シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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ビゼンニシキ号……80年代に活躍した競走馬。シンボリルドルフ号はクラシック戦線でのライバルと言われ、鞍上でもひと悶着あった因縁の相手。日本においては唯一シンボリルドルフ号から一番人気を奪っている。
ダイタクヘリオス号のお父さん。髪が長くてサラサラで、目がくりっとしつつも精悍な顔立ち。可愛い系か格好いい系かで言えば自分は後者だと思う。馬体ががっしりしていて安心感があるのもよき。



色鮮やかに美しく

 

早めに朝食に向かいたかったとはいえ、ひとたび会話に応じた相手を無視するわけにもいかず。

私たちは玄関からやや離れたベンチに並んで腰かけ、しばしの雑談に興じることとした。

 

「飲むか。コーヒーだけど」

 

近くの自動販売機で二つ購入したコーヒーのうち、ミルクと砂糖を追加した片方を差し出す。

ビゼンニシキはありがとうございます、とお礼と共に受け取り一口つけると苦そうに顔をしかめた。ほとんどカフェオレと表現していいそれだが、しかし中等部生にはまだキツかったらしい。

ちなみに私は不純物のないブラックだ。とりたてて味にこだわりがあるわけではないのだが、朝だとこれが一番頭が冴えるので愛飲している。

 

「で、ルドルフにいったいどんな用事なのかな。正直、これ以上揉め事があるととても困るんだけど。私が」

 

「心配しなくても、今すぐどうこうってつもりはありませんよ。跡地は私も見ていますから」

 

跡地、というのは美浦401号室のことだろう。もうすっかりグラウンド・ゼロの扱いを受けてしまっている。

変わり果てた部屋の姿は、ウマ娘がちょっとでも力の扱いを間違えたら容易く大惨事に繋がり得るという事実を我々トレーナーに再認識させるには十分すぎるものだった。普段は人懐っこく温厚な隣人であるが故にともすれば気が抜けてしまいがちになるが、それを引き締めた点ではあの事件にもそれなりに意義があったのかもしれない。

 

まぁ、先輩なんかはさも可笑しげに母に写真を送りつけたりしていたが。お陰で私はウマインでいい笑い者になってる。彼には将来、部屋を爆発させることが得意なウマ娘が担当につくよう呪いでもかけておこう。

 

「用事といっても大したものではありません。新入生のペアとして迎えに来ただけです」

 

「ああそうか。最初の一月はペア行動なんだったな」

 

トレセン学園の敷地はとにかく広い。

ただの教育施設とは異なり、ここではレースとライブの練習のための設備や敷地が一ヶ所に確保されているからだ。そこら辺は中央管轄のレース場と似ている部分もあるのだが、加えて学生と職員のための寮も設置されていることから、数千名もの人員の生活を賄えるぐらいの機能もまた同時に求められる。

そのためには横の面積だけでは到底足りず、上に下にと空間を拡張し続けてきた結果、パッと見からは想像もつかない程に複雑かつ大規模な施設へと変化を遂げていた。

 

少なくとも新入生がついこの間まで通っていた筈の小学校とはまるで比較にならない。掲示板やら立て看板やらを用いて敷地の案内そのものはしっかりと行われてはいるものの、余程方向感覚にでも恵まれていなければそれだけでなんの支障もなく動くことは出来まい。私ですら最初はかなり手間取ったぐらいなのだから。

秋のファン大感謝祭を筆頭とした、外来者を招き入れる場面に備えてわざわざ迷子案内センターまで設置されているのは伊達ではないのだ。学園の治安を守る警備ウマ娘たちもまた、道案内と迷子の保護を主要な任務の一つとして位置付けているわけだし。

 

そういうことから、新入生はとにもかくにもこの学園における土地勘を身につけなくてはならない。目的地に辿り着けないようでは、レースや学業以前に生活していくことすら出来ない。

なので卯月は案内の職員がつくほか、新入生同士でもペアを組まされることとなる。単純に一人より二人の方がトラブルの対処の難易度も下がるし、なによりしょっぱなから単独行動を取らせるのは見ていて気が気でないからだ。

 

「あれってどういう基準で決まるんだろうね。完全にランダムなのか独自の基準でもあるのか」

 

「さぁ。少なくとも私はなにも聞いていませんね。もしかしたらあれじゃないですか。入学試験での成績」

 

「連番で組ませると。となると君は今期の次席か」

 

「はい。わけが分かりませんよね。あんな、入学式の翌日に大事件を起こすヤツが私を差し置いて総代なんて」

 

悔しそうに唇を噛むビゼンニシキ。

成る程。ルドルフにやたらあたりが強いのはそれが理由だったのか。あくまで入学時のテストに過ぎず、競技ウマ娘としての本番はこれからとはいえやはり新入生総代の名誉をあと一歩で逃したのは口惜しいだろう。

