シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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よちよち歩きの二人

4月1日。

 

学園が新たな年度に切り替わる大事な節目である。

さらに今年は私にとってトレーナー人生の始まりでもあり、きっと人生において特別な日となることだろう。

 

カーテンを開放すると、心地よい日光が朝のリビングを照らしてくれる。

そのまま窓を開ければ、少し冷たい春の風がそよそよと部屋の中に吹き込んできた。

この頃少し崩れがちな天候だったので少し心配していたが、理想と言ってもいいぐらいの春うららだ。新入生にとってはこれ以上ない学園生活における第一歩となることだろう。

 

まだ時間としてはかなり余裕があるのだが、とはいえ二度寝など到底出来そうにもない。

まかり間違っても新任式に遅刻など許されない。なにせ一年にわたるサブトレーナー時代の締め括りと、これから始まるトレーナーとしてのキャリアの第一歩を兼ねる大事な儀式なのだから。

本校舎のカフェテリアも開いてる頃合いだろうし、少し早めの朝食としよう。

 

身仕度もそこそこに、玄関を出てエレベーターで一階まで降りる。

ホールに出ると、この一週間寮の警備を担っていた騎動隊のウマ娘たちが、どこかほっとしたというかやり遂げたような表情でたむろしている。見たところかなり人数が少ないが、恐らく敷地内の警らにでもあたっているのだろう。

制服の上にチョッキとプロテクターを着込んで全身を固く守り、腰に特殊警棒とフラッシュバンを下げ盾を携えた姿はやはり物々しい。が、これまで深々と下ろしていたバイザーを上げて談笑に興じている姿を見ると、やはり警戒は解けているらしい。

そっと周囲を見回してみるも、玄関の強化ガラスに罅が走ってるわけでもなければ、カウンターが粉々になっているわけでもなく、通路の照明や植え込みにも破損の類いは見当たらない。とりあえず今年こそは、学園に愛憎渦巻く三月末という修羅場を無事に乗り越えられたらしい。

 

これもひとえに学園首脳部と生徒会に警備部門、そして彼女ら警視庁の尽力の賜物だろう。去年一昨年の惨状を鑑みるに、これで今年も病院と矯正所送りが複数出るような事態になれば、年々対策を強化してきた彼女たちが来年こそライフルで武装することになっていただろうから、紙一重でトレセンの体面が守られたということになる。

首相官邸や原発以上に重装備で警備されている学園なんてまさしく前代未聞だろう。私もそんなおっかない場所に住みたくない。

 

「お疲れ様です」

 

そっと頭を下げて近づくと、遠巻きに眺めていた警官達が一斉にわらわらと近付いてきた。

特に急いでいるわけでもないので、しばしの間お互い言葉を交わす。

昨晩までは黒く着色されたバイザーのお陰で分からなかったが、こうして素顔を露にされると彼女たちもまた可憐なウマ娘であることがはっきりする。

心なしかはしゃいでいるようにも見えるが、曰く初めてトレセン学園の奥深くまで足を踏み入れることが出来て興奮しているらしい。

その所属からして、そもそも学園の元生徒でもないだろうからむべなるかなと言ったところか。聖蹄祭やオープンキャンパスのような外部参加型のイベントもあるにはあるが、流石に敷地の全てを開放しているわけではないのだし。

聞くところによれば、地方中央から多くのトレセン学園OGが集う騎バ隊の方々は、今年は声がかからなくて大変悔しがっているそうな。単純に予想される事態への対応力の差というか、使い分けの結果だろうが……去年まで散々身を呈して助けてもらった当事者としては心が痛む。

 

それにしても中々に人懐っこいというか、話好きなウマ娘たちだな。

彼女らはその職務上、公私問わず関わり合いになる人物はウマ娘が大半を占めているため、こうした繋がりに飢えているという話をかつて同じ警察官だったウマ娘の知り合いから聞いたことがある。

とりわけ、ウマ娘と縁の深いトレーナーという人種については心惹かれる部分があるらしい。たまに護身術の教導で学園まで来てくれるのも、専らトレーナーを漁るのが真意だとかなんとか。

そんな彼女らによりにもよってトレーナー寮を守らせるのは大丈夫なのかと思わなくもないが、結果として何事もなく終わらせたのだから杞憂なのだろう。

とはいえ、あまり関わり過ぎるのもやはり良くないので、話もそこそこにその場を立ち去ることにする。一山越えたと言えども彼女らはまだ職務中だし、この後も入学式の警備という大仕事が残っているのだからあまり邪魔するべきではない。

