シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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序章の少し後のお話です。


番外
サンデーサイレンスの優雅な一日(前編)


昼風呂もたまにはいいもんだ。

 

とりわけ、こういうちょびっと涼しくなってきた秋の中頃には。

 

 

タオルでざっと髪の水気を取り払うと、一応ドライヤーでも乾かしておく。脱衣所の鏡を横目に見ながらざっとだ。ざっと。

風でぬばたまの長髪がばさばさと乱れ、隙間からはなんとも愛想のない金色の瞳が覗く。血色の悪い裸の上半身にはうっすらとあばらが浮かび、その姿はかつて誰かが言ったように痩せさらばえた野良猫や大ガラスさながらだった。

事実、俺は周りの幾ばくかの人間にとっちゃ不吉の前兆そのものだからな。あながち間違っちゃいねェか。

 

スライド式の扉を勢いよく開けて、廊下の籠に使い終わったバスタオルを放り込む。

 

……と、そこで肝心のシャツがないことに気がついた。

おっかしいな。下着とズボンはちゃんと持ってきていたのに。道中で落としたか?ああ……いや、そうだ。思えば居間に脱ぎっぱなしだったな。

 

「………ったく」

 

カフェなりアイツなり、あそこにいる連中が届けてくれりゃいいものを。

ウチのガキ共はとんと気が利かねェ。普段裸になったら文句言うくせに、こういう肝心な時には服を寄越さねェのかよ。俺に服を着て欲しいのか欲しくないのかどっちなんだか。

 

まぁいいか。ひと風呂浴びた後に、廊下の風でクールダウンと洒落混むのも悪くない。

だいたいあんな布切れ一枚、着てようが着てまいが大して変わらないしな。

そもそも手元にない以上どうしようもないわけだし。ま、一応下だけは履いておくか。

 

 

「~♪~~♪」

 

 

陽気にサンデーサイレンスの歌を鼻ずさみながら、俺は悠々と廊下を闊歩する。

勝手口の隙間から流れ込んでくる涼しげな風に、ぎしぎしと古びた板の音がなんとも言えず心地好い。こういうのわびさびって言うのか?

そう言えば、ニホンの金持ちは庭に石ころを敷き詰めて喜ぶんだったな。おおかた根っからの貧乏性なんだろう。ウチも敷地だけは広いから、時間があったら試してみるか。

 

 

廊下を渡りきり、勢いよく居間の襖を開ける。

 

中央のちゃぶ台に顔を並べているのは、出ていく前と同じ面子。

 

 

「……………」

 

「………はぁ」

 

 

夏の間に消費しきれなかった、御中元の余りの素麺をつつきながら、二人揃ってゴミを見るような目をこちらに寄越してくれた。

 

 

んだよ。ため息なんか吐きやがって。

だいたいお前、さんざん孤児院で泥落としやってきたんだから、もうウマ娘の裸なんざ見慣れて久しいだろうが。カフェに至ってはなんの反応もない。嘆息すらない完全無視。

 

ただでさえ乏しかった俺に対するリスペクトが、最近ますます無くなっている気がするな。コイツら反抗期か?

俺も十歳のころにクソ親ぶん殴って家を飛び出したから、気持ちは分からんでもない。むしろ遅すぎるぐらいだな。

 

 

「~~♪~♪」

 

ガキ共は完全に無視して、居間の最奥にあるいつものスペースへと帰る。

 

……お、あったあった。

 

やっぱりここに出したまま置きっぱなしだったか。

畳の上で丸まっているシャツに袖を通しながら、俺はおもむろに部屋の隅にあるタンスを開けた。中からミントキャンディーのボックスと焼酎の大瓶を取り出して、足で棚を戻すと座布団に戻る。

箱からキャンディーを一つ取り出して、包み紙を開けて口に放り込んだ後、大瓶の栓を開けて一気に煽る。しばらく舌の上で転がした後、小さくなったミントキャンディーばりばりと噛み砕いて焼酎ごとまとめて胃の中に流し込んだ。

 

