シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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ルドルフがトレーナー君を補食する話

「大輪の花が薄曇りの京都レース場に大きく咲いた!我が国のウマ娘史に名を刻むクラシック三冠が達成されました!」

 

興奮に駆られた実況の叫び。それすら塗り潰さんとするかのような、万雷の歓声が京都レース場に響き渡った。

それを一身に受けながら、こちらに向かって腕を掲げる私の愛バ。その先には三本の指が立てられている。

あまりにも多くの観客が詰め寄せたこの菊花賞。これまでにない程の人の数と、そこから向けられる膨大な熱狂を前にしてなお涼やかにほほえむその冷静さと胆力は流石といったところだろうか。

 

共に観戦していたウマ娘や同僚、さらには見知らぬ観客までもが興奮冷めやらぬ様子で私の背中を次々に叩く。なにしろ二年続けて排出された三冠バ、それも史上初の無敗での三冠ともなれば感動もひとしおだろう。だからといってそれを私にぶつけないで欲しいが。目の前の、かの皇帝の奮戦にこそ捧げられて欲しいものだ。

 

クラシック三冠最終戦、菊花賞。

皐月賞、ダービーに続いてこれを制したウマ娘は三冠バの称号を与えられる。

 

ふぅ、とため息を溢しつつ私は空を仰ぐ。

正直なところ、感動よりも安心したという気持ちの方が強い。彼女の歩む覇道において、この三冠というのは大前提に位置するものであり、絶対に落としてはならない記録だった。

決して口に出すことはしないが、ルドルフの実力を鑑みれば勝てて当然のレースだったようにも思う。基礎的な身体能力から動体視力、反射神経、頭脳、判断能力、精神力……競争バに求められるおよそ全ての能力において、彼女は同世代の誰よりも抜きん出ていた。レースに絶対はないが、彼女には絶対がある。私はルドルフなら、菊花賞も絶対に獲れると信じて疑っていなかった。

だからこそ、私達にとって目指す場所はまだまだ先であり、この勝利はあくまで通過点なのだ。なんと傲慢なと思われるかもしれないが、いやしくも皇帝を名乗るウマ娘であるならそれも当然だろう。

 

視線をターフに戻す。

その瞬間、三本指を掲げるルドルフと目があった。いや、もしかしたらさっきからずっと、彼女は私の方を見ていたのかもしれない。私と視線がぶつかったのを認識した瞬間、ルドルフはゆっくりとその笑みを深める。その瞳の奥で煮えたぎる、まるで獣の牙のように獰猛な熱。

………ああ、私は勘違いしていたらしい。地鳴りのごとき熱狂が渦巻くこの京都レース場において、誰よりも狂っていたのは彼女だったのだ。ああ、これはまた面倒なことになるかな。

 

ルドルフから視線を切り、私は一足先に控え室へと向かう。今頃記者団が大急ぎで会見の準備を進めている筈だ。会場の設営が終われば、私もルドルフもそこへ引き摺り出されることになる。ウイニングライブを控えているルドルフはともかく、トレーナーである私はまず解放されることはないだろう。

 

鳴り止まない歓声に背を向けて、私は一人観客席を後にする。背後から突き刺さる視線については、今は気付かないふりをしておいた。

 

 

 

 

 

 

控え室に戻り、とりあえずこの後のスケジュールを確認する。ついでに昨晩のうちにまとめておいた、この後の会見に出席する記者の名前と所属の一覧、そこから予想される質問についても再度目を通しておく。それから夜に行われるライブの歌詞と振り付け、ステージと観客席の配置についてももう一度見直しておいた。後でルドルフとも共有しておこう。

本日の主役は皇帝シンボリルドルフだ。日本全国……いや、世界のレース関係者が彼女に注目することになる。ここで不手際を晒すわけにはいかない。勝った後だからこそ、さらに気を引き締めていかなければならない。

 

 

コンコン、と控え室の扉が丁寧に……しかしかなり大き目の音で叩かれる。

 

「私だ。開けろ」

 

ぶっきらぼうなルドルフの声。

ともすれば唸り声にも聞こえるようなそれは、まさしく今の彼女の荒れた内心を示している。苛ついた扉のノックに簡素な命令。紛れもなく余裕を失っている者のそれであり……要するに、ルドルフは大層不機嫌だということ。

 

「分かった。今開けるよ」

 

「……さっさとしろ」

 

ドン、と一際大きく叩きつけられる拳。これでも極限まで自制している方なのだろう。もし彼女がその気になれば、こんな鉄の板一枚なんてひとたまりもない。

こんな状態のウマ娘を、自ら部屋の中に招き入れるなんて愚の骨頂だ。そんなことぐらい、いくら私とはいえ理解している。

それでも、拒絶するなんて選択肢はある筈もなかった。

 

