シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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ルナちゃんのなつやすみ『1日目:昼』

 

灼熱の太陽に晒された屋敷の外は、それはもう茹で上がるような蒸し暑さだった。

暑いのではなく蒸し暑い。水分を含んだ空気がべっとりと肌にまとわりつくような不快感。同じ猛暑でも乾いていた昨日の方がまだマシだった。

 

「ほら、さっさと歩く!!やっと街に出たところでしょ?」

 

「あ、ああ………分かったから、そうはしゃがないで」

 

「あんまり遅いと置いてっちゃうから」

 

「はいはい」

 

「はいは一回!!」

 

「はい………」

 

そんな炎天下でも、僕の三歩前を進むルドルフは溢れんばかりの生気を原動力に歩道を跳ねる。

ウマ娘という生き物はヒトよりも体温が高く、寒さに強い一方で高温多湿な環境を苦手としている。故に、この天候だと本来であればあっという間にバテてしまうものなのだ。母がそうであったように。

 

しかし彼女の活気は一向に衰える気配を見せない。

警備隊長の制止も聞かず屋敷から徒歩で飛び出して三十分、その足が止まることはついぞ無かった。一週間ぶりの真夏の日光で体調を崩すのではないかと気が気でなかったが、どうやらいらぬ心配だったらしい。

 

「本当に引きこもりだったのか君?ああ、ずっと涼しい部屋にいたから逆に体力が有り余ってるのか」

 

「トレーニングの成果だと思うけど。そっちこそ、ずっと外にいた癖にバテるの早すぎでしょ。そんなに暑いのが嫌い?」

 

「好きか嫌いかと言われれば大嫌いだよ。とはいえこれでも、暑さ寒さにはかなり強い自信があったんだけど」

 

「ふぅん」

 

ルドルフは気のない返事を残してたったかと街中を進んでいく。ついてこられなければ置いていくというのは脅しでも冗談でもないのだろう。僕も必死でそれに食らいついていく。

 

ミンミンととにかく喧しいセミの鳴き声を背景に、視界の中で揺らめく蜃気楼。

竹林のごとくそびえ立つ建物へと覆い被さるように果てしない青空が広がり、肥え太った積乱雲が僕たちを天高くから見下ろしている。

道路を車が通りすぎるたび、熱風がこちらに吹き込んできて汗がにじむ。真っ白いガードレールが陽の光を反射してその存在を主張していた。

 

「暑い………」

 

もう目に入る全てが暑苦しく感じる。この世のなにもかもが僕を苛んでいるようにすら思えた。

 

いや、ルドルフだけは唯一の例外だろうか。

今の彼女はジャージから薄いワンピースへと着替えており、頭にはウマ娘用の麦わら帽子を被っている。真っ白な服から二の腕と両足を惜しげもなく晒したその姿には確かな涼しさがあった。

これで彼女の毛色が芦毛だったなら、さらに清涼感があったのだろうけど。

もっとも、視覚だけで涼がとれるならこの世に冷房など存在しない。今は切実に本物の冷風が欲しい。

 

「ほら、あそこ行くよ。この前オープンしたばっかりのやつ」

 

「ああ……ゲームセンターか」

 

そんな僕の内心を知ってか知らずか、彼女は歩道を逸れると脇にあるショッピングモールの一角を指差した。そのままこちらの手首をとり、半ば引きずるようにして店の入り口へと進んでいく。

僕としても、このうだるような熱気から逃れられるなら最早どこであろうと良かった。いかにも子供らしい施設でちょっとだけ安心はしたけれど。

 

自動ドアを潜ると、セミの鳴き声に代わって騒々しい機械音が迎え入れてくれる。

同時に全身を撫でる爽やかな風が、自然と僕の足を奥へ奥へと向かわせた。あれだけしつこく纏わりついていた汗が、一気に引いていくのを肌で感じる。

 

「随分と大きいんだな。東京に出てもこれ程の規模のものは中々ないだろう」

 

