私の目の前で、トレーナーの顔からみるみる血の気が引いていくのが分かる。
まったくバ鹿な奴だ。こんな人気のない、学園の手から離れた部屋にウマ娘と閉じ込められた時点で、自分が完全に詰んでることぐらい分かるだろうに。瞬時にあの場の力関係を見極め、フェスタの勝負師な性格につけこもうとしたのはいい判断だったが……結果として救済を取り逃がしているのだからどうしようもない。フェスタも言った通り、弱者に与えられるチャンスなど一度きりだけなのだ。
弱者と強者では用意できるカード、切れる手札の数自体に違いがあるのだ。折角だから、このシリウスシンボリが直々に強者の戦い方というものについて教えてやろうと思う。
「フェスタとのチンチロは惜しかったな。面白いものを見せてくれた礼を言ってやる」
「嫌味か?シリウス」
「いいや。実際あの場で講じる手段としては最適解だったろ。フェスタの性格は不合理で破滅的だし、それでも私はアイツの言うことに従わなくちゃならない……この部屋の中では、の話だけどな。だから、アンタのやり方も間違っちゃいない。それが……」
トレーナーの肩を掴み、浮き上がっていたその上半身を再び床へと押さえつける。そのままお互いの鼻が触れあう程まで顔を近づけた。
「………成功していたら、の話だがな。フェスタも言っただろ。『チャンスは一度きり』だ。アンタみたいな弱者には『次』なんてない。『今』こそが重要なのさ」
「どこかで聞いたような話だな。それが、溢れものを率いてターフを一人占めする言い訳になるとでも」
「言い訳なんてどうでもいい。そんなもの後からいくらでもくっつけられる。問題は実際にどう行動に移すかということだ。弱者に与えられる選択肢は少ない」
「だから、どんな手を使ってでも這い上がれということか。『チャンス』とやらを掴めと」
「そうさ。だからアンタはさっき、どんな手を使ってでも勝たなきゃいけなかった。たとえサマをカマしてでもな。今だってそうだ……アタシを蹴っ飛ばしてでもここから逃げなくちゃならない。正当防衛でも教育的指導でも、言い訳なんて後からいくらでもでっち上げられる。そうすれば、こんな冷たいコンクリートにキスしなくて済んだのにな」
「できるわけないだろう、そんな事……担当じゃないとはいえウマ娘を、それも友人に暴力を振るうなんて」
「ハハッ、ほんと甘ちゃんだなアンタは。今アンタを監禁して押し倒してるのは、その友人のウマ娘だぜ……そんなんだから私にも、ルドルフにもいいようにされるんだ。弱い癖に意地なんて張るから、怖い狼に真っ先に目をつけられるんだよ」
そう告げると、私はトレーナーから腰を外して立ち上がる。勿論、解放してやるつもりはない。続いて立ち上がろうとした彼の足を払い、よろめいたところを抱き上げる。
「ほら、捕まえた。もう逃げられないぞ?」
「ぐっ……この」
「おっと、やっぱり力だけはあるなアンタ」
左手を背中に回し、右手を膝の裏に通して……いわゆるお姫様抱っこという格好でトレーナーを運搬する。普通の人間よりは強い力で抵抗されるが、鍛えられたウマ娘の腕力には到底抗える筈もない。その必死の抵抗にかえって加虐心を刺激される。反発すればするだけ相手を喜ばすこともあるのだと、いい加減このトレーナーは学習するべきだと思う。そこについてはあえて教えてやらないが。
「よっ……と。ホントになんでもあるなここ。やべぇブツは全部フェスタが持っていっちまったが」
隅で丸まっていたマットを足で引っ張りだし、そのまま床へと広げる。その上にトレーナーを放り投げて再び上へと股がった。
コンクリート打ちっぱなしの壁と床を、無機質な蛍光灯が照らす倉庫。その中央に敷かれたマットに寝かせられるトレーナーと上にのしかかる私……自分でやっといてなんだが犯罪的な光景だな。でもコイツ、見た目は女そっくりだし……ならいつも通りか。