 

そそくさと玄関から外に出る。

エントランスのポストを改めると、そこにはこの前シービーに持っていかれたトレーナーバッジ。

昨日、私が寮に戻ったのを見計らって投函したのか。

 

傷一つないそれをジャケットの襟につけながら、春の陽気を堪能しながら真っ直ぐ本校舎へと足を動かす。

途中、そこかしこから生徒たちの掛け声が聞こえてきた。いくつかの集団が、こちらに会釈しながら駆け足で横を抜けていく。まだ春休みの最中だというのに、随分と気合いが入っているものだ。

まさに心機一転といった所だろう。学園が上がれば挑戦出来るレースもまた変わる。一年で最大の節目と言っても過言ではないこの日は、同時に各々が自らを見つめ直す時でもあるのだ。

そうだな、未来に胸を膨らませるのも悪くないが、折角だからこれまでの総括でもしてみようか。未だ若輩に過ぎないこの身ではあるが、それでも省みるべきモノは山のようにあるのだから――――

 

 

 

 

「――――という具合で、ここまでが私の今朝の出来事ですよ。満足いただけましたか?桐生院さん」

 

「なるほど!!それで朝早くから一人、ここで考え込んでおられたのですね。流石です!!」

 

「どうも。一人というのは余計ですけどね」

 

朝の六時前に叩き起こすのもどうかと思うからあえて誘わなかっただけだ。私とて一緒に食事をとる程度の友人ぐらいはいる。

 

まぁ、一人でもそもそとカスクートを啄んでいたのは事実であるが。

ここ本校舎一階のカフェテリアは営業時間こそあるものの、それも仕込みや洗浄のためであってスタッフ自体は24時間体制となっている。そのおかげか、街中のカフェやファミレスよりもずっと早い時刻にシャッターが上がるのが魅力だった。

とはいえ、それは朝練で日が昇る前から体力を消費するウマ娘のための特別措置に他ならない。実際、今このテラスにいる殆どが生徒であり、彼女らから探るように飛んでくる視線が少しだけ痛かった。

 

もっとも、このカフェテリア自体はトレーナーも生徒と代わらず利用出来るものではあるのだが。福利厚生の一環か、職員割引が適用されるのも嬉しい。

とはいえ、いたたまれない気分になることに変わりはなく、さっさと席を外そうと黙々と食べ進めていた私の真ん前に嬉々としてトレイを置いたのが彼女である。

 

桐生院葵。

何人もの中央トレーナーを排出してきた名門中の名門"桐生院"家の子女であり、彼女もまた将来を期待される新人トレーナーである。

今期デビューのトレーナーにおいては私たち二人が同い年かつ最年少だし、修習生時代からの付き合いでもあるので親しくはあるが、中々どうして距離が近い。

 

「そういう貴女こそ、こんな朝っぱらからどうしてここにおられるので?流石に教官もまだ起きている頃合いではないでしょうに」

 

彼女の指導にあたっているのは、同じく桐生院所縁のベテラントレーナーである。

家名に相応しい能力人柄共に優れた名トレーナーであるが、それ故に学園の要職を複数担わされる大変な苦労人でもあり、日々積もり積もった疲労を栄養ドリンク剤で誤魔化している程。

寄る年波で朝起きるのが辛くなってきたともぼやいていたから、朝のトレーニングも休みのこの日はまだ夢の中だろう。

 

「担当ウマ娘をしっかり見つけられるか不安でして。なので同期の方と情報を交換したり、アドバイスを頂けたらな、と」

 

「それ、絶対私以外の前で言ったら駄目ですからね。嫌味だと思われますから」

 

「……そうでしょうか?」

 

「そうですとも」

 

なんなら喧嘩を売っていると受け取られても仕方がない。

君は自分が首席であるという自覚をもう少し強く持った方がいいと思う。

 

彼女こそが今期デビューにおける筆頭、私の代における修習をトップの成績で卒業した俊才である。

ハンデのある実技を筆記の成績で介護しようだなんて、そんな私の甘い考えを両方とも超高得点でぶん殴ったのが桐生院だった。

座学の成績は桐生院における英才教育の賜物だとしても、そのヒト娘として異次元の身体能力は未だに謎のままだ。ウマ娘に課すトレーニングはまず自分で試してみるなどと、そんな事を平気で言ってのける恐ろしい人間である。

