明日はたぶんバレンタインの作品書くんでこっちはお休みです。書いた奴は短編集の方に投げときます。
「私はね、トレーナーさん。ルドルフと会長さんって結構真逆だなって思うんですよ」
夜が更けても変わらず賑やかな大通りを車で飛ばしていると、助手席でぼうっと窓の外を眺めていたビゼンニシキがふとそんなことを呟いた。
頬杖をつき、こちらではなくきらやかな夜のビル街に視線を向けたままであったが、とりあえず返事は返してやる。
「そんな事は自明だろう。あのニ人の共通点なんて、せいぜい足が速いことぐらいじゃないのか」
「そういえば、足の速さと気性の荒さは相関するって俗説よく耳にしますけど、あれって本当なんですかね?トレーナーの知識に照らして」
「眉唾だね。闘争心とレースでの強さはイコールで結びつくようなものでもない。気性というのは、あくまでレースにおける要素の一つに過ぎない」
他者に負けたくないという負けん気、勝利への執着というのは、確かに競争における粘り強さや叩き合いの巧みさに繋がるものではある。とは言うものの、決して闘争心が強ければ強いほど良いというわけではない。
なまじ勝ちへの貪欲さが行き過ぎることで、トレーナーからの指示や事前の作戦から逸脱するほか、最悪の場合他バへの加害や反則行為までをも惹起する恐れがあるからだ。重要なのは勝利への渇望の有無というより、それを如何にコントロール出来るかという精神面における発達だろう。
「ルドルフ……は言うまでもないだろうけど。ただ、シービーはどちらかというとそこまで気の荒いウマ娘だとは思わないな」
「そうですか?わりかしアイツとバチバチやり合ってるように見えますけど」
「私から言わせてもらえば、あくまで飛んできた火の粉を振り払う範疇に収まっているように見えるけどね」
逆に自分から盛大に斬り込んでいるのがルドルフである。それは両者における立ち位置の違いの表出ともとれるかもしれないが、私はどちらかと言えば気質の差であるように感じていた。
「一見理知的なようでいて、根っこでは好戦的なルドルフ。逆に自由気ままで制御が難しそうに見えながらも、本質的には温厚かつ堅実なシービー。真逆だと、君が言いたいのはそういうことだろう」
「まぁ、概ねそんなところです。わりかし真人間な会長さんとは逆で、ルドルフはとことんイカれてますよ」
ぼんやりと景色を見つめていた彼女は、そう言ってようやくこちらを向くとふっと苦笑して見せた。
それを横目で確かめながら、私は慎重にハンドルを操作して学園への帰路を急ぐ。
向こうも明確な反応は求めていないのか、再び視線を反対に戻すとつらつらと愚痴を再開する。
「本当は、二人の衝突から漁夫の利を浚う格好で、トレーナーさんを担当にでもしてみようかと考えていたんですけどね……」
「それはルドルフへの当てつけか?それとも初対面の会話での結果なのか」
「なんとでも。お好きなように解釈して下さい。どちらにしても、今の私にはもうそのつもりはありませんから」
顔を伏せ、大きなため息を吐き出すビゼンニシキ。
夕食に同席した彼女もまた、あのルドルフの狂気ともとれる宣言を目の当たりにしたのだから、きっとそこで心が萎えたのだろう。
それもそうか。彼女の動機はルドルフに対する対抗心であり、きっとそれだけをよすがとして今のいままで舞台に上がっていたのだろうが……言ってしまえば、たったそれだけの動機である。
そんな事のためだけに、わざわざあんな火薬庫に首を突っ込む気にはなるまい。感情だけに身を任せて、あえて火中の栗を拾いにいくような愚か者でもないだろうから。
「だからたづなさんを呼んだのか。事態の収拾を任せるために」
「はい。シービーさんがあそこに向かっていることも私は知っていましたから。ただ通報したのは行きの道中であって、まだ私も引き下がるつもりはありませんでしたけど」
「彼女の仲裁の最中に、あわよくばを狙っていたわけだ。そんな事が可能かはさておいて」
「なんにしても、私がつけ入るにはそうして場を乱すしかありませんでしたからね。今となってはどうでも良いことですが」
ぬけぬけと言い放っているが、そんな魂胆で一方的に巻き込まれたたづなさんが不憫でならない。
いくら業務時間外とはいえ、あの二人が学外で相対すると通報されれば駆けつけないわけにはいかないだろうし。しかもそれを仕向けた張本人といえば、全てを投げ出して学園へと帰還している真っ最中なのだから。