「なんのつもりだ」
私と同じ事を考えていたのか、えらく緊張した面持ちで私を見上げてくるトレーナー。言っている中身は威勢がいいものの、両手首を掴まれて磔にされた格好では説得力がない。
「別に……いつまでも固い地面に寝かせておくのも可哀想だから、わざわざ床を敷いてやっただけだぜ。長い話になりそうだからな。優しいだろ?まぁ、アンタの返答次第によっちゃあそういう・・・・使い方になるかもしれねぇがな」
「ふざけるな。シリウス……こんなこと、たとえ学園が許しても私が許さないぞ」
「ハハッ、そんな情けない抵抗しかできない口でなにを言ってるんだか。みっともなく体を震わせて、お好きにどうぞって感じだな」
トレーナーを嘲笑いながら、私はいっそう手首を拘束する力を強める。スマートじゃないが、結局のところ相手に言うことを聞かせられる一番のやり方はコレだ。甘い言葉や耳障りのいい道徳よりも、圧倒的な力にこそ人は従う。
「んじゃ、本題に入ろうか。さっき言いかけて止めた、ここにトレーナーを連れてきた理由だが……単刀直入に言う。アンタ、私達のトレーナーになれ」
「そんなことだろうと思ったよ。無理に決まってるだろ……何人いると思ってるんだ。とてもじゃないが全員の面倒なんて見切れない」
「別に正式なトレーナーになれって言ってるわけじゃない。ルドルフやシービーとの契約を切れって話でもない。時間を作って、私達……というよりアイツらのトレーニングを見てやってくれればそれでいい」
「トレーニングのアドバイスをつけるぐらい、中央のトレーナーなら誰だってできるさ。それこそ今年入ったばかりの新人でもな。まだ担当を捕まえられていないトレーナーもいるでしょ?そういう人に頼んでよ」
「それじゃ駄目なんだよ。アンタだからこそ意味があるんだ。分かんねぇかな」
他チームのウマ娘共と同じように、殆どのトレーナーもまた眉をひそめて私達のことを見ている。しかし、中には自分達の方から声をかけてくる奴もいた。でもソイツらは全員トレーナーの言うような新人か、あるいは数年目にして担当の捕まえられないうだつの上がらない連中だった。
走っている子達に才能を見出だしたとか、このまま腐らせるのは勿体ないだとか、聞こえの良いことばかり言っていたが一目見りゃ分かる……あれは私狙いだ。おおかた、私にまたG1をとらせることで自分達の格を上げようって心算だったのだろう。その証拠に連中は私だけにしか話かけてこなかったし、私に断られるとそのままあっさりと引き下がっていった。いくら褒めそやしたところで、結局私以外のウマ娘なんて厄介な腰巾着か、私を勧誘するためのダシ程度にしか捉えていなかったに違いない。
そんな有象無象を掴まえたところで意味はない。やっていることが同じなら尚更、それを誰が行うかにこそ大きな違いが生じるわけだから。
「そこらのへっぽこと組んだところで、落ちこぼれ同士傷を舐めあっていると思われるのが関の山だ。揃って除け者にされるだけさ。だからトレーナーにはなるべく影響力のある奴が望ましい。それにアンタは」
「シンボリルドルフの担当トレーナーだから。……とでも言うつもりか?」
「……そうだ。私達に文句をつける連中は全員生徒会の、ルドルフの味方だ。なのにそのトレーナーが、私達の面倒を見始めたらどうなると思う?」
「私が全方位から叩かれまくるだろうね」
「安心しろ。そうなったとしても私が守ってやるよ。……アンタには指一つ触れさせない」
トレーナーから押さえつけていた手を離し、私はポケットからウマホを取り出す。電源を入れて、ディスプレイに表示された現在時刻を確認した。
「説得力が無くなるのさ。連中の文句にも、ルドルフの言葉にも。皆、なにが正論でなにが詭弁なのか分からなくなる。中には手の平を返す奴も出てくるだろう。そこにつけ入る隙が生まれるわけだ」
