シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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時には昔の話を

五月も中盤に差し掛かった頃。

 

アタシは学園の片隅に並ぶ、コンクリート造りの施設の一角に足を運んでいた。

 

「邪魔するよー」

 

ここはチームの部室である。

所々塗装の剥げている扉に、風雨に晒され続けて錆の浮いたノブ。それを掴んで引いてみれば、蝶番から軋むような金属音が響き渡る。

この学園にもそれなりに歴史があるんだなぁ、なんて毎回そんなことを思う。女房と畳じゃないけど、なにかと新しいものを好むから分かりづらいんだよね。

 

扉を後ろ手に閉めながら、黄昏時の薄暗い部室を一望する。

いかにも仕事場といったカンジの、必要最小限のものしか置かれていない殺風景なワンルーム。装飾と言えば一鉢の観葉植物ぐらいだろうか。

真ん中にセットで置かれたソファには、向かい合って座る三つの影。二対一の構図になっていて、劣勢なのはこの部屋の主の方かな。

 

「お疲れミズ・トレーナー。と言っても今日はオフの日だけど」

 

「貴女はともかく私はオフでも仕事なんです。分かったらしばらく大人しくしていなさい」

 

「ほーい」

 

気のない返事をしながら、アタシはシンボリフレンドの隣に腰を下ろした。

気だるそうに大きく溜め息をつかれたが、別に知ったこっちゃない。生憎、そこで素直に引き下がれる程聞き分けのいいウマ娘じゃないんだ。アタシは。

 

深々と背もたれにふんぞり返り、足を組みながら対面に腰かける二人を見やる。

 

堂々と胸を張っているルドルフと、反対にいかにも肩身の狭そうに縮こまっているトレーナー。正確にはもうアタシのトレーナーじゃないけども、中央のトレーナーであることに変わりはないので便宜上こう呼ぶことにする。

なんともまぁ穏やかじゃないというか、まなじりを吊り上げているルドルフとほとほと気疲れした様子の二人。なんと言うか、これじゃまるで……

 

「三者面談みたいだね。トレーナーが生徒で、ルドルフはうるさい親御さん」

 

「あまり茶化すんじゃないシービー。今は大事な話をしているんだから」

 

「はいはい」

 

ルドルフのお小言も横に受け流しつつ、目の前に置かれていた紙を取り上げて読んでみる。

これも担当契約申請願のコピーか。ただしこっちはトレーナーの側から提出するものだけど。右下には彼の印鑑が捺されていて、記載された日付を見る限り今朝方に事務局へと届出されたものらしい。

 

担当ウマ娘の欄には、アタシではなくルドルフの名前が記入されていた。

つまりその事後報告で訪れたんだね、この二人は。ああ、だからこんなお葬式みたいな空気なんだ。これで本当に、トレーナーは推薦移籍を蹴ったということになるから。

まさしく前代未聞。レース関係のマスメディアは話題に困らないというか、今年度はまさしくネタのかきいれ時というところかな。

 

「なにこれ。お説教?」

 

「ただの業務報告ですよ。貴女が面白がるようなことはなにもありません」

 

「もう、そんなつれない態度取らないでよ。アタシたち、これから長い付き合いになるんだからさ」

 

「はぁ………」

 

目元を押さえながら、またしても深々と溜め息を吐いている。

そんな様子じゃあっという間に幸福も逃げてしまうと思うけど、彼女についてはいらない心配かもしれない。元々幸薄いし、逃がすような幸せの容量も無さそうだから。

 

「それにアタシだって無関係ってわけじゃないでしょ?お互い振られちゃった女同士仲良くしましょう」

 

「……………」

 

無言で顔を伏せるシンボリフレンドの代わりに、いかにもバツが悪そうな様子のトレーナー。ルドルフも憮然としながらもなにも口を挟まないでいる。

 

そんな光景を見て、少しだけ溜飲を下げたアタシは、小脇に挟んでいた資料の束を音をたてて置いた。

昼間に学園の図書館と資料庫から回収してきたものだ。再来週のダービーに向けて中身を練るから手伝えって、そう昨晩言われたから忙しい合間を縫ってここまで来たのに。

 

