シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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待ち構える者

お出かけと一口に言ったところで、その内容は実に様々だ。

病院での検診や敵情視察、新しい用具の買い出しに他の学園との交流といった、レース競技そのものと密接に関係する活動もあれば、映画鑑賞やショッピングに興じたり、カラオケや遊園地へ足を運んだりと完全なるリラクゼーションまで。カラオケならライブの練習にもなるだろうが、その主目的はなにを置いても息抜きである。

メンタルケアも競技ウマ娘にとっては必要不可欠なこと。故に、これも立派なトレーニングの一環だといえる……かもしれない。ぶっちゃけてしまえば、学園の自由すぎる校風の産物でしかないと思うが。

このあたりもまた、とりわけ小学生のウマ娘にとっては進路として魅力に映るのだろう。良くも悪くも普通の学校に通っていた私にからしても、少しだけ羨ましく思えてしまう。

 

そう考えると、今日のお出かけはどうにも味気ないものだった。

あのまま街へと繰り出してはみたものの、肝心のやるとこがないのは事実であったが。しかしそれならそれで、歓楽街でもぶらついてみればいくらでも楽しそうなことは見つかっただろうに。

私は自転車のペダルを漕ぎながら、隣で駆けているシービーをそっと見やる。上下にジャージを着込み、川沿いを走り込む姿はどこからどう見てもトレーニング中そのもの。息抜きになっているとは到底思えないのだが。

 

私に見られていることを感づいたのだろうか。

シービーは前を向いたまま、目だけを動かしたこちらに視線を寄越してくる。

 

「風が気持ちいいね。別に学園のターフがダメって言うわけじゃないけどさ、たまにはこうしてお外でランニングしてみるのも乙だとは思わない?」

 

「外で走りたいならわざわざお出かけにしなくても良かっただろうに。普段も神社で階段ダッシュしたこととかあったでしょ」

 

「あれ嫌い。というか、え……なに。お出かけって回数制限とかあったりするの?」

 

「いや、そういうのはないけど。別に有給休暇とかじゃないし。単純にメリハリの問題」

 

普段のトレーニング中に学園の外へ出ることは当然あるものの、結局やることはほとんど変わらない。

そうではなく、わざわざお出かけを使う場合にはやはりいつもとは違う行動を含むものであり、飴と鞭でいう飴なのである。もっとも遊びと思ったら予防注射に連れていかれる可能性だってなきにしもあらずなので、ウマ娘側にしたら完全に気を抜けないものではあるが。

 

「アタシにとっては走ることが一番楽しいよ。むしろ、無理して遊ぼうとする方がかえって気疲れするし」

 

「君自身がそれでいいならいいけど。私にとっては本当に代わり映えしてないからな」

 

「いいじゃん。こうして桜並木の中を二人で走るのも青春っぽくて。アタシは徒歩でキミは自転車なのがちょっと締まらないけど」

 

シービーの言うとおり、私は近辺で貸し出されていたロードバイクで並走している。

私が走れない体だという事情もあるにはあるが、そもそも両足が満足だったところでどのみち彼女には追いつけまい。軽く流している都合上、スピードこそ成人男性でもなんとか手の届く範囲ではあるが、それを数十分も維持するともなれば話は変わってくる。

ウマ娘のトレーナーならともかく、人間である場合は担当と並んで走るには文明の利器を頼らねばならない。こういう時に便利なのはやはり原付であり、学園に戻ればそれも貸し出して貰える筈だったのだが。

スーツ姿でペダルを漕ぎ続けるのも中々大変なのだが、これも仕事と割り切るしかあるまい。たづなさんだって車しか持っていないわけだし。

 

「青春といえば、トレーナーの学生時代はどうだったのかな。アタシと同じぐらいの歳の頃。甘酸っぱい思い出とかなかったの?」

 

「ないな」

 

「うわ、即答……本当に?本当に一つもなかったのそういうの」

 

そういうの、と聞かれても余りにも漠然とし過ぎていて答えにくいのだが。

記憶の底をさらってみるものの、取り立てて語るようなエピソードが見つかるわけでもない。思い当たる節がないわけではないのだが、生憎ぼんやりとしか思い出せないのだ。

それほど昔の出来事でもない筈なのだが、つまるところそれだけ私にとっては大して思い入れもなかったのだろう。良くも悪くも普通の学生生活だったのではないかと、まるで他人事のようにそう振り返る。

 

「全くないというわけでも……うん、やっぱりよく思い出せないな。忘れたということは、たぶんその程度のものだったんだろう」

 

「ひどいなー。向こうはキミのことずっと忘れられないでいるのかもしれないのに」

 