「そんな台詞が出てくるってことは、自分の言っていることは詭弁だと分かっているわけか」
「まぁな」
ルドルフがその気になれば、私達のことは力ずくで対処できるだろう。かといって、ただでさえ嫌われ者の私達がへたれればそこで終わりだ。だからこそ、ルドルフが本腰を入れないギリギリでのらりくらりとやり過ごすしかない。単純に、アイツの上からなやり方に従ってやるのが癪だという気持ちもあるが。
「それが目的なら、別に私じゃなくても問題ないだろう。先生にでも頼めばいいじゃないか」
先生、というのは彼がサブトレーナーだった時代に師事していたチーフトレーナーのことで、かつて私を担当していたトレーナーでもある。あのシービーに三冠をとらせたイケイケのトレーナーだ。確かに彼女でも似たような効果は狙えるかもしれないが……。
「駄目だな。お願いしたところであの人が引き受けてくれるとは思えない。それに今もチーム組んでんだろ」
「私は引き受けると思ってるのか?」
「ああ、アンタはチョロいからな。幸薄く尻に敷かれる才能がある。そもそも『対案を出せ』つったのはそっちだろうが。言われた通り、私は歩み寄りの姿勢を見せてやってるつもりだぜ?それと、一つ勘違いしてるみたいだが……私はアンタにはお願いをしているつもりはない」
「っ…!!」
トレーナーの手首から両手を離し、すかさずシャツの襟首を握り込む。腰を少し後ろにずらして、その勢いのまま彼の上半身を引きずり起こした。シャツのボタンが弾けとび、肌蹴てその下にある肌着が開放される。
「命令してんだよ」
近づいてきた顔をがっしりと捉え、お互いの口と口とを重ね合わせる。トレーナーはしばらく目を白黒させていたが、やがて唇を奪われたことに気づくと私を突き飛ばした。
口元を拭いつつ、私を睨みつけてくるトレーナー。その反抗的な態度に高揚しながら、私は再び彼に命じた。
「聞き分けの悪いアンタのためにもう一度言ってやる。私達のトレーナーになれ」
「断る。せいぜいルドルフに怯えながら、自分たちだけで好き勝手やるんだな。私まで巻き込むな」
「ホント、減らず口だけは一人前だな。とはいえこの状況でどうにもならんだろ。だからアンタはさっき、フェスタに一つ嘘を吐いたんだ」
私はトレーナーにウマホのホーム画面を見せてやる。そこに示された時刻は14時59分。
「あのチンチロから明らかに5分は経ってるよな?なのになんでまだ15時にもなっていないんだ?適当な時間を吹いてフェスタを焦らせようって寸法だったんだろ?必死だな」
「くっ……!!」
「ああ、ホントは嘘は一つだけじゃないのかもな。一応待ってみるか。ルドルフから電話が来るかどうか。ほら……15時になったぞ」
そのまま私達の間を沈黙が支配する。やがてディスプレイに映し出された数列の右端、0が1へと移り変わる。
……スマホのコール音は響かなかった。
「やっぱりブラフか。残念だったな……これでもう、私が躊躇する理由はなくなった。最後にもう一度だけ聞いてやる。私達のトレーナーになるつもりは?」
「ない!!」
「………そうか。なら、覚悟しろよ!!」
ぶわりと全身の毛を逆立ててみせる。一度抱き起こした彼の上半身を再度押し倒し、さらに私もその上に覆い被さる。
密着する私達の肉体。もしかしたらルドルフにも同じようなことをされているのかもしれないが、私はアイツよりもスタイルには自信があるんだ。
「シリウス……!?」
たがの外れたウマ娘に組み敷かれたトレーナーの歪んだ顔が目に入った瞬間、私の嗜虐心が一気に昂るのを感じた。
人目はない、外部からの接触もない……誰かを襲うには絶好のシチュエーション。私はこのままコイツを―――――
―――――どうすればいいんだ?