ただでさえ、競争バというのは闘争心や対抗意識が非常に旺盛なのだから。それに印象だけで語るなら、彼女はとりわけ負けん気が強そうである。正直なところ、規格外と言ってもいいルドルフの二番手につけただけでも十分な快挙なのだが、そんな評価で満足するようなウマ娘ではあるまい。

 

「私と一緒だな」

 

「えっ?」

 

「いや、今期の次席ってところがね。私の場合はトレーナーの試験での序列が上から二番目なんだよ」

 

「そうだったんですか。悔しくはないんですか?」

 

「どうだろう。思うところがなくもないけど、正直相手が悪すぎたって気持ちの方が大きいかな」

 

桐生院は正直わけが分からない。

文武両道といえば聞こえは良いが、あれはもうそんな陳腐な表現をとっくに逸脱していると思う。高校時代に受けた中央トレーナー試験の全国模試で名前を見つけた時から嫌な予感はしていたのだが、現実はそれを遥かに越えてきた。

私の中における男性と女性、ひいてはウマ娘とヒトの基準をぶっ壊した存在として、尊敬より先に理解不能な怖さがある。桐生院ほどの名門となれば、あんな化物がゴロゴロ転がっているのだろうか。

 

まぁ、そんなエリートトレーナーの話はさておいて。

ビゼンニシキは私をどこか不思議そうな顔で見上げている。自身の成績について、そしてそれを受け入れていることを淡々と語る私が理解出来ないのだろう。ぱちぱちと、不規則にまばたきを繰り返している。

 

「どうだろう。やっぱり君からすれば情けなく見えるだろうか」

 

「そうですね。んー……」

 

今度は地面を見ながら首を傾げている。

悩むのも無理はない。だいたいヒト同士であっても初対面の相手の内心を正確に読み取るのは至難の業であるというのに、ましてや私とビゼンニシキでは種族からして異なるのだから。

絶対に負けたくない。そういった意味での気性の荒さは、彼女たち競争バに普遍的な気質であり、いっそ本能と言ってしまっても良いかもしれない。先生や母がやたらこの序列に拘るのも、そういった特性が作用した結果なのではないかと私は考えている。

対照的に、私や先輩、桐生院に樫本さんといったヒトのトレーナーは良くも悪くも数字はあくまで数字に過ぎないと割り切っているというか、そこに大して拘りを見せないでいた。

 

そもそも競技ウマ娘としてレースに臨む以上、そういった心持ちは必須なのだろう。

努力という過程は殆ど顧みられず、ただひたすらに結果だけを求められる極めてシビアな世界なのだから。そもそも努力なんてものは全員がしている、言わば大前提なわけだし。

一番には全てが与えられ、一番でなければなにも手に入らない。レースに限らず、スポーツなんてものは得てしてそういうものだ。ごく稀に、負け続けることでかえって話題性を築き上げるものもいるらしいが、所詮それは例外中の例外に過ぎない。

競争バの気性の荒さがこれ以上なく一致しているというか、本当にレースのためだけに生まれてきたような生き物だ。誰かがそのように手を加えたのではないかとすら思えてしまう程に。

 

しばらく地面に伸びた自らの影とにらめっこしていたビゼンニシキだったが、やがて結論が出たらしく再びこちらを見上げてきた。

 

「……いえ、やっぱり情けなくなんかないと思います。長いバ生そういう切り替えも大事だって、担任の先生もよく言ってましたから」

 

「切り替え……切り替えね。うん、大事なことだと思うよ。そもそも私も君も本番はこれからだし」

 

「本番……?」

 

「ああ、君はレースをするためにこの学園に来たんだろう。入学試験での序列なんて、いざデビューしてしまえばなんのアテにもならないぞ」

 

実際には、ある程度の相関関係はあるのだが。

中堅以下ならともかく、流石に総代ともなればそれなりの結果は残していく。少なくとも担当がつかず、デビューすら叶わないまま学園を去るという最悪の結末を迎えることだけはない。

 

ただその後、重賞を幾つも獲れるかとなるとまた話は変わってくる。

入学試験というのはあくまで小学校六年生の段階における実力を測るものに過ぎない。ウマ娘の成長度合いは必ずしも一定ではなく、早咲き遅咲きの特徴や本格化を迎える時期の違いによっていくらでもひっくり返るのだ。

入学時は下から数えた方が早いウマ娘でも、なんらかのきっかけで大化けすることはざらだし、なんなら入学試験で不合格になってもその後に実力を開花させて編入してくる猛者もいる。その逆として、早熟型のウマ娘がダービー制覇後はパットしない成績に落ち着くなんてのもよく聞く話だ。