「ま、私は善良ないち生徒として一報を差し上げたまでですからね!警戒するべき事態なのは変わりませんし仕方がないです」
「仕方ないかどうかを決めるのはたづなさんだからな」
「ならさっさと逃げるに限りますね。ほらトレーナーさん、もっと飛ばして下さい。追いつかれちゃいますよ」
「はいはい」
追いつかれるというのはあながち冗談でもない。
とことんハイスペックというか、だいたい何でもやらせれば出来てしまうたづなさんであるが、車の運転についてもやはり達者である。場合によっては理事長の送迎すら請け負っているのだから、当たり前と言えば当たり前の話かもしれないが。
対する私の場合は、別に苦手というわけではないがかといって得意でもない。そもそも免許を取得してからあまり時間も経っていないし、通勤に自動車も使わないからである。とりわけ、こういう都心の複雑な道路というのは自信がない。正直かなり怖い。
ただ、そうは言ってもいつまでもちんたらと走っていれば、ビゼンニシキの言うとおり本当にたづなさんに追いつかれる可能性もある。
ただでさえ多忙な中で、こんな場所まで時間外労働を強いられて気が立っているであろう彼女と鉢合わせるのは私だってご免だ。そう考えて、アクセルを強く踏み込んだ。
都心を抜けて、学園目指して郊外をひた走る。
ビルの群れを後ろに流して、川を渡り、雑多な街並みを抜けて住宅街をさらに先へと進んでいった。
東京といっても、中心部から離れてしまえば他の都市とそう変わらない。大都市であることに変わりはなく、少なくとも私が昔生活していた場所よりは栄えているのだろうが、見ていてあまり面白味のあるものではない。
もっとも、いざ運転するとなればこういった景色の方が気が落ち着くのだが。たんに学園がそういう方面にあり、そこに生活の拠点を置くなかで私が適応しただけなのかもしれないけれども。
一応、ビゼンニシキも気を遣っているのか、こちらに話を振らないでずっと車外を見つめている。
特段興味があるわけでもなく、ただそうして暇を潰しているだけのようだったが、ようやく学園の姿が見えてくるとほっとしたようにぱたりと尻尾を動かした。
……が、その途中で石にされたかのように硬直する。
「どうした。ビゼンニシキ」
「駐車場の……あれ。黒のクラウン」
彼女の指差す方向を目で追うと、たしかに一台の車が今まさにトレセンの職員用駐車場にバックで停車したところだった。
ナンバーまでは読み取れないが、そもそもこの駐車場を利用する職員の中であの車種を乗り回す者は一人しかいない。半ば公用車のような扱いを受けているから、わりと生徒の間でも有名だったりする。
後ろのドアが開き、小さな人影が一組下りてきた。
服装はよく見えないが、毛色と髪型からして明らかにルドルフとシービーだ。
そしてその手前でボンネットにもたれ掛かり、寮の方角へと小さくなっていく二人を見送っているのは。
「……たづなさん、だな」
「うわーやっぱり。いっそのこと知らん顔して学園の外側もう一周ぐるってしませんか?しましょうよ」
「しても良いけど、どうせ向こうにも視認されてるだろう……なんで追いつかれるどころか追い抜かれているんだか」
まさかあの人に限って法定速度以上でぶっ飛ばしてきたということもあるまい。ましてや後部座席に、学園の生徒を乗っけているとなれば尚更。つまり問題は私の方か。
「もう、トレーナーさんが愚直にカーナビの指示になんて従うから。あんなポンコツの言うこと聞いてたら、そりゃ大回りですよ」
「そう思うんなら君が誘導してくれれば良かったものを」
「口で指示してたら今度はスピードが落ちるでしょう。トレーナーさんビビりですから……」
「はいはい悪かったな。なら君だけここで降りて帰りたまえ。お休み」
あれこれと喧しいビゼンニシキを助手席から叩き出してみれば、手短にお礼を述べてそのまま全速力で駆けていった。
最初に話を聞いたとき、匿名で通報したとか言っていた気もするが……まぁ、シービーかルドルフの口からとっくに明かされているかもしれないからな。
あの人一倍の危機感に当事者意識。ひょっとしたら彼女はトレーナー向きかもしれない。そもそもそんなものが無ければ生き残れないのが、この学園の悲しいところではあるが。
ビゼンニシキが夜の闇に溶けていなくなったところで、私も自分の車を停車させる。いつまでも駐車場の入り口で立ち止まっているわけにもいかない。