ガチャリの鍵を開ける。

ノブを引いた瞬間、物凄い力でドアが内向きに開かれた。

 

「ッ!!」

 

「おい、逃げるな」

 

その勢いに気圧されてたたらを踏んだ瞬間、ぬっと前から伸びてきた腕が私の襟元を掴み上げる。ほんの数歩分、私達の間に生まれていた距離は一瞬にして詰められていた。そのまま、凄まじい膂力で前へと引っ張りこまれた。

反射的に目を閉じる。それと同時に、唇に接触する柔らかい感触。

 

「む………ぐ、うん……んっ」

 

「ん………ちゅ……ふっ、う……」

 

襟元を掴み上げる腕とは反対側の腕で、彼女は私の後頭部をがっしりと掴み上げる。まるで、拒絶しようものならこのまま潰してやるといわんばかりに。明らかにただの脅しではないそれに、最初の頃こそ怯えていたものだったが……今はもう慣れてしまっていた。

私の視界には、血走ったルドルフの双眸が揺らいでいる。水晶のように透けた紫色を湛えている彼女の瞳孔も、今や完全に収縮してしまっていた。その恐ろしさに、本能的に目を瞑ってしまう。

それに気付いた瞬間、私の襟を離してそのまま背中ごと腰を抱き寄せるルドルフ。慌てて目を開けるが、既に手遅れだった。

 

「ぐぅっ……!!」

 

ぎゅうっと、物凄い力で抱き締められる。うっかり千切ってしまわないよう、慎重に力をコントロールしているのだろうが……それでも骨が軋み、内臓が圧迫される。思わず飛び出てしまった悲鳴を聞いて、彼女の瞳が愉しげに揺れた。

後頭部を掴む力がますます強くなる。普通、こういった時には相手の髪を撫でてやったりするものなのだろうが、ルドルフはそういったことはしない。愛撫のためでも、感触を楽しむためですらなく……ただ、獲物を逃がさないために拘束することだけを目的とした行為。愛情を交わすわけでもなく、ただ一方的に衝動を押し付けるだけの彼女の口づけ……それは、まさしく補食だった。

 

「ふ、むぅ………ッ」

 

声を漏らし、私の口が一際開かれた隙を突いて、ルドルフが舌を捩じ込んできた。そのまま舌を絡め、歯茎の裏をなぞり、唾液を送り込んでくる。

不味い、意識が薄れてきた。抱き締められたことで肺から空気が抜けた上に、これでは新しく酸素を取り込むことも出来ない。いや……仮に取り込めたところで、内腑を圧迫されたこの状況では肺を膨らますことすら叶わないだろう。……そんな私の姿を見て、それなりに気が晴れたのだろうか。ルドルフが口づけを切り上げて、ゆっくりと顔を離していく。

 

「どうした、トレーナー君。もう限界かな?」

 

「………はぁ、っ……はあぁ……」

 

ただし、胴を締め上げる力は据え置きのまま。なのでいくら必死に喘いだところで、ほんの僅かにしか呼吸が続かないでいる。

息苦しさに恥も外聞も捨てて、涎を溢してみっともなく喘ぐ私を眺めながら、ルドルフは後頭部に添えられていた手を私の額に置いた。おもむろに前髪をかきあげくる。そうしてさらけ出された私の瞳に、涙が浮かんでいることを確認した所で……ようやく彼女は私を解放してくれた。

とうに力の抜けていた私は、支えを失ったことで耐えきれず踞ってしまう。

 

「ははっ。みっともない顔じゃないか、トレーナー君。君を慕っている子達が見たらどう思うだろうね」

 

口元を勝負服の袖で拭い、整った顔にありありと嗜虐心を湛えながら、その場で丸まった私を見下ろしてくるルドルフ。

彼女の言うとおり、今の私はさぞ酷い有り様だろう。瞳には涙を浮かべ、鼻水と唾液で顔を汚し、大口を開けてぜぇぜぇと意地汚く酸素を取り込んでいる。それでも、こうして惨めな姿を見せなければ、彼女は口づけから解放してはくれないのだ。

 

「満足、した……かな?ルドルフ……?」

 

「まだまだ。道程の中程とはいえ、ようやくクラシック三冠の栄光をこの手に掴んだ……私の衝動はこんなものでは治まらない。それとトレーナー君、二人きりの時はなんと呼ぶのだったかな?」

 

「ルナ……」

 

「ふふっ。そう、よく出来ました!!」

 

