シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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サンデーサイレンスの優雅な一日(中編)

「そういや、ここ最近は見なかったな」

 

「うん。ちょっとお祖母ちゃんと一緒にね、アメリカに行ってきたの」

 

「へぇ………アメリカにねェ」

 

わざわざ夏休みの最後を使ってまで行くような所でもないだろうに。普通、レース目当てなら五月から六月にかけてだろ。

この前はフランスで、今回はアメリカと来たら次はどこに連れていかれるのやら。てっきり、欧州制覇が先だと思ってたんだがな。

 

「あっちでなにして来たんだ?」

 

「えっとね。レース場見たり、向こうのトレセンも見させてもらったり。普通に観光地にも行ったよ。あと、銃を撃ったりもした」

 

「銃か。俺も向こうにいた頃は散々ぶっ放したモンだぜ」

 

指で拳銃を形作り、BANG!!と撃つ真似をして見せる。

この国じゃ流鏑馬を筆頭に、ウマ娘が弓矢を扱うのが伝統らしいが、アメリカでは武器と言えば専ら銃。特にライフル射撃は、レースに次いで俺の大得意だった。

今だって猟銃の免許は持ってんだがな。お国柄か、中々撃つ機会に恵まれない。

 

 

さて、世間話はこれぐらいにして。

 

 

そろそろ本題に入るとしよう。

 

 

「ところで、ルナは元気にしてッか?」

 

少しばかり眠気の残る頭をゆるゆると振りながら、俺は縁側で足を揺らすシンボリルドルフにそう切り出した。

つい先月話をしたばかりの相手について、その健在を伺うのもどうかと思うが、話の掴みなんで別に良いだろう。

 

シンボリルドルフは麦わら帽子を外して脇に置くと、どこか怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。

風に吹かれてゆらゆらと、耳元のアクセサリーが揺れていた。

 

「……ルナ?私は元気だけど」

 

「あァ、違う違う。お前の母親のことだ」

 

「ああ……そっちか。もう。次からはちゃんと名前で呼んでよね」

 

「ハイハイ」

 

まったく紛らわしい。娘を自分の愛称で呼ばせるなんざどうかしてるぜ。

 

まぁ、スイートルナから三日月の流星を持つウマ娘が生まれてきたと知った時には、少々出来すぎているような気がしたのも事実ではある。

だからか知らないが、ルナは昔からコイツを溺愛している。もっとも親からすれば、我が子なんて多かれ少なかれ生き写しに見える部分があるのだけれども。

 

俺とカフェなんか似過ぎていて気持ち悪いなんて、面と向かって言われるぐらいだからなァ。それも、他ならぬカフェ本人から。

 

「お母さんなら変わりないけど……どうかしたの?」

 

「いや、ちょっと大人の事情でな。ちょいとアイツと話がしたいというか」

 

「なら会いに行けばいいじゃない」

 

「それが出来りゃ苦労しねェさ。どう言うわけだか、俺はシンボリ邸を出禁にされててな。取り次いで貰えんのさ」

 

いや……一応、理由については実はちゃんと分かっている。

 

あのバカ息子その二を、俺の名代として向こうに送り込んだところからケチがついた。

これまで取り次いで貰えたのは、諸々の交渉やら手続きやらが俺にしか出来ないと思われていたが故の、言わば致し方なしな対応というわけだ。

 

しかしそこに、カウンターパートとして不足なく、尚且つ話も通じる上に素行も良好なアイツが登場したとなると。

当然の成り行きとして、問題児サンデーサイレンスはあっという間にお払い箱。

 

このシンボリルドルフは言うまでもないが、ルナやフレンドの奴からもいたく気に入られているときた。

現状、俺がそこに割って入れる余地は殆どない。保護者としてどうにかぎりぎり、最低限の立場を保っている程度である。

 

悲しいかな、十年来の友人よりもたった一ヶ月付き合ったばかりのお利口さんの方が、連中にとってはずっと価値があるらしい。

まったく、薄情にも程があるだろ。

 