「ふふっ……やば」
……空いているのは、もうたづなさんの隣だけだった。
この駐車場、制限されているのは利用者だけで、誰が何処に停めるかは自由である。
それでも長い時間の間にだいたい定位置というのは決まってくるのだが、運悪く何時もの私の場所には既に他の車が停まってしまっていた。見覚えのない車だから、きっと今年度になって新しく入ってきた職員のものだろう。
仕方なしに、クラウンの隣にバックで車を入れていく。
もしかしたら、こちらを放って勝手に帰ってくれるかもしれないと期待していたのだが。残念なことにたづなさんはボンネットに手をついたまま隣に侵入してくる私を見下ろしている。しかも車の左側に立っているせいで、窓越しに完璧に目が合ってしまった。
うわぁ……夏場のアスファルトで干からびたミミズを見るような目。なまじいつもと異なる、鍔のある帽子を身につけているせいか影が差していてとても怖い。
ひょっとしたら、掛かりウマ娘に狙われた事案として学園に保護してもらえるのではないだろうか。ついでにその旨を事務局の方にも報告して……ああそうだ、目の前の彼女がそこのトップなのだった。というか、そうやってあれこれ酷使してきたのが積もり積もってこの瞳に至ったのだろうな……労働の闇だな。
車止めの寸前で停車し、カーナビの電源を落とす。エンジンからキーを抜いて車から降り、しっかりとドアの鍵を閉めた。
……さて。
「お疲れ様ですたづなさん。一足お先に失礼しますね」
目と鼻の先にいる理事長秘書殿に挨拶をして、中庭に続くゲートへつま先を向ける。
そのまま一歩踏み出した瞬間、がしりと肩を鷲掴みにされた。
「たづなさん?」
「トレーナーさん……私、ちょっとだけ疲れちゃいまして。誰でも良いから話を聞いてもらいたい気分なんですよ」
振り向いてはならないという警鐘と、反応しなければ殺されるという本能が脳内でせめぎ合った結果、本能に屈しておもむろに背後を見やる。
「ひえっ」
なんとか悲鳴を堪えようとし、敢えなく失敗してしまった。
そこにいたのは、まるで全てを削り取ったかのごとき虚ろさを湛えた理事長秘書。営業スマイルですらない。なまじ顔かたちが整っているぶん、表情が抜け落ちることで心臓が握り潰されるかのような威圧感だけが放たれている。
基本的に自分の内心は素直に面に出す人だから、別にこれも怒っているわけではない。単純に、感情を練り上げるだけの余裕すら既に無くなっているということだろう。
そんな逆ナン紛いの声掛けをされたところで、こちらとしては全くどきりともしない。びくりとはしているが。
普通、これだけの美人に誘いをかけられれば男なら快く応じるものなのだろうが。しかし、これにほいほいとついていく者がいたとしたら、そいつは余程の豪胆か愚者の二択だろう。
「失礼ですね。女性の、それも上司の顔を見て悲鳴を上げるなんて」
「むしろ上司だからこそ怖いんですよ。それにそういう発言は、今時のコンプライアンス的に不味いのでは」
「そうですね……これは失礼しました。それはそうと、何時になったら私にもそのコンプライアンスが適用されるのでしょうか」
「そ、そんなこと私に言われても……」
私のようなぺーぺーの下っ端に上層部の方針について問われても困る。強いていうなら、理事長が手を抜くことを覚えた時だろうか。
あの理事長、私たちトレーナーには適切な労働時間の維持と休暇の取得を推進するくせに、自分はあり得ないぐらいに働き続けているからな。直属の上司がそうなのだから、秘書であるたづなさんについても言わずもがなである。おまけにトレーナーもトレーナーでバ車ウマのように働いていることに変わりはないので、それに比してたづなさんの業務範囲も際限なく広がっているのかもしれない。
まぁ、少なくともこの直近における悩みの種は、理事長ではなくルドルフとシービー由来だろうが。
そして言うまでもなくそれには私も大いに関わっており、つまるところ彼女にとって私は諸悪の根源である。かつてこの学園において、ここまでたづなさんの手を煩わせた新人がいただろうか。
「ほ、ほら。私もルドルフとシービーの様子を見に行かなくてはいけませんから」
「お二方なら心配いりませんよ。私が一時休戦させましたから。むしろ、トレーナーさんがすぐに顔を見せるとかえって拗れるかもしれません」
「そうですか……」