まるで幼子をあやすかのように、ルドルフは先程とはうって変わって笑顔で私の頭を撫でてくる。

この状況を仕切り直そうと、彼女の背後にある開けっ放しの扉を指差した。今はまだ廊下に誰もいないが、そのうちレースの関係者とか、先走った報道陣とか、あるいは暴走したファンなんかが押し掛けてくるかもしれない。こんな場面を見られるわけにはいかなかった。

 

「ルナ、悪いけど、その……扉を閉めてくれないかな?」

 

「いいじゃないか、誰もいないだろう?……分かったよ、仕方ない」

 

水を差されたと思ったのだろう。ルドルフはまた不機嫌そうに耳を寝かすと、バタンと足で乱暴にドアを蹴り戻す。私から視線を切らないまま、手探りで扉の鍵をかけた。

 

「さぁ、トレーナー君。続きをしようか」

 

「…………あぁ」

 

ルドルフと、こういう事をするようになったのは……確か、皐月賞を勝ったあたりのことだったか。

レースで勝てるウマ娘というのは、総じて闘争心が強い。普段は穏やかなウマ娘であっても、いざゲートを出ると人が変わったらように豹変するものだ。特に、G1戦線で活躍するようなウマ娘であれば尚更。

勝負の世界というのは残酷だ。全員がどれだけ実力があったところで、勝者となれるのはただの一人だけ。その栄光を掴むためには、否が応でも他者を蹴落とさなければならない。

加えてレースは、勝負内容それ自体に危険が伴う競技でもある。熾烈なポジション争いや追い抜きをかける場面において、他のウマ娘と接触が起きる可能性を常に孕んでいる。ただでさえ凄まじい速度で走るウマ娘のこと。ぶつかったり、その結果転倒したり、ましてや後続に踏みつけられでもしたら……大怪我は避けられない。最悪致命傷に至るリスクもあろう。だからこそウマ娘達は、そういった不安や恐怖に闘争心で蓋をしなくてはならないのだ。そうして初めて自らの全力を出すことが出来るわけだから、競争バには必須の素養でもある。

 

そして、かの皇帝シンボリルドルフは……その素養においてもまた、当たり前のように他のウマ娘を遥かに凌駕していた。

ルドルフの戦法の一つとして、競合するウマ娘の能力を著しく下げるというものがある。元々差しを得意とする彼女。中団やや後方に位置づけるわけだが、その結果として最終コーナーに入る時点で前方のバ群は高い確率で崩壊する。背後からルドルフの闘争心、プレッシャーに晒される続けることで、ペースを崩してしまうらしい。

真偽の程は不明だが、恐らくルドルフ自身も無意識にやっているのだろう。彼女からしてみれば、相手の方から勝手に失速していくようなものなのかもしれない。なんにしても、自分の走りを見失ったウマ娘がルドルフの天凛の末脚に対抗できる筈もなく……かくして、彼女は最強となった。

 

 

そこで終われば、あるいはトレーナーである私にとっては喜ばしいだけの話だったのかもしれない。

 

 

 

「さ、トレーナー君。今度は君が私をぎゅっと抱き締めてくれ。力一杯にね」

 

「こうかい?」

 

「そう……いや、もっとだ。もっと。大丈夫、人間の力で精一杯抱き締められたところで、私は苦しくないから。さっき、私がやったのと同じことを君もしてくれ」

 

「分かった」

 

言われた通り、全身の力を振り絞って彼女を抱擁する。必然的に密着するお互いの身体。露出の少ないルドルフの勝負服であるが、それでも女性特有の柔らかさは十分に伝わってくる。そして、その脂肪の下にある極限まで鍛え抜かれた筋肉の硬さもまた。

 

「どうだろう、トレーナー君……感想は」

 

 

「ああ…………熱いな」

 

「ふふ。そうだろう」

 

ウマ娘というのは、元々人間より体温が高い。雨の日のレースなんかは、その周りに蒸発した水分で靄が生じるほど。

ましてやレースの後……それも3000という長距離を走り終えた直後のルドルフの体温は、まるで熱した鉄のような熱さだった。うなじや首もとの隙間から、むせる程濃い匂いが立ち上がってくる。汗と彼女本来の香りの混ざったそれが鼻腔を突き刺し、否が応にも男としての本能を煽られる。

密着した服越しに伝わってくる、破裂せんばかりの心臓の鼓動。その体温と合間って、ルドルフの桁外れの生命力が垣間見える。

 

「トレーナー君?私がやったのと同じことって言った筈だ……まだ全然、足りていないぞ」

 

皆まで言わせるな、とばかりにこちらを睨み上げるルドルフ。そのミミは変わらず後ろに寝かされ、足はざりざりと床を前掻きしている。バサリと尻尾が大きく揺れて、彼女の体臭をこちらまで送ってきた。