それを何度か繰り返してから、尻に敷いていた座布団を枕に畳の上にぐでんと仰向けになった。

故郷にいた頃は、床の上に寝っ転がるなんてまるで考えられなかったが、これはこれで中々どうして悪くない。あの窮屈なお屋敷じゃ一生味わえなかったであろう解放感。

 

シャツを胸元まで捲り上げて腹を掻く。ついでに片足で脹ら脛のあたりもばりばりと掻いた。

剥き出しになった素肌を、庭から流れ込んできたそよ風が優しく撫で上げていく。

 

 

「あ"ァ~…………」

 

 

最高だな。

真っ昼間から湯浴みし、好きように食べて呑んで寝っ転がる。怠惰の極み。まさに生きてるってカンジ。

これまで散々働いてきたんだから、自分の家で少しぐらいだらけたって許される筈だ。ゆとりある生き方が世の中のトレンドと言うなら、俺もそれに倣うとしよう。

 

そうだ。どうせだから、孤児院にいる連中からさらに二、三人見繕って仕事を手伝わせてみるか。

俺は楽が出来るし、チビどもは手に職がつく。まさに一石二鳥だな。

 

「……ん」

 

しっかし、どうにも尻尾が落ち着かない。

 

仰向けになるとやり場に困るんだよな。ヒトと違って、俺たちウマ娘にとっては少々圧迫感がある。もっとも、耳の位置関係から横向きになった時にはこちらの方がより快適なので、一長一短といった所か。

 

「ん………んん」

 

だいたい窮屈なのは、ズボンの穴から尻尾を出しているからというのが大きい。

せめてそっちは楽にしようと、もぞもぞと足だけでズボンを脱ごうともがく。ああ、くそ。指で裾が捕まえられねェ。

 

「んん………あン?」

 

 

そうこうしている内に、ふと覆い被さってくる一つの影。

 

 

「………母さん」

 

庭からの風を遮るように枕元に立ちはだかり、深い緑の瞳が俺を見下ろす。

呆れているようで、しかし確かな決意の色がそこにはあった。ああ、またしてもお説教の時間か。

 

「……ンだよ。俺の城で俺が何をしようが俺の勝手だろうが」

 

「そうは言っても限度があります。こんな昼過ぎにようやく起きてきて、そこまでは良いにしても、ようやく顔を洗ったかと思えばこの体たらくとは」

 

「良いだろ。これが大人の休日ってやつだ」

 

「生憎今日は平日ですけどね。私たちは休校日ってだけで」

 

「んなら俺も休みでいいじゃんか。どうせこの時期は暇なんだから……さ」

 

くぁ、と大あくびをかましながら、寝返りをうちつつぼりぼりと腹を掻く。ズボンを脱ぐのは取り敢えず諦めた。

視界の端で、カフェがかつて無い程に軽蔑の目で睨んでくるのを眺めながら、俺はうとうと微睡み始める。鬱陶しいので二人に向けてしっしと尻尾を振ってやった。

 

「……近頃の母さんの生活態度は目に余ります。そこまで無茶のきく歳でもないんですから、もう少し自制してもらわないと」

 

「はいそうですかって、俺が素直に言うこと聞くと思うか?」

 

「思いません。ですので、然るべき対処をとらせて頂きます」

 

「へぇ……どんな?」

 

上体を起こして、下からその澄まし顔を睨み上げてやる。先程からの様子を見るに、何かしらの考えを持っているのは確からしいが、さて何が飛び出してくるのやら。

自慢じゃないが、俺になにかを"させる"ってのはバカみてェに難しいことだ。ましてやコイツは、力関係からして俺に命令出来る立場じゃないしな。

 

自分から切り出しておいて、少し間だけ躊躇しているようだったが……やがてまなじりを決して高らかに宣言した。

 

 

「母さんは、今日から小遣い制です!!とりあえず、一ヶ月に十万から」

 

 

「……………………は?」

 

 

コヅカイセイ?ツキジュウマン?

 

 

……冗談じゃないぜ。俺が月に何億稼いでると思ってやがんだ。

孫の孫の、さらに孫の代まで食っていけるだけの金を蓄えてんだぞ?