「だがお前から口利いてくれればどうにかなるかもしれん。ルナの野郎、お前には甘々だもんな」

 

「どうだろ……線引きはちゃんとあると思うけど。それにしても、家人に頼って入れてもらうなんて、まるで家から追い出された飼い猫みたいだね」

 

「うっせ」

 

「まあいいよ、招待してあげる。それで、ご用件は?」

 

「だから大人の事情だよ。ちょっと込み入っててな……」

 

 

「それって、ウチでお酒を呑もうってこと?あわよくばお金も借りるとか」

 

 

「…………………」

 

二の句が継げない俺にずいと詰め寄って、自分のウマホを見せつけてくるシンボリルドルフ。

 

その画面にはメッセージアプリが立ち上げられていて、つい一時間ほど前に交わされたカフェとのやり取りが記録されていた。

昼に起きた出来事のあらましと、いずれシンボリに泣きつくかもしれないという予測。その際、一番丸め込みやすそうな最年少のルドルフに接触するだろうから、絶対に相手をするなという警告が記されている。

 

 

…………根回しが早すぎンだろ。

 

 

「………違う」

 

「なに、いまの間」

 

「いや、とにかくだ。積もり積もった話があるのは事実なンだよ。この歳になると顧みるべき過去だって多い」

 

「微塵も顧みなかったからこそ、ここまで追い込まれているんじゃないの?」

 

ダメだ。コイツを丸め込むのはあまりにも効率が悪すぎる。

どうすっかな。もう諦めて大人しく生活習慣の改善に励むとするか?いや……ここで退いてはサンデーサイレンスの名が廃る。この程度の苦境、これまで数え切れない程乗り越えてきただろうが。

 

「もう観念したら?良い機会だと思って健康優良バを目指してみたらいいでしょ」

 

「ほっとけ。堕落こそが快楽の本質なんだよ。だいたいお前にとっちゃ、俺の健康なんざクソ程どうでも良いことだろうが」

 

「うん。だけど、貴女が倒れたら悲しんじゃう人もいるから」

 

それが誰かなんて今さら聞くまでもない。

どうせだから利用させてもらおうか。元はと言えば、仕掛けてきたのはアイツの方だし。

 

騙せないなら取引すれば良いだけだ。

幸い、こっちには切れるカードも沢山ある。

 

「そういやお前、こないだウチに泊まりたいとか言ってたよな」

 

「……私から母さんに取り次げってこと?」

 

「話が早いな。ああ、それが上手くいったら許可してやるよ」

 

「たしか前に、お母さんが一度だけなんでもおねだり聞いてくれるって言ってたけど。でも、そんな貴重な一回をここで使うのもなぁ……?」

 

「あーハイハイ。アイツと部屋も一緒。風呂も一緒。ベッドも一緒。これでいいかァ」

 

「分かった!!」

 

瞬間、猛烈な勢いでウマホのタップを始めるシンボリルドルフ。

後はなるようになれ。やっぱり自分がリスクを負わない取引ってのは最高だな。

 

件のおねだりチャンスとやらが本当かどうかは知らないが、案外アポ取りはスムーズに行ったようで、ものの数十秒で俺の出禁は解除された。

 

「……ん。本邸まで今すぐ来いって」

 

「そうかい、ご苦労さん。んじゃ俺はもう行くから、お前は好きなようにしてろ」

 

「分かった」

 

縁側で立ち上がり、腕を回して固まった筋肉を解しにかかる。

さて、流石にこの格好で屋敷まで向かうわけにはいかない。最低限身仕度はしておくか。

 

廊下に引っ込む俺の前を、靴を脱いで上がったシンボリルドルフがたったかと軽快に走っていく。

 

と、行く手の突き当たりには、洗濯物を抱えて横切るアイツの姿。

 

 

「!!!!!!!」

 

 