「むしろ地方だからじゃないの。東京なんて小ぢんまりした店が密集してて、全然広くなんてなさそうだし」

 

「そんなものかな」

 

「そうだよ」

 

さもわけ知り顔でルドルフは頷くが、その言い種からして彼女自身ほとんど都心に出たことはないのだろう。それでここまで言い切れてしまうのも、彼女らしいというかなんというか。

 

かくいう僕も、そこまで東京について詳しいわけではない。せいぜい繁華街を二、三度ぶらついたことがあるといった程度のものだ。

 

「それで、入ったからにはなにか目的の台があるんだろう?」

 

「普通、ゲームセンターって入ってから遊ぶ台を選ぶものじゃないの?そうやって適当に店の中を見て回るものだと思ってたけど」

 

「あー………確かに、なにも考えずに頭空っぽでとりあえず覗いてみるような場所ではあるか」

 

「そこまでは言ってないけど………あ、ほらあれやってみようよ!!クレーンゲーム」

 

またしても手首を引かれながら連れていかれたゲームセンターの最奥には、横に長いガラス張りのボックスが据え置かれていた。

横だけでなく奥行きもかなりある。それ以外はいたって普通のありふれたクレーンゲームだが、そのサイズのおかげで妙な威圧感を醸し出していた。

 

「景品は……ぬいぐるみか。それもウマ娘の」

 

「中央のウマ娘のね。ぱかプチって言うんだって。これ作ってる会社の人が前にもウチに挨拶に来てたよ」

 

「へぇ。それにしては見たことも聞いたこともないんだけど。こんなの売ってたらウチの子供達だって真っ先に飛びつく筈なのに」

 

「クレーンゲームの景品専用だからね。普通の店には出回ってないの。欲しかったら自分の力で取るしかないね」

 

ガラスの中では、およそ底が見えないほどにぎっしりとぱかプチが詰まっている。その上にもさらに数体が膝を揃えて並んでいた。

小脇に抱えられる程度のものから、ルドルフがやっと両手で抱えられるほどの大きさまで、そのサイズにもいくつかの種類があるらしい。

なるほどこれらを全て詰め込むとなれば、ここまでケースが大きくなるのも当然だろう。となると、もしかしたらこのクレーン台自体がぱかプチ専用のオーダーメイドなのかもしれない。とんでもない力の入れようだ。

 

「まぁ、どうしても欲しかったらお父さんに頼めば会社から貰ってきてくれるだろうけど。このゲーム作るのにお金出したのもお父さんだし」

 

「それじゃあつまらないだろう。こういうのはちゃんと正規のルートで取るから愛着が持てるんだ」

 

「へぇ……なら、お前がなにか取ってみせてよ。お金なら私が出すから」

 

「いいよ。このぐらい自分でも払える」

 

ルドルフを横に退けると、僕は財布から300円を取り出して硬貨口へ投入する。

とたんに軽快なメロディーが流れ出し、操作ボタンが明るく点滅した。

 

「さて、それじゃあルドルフ。なにが取りたい?」

 

「え?ルナが選んでもいいの?」

 

「いや、ここで君一人を放ってゲームに興じるわけないでしょ……」

 

ルドルフはつま先立ちでガラスの中を覗き込むと、少し首を傾けながらぱかプチ達を吟味している。

流石に過去に走ったウマ娘の全員を実装しているわけではない。強豪集いし中央においてもなお、ことさら抜きん出た優駿のみだ。セントライト、クリフジ、トサミドリ、トキノミノル、ハクチカラ、セイユウ………その中にはルドルフの縁戚である、海外遠征の開拓者スピードシンボリの姿もあった。

 

「ん。決めた!!アレが欲しい」

 

しかしそうルドルフが指差した先にあったのは、彼女ではなくまた別のウマ娘。

背中に流された長い鹿毛と、丸みを帯びた流星が特徴的だ。その顔は他のぬいぐるみと同じく満面の笑みを張りつけている。

 

