きくため息をつき、隊長は肩をすぼめてしまう。

すっかり気落ちした様子を見るに、彼女もまたその一員であるに違いない。

 

「それをどう攻略するので?なにか策でもあるのでしょうか?」

 

「そんな大それたものはありませんけどね。思うに、彼女は親しい者のいない孤独感で閉じ籠っているのです。外に居場所を用意してあげればいい」

 

「そんなことが貴方に出来ると?」

 

一階の廊下を突き進み、両開きの扉を潜る。

その先には、地下深くへと長い階段が続いていた。

吊るされたカンテラの灯りだけを頼りに、つまづかないよう慎重にそれを降っていく。

 

「出来るかどうかなんて現段階で分かるはずもありません。とにもかくにもまずは話をしてみないと」

 

「お嬢様が素直に応じて下されば良いのですけれど。気紛れな方ですから、私ですら行動が読めないのです」

 

「こんな地面深くに部屋を構えているのも、その気紛れ故ということでしょうか。この規模の屋敷なら、他にいくらでも部屋はあるのでは?」

 

一階の入り口からもかなり距離があり、しばらく階段を降りたところでようやくその扉が見えてきた。

 

地下というだけあってやはり薄暗く、隠しきれない圧迫感が身を包む。

いくら広さがあるといっても、好き好んで私生活の拠点にしようとは思えない。

 

「上層階ではどうしても人の往来がありますからね。誰かと顔を合わせるのを嫌ったのでしょう。人嫌いな側面があるものですから」

 

「難儀なものですね」

 

「昔お辛い経験をなされたようで。本来のお嬢様はとても聡明で快活。決して我儘というわけではないのです……着きましたよ」

 

長い道のりを踏破した先には、広々としたロビーとそれに面した一つの扉。

お嬢様の私室というわりには優雅さに欠けるというか、なんの変哲もない木製の扉だった。

 

「この先にシンボリルドルフがいると?」

 

「ええ、間違いなく。もしお嬢様が部屋を出られた場合、センサーが反応して全隊員に発報されるプロトコルなので」

 

「猛獣かなにかですか彼女は」

 

とりあえず、シンボリルドルフと言葉を交わさなくてはならない。

試しに扉を軽くノックしてみるものの、思っていた通りなんの反応も返ってはこなかった。

諦めずもう一度拳を振り抜くと、横から隊長に手首を掴まれて制止される。そのまま彼女は諦めたように首を振ってみせた。

 

「無駄です。この一週間、こちらからお伺いを立てて出てきて頂けた試しはありません」

 

「ではどういう場合に出てくるのでしょう」

 

「彼女の兄姉が訪れた時ぐらいです。少なくとも学校が始まるまでの間は、ずっとここに籠るおつもりでしょう」

 

「なら風呂やトイレはどうしているのですか?まさかほったらかし出しっぱなしというわけでもないでしょうに」

 

「ご心配なく。全てこの部屋の中に揃っています」

 

「ホテルかなにかですか。……なんにしても、それでは扉越しに話も出来ませんね」

 

とりあえずノックはやめて、扉の様子を観察してみる。

部屋の扉というよりも玄関の構造に近い。覗き穴と内外を繋ぐ受け取り口まであった。

ただしそれは郵便受けとは異なり、床すれすれの低い場所に開いている。

 

「これは?」

 

「 食事の差し渡し口です」

 

「これじゃホテルというより刑務所の独房ですね。ですがそれなら話は早いでしょう。食事を差し入れなければ良い」

 

ウマ娘といえど霞を食って生きているわけではない。

元々生命維持のために莫大なエネルギーを必要とする生き物だ。そう時間も経たないうちに干上がって出てくるだろう。兵糧攻めは攻城の基本だ。

 

「明日にでもなれば、音を上げて向こうから出てきますよ。ライフラインを握っているのはこっちです」

 

「……それは以前にも試しました。しかし結局功を奏しなかったのです。三日目で奥様の方が音を上げました。このままでは死んでしまうと」

 

「ハンストですか。一応確認しておきますが、彼女まだ十歳ですよね?」

 