 

「だから、席次でルドルフに拘りすぎるのは止めておいた方がいい。率直に言って、それは時間の無駄だから。将来勝てばそれでいいだろう」

 

「ルドルフに勝てば……か。当然、私なら勝ちますよ」

 

「いいね。その意気ならきっと届くだろう」

 

それについては私も見習わなければ。

 

第一、生徒における入学試験の結果とレースでの成績にはある程度の相関は見受けられるが、トレーナーにおいて修習の席次とデビュー後の実績は本当に関係がない。

はっきり言って、アベレージが高すぎるのだ。前提が異なることを承知で比較すると、生徒として入学するのとトレーナーとして学園に採用されるのとでは、やはり後者の方が難しいという。倍率や求められる能力の種類、さらには秋川理事長直々の個人面接による適性と人格の判定という水物が立ちはだかることが主な理由だ。

 

それを突破してきた中央トレーナーという人材は、自分で言うのもなんだがそれだけで上澄みも上澄みなのだ。最高峰の逸材でも複数揃えば必然的に序列はつく。修習試験はその最たるもので、主席だろうが末席だろうが合格している以上はトレーナーとしての資質を十分に備えている。

だいたいあの試験、座学と実技の総合だし。知力はともかく運動神経なんてまちまちで、陸上でいくつも賞を獲っている者もいれば、私のように障害を持つ者だっているわけだし。地方トレセンからの編入者のような、既に肉体の最盛期を終えている中途組には酷だろう。

 

となると、後から差をつけるのは優れたウマ娘を捕まえるスカウト能力だったり、担当との相性だったり、実際の育成能力や戦術眼などデビューしてから初めて明らかになる要素でしかない。私が出世頭になる余地も十二分にあるのだろう。それこそ、同期の筆頭として数多の業績を打ち立てて、ついにはURA本部にまで取り立てられた樫本さんのように。

桐生院は……まぁ、何でもそつなくこなしそうだな。凄く堅実というか、行儀のいいというか、教本に沿ったバランスの良い育成をしてそうなイメージがある。いつの日か、私の担当と是非とも戦わせてみたいものだ。

 

「じゃあ、トレーナーさんには私がルドルフに勝てるよう、しっかりとサポートお願いしますよ!」

 

…………うん?

 

おかしいな。

今してたのってそういう話だったか?

 

「いや、どうしてその結論に行き着いた」

 

「だって、デビューするにはトレーナーがいなくちゃ駄目でしょう。それともまさか、無責任にもあんな励ましをくれたんですか?」

 

「いや……」

 

「ちゃんと責任とって下さいよ?あれだけ将来の重要性を熱く語っておきながら、実際には他人事なんて酷いです。それに私たち、同じ次席として仲良くなれそうな気もしますからね。私なら必ず、一番のトレーナーさんの担当よりもずっと速く走れますよ?」

 

再びあの気の強そうな笑みを取り戻して、燃えるような瞳で顔を近づけてくるビゼンニシキ。

 

恐ろしいスピードでぐいぐい詰めてくるな。

なんだ今年の一年生、ルドルフといいこの子といいこんなのばっかりなのか。

未だに担当が見つからず燻っている上級生と遜色ない強烈な積極性だな。少しでも隙を見せるとあっという間に踏み込まれる。

 

「駄目。駄目だ、私にはもう……」

 

「生徒会長さんがいるからですか?でも、ルドルフとの間で決めあぐねているんですよね。なら、そこに私も混ぜてくれたっていいじゃないですか」

 

「君は知らないんだよ。あの二人がどれだけ苛烈で遠慮がないか」

 

「まぁまぁ。争うのが二人でも三人でもそこに大して違いなんてないでしょう」

 

「ある。大いにある」

 

私のキャパシティでは二人を相手にするのが限界なのだ。いや、実のところ相手取れているかすら非常に疑わしい。

そこに第三勢力を放り込まれたらいよいよ器が崩壊してしまう。そうして顕現するのが地獄で、なおかつ舞台が私の寮部屋となれば断じて許容出来ることではない。

 

というか、そんな三つ巴を上手いこと捌ききれるなら私は今すぐにでも理事会からチーム設立の許可を頂けることだろう。ついでに寮部屋も一階に昇格できるに違いない。

ただでさえ、餞別とは名ばかりの過酷な卒業試験を課されている真っ最中だというのに、新人である私にこれ以上負荷をかけてくれるな。メイクデビューを終えたばかりのウマ娘を凱旋門に放り込むがごとき鬼畜の所業だ。

 

「……なんて、冗談ですけどね。当たって砕けろでぶつかってみただけですよ」

 