「シンザンか。クラシック三冠ウマ娘にして史上唯一の五冠バ」

 

「そう!!トレセンに入ったらルナも三冠とってやるんだから。それに五冠も、さらにそれ以上だって」

 

「ふふっ……それは楽しみだね」

 

「あ、今笑ったでしょ!?なに、ルナには無理だって言いたいの?」

 

「違う。逆だよ逆……君ならきっとなれるだろうさ」

 

「とーぜん!!ルナは"皇帝"だから!!」

 

シンザンが三冠を達成してから、既に十年以上も月日が流れている。しかし、その間に三冠の栄光を掴んだウマ娘は誰一人としていなかった。

決して短くはないトレセン学園の歴史。それでも現時点における三冠ウマ娘は、セントライトとシンザンのたった二人だけ。『シンザンを越えろ』という合言葉が示すとおり、彼女と肩を並べるウマ娘は未だに現れない。

 

しかし、それでもルドルフであれば……あるいはかのウマ娘に匹敵し、超越し得るのではないかと思う。

少なくとも、それに足るだけの素質は備えているはずだ。

 

「将来、君の担当になるトレーナーはさぞ大変だろうな」

 

もっとも、素質があるとはいえそれを開花させられなければ意味はない。自身の本当の力を発揮できぬままターフを去るウマ娘など、それこそ掃いて捨てるほどいる。

 

だからこそ、これほどの金の卵は手元に置くだけで重荷になるだろう。願わくは将来、それに耐え卵を孵化させられるようなトレーナーに出会えますように。

 

「ほら、早く動かさないと時間切れになっちゃうよ」

 

「ん?ああ、本当だ……危ない危ない」

 

操作盤のモニターに映し出されたカウントダウンは、既に10を切っている。

これが0になると勝手にアームが動き出してしまう。慌てて頭の中で理想的な軌道を弾き出し、慎重にボタンを操作した。

 

シンザンの真上を若干通り過ぎたあたりで移動を停止し、そのままアームを下ろしていく。

ぱかプチの頭頂部に沈み込んだあたりで開いていたツメが絞られ、その首根っこをがっちりと掴み取った。

 

「ちゃんとネジが締まってるなこのクレーン。最近の奴はどれもこれもゆるゆるのガバガバだったけど」

 

「ぱかプチ作ってる会社の人がそういうのやめて欲しいって言ったんだって。元々クレーンでしか取れないぬいぐるみだから」

 

「へぇ……それはまた太っ腹なことだな」

 

クレーンが上へと戻っていく。

そのまま引き抜かれたぱかプチは、ゆらゆらと危なげに揺れながら受け取り口へと運ばれていった。持ち上げられた際、その両腕にも一個ずつ別のぱかプチが引っ掛かっていたが、それらは移動の振動で振り落とされてしまっている。

逆に言えば、落ちてしまっていなければそのまま一度に三つも獲得出来ていたということか。本当に気前のいいことだ。これは流行るかもしれない。

 

ごとん、と大きな音をたてて、とりあえず本命のぱかプチはしっかりと受け取り口の中に放り込まれた。メロディーが高らかにそれを祝福する。

 

「ほら、お目当てのものが取れたよ」

 

「ん………ありがと」

 

ルドルフはしゃがみこむと、邪魔な麦わら帽子を脱いで取り出し口へと体を突っ込む。

それなりに大きさがあるため、手足が引っ掛かってしまっているのだろう。少しの間ぱかプチと格闘した後、無事にそれを中から引っ張り出した。

 

「本当に、よく出来てるぬいぐるみだな。市場に乗せないのが勿体ないぐらいだ」

 

縫い合わせはかなりきめ細かく、中にも十分綿が詰まってしっかりとした作りになっている。

店頭に並べれば結構な値段をつけても売れるだろうに。先程のクレーンの話を聞く限り、端から営利を追求しているわけではないのかもしれないが。

 