それを認めた瞬間、電流でも流したみてェにピンと真っ直ぐに跳ね上がるシンボリルドルフの尻尾。

そしてそのまま、飼い主を出迎える犬さながらに一直線に駆け寄っていく。あっという間に角を曲がったかと思うと、けたたましい衝突音と「きいいぃぃぃぃ!!!」という歓喜の雄叫びが轟いてきた。

 

……そういや、期間についてはなんも取り決めに入れてなかったな。

今日が金曜で、さらに土日祝と最高で四日はあるわけだ。途中で満足して帰っていく可能性は……………ゼロだろうな。

 

 

ま、いいか。

後はお二人でよろしくやってくれ。

 

 

惨劇は無視して、俺は突き当たりを反対に曲がり自室を目指す。

クリーニングに出したばかりのスーツがある。とりあえずはそれを着ていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、シンボリ邸を訪れて数時間。

俺は期待通り、夕食の席に招かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……ただし、にんじんとミルクのスムージーを片手に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だいたい、貴女の素行不良については私とて何度も正そうとしてきました。一向に聞き入れては貰えませんでしたが……」

 

「……仮にも組織の長たるもの、下の者の模範としてあるべき態度というものがあり……ましてやそれを諌められることなどあってはならず………それに貴女は親であり尚且つ教育者であって………」

 

「……生活の乱れは心の乱れ。精神の乱れ。まぁ、貴女にこれ以上乱れるもの等ないでしょうが、だからこそこの機会に心を入れ換えて……生まれ変わる決意を……」

 

「……だいたい、収入源を全て明かさないままに資金援助の交渉に出向かせるとはどういう了見です?お陰であの子、いよいよ後にも退けなくなって……ああ、あの子の爪の垢を煎じてそのスムージーにぶちこんでやりたいぐらいでしたわ。本当に………」

 

 

 

 

「……だる」

 

 

 

 

つい、と壁にかけられた時計の文字盤を見やると、既に二十一時をまわっていた。

 

かれこれ五時間にもわたって、ルナは説教を垂れ続けていたというわけだ。

 

「なにか言いまして?あの子に代わって、私が言うべきことを言って差し上げているというものを」

 

「おいおいおいおい。シンボリってのは他所様の家庭に首突っ込める程偉いンかよ」

 

「ルナがあそこに泊まっている以上、もう他所様ではありませんわね」

 

「ああ、そうかいそうかい………はぁ」

 

 

だる。めっちゃだる。

 

 

なんでも、シンボリルドルフのみならずスイートルナにも……と言うよりシンボリ全体に俺の矯正プログラムが周知されているらしい。

元から俺の素行の悪さに大層辟易していたコイツは、これ幸いとこうして呼び出して、性根を叩き直してやろうと意気込んでるわけだ。当然、酒なんか出てくるわけがない。

 

「言っておきますけど、ミノルもシンザンも貴女に奢ったりなんかしませんからね。既に言質も取ってあります」

 

「ウッソだろ。そりゃあ流石にやり過ぎだと思うぜルナちゃん」

 

「こんなのまだまだ序の口です。明日からは北海道でメジロ・ブートキャンプに参加してもらいますから、そのつもりで」

 

「はァ……!?」

 

メジロ・ブートキャンプとは、メジロの警備隊が実施している軍隊顔負けのスパルタ訓練である。

家同士の繋がりが深い故か、シンボリの警備隊も毎度顔を出しており、殆ど合同訓練と言ってもいい。

 

この両家の保有する戦闘集団も中々に粒揃いだ。

金にあかせて良質な装備を取り揃えているというのもあるが、聞くところによれば、生え抜きのみならず警察だの自衛隊だのから退官した連中をも抱え込んでいるらしい。そこに厳しい訓練を課すことによって、高い練度を維持してるわけだ。

 

 

んで、そこに俺をぶちこんでやろうっていう魂胆なんだな。

 

 

「無情だと思わないかい。見ろよこのカラダ……骨が浮いて足も曲がってる。あんな屈強な連中の溜まり場に放り込まれたら、こんな貧相なウマ娘なんてよってたかって虐められちまうだろ。俺はそれがもう怖くて怖くて」