「いえ九歳です。あと半年もすれば十歳ですが。もっともお嬢様の場合、年齢などなんのあてにもなりまんけどね」

 

「ホント厄介ですね」

 

仕方ないので、予め用意しておいた発煙筒とズタ袋を取り出す。

袋の方を隊長に押しつけ、差し渡し口の幅と発煙筒の口径を見比べる。幸い問題なく入りそうだ。

 

「ちょっと待ってください。お嬢様を燻製にするおつもりですか」

 

「ウチから金借りたままトンズラこいて居留守使う連中は全員これで出てきました。逃げ出してきたところをその袋で捕獲するのです」

 

「可愛い顔して随分おっかないことをしますね貴方。そんなことする人、前職でもそうそう見かけませんでしたよ」

 

「以前はどこにいらっしゃったので?」

 

「警視庁騎動隊です。成り行きでこちらに引き抜かれましたが」

 

「なら、逃げる相手を取り押さえるのはお手のものでしょう。お手並み拝見といきましょうか」

 

「いや、やりませんからね?」

 

隊長はこちらにズタ袋を投げ返す。ついでに発煙筒まで取り上げられてしまった。

そのまま真ん中でへし折って使い物にならなくされてしまう。

 

「もう、さっきから否定しかしてないじゃないですか貴女。そっちもなにか案を出して下さいよ」

 

「そ、そんなこと言われましても……私もあまりこういった経験も知識もなくて」

 

「脱引きこもりの知識ってなんですか。神話にあやかって扉の前で裸躍りでもするんですか」

 

「貴方がやってくれるなら私は見たいですね。……あっでも、そういえば小学校の時、学校に来れない子をクラスの皆で励まそうって先生がやってたのは記憶にあります。皆で色紙を書いて送るんですよ。……結局その子は来ませんでしたけど」

 

「そりゃそうでしょう。それ送られた側の被るダメージ考えたことあります?」

 

とりあえず彼女も僕も全くアテにならないらしい。

いよいよ後もなくなってきたので、ズボンのベルトに挿していたバールを引き抜いて扉とドア枠の隙間に宛がう。

 

「こうなれば最後の手段です。破壊して突入しましょう」

 

「だから一々物騒なんですって貴方は。そんなことをしてただでさえ人間不信気味のお嬢様が怯えてしまわれたらどうするんですか」

 

「そんなタマじゃないでしょうシンボリルドルフは」

 

「いくら大人びているとはいえまだ九歳ですし、そもそも名門シンボリ家の箱入り娘ですよ。もしその身になにかあったら文字通り我々の首が飛びます」

 

「そんなに不安ならいっそ貴女がやって下さいよ。元警官でしょう?」

 

「警察をいったいなんだと思ってるんですか貴方………ッ!!」

 

そう言い争っていると、不意に隊長の動きが固まる。

ピンッとウマ耳が同時に天を突き、直後に扉の方を向いた。ややあってその琥珀の瞳もまた木製の扉の、さらにその向こうを探るかのように凝視する。

 

「隊長?」

 

恐る恐る声をかけるも、人差し指を唇にあてて声を出さないように指示される。

そのままジェスチャーで離れていろと命令された。極力扉を隔てた少女を刺激しないようにとの判断だろう。

 

僕とは反対に彼女は扉へと近づき、覗き穴を塞ぐように立ちはだかった。

 

「………誰?ルナの部屋の前でなにしてるの」

 

僕でも隊長でもない、第三者の声が耳に届く。

扉の向こうから投げかけられたそれは、想像していたよりずっと穏やかで優しいものだった。

 

「おはようございますルドルフお嬢様。その、お体に変わりはございませんか?」

 

「別に。心配することはなにもないよカストル。それに、ルナが話しかけたのはお前じゃない」

 

ドン、と扉が内側から強く叩かれる。

 

感情の発露というわけでもない、ただこちら側の注意を引くためだけの行為。

にもかかわらず、その衝撃はまるで威圧するかのように僕達の足をその場に縫い止めた。

 

「聞こえてたから。そこのお前………誰?ルナの部屋の前でこそこそと、一体なにを企んでいる?」

 