「ないない。きっと今頃は大学で青春の続きを謳歌している頃だろう。いや、もうそろそろ就活の時期かもしれないけど」

 

進学校なだけあって、同級生の殆どは大学に進学したわけだし。

殆ど……といっても、高校卒業してすぐに就職したのは私だけか。中高一貫校だったから、私が中学から意識していたのも受験ではなく中央のトレーナー試験だった。そういうすれ違いというか、見据える将来があったところも記憶に残らない原因の一つなのだろうか。

私にとっての学生時代は中央ライセンス取得のための準備期間というか、受験資格を満たすための必要不可欠な過程というか……要するに過程の一つだったのだろう。

生徒たちの学園における過ごし方についてあれこれ考えてしまうのも、あるいはその反動なのかもしれない。別に、あの頃の過ごし方を後悔しているとかそういうわけでもないのだが。

 

「でもさっきなんか言い淀んでたよね?少しぐらいはあるんでしょ、学生時代のなにか語れること。いいから教えてよ」

 

「いや、語るとかそういうレベルですらないというか。どこまでもまとまりのない自分語りになるだろうけど」

 

「いーよそれでも。最初から期待なんかしてないから……それとも本当になにもないの?」

 

つまらない人生だね、などと容赦なく突っ込んでくるシービー。仮にもそれが人にモノを頼む態度だろうか。

たぶんこのまま放置していても絶対に諦めることはないだろう。仕方ないので、とりあえず掘り返せたぶんの思い出をどうにか縫い合わせて形にしてみる。

 

「そこまで言うなら…そうだな、中等部時代の話だったか。一年か二年かは忘れたけど、最初に付き合った……」

 

「やっぱあるじゃん!ていうかなに、"最初"ってどういうことなの!?ねぇ!」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

結局、シービーとは一日中並走を繰り返し。

途中何度も休憩を挟んだものの、すっかり日が暮れかかった頃にはお互いもう疲労の限界だった。

いくらスーツ姿とはいえロードバイクを使っていた私はともかく、ひたすら走り込んでいたシービーにとってはさぞキツいトレーニングとなったことだろう。恐らく全力の半分程度しか出していなかっただろうが、明日は大事をとって戦術の講義かビデオ鑑賞ぐらいに止めておくべきか。

 

本来であれば、大きなレースを控えたこの状況でハードな練習を行うのはご法度である。

それでも許容したのは、過去のデータと照らして過度な負担のかからない範囲であったことと、シービー自身がセルフコントロールの巧みなウマ娘であったこと、それから今日のうちにストレスを発散させておきたかったことが理由だった。

大半のウマ娘にとって走るという行為は極めて効果的なストレス解消手段である。我々ヒトにおいても適度なランニングは精神の回復に繋がるが、本能的に走りたがりである彼女たちの場合はさらにその上をいく。

シービーもまたその例に漏れず、不安や緊張、苛立ちを抱えた場合はよくこうして駆け回っていた。調整期間だからと下手にそれを制限してしまっては、かえってレース本番での不調にも繋がりかねないのだ。

ストレスを抱えること自体が最早避けられないというのであれば、せめてそれを効率的に発散させておく必要がある。そういう意味では、なるほど今日はお出かけとしての意義もあったのかもしれない。

 

「あーあー。よく走ったね今日は。どうしようかトレーナー、このままホテルでも探そうか」

 

「探さない。そもそも外泊届出してないだろう君。もういい加減腹を括って学園に戻るんだな」

 

「えー……」

 

「えーじゃないよ。だいたい私だって憂鬱なんだから……」

 

だからそんなに腕に巻き付いてくるな。

私が昔の話を聞かせてやってからずっとこれだ。なにが琴線に触れたのか知らないが、せめてそういうことは二人きりの時にして欲しい。さっきから人とすれ違うたびに二度見されているのが分かる。

これが先生相手ならまだ様になっていたのかもしれないが、生憎彼女は中等部二年に上がったばかりの少女だ。黄昏時にスーツ姿の成人男性と組んずほぐれつで歩いてる様は非常にいかがわしい。何人かの男性はどこか羨ましそうにこちらを眺めていたが、当の私としては気が気でなかった。

私がトレーナーバッジをつけておらず、彼女が学園指定のジャージを身に付けていなかったら、今頃は巡回中の警察官に囲まれてお話をさせられる羽目になっていたことだろう。

 

長い影を二つ並べながら、夕焼けの学園通りをひっそりと歩いていたところ、懐のポケットに仕舞っていたスマホがバイブを鳴らす。

丁度ジャケット越しに耳の当たっていたシービーは、一瞬肩を跳ねさせた直後に不愉快そうに形の良い眉を吊り上げたものの、それが業務用だと察した途端に大人しくなった。

 