 

「勘弁してくれよ。カフェのバイト代以下じゃねェか。それでどう暮らしていけってンだ?」

 

「あくまで小遣い……遊興費の制限ですよ。とりあえず、お酒の量を抑えれば不足はないかと」

 

「ガキにはちょいと難しいかもしれんがな、大人には大人の付き合いってモンがあるんだ。諭吉十人じゃ片付かンのよ」

 

「なら、その度に申告してくれれば別途支給しますよ。ああ、裏取りもするので嘘ついたら分かりますからね」

 

「ぐっ………」

 

ちくしょう。コイツに経理を任せたのは失敗だったか。

 

いや、だがそのお陰で俺がこうしてだらける時間が生み出されたのも事実。コイツは確かに有能だった。ただちょっと、目指すべき地点から少しだけ行き過ぎてしまっただけか。

 

「そうかい。だがな、そんな二度手間してたらお前が大変だろ」

 

「それはもう。ですが、ひとまずは母さんの身体の方が優先なので」

 

とりつく島もない。なんなら、大変なのが分かってるならさっさと改めろとでも言いたげな様子。

 

こうなるとコイツは頑固だ。説得は無理だな。酒を楽しむために仕込んだ帳簿係から酒を取り上げられるとは皮肉なもんだが……まぁ、別に構わない。

任せているのはこの私生活に関わる範囲のみ。俺が扱っている金銭関係のほんの一部分だ。コイツにすら明かしていない収入もまだまだある。

 

「……ハイハイ。オスキニドウゾ」

 

故に、ここは引き下がってやる。自分の預かり知らぬ所から金が湯水のごとく湧いてくると悟れば、流石に諦めるだろ。

 

 

そうしてばたんと大の字に畳に倒れ、顔だけ横に向けた俺の視界に入ってきたのは、真っ直ぐタンスに向かうアイツの姿。

 

 

「は……!?」

 

迷いなく下から二段目の棚を開け、さらに底面を外し中を漁る。

二重構造の隠しスペース。俺はそこに、事業絡みのあれこれを保管していた。その中で得た、私的に使える財産についてもまた……。

 

いや、おかしい。絶対にあり得ない。

その隠し場所を知るのは俺だけだった筈だ。そこに何が入っているかを知っているのも俺だけだった筈なのに。

出し入れは必ず居間に俺だけしかいないタイミングで行っていた。言うまでもなく、存在を示唆するメモの類いも残していない。家族相手にもそれは徹底してきたのだから。だというのにどうやって。

 

「当然、これも取り上げさせて貰いますからね。報酬の振り込まれた通帳とカード、それから私用のクレカも」

 

「いや、なんでお前がそれを知って……」

 

 

「"お友達"が教えてくれました」

 

 

お友達。カフェにとり憑いている亡霊。

言葉を交わせるのはカフェだけだが、一月前の事件以降、コイツも互いを視認することだけは出来るようになったらしい。それなら会話は無理でも、コミュニケーションを交わすことは可能だろう。

 

逆に俺には幽霊が見えない。二人に言われない限り、その存在を察知することは無理だ。たとえ、真横でこちらを覗き込まれていたとしても。

お友達が俺の行動を悟られないまま観察し、それを二人に逐一報告する。至極単純なやり口だが、お陰で俺はコイツらに隠し事をするのはおよそ不可能となったわけだ。

なにが厄介って、あの幽霊、俺のことがいたく嫌いな様子だから、嬉々としてこちらの邪魔をするだろうと言うこと。

 

 

こうなりゃ自棄だ。

 

ウマ娘の力でもって、今のうちにコイツから通帳諸々を取り返してやる。

 

 

全身のバネを駆使して、仰向けの状態から瞬時に反転し四つ足で畳を踏み締める。米国二冠バの実力を遺憾なく発揮して、コンマ数秒で手の届く寸前にまで詰め寄った。

向こうからすれば、あたかも時間が飛んだかのように見えた筈だ。現に、全く状況を理解していない目で固まっている。

 