「……ええ、そうですね。今はそっちが優先です。ただ、最後に一言二言伝えておきたいこともあるので。ここではなんですから、外に出なさい」

 

「はい、先生」

 

のっそりと、寝起きのウシみたいな緩慢さでシンボリフレンドは立ち上がり、とぼとぼと部室を出ていってしまった。柳の枝のように、力なく垂れ下がっている尻尾からはどことなく哀愁が漂っている。

声をかけられたトレーナーもまた、しょぼしょぼとした動きで背中を追った。そのまま師に続いて退室し、古めかしい金属音と共に扉が閉められる。

 

最初から最後まで、師弟というより親分と子分のような二人だったけど、こうして見ると中々に相性が良かったようにも思える。

よく考えれば、あの二人の出会いについてもアタシは聞いたことがなかったな。ルドルフと同様、昔からの付き合いらしいけど。

 

「にしても、案外落ち着いてるものだね。あの人のことだから、トレーナーに一発かましても不思議じゃないと思っていたけど」

 

なにせ、愛弟子から盛大に顔に泥を塗りたくられたも同然なのだから。いい笑い者になっている……というわけではないにしても、泣き寝入りで事を済ませるようなウマ娘ではない。

 

もっとも、それはアタシとしても同じことなのだけれども。

なにせ因縁ある新入生相手に直接対決で負けて、それをマスコミにスッ羽抜かれた直後に推薦移籍の破棄ときたものだから、もう大恥もいいところである。何件か慰めの言葉は頂いているものの、その優しさがかえって残酷だった。

しかし仕方ない。勝負とは得てしてこういうものなのだから。納得してそれに挑んだ以上、全てを受け入れるとアタシは心に決めていた。

 

「姉さん自身にも色々と思うところがあるみたいだ。理事長からもなにやら言われていたらしい」

 

「へぇ。学園のトップが直々にね」

 

それもそれで可哀想な話だね。

 

要件だけを見る形式上の審査とはいえ、理事会もまたあの移籍に判を捺している。その長である理事長が今さらどうこう言う資格も本来ないのだが……おおかた、ここまで外部も巻き込んだ大騒動になった以上、最高責任者として知らん顔してはいられなかったのだろう。

シンボリフレンドにとっては散々な話だけれども。ただ、事の発端は彼女の破天荒にあるのだから、これも仕方ないかな。

 

「ただ、この先大変になるのはキミたちの方だと思うけどね」

 

「分かっているさ。それも覚悟の上だ」

 

覚悟か。まぁ、ルドルフにとっては今さらの話だろう。

 

それ以上に厄介なのがトレーナーだ。

世間であれこれ言われていたアタシとの推薦移籍を破棄した。そこまではいい。

けど、その代わりに契約を交わしたのがルドルフとなると、必然的に人々はこう思うだろう。「選抜レースでシービーがルドルフに負けたから、彼女に乗り換えたのだ」と。

 

実際にはそんな単純な話ではないけども。

事実、ルドルフはいの一番に声をかけてきたトレーナーの精鋭陣の誘いもきっぱりと断っているのだから。それが新人と早々にくっついたとなれば、なにやら込み入った事情があるのは自明なんだけどね。

 

もっとも、騒げればいいだけの人たちがそんなとこまで深く考える筈もなく。

今となっては、彼の不義理だけが槍玉に上げられている始末だった。

逆にアタシは同情票のつもりか、人気が数割増になってる状態だけど……どちらも一過性のものだろう。所謂、時間が解決してくれるというヤツかな。

 

「ホント、ルドルフも度しがたい女だね」

 

敏いキミのことだ。こうなることも当然理解していただろうに。

躊躇も遠慮もあったものじゃない。自身の覚悟をそのままトレーナーにも要求している。

彼女が彼に寄せている想いは、激情を飛び越えて既に呪いの域だ。トレーナーはたぶんこの先、ずっとルドルフに逆らえないんだろうなぁ……御愁傷様。

 

ルドルフはなにを今更と肩を竦めると、ふと思いついたように口を開いた。

 

「そう言えばシービー。君に一つ頼みたいことがあるのだが」

 

「キミにさんざん尻尾の毛までむしり取られたこの状況で?少しは容赦とかないの?」

 