「なぁに。またお電話?今日は多いね」

 

「だから君たちのせいなんだろうに。それに電話じゃなくて通知かな、これは」

 

はっきり言って、もうなにが来ても驚くことはあるまい。

なにせ朝っぱらから既にやらかし済みなのだ。これ以上状況が悪くなる余地はないだろうという、悲壮な信頼感が胸中を占めていた。今の私にとって、恐ろしいものといえばもう理事会からの解雇通知ぐらいである。

 

「あ、先生からだ」

 

着信の表示があるウマネットを立ち上げて、メッセージボックスを開くとそこには恩師からのメールが届いていた。

ご丁寧にもパスワードまでつけられている。ヒントは添付されていないが、とりあえず私の生年月日を入力してみたところあっさりと開封出来てしまった。

 

そこに記されていたのは、数行の簡潔な状況報告。とりあえず、ルドルフは今日いっぱい先生が相手をしてくれていたらしい。

なんでも、放っておけばいずれ私たちの居場所を特定して乱入していただろうとかなんとか。

それこそ私が最も懸念していた最悪の事態だったので、未然に防いでくれた彼女のファインプレーに心の中で手を合わせておく。まぁ、この状況の3割ぐらいは貴女にも責任があるんですけどね、先生。

 

私用のウマインではなく、わざわざウマネットの方にメッセージを送ってくるのも分かっている。

プライベートのスマホは起動するどころか、それが収まっているポケットへ手を伸ばすたびにシービーが物凄く拒絶反応を示すのだ。先生もまた、そういったこちらの状況についておおかた見当がついているのだろう。

そのままルドルフを回収していったりは……しないか、流石に。口ではあれこれ言いながらも決して仲が悪いわけではないのだが、あの姉妹の関係も中々に複雑である。

お互い一筋縄ではいかない猛者同士、拮抗しているのが本当に性質が悪い。

 

「ねぇ……帰ったら怒られるかな」

 

「むしろなんで怒られないと思ったんだ。間違いなく、朝の件で一番不味い立場に置かれたのは先生だからな。明日はそれはもう覚悟しておくと良い」

 

「……やっぱ逃げない?今から」

 

「諦めなさい。こういうのは後に回せば回すほど雪だるま式に膨れ上がっていくからね」

 

あの人に限っては、絶対に泣き寝入りしないだろうという確かな信頼感がある。

意外に……でもないか。かなり根にもつタイプでもあるので、向こうが先に諦めるというセンも薄い。いかんせん知能と闘争心が高すぎるぶん、思考を割くのはどう落とし前をつけさせるかというその一点でしかない。

そういうところもまたルドルフにそっくりなのだが。間違いなく灸を据えられるので本人の前では口にしないけども、おおかた母親からの遺伝だろう。まだ幼いアスカにも既にその傾向があるし。

 

ずるずると、重い足とタコのようにへばりつくシービーを引きずりながら前進していると、ようやっと学園の正門に辿り着いた。

空が赤く焼け、カラスの鳴き声が目立つ時間帯。一日限りの余暇を満喫してきたのか、私服や制服の生徒たちが続々と軽い足取りで門を抜けていく。

そして、門柱の傍らに佇んで彼女らを出迎えている女性が一人。

 

「あら、おはようございます。トレーナーさん」

 

「ええ、こんばんはたづなさん」

 

「ただいま。ミズ・たづな」

 

「お帰りなさい。ミスターシービーさん」

 

のろのろとした足取りで門を潜る私たちを、いつものニコニコとした表情で見守るたづなさん。

 

おはようございます、などと一瞬皮肉かと思ったが、よくよく彼女を見てみればそれは違うと分かる。

身体強健、常識はずれの体力を誇るたづなさんだが、それでも今日は明らかに疲労を隠しきれていない。学園事務の要である彼女も今日は休めず、それどころか抜けた他の職員の穴埋めに奔走していたのだろう。いくらウマ娘が身体的に恵まれているとはいえ、昨日あれだけ飲んだ翌日にそのようなパフォーマンスを発揮出来るのは驚異そのものではあるが。

そんな彼女も、しかし一日の終わりに差し掛かったこの時間では流石に頭が回っていないらしい。金太郎飴な声かけしか出来ないこの様では、とてもじゃないが皮肉を練る余裕なんてないと見える。

昨晩のお礼も兼ねて少しお話でもしていきたかったのだが、今日のところは諦めることにした。私とシービーはそそくさと門を後にする。

 