どうだ。古バもいいところだとは言え、俺だってまだまだ捨てたもんじゃねェだろ。

現役ばりばりのウマ娘相手じゃ流石にキビシイだろうが、ヒト一人捻ることなんて雑作もないんだからなァ。

 

 

「させませんッ……!!」

 

 

「チッ…」

 

が、あと数センチといったところで、見えないナニモノかに畳へ叩きつけられてしまった。うつ伏せに押し倒され、上からのし掛かられる。

 

クソが。"お友達"の野郎。

眼球だけを動かしてちゃぶ台の方を睨むと、カフェもまた同じように満月の瞳でこちらを睨み付けてきた。

 

「三対一……です。大人しく……こちらの言うことに、従ってください」

 

「ダメだダメだ。この歳にもなって小遣い制なんて認めねェ。サンデーサイレンスのブランドに傷がつくからな……」

 

「こんな……真っ昼間から裸になってお酒呑んでる人に……権威なんてありません!」

 

「なんだとォ……!!」

 

舌を動かしながら、当然じたばたと暴れてみるものの、体勢が体勢故に一向に振りほどくことが叶わない。終いにはカフェまで拘束に加わり、結果として俺だけが疲弊していく有り様だった。

 

そうしている間にも、アイツは通帳やクレカを握り締めて居間を出ていってしまった。

仮に追って取り返せたところで、今度はお友達に没収されるだけか。使役しているカフェを籠絡しようにも、俺に対する一番の強硬派だから望み薄だし、なんなら亡霊はカフェの意思に反しても行動出来る。バカ息子が帰ってきても、きっとコイツらの肩を持つだろうから、そうなりゃ四対一だ。

 

「はァ……………」

 

まさかこんな形でクーデターを起こされるとは。なまじ、動機が俺自身の為と言うこともあって極めてやり辛い。

 

 

結局、俺はその提案を受け入れるしかなく。

 

 

今ここに、サンデーサイレンス強制矯正プログラムが開始されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぁ……あー、ねむ……」

 

 

俺は場所を移した縁側で、変わらずごろごろと日向ぼっこに勤しんでいた。当然、両腕には焼酎の大瓶とミントキャンディーのボックスを抱えている。

 

決してだらけているわけではない。

脳ミソをフル稼働させて月十万での遣り繰りを検討している真っ最中だ。

 

最初は自由に使える金額のあまりの落差に戸惑いこそしたものの、よくよく考えれば十万もあればまず困らない。俺は吝嗇家というわけじゃないが、元々幸福のボーダーが低いためか、そこまで金遣いの荒いタチじゃなかった。

かといって、いきなり生活のレベルを落とすのもキツいっちゃキツい。暫くはルナやシンザンにでも奢らせて急場を凌ぐか。

 

 

そうつらつらと思考を巡らせていると、不意に庭先の茂みががささと音を立てた。

ちょうど、玄関に抜ける通路の真ん中に生えたものだ。しばらく使ってなかったから、あの辺りは伸び放題なんだよな。

 

 

「…………誰だァ?」

 

すわ侵入者かと一瞬身構えたが、よく考えなくともそんな輩がバカ正直に通路を辿ってくるわけないか。

ま、仮にそういう手合いだったとしても返り討ちにするだけだが。

 

こちらの問い掛けに応じるように、ウマ娘のガキが勢いよく俺の目の前に飛び出してきた。

白いワンピースの上に、薄手のアウターを羽織っている。お気に入りなのか知らないが、頭にはいつも通り麦わら帽子を乗っけていた。もう日射しのキツい時期じゃあるまいに。こんな陽気に勿体ない。

 

「こんにちは」

 

「あァ、シンボリのガキか。アポを貰った記憶はねェぞ」

 

「必要ないでしょ。だって凄く暇そうだし」

 

そのガキ……シンボリルドルフは、そう言いながらずかずかと遠慮なしに枕元に寄ってくる。

 

 

無視してもいいが……もしかすれば、コイツは使えるかもな。

 

 

新しく別の算段を打ち立てながら、俺は重たい頭を抱えてのっそりと身を起こした。

 

 

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