「"私が"一時休戦させましたから」
「あ、ありがとうございます……?」
「………」
いい加減、堪忍袋が緒も切れたのか。
肩を引かれて強制的に彼女と対面させられ、利き腕の手首をがっちりと掴み取られてしまった。
そのままたづなさんは空いた手でクラウンのノブを引き、助手席の側から運転席へと腰かけた。私もまた、それに引きずり込まれる形で無理やり隣に座らせられる。ばたん、と無情にもドアが閉められてしまった。
こうなったら、もう逃げることも出来ないだろう。
どのみち帰還時に出待ちされていた時点で詰んでいたのだ。避けられない運命だった。もうどうにでもなれとシートベルトを下ろした直後、スムーズに車が発進する。
……よくよく考えればこれは拉致だな。
こんな成人を迎えたいい大人が誘拐されるというのも中々に不甲斐ない話ではあるが、悲しいかなこの学園では決して珍しい光景でもない。最近はいくらか、ほんのちょっぴり改善されてきたとはいえ、それも彼女には関係のない話だろう。よくも悪くも今以上に混沌としていた昔のトレセンを生きたウマ娘はえらくアクティブだ。
学生の身分から卒業すれば大人しくなるかといえばそうでもなく、むしろ行動の幅が広がるぶんかえって手のつけられない存在と化す。それが母と、先生と、スイートルナと、シンザンと、そして彼女の五つのサンプルから導き出した結論だった。
……だとすると、中等部一年生の時点で制御不能なルドルフは将来どうなるのだろう?
「あら、雨が降ってきましたね」
滑らかにハンドルをさばきながら、たづなさんがそうぽつりと呟いた。
ぱたぱたと、大粒の雨がフロントガラスを叩く。ワイパーがそれを拭い去った瞬間、さらに多くの雨粒が打ち付けてきた。
「間一髪のタイミングでしたね。予報にはなかった気がしますけど」
「私はなんとなくそんな気はしていましたが。道中、若干空気の匂いが湿っていましたから」
「そうだったんですか」
万が一にも、あの三人を徒歩で帰らせる羽目にならなくて本当に良かった。
強靭な肉体が生み出す抵抗力か、それともヒトと比べてやや高い体温のお陰なのか。ウマ娘は極めて寒さに強く、雪の降る真冬の有馬記念であっても露出の多い衣装でパフォーマンスを発揮することが出来る程だ。とはいえ、流石にあの距離を雨の中走らせるのは気が引ける。普段から傘もささずに喜んで雨中を駆け回っているシービーはともかくとして、ルドルフはあの格好だし。
「とはいえ面倒ですね。どこかお店に入ったところで、移動する間に濡れてしまいます」
「ならもう家で良いんじゃないですか。たづなさんもその格好だと地味に辛いでしょう」
耳はまだしも、主に尻尾のあたりが。
おおかたどちらかの足の裾まで垂れ下げているのだろうが、それにしたって窮屈極まりないように思える。
生憎ヒトである私にはそれに該当する器官が存在しないので、いまいち実感として分かり辛いものではあるが、ウマ娘にとって尻尾はどうにもデリケートな部位であるようだし。個体差があり、誰が触るかにもよるらしいが、大体の者はそこを刺激されるのに良い感情を抱いていない。
下手に触れば蹴り飛ばされても文句は言えないと、修習課程においても耳にタコが出来る程言い聞かされたものだった。
しかし当のたづなさんといえば、取り立てて落ち着かない様子も見せずにけろっとしている。
「そうでもありませんよ。といっても、私の場合は訓練で慣らしただけなので、他のウマ娘まで同じだと思われても困りますが」
「思いませんよそんなこと。というか、訓練で出来るものなんですね。そもそも普段はどうやって格納しているか知りませんが」
あの丈の短いスカートを履いているとなれば、恐らく上方向に固定しているのだろうが。想像するだけでも窮屈な感じがしてくる。
「気になります?ふふっ、企業秘密です。どうしてもというなら、教えられなくもないですけど」
「結構です。私には一生必要のない技術ですので」
「ムダ知識として抑えておけば、いつか役立つ日が来るかもしれませんよ?」
「雑学として披露したりとか?絶対ドン引きされますよそれ」
そんな下らないやり取りを交わしているうちに、ますます雨の勢いも激しくなってきた。あともう少しすれば、バケツをひっくり返したようなものに変わるだろう。
先程までビゼンニシキが横でそうしていたように。
私も頬杖をついて窓の外側、アスファルトに跳ねる水滴をただ眺めていた。