 

「よくいいましたわね。初めてここに来た時、ウチの軍バやばんバたちが随分お世話になったことをもうお忘れで」

 

「とにかく、俺はそんなのは真っ平ゴメンだ。もう二度とここには来ねェ。あばよ」

 

邪魔したぜェと言い残して、俺はホールを飛び出した。

客人を招いているためか、警備の姿もそこかしこに見られたが、一切気にせずに横をぶち抜いていく。

 

声をかけてきたり、あるいは引き留めようとしてくる奴もいたが気にしない。止まれと言われて止まる俺じゃないし、ましてや追いかけっこで勝とうなんざ万年早い。

途中で捕り物に参加してきたシンボリフレンドだけは、流石中央で走っていただけあってそれなりに良い勝負をしていたものの、それでも俺を捕らえるには至らなかった。

 

 

そのまま廊下から玄関、庭、正門へと駆け抜け屋敷を後にする。

 

 

その後も何度か背後を確かめてみたものの、どうやらもう追手はいないらしい。

あのまま屋敷に泊まっていたら、次に目を醒ました時には北の大地だったろう。油断も隙もまるであったもんじゃない。

 

 

「はぁ~~~~~~~……………………」

 

 

今年一番にバカでかいため息を漏らしながら、俺はぼてぼてとした足取りで夜道を歩く。

 

 

いやー……どうすっかな。コレ。

 

完全に外堀が埋められちまったよ。

 

 

言質がどうとか言ってたわけだし、ここでシンザンやミノルの奴に泣きつくのは悪手だよな。

仮に再び同じような窮地に陥った場合、流石の俺でもあの二人相手に逃げ切れるとは断言出来ない。

ミノルはまぁ、アイツも飲んべえ仲間だからお説教ぐらいで済ましてくれるかもしれんが……問題なのはシンザンの方だ。最近、笹針師とかいう怪しい仕事に手を出していて、その被験体を欲しがってるとかなんとか。

昔のアイツならともかく、長年に渡る過酷な生徒会業務で壊れちまった今のアイツは、きっと恩師にだって手を掛けるだろう。

 

 

四面楚歌。

おまけによく思い出せば、「とりあえず月に十万」とか言ってたような。つまり、場合によってはさらに引き下げられて、しまいには全額没収まであり得るということ。

 

俺に対抗手段は……ない。

 

 

「チッ………」

 

 

分かっている。

 

全ては俺の不摂生が招いたことだ。ひっそりと愛想を尽かされるよりも、こうして構って貰えるだけまだマシだという見方だってあるかもしれない。

 

だがあの快楽……惰眠を心行くまで貪ったあと、だらしない格好で、大好物の飴を肴にクソみてェな飲み方で酒を嗜みながら、快適な居間で思う存分ごろごろする。

それを一度でも味わってしまった以上、今さらそれを手放すのはあまりにも惜しい。麻薬のようなものだ。

身体に悪いことは重々承知であるが、しかし世の中において快楽を覚える事柄には得てして不健康がつきまとうものじゃねェか。

 

「~♪~~♪」

 

寂しい気分を少しでも紛らわそうと、サンデーサイレンスの歌を鼻ずさみながらとぼとぼと夜の街を徘徊する。

ショーウィンドウに映った俺の姿は、ネクタイが緩み襟元が乱れていることもあってか、酷くみすぼらしく見えた。まるで週末のサラリーマンのような……ああ、実際今日は金曜日だったな。

 

道理で、こんな時間でも人の往来が盛んなわけだ。

 

横一列にこちらへ向かってくる、赤ら顔の群れを睨みつけて威嚇してやる。一瞬で酔いが醒めたのか、血の気の抜けた青色のまま道端に団子になって道を譲ってきた。

堂々とそこを抜けると、ふと目についたのは青と緑の蛍光色。

 

 

「………あン?」

 

 

二十四時間、三百六十五日営業。

 

疲れた大人の味方……コンビニエンスストアだった。

 

 

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