「まぁ、そう言わないでくれ。恐らくだが、君にとっても益となることだ」

 

「ふぅん」

 

言ってみろとあごをしゃくってやる。

 

ルドルフは威厳たっぷりに胸に手をやると、高らかにそのお願いを口にした。

 

「君の生徒会に入れて欲しい。この先、私の理想を成し遂げるにあたって、権勢も必要不可欠だとこの度の件で実感したんだ」

 

「理想って……あの、全てのウマ娘を幸せにするとかなんとかってヤツかな」

 

「あぁ。そのためには、なにを置いても力を蓄えなければな。動くのは早ければ早いほど好ましい」

 

「ふーん」

 

まぁ、別にいいだろう。

 

入学翌日に加入させたビゼンニシキという例もあるわけだし。

そもそもうちは万年人手不足だから、人手は多ければ多いほどいい。それが頭の回る人材なら尚更。

野心が旺盛なのも有り難いことだ。彼女がレースにおいて一つでも結果を残した暁には、生徒会長とかいう面倒極まりない役職も押し付けてやろう。推薦移籍がおじゃんになった今、アタシはその肩書きになんの用もないわけだし。

 

それにしても……ウマ娘の幸福だのなんだのと、よく分からないことを言ったものだ。

それも、彼女とトレーナーの過去に起因するものだろうか。あのレースの時にも思ったことだが、アタシはそれについてはまるで知らなかった。

 

「ま、いいよ。でもその代わり、アタシからのお願いも一つ聞いてくれる?」

 

「なにかな?」

 

 

「昔の話を聞かせてよ。キミとトレーナーの出会いについて、ながーい思い出話をね」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という具合に、トレーナーとルドルフはくっついたのさ。めでたしめでたし」

 

 

 

じゃん、とポーズを取って見せるシービー。

 

わざわざ勝負服まで着込んできたぐらいだから、その語りはもう気合いが入っていた。

おかげで私とルドルフの語りが完全に圧されているというか……よく考えれば、最終決戦では私のパートが一つも無かったし。

 

椅子にちょこんと腰かけながら、熱心に聞き入っていた二人の観客に終幕を告げる。

 

 

「ま、こういう経緯があったらしい」

 

 

「……らしいって、なんでトレーナーがそんなあやふやなのさ。ボクが聞いてた話と全然違うじゃん!」

 

向かって右に座っているトウカイテイオーが、ポニーテールを弾ませながら甲高い声でそう抗議してきた。

 

そんな彼女を、隣でぱちぱちと拍手を送っていた芦毛のウマ娘……メジロマックイーンが慌てて制止する。

 

「テイオー!!トレーナーさんにそんなことを言っては駄目でしょう!?折角、こうして歓談の場を設けてくださったというのに」

 

「なにさ!マックイーンだってこの前ぜんぜん違うこと言ってた癖に!」

 

「あ、あれはゴールドシップさんが教えてくれたことで……!!」

 

ばしばしと尻尾で叩き合いながら、顔を突きつけてで火花を散らす幼いウマ娘二人。

どちらも今年度の入学試験を突破し、一週間後にはこの学園の門を潜る予定となっている期待の新人だった。

 

今日は合格者座談会として、各トレーナーがそれぞれに申込のあった新一年生たちに話をすることとなっている。

昨年から、私が理事会とかけあって学園に導入させたイベントだ。入学式後に発覚するダブルブッキングという、あの最悪の事態を少しでも防止することが趣旨である。

 

都合がつけば、こうして担当ウマ娘とも交流することが出来るため、ルドルフに憧れているテイオーからは真っ先に応募があった。マックイーンはそれに引き摺られた形であり、残り一人が病欠したためこうして二人きりとなっている。

自慢じゃないが、私のチームには学園でも五指に入る程の申し込みがあった。抽選まで行ったというのに、こうして二人巡り合うのは運命の悪戯か。

 

「まぁ、そう怒らないでくれテイオー。なにぶん四年も昔の話だから、トレーナー君もあまり記憶が確かではないんだ」

 