はた、と宙で静止する私の両腕。
「シリウス……?」
「う、うるさい!!黙ってろ」
……分からない。こういう時、相手を押し倒した後どうすればいいのか分からない。
学園では王子様だとかなんとか散々持て囃されているけれど、別にそういう知識や経験が豊富というわけじゃない。
しまった……よく考えればコイツは男だった。ウマ娘を相手にする時と同じノリで迫ったところで、言うことを聞く筈ないじゃないか。
「う…………」
先程までの昂りは嘘のように消え失せ、代わりに焦燥が私の心の中で首をもたげる。
不味い。このまま固まっているのは不味い。せっかく主導権を握ったんだ、早くなにかしなければならない………でもなにをすればいいのか分からない。
キスか?キスすればいいのだろうか。でもさっきコイツはキスをされても意思を曲げなかった。これまでの女は皆、キスどころか視線をくれてやるだけで黄色い声をあげていたというのに。
「違うよシリウス。嘘でもなんでもそれらしいことを言わないと。こういう時はね、こうするんだ……」
「え……?」
そんな私の姿を見かねたのか、トレーナーがこちらの首に腕を回して思い切り引っ張った。
完全なる不意打ちに抗う間もなく胸の上に崩れ落ちる。ぎゅうっと頭の後ろを押さえつけられてしまい、その上にある筈の顔を見上げることもできない。
偶然か、それとも意図した結果だろうか。私のウマミミは丁度トレーナーの顔とぴったり重なって……彼はそれにピトリと口をつけながら、聞き取りやすいように丁寧に囁いた。
『可愛いねシリウス。愛してるよ』
「~~~~~~!!!??」
ゾクゾクっと、背筋を駆け抜ける甘い奔流。
そのまま、私の意識は真っ白になった。
◆
「昔からそうだったもんね、シリウス。一匹狼を気取っている癖に、その実すごく面倒見が良かった。私がルナに虐められた時も、いっつも庇ってくれたのは君だもんね。ごめんねシリウス?最近は中々会いに行けなくて……でも君のことが大好きなのは本当。それは分かってくれるよね?」
「あっ………あっ…………あっ……」
私の胸の上で、シリウスは完全に動かなくなってしまった。試しにゆさゆさと揺さぶってみるものの、まるで糸の切れた操り人形のように手応えがない。そんな中で、唯一ミミだけがバラバラにあちこちを向いて動き回っている。こちらの言葉に返事こそ返しているものの、その中身まで頭に入っているかどうかは甚だ疑わしい。
「こんなもんか」
正直、彼女に押し倒された直後はどうなることかと狼狽したが。まさか自分からドツボに嵌まってくれると思わなかった。この様では二度と私のことをチョロい等とは言うまい。
おおかた、常に責める側にいたせいで責められることに慣れていないのだろう。その責めについても、恐らくキスぐらいが限度なのだろうが……それで無双できていたのだから恐ろしい。飛び抜けた才能は、かえって弱点までもたらすということか。何事も程々が一番というわけだな。
「それにしても……今日は私に運が巡ってきている感じがする」
窮地からここまで華々しい逆転を掴みとったのは久し振りだ。あれがルドルフやシービー相手だったら今頃食べられていただろう。チンチロリンでは少しだけ不甲斐ない結果に終わってしまったが、ひょっとしたらあの時使われなかった運が貯まっていたのかもしれない。
動かなくなったシリウスを脇にどけて、私は素早く立ち上がる。そのまま念願の伸びをした瞬間、肌寒さに大きく身を震わせた。そういえばシャツのボタンが無くなったせいで、前が閉じられなくなったのだった。
一瞬迷ったが、一応最後に彼女にも声をかけておく。万が一にも、こんな光景をルドルフに見られるわけにはいかない。ましてやその場しのぎとはいえ、シリウスを口説いていたなどと知られたらとんでもないことになる。もっとも、彼女が生徒会室にいる以上は杞憂に過ぎないのだけれども。
「シリウス……シリウス!!私はもう出るからな。君もいつまでも寝てないで、さっさと帰るんだよ」
「あ……待ってくれトレーナー。私も一緒に帰る」
ようやく精神が復活したのか、シリウスも立ち上がって後ろについた。ちょこんと、私のシャツの裾を摘まんでいる。そのミミがペタンと倒れ、顔も項垂れてしまっているのが心配といえば心配だが、元通りになればまた監禁されるだろうからこのままでいいのだろう。
器具庫の扉に指をかけ、勢いよく左右に開いた。ぶわりと冷たい秋の風が吹き入れる。数十分ぶりの外の空気がとても懐かしく感じる。ゲームクリアだ。