 

コーヒーを片手にニコニコと笑う桐生院。

そのジャケットの襟には、一週間前支給されたばかりである新品のトレーナーバッジ。

裏には"01"の末尾が刻まれているであろうそれは、まさしく新品同然だった。

そっと、私は自分の襟にあるそれの存在を確かめる。やはり、シービーに感謝しなければならない。

 

「……まぁ、私達の場合だと師弟間での推薦移籍も期待できないでしょうからね。桐生院さんも、たぶん同じような状況なのでしょう?」

 

推薦移籍。

この学園が設置している、師弟間における独自の制度。

対象はサブトレーナーとして経験を積み、指導教官たるチーフトレーナーから卒業認定を得て、いよいよトレーナーとして独立するまさにこの時期。

それまで所属してきたチームから一人だけ、ウマ娘を移籍して貰える制度のこと。

 

これが目的としているのは、専ら新人トレーナーのバックアップである。

通常、デビューしたばかりで実績も経験も乏しい新人と契約したがるウマ娘はほぼいない。

知識こそ詰め込んだといえど、それだけで勝てるほどレースの世界は甘くないし、そもそもそれは中央トレーナーとしての前提である。育成を繰り返すトレーナーとは異なり、ウマ娘にとってレースへの挑戦は一生に一度である以上、少しでも結果を残せる期待値の高いベテランをパートナーとしたがるのは当然の話だ。

 

実際は、いつまでも担当がつかずデビュー出来ないウマ娘が追い詰められた結果、逆スカウトを繰り返すのもよくある話なのだが。

しかしそうして手を組むのも、言い方は悪いが「売れ残り」のウマ娘である。素質のあるウマ娘は実力のあるベテランを選ぶし、ベテランもまたそういったウマ娘を担当したがるのだから。

トレーナーという職業は基本給こそ高いが、得られる収入は不安定の極みだ。それこそ担当がG1でも獲ればインセンティブで莫大な金が入るが、結果が残せなければそれも無い。おまけに経歴にケチがつくたび、次に有望株をスカウト出来る期待も下がっていく。トレーナーとて生活がかかっている以上、ベテランが「勝てる」新人を担当したがるのも仕方のない話だろう。

要するに、需要と供給がそこで閉じているのだ。優先的に相手を選べるベテランと有力ウマ娘がくっつくことで、残されるのは新人と余り者のウマ娘たち。

 

するとどうなるか。

ベテランが順調に功績を積んでいく一方、新人はいつまでも燻ったまま。それも年を重ねる度にその差は開き続け、後進が育たないのである。

人気こそあれど、厳選に厳選を重ねる選抜試験の結果、この学園のトレーナーは常に人手不足だ。そうでなくとも構造上、生徒より圧倒的にトレーナーの方が少ないのだから、こんな負のスパイラルに突入してしまえば衰退は免れない。

 

その対策として考案されたのがこの推薦移籍だった。

チーフトレーナーからウマ娘を譲り受けることができる。すなわち新人は最初の一回だけは、必ず実力と面識のあるウマ娘を担当することが出来る。

トレーナーというのはとにかく実践ありきの仕事だ。その第一歩としてこれ以上ないサポートと言えるだろう。

 

当然、そのための条件もあるのだが。

 

「はい。私達のチームには、ちょうど新人の子しかいないもので。それに、先生も『これは桐生院のトレーナーとして真に認められるための試練だ』と」

 

「流石というか、厳しいですね。四つのうち半分も駄目になるとは」

 

「まぁ、仕方ないです。そもそも推奨制度ですから」

 

要件は四つ。

移籍されるウマ娘が一定以上の成績を残していること、当該ウマ娘とチーフトレーナー両者の同意があること、新人の能力に不足がないこと、その他移籍にあたって懸念となる事情がないこと。

 

この推薦移籍、学園において珍しく「トレーナーの育成」を主眼に据えた制度である。露悪的な言い方をするなら、ウマ娘を新人育成のための教材にするということになる。

故に、移籍される側に求められる条件は厳しい。前提として一定の素質が学園側に認められることが不可欠だし、仮に能力があってもチーフトレーナーや移籍対象のウマ娘との関係が悪ければ破談となる。サブトレーナー時代というのは、移籍されるウマ娘との相性をはかる期間でもあるからだ。