ヒートアップする二人を見かねて、慌てて仲裁とフォローに入るルドルフ。シービーとは違って、勝負服ではなく普通の制服だ。

彼女が間に割って入った瞬間、嘘のように大人しくなるのは流石といった所か。テイオーにとっては幼い頃から憧れるウマ娘であり、マックイーンにとっても畏敬を寄せる対象である。

 

「なぁ、トレーナー君?」

 

「あぁ、そうだな」

 

嘘だ。実際はよく覚えている。というか忘れられない。

未熟ゆえの苦い記憶であり、七冠バのトレーナーとして地位を得た今となっても度々夢に見る程だった。話の食い違いが起きているのは、ひとえに私のみならずルドルフとシービーからの視点も加わったためである。

 

テイオーとマックイーンを宥めるのはとりあえずルドルフに任せておいて、先程から腕にじゃれついてくるシービーにそっと感想を述べる。

 

「ルドルフは……まぁ分かってはいたけども。君の独白は正直意外だったよ。あそこまでの感情を寄せられていたとは」

 

「あっ酷いなー。乙女の純情を弄んでおいて出てくる言葉がそれ?罪な男ね」

 

「いや………ああ、うん。あのサブトレーナー卒業祝いの時点で気づいていくべきだったな」

 

「ふふっ、トレーナーもあの時のことはちゃんと覚えてくれていたんだ?」

 

「もちろん」

 

入学式の一週間前。四年前のちょうどこの日のこと。

私の寮部屋で、シービーが二人きりで開いてくれたパーティー。思えばあれが私のトレーナー人生における出発点であり、毎年この時期になると思い出す。

 

あの時には既に彼女は私と共に走るつもりでいて、あれはその記念日でもあったのだろう。その想いを無下にしてしまったことは、ずっと私の心にしこりとなって残っていた。

 

「ま、もう気にしなくていいよそんなことは。結局行き着く先は同じというか、またこうして一緒のチームになれたんだからさ」

 

「君がいいというならいいが……」

 

「いいのいいの。今となっては、あれもほろ苦い思い出の一つよ」

 

そう告げると、ウインクを残して颯爽と三人の方に向かっていくシービー。ルドルフが鎮火させた火種に薪をくべようという魂胆だな。

 

 

彼女の言葉の通り、結局私たちは一つになった。

 

 

ルドルフが史上唯一の七冠を成し遂げたお陰か。そのトレーナーである私は昨年、早くもチーム設立の許しを頂いていた。

そこにすかさず突っ込んできたのがシービーである。他にも競合は大勢いたものの、皆ことごとく打ち倒されてしまい、ルドルフにも唯一素直に受け入れられたことでこの形に収まっている。

 

お陰で総員二名、尚且つ両方とも三冠バというえらく尖りきった構成となってしまったが。

幸い、魑魅魍魎溢れるこの中央トレセン学園では、なんとか悪目立ちしない範囲に収まっている。たぶん……ぎりぎり。

 

「あっそうそう。ついでに一つ。今朝小耳に挟んだんだけどさ、トレーナーには話しておこうと思って」

 

急に立ち止まり、両手を背中で組んでくるりとこちらに振り向いたシービー。

ふりふりと、その尻尾が妙に楽しそうに揺れている。

 

「ほら、今の学園におけるチームってさ、かなり群雄割拠でしょ?どの勢力も強みがあるっていうか」

 

「ああ、その通りだが……それが?」

 

「なんかね、理事長が折角だからそれを存分に活かそうって、大掛かりな対抗戦を企画しているらしいよ」

 

「そうか」

 

いかにもあの人が考えそうなことだ。

形式としてはアオハル杯に近いのだろう。

 

ただ、似たようなチーム戦はこれまでも経験している。と言うか、模擬レースや並走で日常的に繰り返してきたことだ。

故に、強豪の戦力についてはだいたいあたりがついているから……たぶん、結果もそう代わり映えはしないだろう。

 

 

そんな私の見立ては、次のシービーの言葉で完全に粉砕されることとなった。

 

 

「それにあたって、来週ここに新しいトレーナーが赴任してくるんだって。なんでも緊張感が欲しくて、理事長が直々に招いた大物だとか」

 

「そいつの名前は?」

 

 

 

 

「サンデーサイレンス。二十三年前、かのシンザンを五冠にまで育て上げた怪物だよ」

 

 

 

 

 

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