青ざめる私を見かねたのか、するすると顔を離していくビゼンニシキ。

そのまま手にしたコップの中身を一気に口の中に放り込み、またしても顔をしかめている。

 

「それは冗談というより駄目元だと思うが。つまりあの言葉自体は本気だったんだろう」

 

「別に本気で契約を結んでもらえるなんて期待していなかったんで。そっちも気にしないで下さい」

 

はっきりと拒絶しておいて本当に良かった。

この学園において、曖昧な態度は禁物であるとしっかり肝に銘じておこう。ひとたび差しきり態勢に入ったウマ娘の前では、こちらも後先考えず逃げをかますしかない。

 

ああ、これもまたトレーナーとしての試練か。ようやく一人前となってからまだ三日目が始まったばかり。三女神は私にどれだけ洗礼を浴びせれば気が済むのだろう。

シービーが追い込みをかけてくる以前、サブトレーナー時代は平和そのものだったから、やはり私を庇護してくれていた先生は偉大だった……違う、そういえば他ならぬあの人こそが一番の元凶なのだった。

 

「あの二人、まだ出てきませんね。シャワーでも浴びているのでしょうか」

 

ぶらぶらと足を遊ばせながらビゼンニシキはそう呟く。

 

トレーナー寮のすぐ手前にある広場に陣取っているため、このベンチからでも玄関の様子がよく見える。そこからずっと上に視線を向けた先には、朝日の差し込んだ私の部屋。

カーテンを解放してはいるものの、角度の都合から中の様子までは窺えない。ルドルフはとっくに起床している筈から、きっとシービーとの丁々発止で時間を食っているのだろう。幸い、絶望的な破壊音までは響いてこない。

 

「あ。やっと出てきた」

 

その声で視線を戻すと、足並み揃えて玄関から出てくる小さな影が2つ。時間ぐらいズラせばいいものを、わざわざ一緒にやってくるあたり妙に仲がいいというかなんというか。

 

飲み干したコップをぐしゃりと握り潰し、ビゼンニシキはぴょんとベンチから飛び出す。

そのままこちらを振り返ってペコリと頭を下げた。

 

「じゃあ、私はもう行きますね。コーヒー、ごちそうさまでした」

 

「ああ、いってらっしゃい。よい一日を」

 

「はい!」

 

威勢のいい返事を残して駆けていく彼女の背中を見送りながら、私もまたベンチを後にする。

 

 

道中、ゴミ箱に空になった紙コップを捨てて、これからの行動についてもう一度頭の中で整理していく。

 

思ったより、ビゼンニシキとの話に時間をとられてしまった。

今から早足で食堂かカフェテリアに向かえば、なんとかぎりぎりで混雑を回避出来るだろう。だがしかし、ゆとりが欲しくて空いてる時間を狙うのに、そのために焦って行動するのも違う気がする。

ならいっそのこと、ラッシュ後まで大幅に時間を遅らせようか。ただその間、どう時間を潰したものか。もう一度トレーナー寮に戻るのも気が乗らないし、誰か知り合いでも見つかればいいのだが…。

 

 

と、タイミング良く前方から手を振って走ってくるウマ娘が一人。

雑誌を片手に抱えながら、全力疾走でこちらに真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

「あっ、サブトレーナーくん!…じゃなくて、もうトレーナーくんだったわね。見つけたわ!」

 

マルゼンスキーが慌ただしく目の前に滑り込んできた。

校内は静かに走れというのが校則だが、それを真っ向から否定するかのような豪快極まる走りっぷり。流石のスーパーカーといったところだが、仮にも生徒会副会長がそれで良いのだろうか。

 

……生徒会。

 

「あー…そうか。またシービーのことか」

 

「シービー?あのコがどうかしたの?」

 

「いや、そういえば昨日は君に生徒会の仕事を投げっぱなしだったんだろう。すまない、私がお出かけになんて連れ出したばかりに」

 

「いいのよそんなことは。それよりもちょーっと厄介なことになってるのよ。トレーナーくん絡みでね」

 

はい、と彼女が持っていた雑誌を手渡される。

 

知っているレース雑誌だ。

数ある雑誌の中でも、中々に過激で読者も多い厄介なもの。つい先日、ここの記者に取材を受けたばかりである。

 

表紙には弥生賞を制した勝負服姿のシービー。そして、私の名前がデカデカと。新人の身分で贅沢なものだが、やはりそれを喜べるような内容ではないらしい。

 

 

「『トレセン学園生徒会長ミスターシービー、疑惑の特別移籍』か……まぁ、遅かれ早かれこうなるだろうと思ってはいたけどね」

 

「そうねぇ……やーん。まいっちんぐ!」

 

 

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