「……ウチもお金は出してるけど、一番関わっているのはURAなんだって。プロモーションの一環だから、あまりお金が入らなくてもいいのかも」

 

「レース競技の振興か。そのために過去のウマ娘も極限まで利用しようとするのは相変わらずらしいというか……。使用料とかは貰えるのかね」

 

「お祖母ちゃんは結構貰ったって言ってたけど、具体的なことは教えてくれなかった。まぁ、あと5年もすれば分かるよ」

 

「君にも使用料が入るようになるというわけか」

 

「そういうこと」

 

自信満々に胸を張るルドルフは、自らもまた優駿の一人としてこのケースに並べられる日が来ることを欠片も疑っていないようだった。

そのまま麦わら帽子を被り、てっぺんに開いた穴から両耳を外に出す。

 

 

 

「あっ……飾りが」

 

 

……その瞬間、彼女の右耳にある緑のイヤーアクセサリーが根元で千切れ、床に落ちてしまった。

経年劣化が進んでいたところに、たまたま帽子の鍔が当たったことでついに限界が来たのだろう。

 

ルドルフはそれを拾い上げると、俯いたまま手の平の上で転がす。

帽子のせいでその表情はこちらからは見えない。両腕に抱かれたシンザンのぱかプチだけが、貼り付けた笑みを僕へと投げかけている。

 

「根っこの方が傷んでいたんだな。そんなに長く使っていたのか?」

 

「………うん。ずっと前に、お母さんが作ってくれたの。初めてレース大会で優勝したお祝いにって」

 

「折角だから、他のお店も見ていこうか。これだけのショッピングモールなら、イヤーアクセサリーを扱ってる所もあるはずだ」

 

「…………うん」

 

脱落した部品の繋ぎ目は尖っていて危険だ。

ルドルフから一体それを取り上げると、プレートから宝石だけを取り出して彼女に返す。壊れた金属部分は僕のポケットの中にしまっておく。

ルドルフはなにも言わずに宝石を受け取ると、ぎゅうっと大事そうにそれを握りしめた。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

「あ……ちょっと、待って」

 

「?」

 

反対側にあるエレベーターへと体を向けると、ルドルフにシャツの裾を引っ張られて引き留められる。

 

「どうした?まだ他にとって欲しいものでもあるのか?」

 

「ううん、ルナはもういいんだけど……お前もぱかプチとってよ。二人で来たのに、これじゃただの側仕えみたいだよ」

 

「みたいって…………」

 

……元々僕としてはそのつもりだったのだが。

 

まさかデートというわけにはいくまい。まだ幼いルドルフに付き添って、さながら保護者のつもりでいたのだが、しかしそこは令嬢である彼女のことだ。やはり側仕えと表現した方がしっくりくる。

こんなこと聞かれたら、あの警備隊長にひっぱたかれるかもしれないけれど。

 

「まぁ………うん。分かったよ」

 

とはいえ、このまま帰ってしまうのも確かに勿体ないかもしれない。

僕とてゲームセンターに立ち寄る機会もそうそうないのだから、一度ぐらいは自分本位に遊んでおくのもいいだろう。

 

「お前はなにが欲しいの?」

 

「迷うね。僕は別に……特別推してるウマ娘もいないからな」

 

正直どれでもいい。これだけ出来の良いぬいぐるみなら、なにを貰ってもそれなりに満足出来そうだ。

……どうせだから、先程見かけたあのウマ娘にしよう。毛色や瞳の色が僕と同じで、不思議と親近感を抱いていたところだった。

 

ケースから一歩身を引き、全体を俯瞰しながら彼女を探す。

 

「……………あっ」

 

……その最中、あまりにもよく見慣れた、長い青鹿毛に点々と流星の浮かんだウマ娘の姿に目を奪われた。

 

 

もっとも、その満面の笑顔については……僕は全く見覚えがなかったけれども。

 

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