この施設は思ったより学園の中心に近かったらしい。遠くには青々としたターフが広がっており、こちらに向かって両脇に規則正しく街頭が並んでいるのが見える。そして目の前では、シンボリルドルフが固く両腕を組みながら私達を睨みつけていた。
「ひっ…………!!!??」
咄嗟に、あるいは本能的に全力で扉を閉める。いざ閉じようとする寸前、ガッとなにかに挟まって妨害された。
見下ろすと、そこには扉と扉の間に差し込まれているルドルフの靴先。彼女の両手が扉にかけられ、閉まりかかっていたそれが凄まじい力で再び開放される。
「トレーナー君?私の顔を見るなり悲鳴を上げるとは酷いじゃないか」
メキメキと、鉄製の扉から鳴ってはいけない音が響く。一歩、一歩とこちらに侵入してくるルドルフ。それにつられて、私達もまた一歩一歩と後ろへ下がる。
何故だ。またしても状況が詰んでいる。対抗しようにもルドルフに啖呵を切れる数少ないウマ娘はたった今、私が駄目にしてしまった。
「ルドルフ……ど、どうしてここが分かった?」
「私が会長に通報したのさ」
ルドルフの後ろから、ひょっこりと一人のウマ娘が顔を出した。
「フェ、フェスタてめえ……裏切ったのか?」
「そんな怒るなよシリウス。アンタには言ってなかったがな、そもそもこの部屋はちゃんと生徒会の許可を貰って使用していたものだ。バレるもなにもないんだよ」
「なっ………!?」
「だから問題なのは、そこでなにをしているのかということさ。勝手に火種を持ち込んだのはアンタの方だぜ。なら、その尻拭いも自分でやってくれよ。それで……会長?」
「ああ、今回の件については不問とする。ただしナカヤマフェスタ、あのバックパックの中身については話は別だからな。後日しっかり話を聞かせてもらうとしよう」
「…………了解」
とんでもなく嫌そうな顔をしながらフェスタは脇に逸れる。
それとタイミングを合わせるかのように、さらに一歩こちらへと踏み込んでくるルドルフ。
「さて、そもそもシリウスがなにかやろうとしているのは私にもおおよそ分かっていたんだ。なにせ、これまで私に近づこうともしなかった君の仲間が、今日になって続々と生徒会室に押し寄せてきたのだからね。それが長々と話をしだすようなら、時間稼ぎと考えるのが自然だろう」
「……アイツらはどうした?」
「ちゃんとお話をしたら帰ってくれたよ。物分かりのいい子達ばかりで助かったな。それよりも……」
ルドルフは素早く私の後ろに回り込むと、手慣れた動きでシリウスを捕獲した。彼女の腰に腕を回して、がっしりとホールドする。
「トレーナー君もまだまだやり方が甘い。どれだけ歯の浮くような文句を並べ立てたところで、口だけの誘いに人は乗らないんだ。口説くのなら、しっかりと行動でも示さないとね」
「な、なにを………んむぅ!?」
シリウスが抗議をしかけた瞬間、空いた腕でその顎を掴んでルドルフは口づけを落とす。それも、先程シリウスが私にしたものとはまるで別次元の強烈な接吻。
シリウスの足と尻尾が震えたかと思うと、唐突に全身の力が抜ける。崩れ落ちる彼女の背と足をとり、ルドルフはお姫様抱っこで部屋の奥まで運んでいって……そのままマットの上に放り投げた。
倒れ伏すシリウスの上にウマ乗りになるルドルフ。一部始終を見ていたのではないかと思うぐらい、その動きは私達のものと全く同じで。
「フェスタから聞いたよ。君は私ほど甘くはないんだって?シリウス……なら、それが本当かどうか試してみようか。楽しみだな」
「フェスタぁ……この裏切り者ぉ……」
「最近の君はいささか目に余る。私も旧知の間柄だからと甘くしすぎたのかもしれない。『個人個人と向き合う』ことが重要だと君は言ったな。なら、私も今から君と向き合うとしよう」
「ふざ……けるなぁ……」
息も絶え絶えに喚くシリウスの頭を押さえ込むルドルフの姿は、まさに今にも獲物にかぶりつかんとする獅子の姿そのもので。恐ろしさのあまり直視することもできない。
「こら、トレーナー君。目を伏せては駄目だろう。しっかりと予習しておくといい………これが済んだら次は君の番だからな」
「……………はい」
ああ、どうして私は調子にのってしまったのだろう。かえすがえすも悔やまれる。私にツキが流れてきたことなど、一度たりともないというのに。
「………おつかれさん」
ガラガラ、と後ろで扉が閉められる。
振り返り、最後に見えたものは……憐れみを孕んだ藤色の瞳だった。