最初に感じた穏やかさはそのままに。

しかし確かな棘を孕んだシンボリルドルフの声は、まるで獣の唸り声のようにも聞こえた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『ウォーミングダウン終了です。これで全てのメニューが達成されました』

 

ピーッという機械音と共に、ランニングマシンが徐々に減速して停止する。

画面に映し出されたタイムと心拍数の平均、消費カロリー等とノルマを見比べた後、いつも通り日記帳の今日のページに詳細に記録した。

 

日記帳とペンを床に放ると、マシンから降りてタオルで汗を拭う。

冷蔵庫に水でも取りにいこうか。いや、まだそこまで体力も消耗してないからやめておこう。

大量に消費して、また外から差し入れてもらうのも癪だ。

 

代わりに部屋の扉へと向かい、その脇にあるパネルを操作する。

空調の温度を一気に下げると、途端に冷たい風が部屋を満たした。おかげであっという間に全身の汗が引いていく。

地下室なだけあって、夏場でもそこまで暑くならないのがこの部屋の良いところだ。今頃地上はきっと夏の炎天下で蒸しかえっているのだろう。

生憎ここには窓がないので、はっきりしたことは分からないけども。

 

「…………ん?」

 

パネルから顔を離しかけた瞬間、ふと一瞬誰かの声が耳に届いた。

扉の向こうで、なにやら二人ほど話をしている者達がいた。すぐに静まったが、片方は間違いなくこの家の警備隊長。もう片方は全く聞き覚えのない………恐らく、男性の声。

少なくとも兄さんや姉さんではない。

 

正直、またかと思った。

 

男の方が誰かは知らないが、どうせ新しく雇われた使用人かなにかか。

カストルが一緒にいるあたり、どうせ母から私の"引き出し"でも命じられたのだろう。あるいは顔合わせでもさせに来たのか。

そんなことしなくても顔なんてすぐに覚える。元々この屋敷にいる全員の顔だってとっくに覚えているというのに。相手の方は知らないが、私の顔も分からないようならクビにしてしまえ。

とはいえ、これでもシンボリのウマ娘としての自覚はある。挨拶程度には応じてやろう。どの程度の奴か私も見定めておきたい。

 

「………誰?ルナの部屋の前でなにしてるの」

 

覗き穴越しに外を窺っても、そこに映るのは見慣れたカストルの姿だけ。肝心のもう一方の姿はどこにもない。

なにをこそこそとしているのか。どうせろくでもない企みをあれこれと講じていたに違いない。

 

そんなに私を外へと引きずり出したいのか。

閉じ籠っていてはつまらないと彼らは言うが、私にとっては外も同じぐらいつまらなかった。

一人は寂しいと言ったところで、どうせ外に出ても私は一人ぼっちだ。唯一対等に付き合ってくれた兄さんも姉さんもどこかへ行ってしまった。

 

部屋にいても面白くないけど、部屋から出ても楽しくない。

でも外には私がいないことで楽しめる人達がいる。なら私だけがここにいる方が幾分マシなはずじゃないのか。

 

「おはようございますルドルフお嬢様。その、お体に変わりはございませんか?」

 

カストルお決まりの台詞。

彼女がこうして私の様子を伺う時は、決まってなにかを隠している。

そのなにかをさっさと私に教えろ。

 

「別に。心配することはなにもないよカストル。それに、ルナが話しかけたのはお前じゃない」

 

ピトリとウマ耳を扉にくっつけ、その向こうの気配を探る。

僅かにだが感じる違和感。やはり、そこにはまだ誰かがいるのだ。折角自ら応じてやろうと思っていたのに、急速に気持ちが萎えてしまった。

 

耳を離し、代わりに扉へ拳を叩きつける。

お前がいるのは分かっているぞというメッセージを籠めて。このまま試されることもなく立ち去るつもりか?