そういえば、今朝はなんの挨拶もせずに部屋を出ていってしまったのだったか。

幸い合鍵で施錠はどうにかなったが、せめて書き置きぐらいは残しておいても良かった気がする。

それと今更だが、いくら見知った間柄とはいえ自宅の鍵まで預けてくる彼女はあまりにも危機感が足りなさ過ぎるような。ただでさえウマ娘は外見から実年齢を測り辛く、私も彼女の歳は知らないものの、なんにせよ独り身の女性の振るまいとしてはあまりにも不用心が過ぎるだろう。

それが信頼の証だといえば聞こえは良いものの、私以外のトレーナーにもこんなことをしているようでは心配だ。今度会った時に、それとなく事実確認でもしておこうか。

もっとも、私自身は合鍵を返却するつもりは無いけれども。避難所として便利だし。

 

「ヤバイね、たづなさん。事務方があれってことは、生徒会の方はもっとヤバそう」

 

「生徒会……そうだ、そっちの仕事は大丈夫なのか。って言ってももう遅いかもしれないが、せめて顔でも出してきたらどうだ」

 

「大丈夫。マルゼンに全て任せておいたから、きっと上手くやってくれている筈」

 

「やっぱり生徒会室に行っていきなさい、シービー。仮にも彼女は先輩なんだから……」

 

しつこく私の胴にひっつくシービーを振りほどき、本校舎の方向へと強く背中を押し出してやった。

本音では生徒会の事情についてはどうでも良いのだが、ここできっぱり別れておかないとああだこうだと理由をつけて何処までも着いてくるのが目に見えているからだ。

 

「…分かったよ、トレーナー」

 

意外にも、シービーはあっさりとこちらの言うことに従ってくれた。

てっきりもっと抵抗されると覚悟していたのだが。私に頭を擦り付けていたせいでズレた帽子の位置を整えると、いやに堂々とした足取りで校舎へと向かっていく。

彼女にもようやっと生徒会長としての自覚が芽生えて……ないな、これは。なにかろくでもないことを考えているような予感しかない。

 

「念のため言っておくけど、ちゃんと真っ直ぐ生徒会室まで行くんだぞ。あとマルゼンにもよろしく言っといてくれ」

 

「ほいほーい」

 

呑気な返事と共に、パタパタと尻尾を振って去っていくシービー。

その姿が十分に小さくなったのを確認してから、トレーナー寮に向かって早足で移動を開始する。私も学園の敷地でいつまでも突っ立ってるわけにはいかないのだ。獅子に見つかる前に、さっさと聖域へと戻らなくてはならない。

 

道中、ウマインから本日の業務終了の報告を上げておく。こういう時、わざわざ校舎に足を運ばずとも指先一つで全てを片付けられるのは素晴らしい。

ついでに私用のスマートフォンについても、恐る恐る起動する。鬼のように繰り返されていたバイブ。願わくは、端末の誤作動であって欲しいのだが。

 

「ひっ……」

 

本能的にスマホを放り出しかけて、すんでの所で耐えきった。

 

履歴が埋まっている。

遡れる限界まで辿ってみても、表示されているのは全て同じ番号。まるで時報のように、一定間隔からなる大量の不在着信で画面が埋め尽くされていた。

人というのは、電話のコールという単調な作業をかくも繰り返せるものなのか。想像を絶する光景に、恐怖を通り越して狂気すら感じられる。

これを押さえ込んだ先生はなんなんだ。正直貴女のことすら怖くなってきた。

 

やってられないぞ。

こんな学園にいつまでもいられるか。私は自分の部屋に帰らせてもらう。

 

寮の玄関に飛び込み、ふかふかと絨毯の敷き詰められたホールを最高速度で突っ切ってエレベーターのボタンを連打する。

もうお仕事は終わったんだ。各方面への挨拶回りは明日でも良いじゃないか。

今日はもう寝よう。ゆっくりとシャワーを浴びて、冷たいビールを呷ったらそのままベッドに飛び込むんだ。

シービーに抱きつかれてぐっしょりと汗の染み込んだ着物については、明日の朝イチでクリーニングにでも出しておこう。

 

永遠にも思える数十秒の後、ようやく自室のある階まで辿り着く。

職員カードで玄関を開けると、モニターに表示されたログには覚えのない解錠記録。どこかで見たような展開ではあるが、しかしそんなことに思考を割いている暇はない。

施錠はオートロックに任せて、土間で靴を脱ぎ捨てる。颯爽と廊下を抜けて、無事私はリビングの扉へと辿り着いた。

 

ほっと一息ついて、ネクタイを緩めて中に入る。

私に気づいて、腕を組んで壁に体を預けていたルドルフがにこやかな笑顔でこちらを出迎えてくれた。

 

 

 

 

「やあ、こんな所で奇遇だね。トレーナー君」

 

 

 

 

 

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