根本的にチーフトレーナーと移籍対象のウマ娘にメリットのない制度なので、イニシアチブを彼らが握るのも当然だろう。

桐生院の言うとおりあくまで推奨制度。言うならば師から弟子への餞なのだから、別に身一つで放り出した所でそれもまた方針の一つである。

 

「と、言うわけで貴方にもお話を伺いたいと思ったのですけれど。どうでしょう、そちらは推薦の目処でもありますか?」

 

「流石に厳しいんじゃないでしょうか。結局は先生次第ですけど、あのチーム自体まだ結成直後ですからね」

 

自身の能力、素質については恐らく不足はない。これまでの査定では全て最高評価がついているし、理事長直々にお墨付きも頂いている。

関係性についても、少なくとも私から見れば良好そのもの。チームのウマ娘たちからも好かれている自信はあるし、先生は相変わらずポーカーフェイスで内心が読めないが、その性格からして気に食わなければなにかしら態度に出す筈だ。

 

ネックとなるのは、チームそのものの総戦力だろう。

黄金世代と呼ばれた先輩たちの世代においてもなお、さらにトップを行く先生は既にチームの設立を認められ、新人の指導までも許されていた。

実力で言えば不足はないのだが、いかんせん設立初年度なのでどうしても力不足は否めない。

エースのシービーは除外するとして、候補となり得る実力のあるメンバーもいるにはいるが、それを手放すことで生まれる空白は無視できないだろう。

もっとも、今さらその程度で彼女の評価が覆ることもないが。とはいえ、積極的に応じるようなものでもない。なんたって推奨制度なのだから。

 

最後の一口を飲み込むと、コーヒーで口に残ったソースを洗い流す。

包み紙をくしゃくしゃに丸めてトレイにのっけると、桐生院もまたトレイにカップと小皿を戻し始めた。彼女も私と同様、ここに長居するつもりはないらしい。

 

「ここでなにを言ってても仕方ありません。今日の昼には新任式もありますし、そこでの発表を待ちましょう。駄目なら、その後の入学式で新入生の観察でもしましょうか」

 

「あれ、ご存知ありませんでしたか?今年から新任式と入学式、同時にやることになっていますよ。なんでも警察の方の負担削減のために、新任式の時間を前倒すと……ああ、これはまだ未発表でしたね」

 

ご存知ありませんでした。

 

じゃあなにか、私がやろうとした小細工は本当に無意味だったということか。いくらなんでも、入学式で見たばかりの新人トレーナーの顔を忘れる新入生などいまい。

シービーがやたら断定口調だったのも、これを知ってのことだったのか。生徒会長なら確かに式の変更も把握していただろうが。

 

脳内を駆け巡る記憶にしばし呆けていると、先に椅子を立っていた桐生院がふと人差し指を寄せてくる。

私の口元をそっと拭うと、赤く塗れたそれを目の前に見せつけてきた。

 

「ほら、ケチャップついてましたよ!!ここのカスクートはボリュームたっぷりですからね。気をつけませんと!!」

 

彼女はそれをぺろりと舐めとると、呆気にとられたままの私を残して出口へ行ってしまった。

その背中はいかにも堂々としていて、これもシービーが言っていたことなのだろうか。

まさか駆け引きのつもりか、それとも箱入り娘というのは得てしてああいうものなのか。生憎私はそういった人種と関わったことがないので見当もつかない。

 

ざわざわと、にわかに周囲もざわめきたってきた。

朝練に区切りをつけた生徒が、続々と腹ごなしに来たのだろう。混雑を嫌がり時間帯をずらす一部を除けば、これからが来客のボリュームゾーンだ。

食べ終えた後も長居していると迷惑になると、私もトレイを持って席を立ち上がりかけた瞬間。ブルブルと内ポケットのスマホが震動する。

 

開いてみると、メッセージアプリに着信が一つ。

祝いと激励が端的な言葉でまとめられている。それに付け加えて画像が一枚。

トレーナーバッジの裏側の写真。

そこに刻まれた数列は何十年も昔の年次を体現しており、その末尾は当然のごとく"01"だった。

 

「うわ……」

 

ホント……そういうところですよ。母さん。

 

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