それに促されるように、私は空いたもう片方の手でルドルフの後頭部を押さえつけ、口づけし舌を入れてやる。不機嫌そのものだったルドルフの表情は、またしても一転して今度は恍惚としたものになった。

一見すれば、私がルドルフを拘束して手籠めにしている光景。しかしその実、これもまた彼女による補食の一環である。結局のところ、全ては彼女自身の欲求を充足させるために過ぎないのだから。

 

 

ルドルフは闘争心が強い。否、強すぎた。

 

そのあり余る狂暴性は、ルドルフを勝利へと導くものであるが……同時に彼女自身の理性をも侵食する諸刃の剣であった。

ひとたびその闘争心を解放すれば、ルドルフ本人ですらそれを抑え込むことが出来ないほどに。並外れた精神力を以てしてもコントロールすることの出来ない衝動。誰かにぶつけて発散させる他ない。

それでもメイクデビューからしばらくはどうにかなっていた。聞くところによると、そもそも闘争心を解放するまでもなく勝利出来ていたからだそうだ。だがそれも精々G3までの話。皐月賞を迎えてからはそうもいかなくなった。

彼女のトレーナーとして、皇帝の杖として……ルドルフは私にこの体を差し出すことを要求し、そして私はそれを受け入れた。彼女の底無しの闘争心を解消するには、誰かがババを引かなければならない。

 

「ふぅ……ありがとう、トレーナー君」

 

「そうか。もう大丈夫なのか」

 

「うん。まだ少し体は火照っているが、問題はないだろう」

 

チュッと、リップ音を立てて私とルドルフの唇が離れる。見れば、彼女の頬の紅潮が心なしか引いている。今回の高揚は治まったらしい。

最後にルドルフはおもむろに私のシャツをはだけると、その剥き出しなった首筋に吸い付いてきた。チクリと歯が立てられ、温かい液体が一筋伝っていくのを感じる。それをしばらく舐めとった後、彼女はようやく顔を上げた。

 

「ごちそうさま」

 

さっと私から離れて、汗で濡れた服を一枚一枚脱いでいく。ルドルフに密着していた私もまたシャツに汗が染み込んでしまっていたので、彼女に倣ってボタンを外していった。

 

「どうかしたのかな、トレーナー君。そんなに私の方を見つめて。……私の裸なんて、見ていてそれほど楽しいものでもないだろうに」

 

「そんな事ないけど……いや、ただその体の傷がね。懐かしいと思っただけだよ」

 

「……ああ、これか。まぁ滅多に見せるものでもないからな」

 

言いながら、その場でくるりと一回転して見せるルドルフ。露になった上半身の、主に首もとと脇腹、背中のあたりに目に見える傷痕が所々残っている。さらに近づいて観察すれば、細かい傷も多数見つかるだろう。

これらは、彼女が幼い頃に作った傷の名残。曰く、昔のルドルフは今とは似ても似つかない程気性が激しく、流血沙汰など日常茶飯事だったという。トレセン学園に入学し、本格的にレースに挑むようになってからは落ち着いたと聞くが……思うに、もて余した闘争心の解消手段がレースに移り変わっただけなのだろう。ルドルフの勝負服が他のウマ娘と比べて露出が少ないのも、こういった傷を隠すためなのだろう。

 

「それに、トレーナー君だって私とそっくりに見えるよ」

 

「そうだね……もっとも、これはルナにつけられたものだけど」

 

「そうだったね。しかし、自分のものに印をつけておくのは当然だろう?手放す気のない大事な杖には、しっかりと名前を書いておかなければ」

 

私の胸元や脇腹にも大小細かな傷痕が残っている。たぶん、首筋なんかはもっと凄いことになっているだろう。全て、ルドルフにこの身を捧げた時につけられたものだ。もっとも私の場合は彼女と違って目立つものでもないし、いくらでも誤魔化せる範疇ではあるのだけれども。

 

つうっと、首筋から液体の伝う感触。ああ、そういえばこれもどうにかしなければならなかったな。シャツを脱いでいたことで、汚れずに済んだのは幸いだった。

 

「おや、最後まで食べ尽くしたつもりだったのだが。……まだお残しがあったとはね」

 

それを見咎めたルドルフが、ゆったりとした足取りでこちら私の胸に顔を埋めてくる。衣服を介さず、直に触れ合う私たちの素肌。

 

 

 

「いただきます」

 

 

 

外界の興奮から隔絶され、静まり返った控え室。その中で、ルドルフの舌がゆっくりと私の肌をなぞる音だけが響いていた。

 

 

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