 

「聞こえてたから。そこのお前………誰?ルナの部屋の前でこそこそと、一体なにを企んでいる?」

 

木の板一枚隔てた向こうから、徐々に気配が近づいてくるのを感じる。

覗き穴の視界に映るか移らないかといったところで、慌てたようにカストルがそれを押し退けた。

 

「カストル……。ルナの、私の邪魔をするつもり?」

 

「違います!!その、お嬢様と少しだけお話をするようにと、奥様がこの方に……なので、少しでいいから出てきて下さいませんか?」

 

「なにそれ。引きこもりの惨めな娘に友達でもあてがってやろうってこと?」

 

「そんな言い方……!!」

 

「………なんでもいいけどさ、話したいならそっちから入ってきてよ。カストルなら障子紙みたいなものでしょ、そんな扉一枚」

 

「…………………………」

 

カストルは黙り込んでしまう。

当然、彼女にそんな真似が出来る筈もない。

 

「……………ふん」

 

シンボリカストル。

シンボリ家で生まれ育ち、紆余曲折ありながらも今なおこの家に仕え続けている忠義者。

真面目で忠誠心の高い彼女のことだ。たとえこんな板切れ一枚といえど、我が家のものを意図的に破壊出来る筈もない。

 

そして、それは向こうにいるもう一人にも言えること。

母さんが呼んできたということは、やはりシンボリの新しい使用人なのだろう。そんな新顔が、他でもないこの私相手に強行手段なんてとれるわけがない。そもそもなんの変哲もない扉とはいえ、容易く人間が突破出来るものか。

そう理解していながら、なおも私はソイツに声をかける。

 

「……ほら、カストルが無理ならもう一人でもいいよ。話をしに来たんでしょ?扉を蹴破ってみたらどうなの?」

 

……返事はない。

当然か。このまま二人とも諦めて引き下がるのだろう。強いていうならこれが私達の顔見せだ。

彼は私がそういうウマ娘なのだと察し、そして二度と積極的に関わるまい。いつものことだ。

 

 

だが、そんな私の甘えた目論見は、いとも簡単に切り崩されることとなる。

 

 

「なら、お言葉に甘えて。危ないから下がってろ」

 

「………え?」

 

「ちょ、ちょっと……本気ですか!?」

 

「本人が良いって言ってるんだから良いでしょう!!修理費の宛名は『サンデーサイレンス様』でお願いしますよ」

 

ガキン、となにかが扉に挟まる音。ドンっと、なにかが力強く叩きつけられる。

戸惑う私の喘ぎと、必死に制止するカストルの叫び。そしてそれに言い返す、やはり聞き覚えのない男性の声。

 

それら全てを塗り潰すようにして、ベキベキベキッと破滅的な怪音を奏でながら扉が曲がっていく。

蝶番が辛うじて枠と板を繋いでいる程度にまで歪んだところで、爆撃のような破壊音とと共に扉がこちらに蹴り抜かれた。

 

「え………」

 

およそ数日ぶりに拝むホールの景色。

 

そこに立っていたのは、涙目でうろたえる青鹿毛のウマ娘と、片足を振り上げてついでにバールも振り上げたスーツ姿の男。

歳は想像していたよりも若い。やや茶色がかった黒髪に深い緑色をした瞳と、およそ常人離れした美貌。

それに道具の力を借りたとはいえ、この短時間でここまでの破壊を行える身体能力………母親がウマ娘なのだろうか。

 

「それで?言われた通り扉を開けたわけだけど………入っていいかな?」

 

コンコンと、バールの先端で石畳を叩きながら男は申し訳なさそうにそうお伺いを立ててきた。

あれだけ躊躇なく暴力を振るっておいて、ここでしおらしくなるとは一体何事なのだろう。

よく分からない奴だ。

 

「ふふっ」

 

「?」

 

……そして、それなりに面白そうな奴でもある。

 

少なくともこの部屋に籠っているだけでは会うことのない人間だ。なら、話ぐらいはしてやってもいいかもしれない。

 

元々、会いたいのならそっちから来いと挑発したのは私の方だ。

なら、こちらからの返事なんて一つしかないだろう。皇帝たるもの、自分の言葉に誠実でなくてはなるまい。

 

 

「ええ、どうぞお入り下さい。"皇帝"シンボリルドルフの玉座にようこそ」

 

 

 

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