シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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サンデーサイレンスの優雅な一日(後編)

背中を丸めながら自動ドアを潜れば、出迎えてくれるのはお馴染みのメロディ。

 

手前に積まれた緑のカゴをひっつかんで、足早に店の最奥に据え置かれた冷蔵ケースを目指す。

週末の夜だというのに、人の入りは随分と少なかった。窓ガラスの向こうで、タイを緩めたサラリーマン二人が、灰皿を挟んで煙を吐きつつ談笑に興じているぐらいか。

タバコか。不良と貶されて久しい俺だが、それでもヤニはある程度慎んでいる。一応、家にはガキだっているわけだしな。

 

「~~♪~♪……~♪」

 

一節を終え、再び先頭から歌を流しつつ、ショーケースを眺めていく。

 

そういや、コンビニで買い物することもあまり無かったんだよな。

押し並べて割高だし。今となっては数百円の金額の違いを気にするような身分でもないが、いかんせん昔のスラム時代の癖が抜けねェ。

走って十分のスーパーなら手頃な価格で手に入るわけだし、わざわざこんなコスパの悪い店に用なんざ無いってこった。

 

ほら、ここに並んだ酒だってどれもこれも値札の数字をかさ増ししやがって。

自分で作った方が何倍もマシだよなァ………ああ、そういや酒造は犯罪だったか。ままならねェな。

 

 

「………ん?」

 

 

あれやこれやと眺めてると、ふと一つの銘柄が目についた。

 

アルコール度数十パーセント以上。それでいて百何十円かに収まるほど安価な発泡酒。

 

他と比べても明らかにコスパがいい。と同時に、以前とあるバラエティー番組で取り上げられていたことも思い出した。

なんでもアルコール度数のわりに口当たりが良く、ついつい飲み過ぎてしまうだとかなんとか。良く考えれば、酔うために酒を嗜んでいる俺にとってはまさしくうってつけの存在かもしれない。

ウマ娘はヒトと比較して毒素に対する抵抗力が強く、それはエタノールについても例外ではない。ならちょいとばかし、弾けても問題ないだろ。

 

「~~♪~♪」

 

ショーケースを開けて、次々と缶をカゴの中に放り込んでいく。

俺はこの銘柄をこれまで嗜んだことがないから、良し悪しについてはいまいちピンとこない。適当に、あるだけ全て詰め込んでおいた。

 

一通り漁った後、レジまでそれを持っていく。

道中、味付けうずら卵だのゲソ揚げだのと、つまみになりそうなものも見かけたのでぽいぽいと放り込む。

 

「五千八百円になります。ポイントカード等は……」

 

「……あァ。持ち合わせてねェな」

 

黒い皮造りの財布を開いてみるが、案の定こちらに携帯していたクレカも抜き取られている。

代わりに覚えのない一万円札が、十枚ほど札入れに補充されていたので、取り敢えずはそれで会計を済ませる。

 

「ありあっしたー」

 

カゴ一杯に詰め込まれた缶は、袋二つぶんに仕分けられて寄越された。

受け取ってみれば、ずっしりとした重さのままに両手の平に食い込む。こりゃヒトにはだいぶキツいだろうな。

 

のそのそと、棚の前を抜けて出口へ。

 

途中、URAとコラボでもしたのだろう、中央のウマ娘がデザインされたエナジードリンクも見かけた。

競技ウマ娘の主な収入源はレースの賞金だが、こういうきっかけで入ってくるロイヤリティもバカにならない。G1の賞金とは比べるべくもないが、塵も積もればなんとやらだ。

 

かくいう俺も、アメリカではグッズで随分と稼がせて貰ったモンだ。

人気なんてのは気紛れも良いところで、ファンなんざちょっと顔を見せてやらなきゃすぐ浮気する薄情者の代名詞だが、それでもレースにおいて身を立てる上では無視できない。

こんなコラボ缶ですら、二桁も買い漁っていくような財布の口が緩すぎる連中だっているわけだしな。もっとも、今の俺は人のこと言える格好じゃないが。

 

「~♪~~♪」

 

ガシャガシャと袋を騒々しく揺らしながら、喧騒に包まれた街を道なりに進んでいく。

 

そう言えば、この近くにはデカい駅があるんだったな。たしか、この大通りを数百メートル後ろに向かった突き当たりだ。

線路を挟んで住宅地と繁華街がそれぞれ広がっており、今こうして歩いているのは後者のエリアとなる。

これまた随分と栄えているが、そのぶん治安が悪くなるのも宿命だろうか。先程からちらほらと、歩哨している警官の姿が目に入る。

 

そしてそれを気にも止めず、向かいから肩で風を切りつつ近づいてくる学生の群れ。

 

イワシみてェだな、なんて思いながらなんとはなしに目で追っていると、それが気に障ったのかリーダーらしき先頭の輩が一直線にこちらへ詰め寄ってきた。

 

「おい。音痴の癖にゴキゲンに歌ってんじゃねぇよ。迷惑だろうが」

 

「~~♪………………ア"ァ?」

 

「あ、じゃねえって。なに、喧嘩売ってんの?いきなりガンつけやがってさぁ。ウマ娘ってのはそんなに偉いワケ?」

 

 

んだクソガキ。

テメェこそ、ンな腐った声でキーキー喚いてんじゃねェよ。チビザル共が。

 

こちとら現役時代、嫌々ながらアイドルの真似事をさせられてたんだぞ。

つーか目があっただけで絡んでくるとか今日日あり得んのかよ。ウマ娘を相手取る度胸だけは評価してやらんこともないが、おおかた袋で両手が塞がってるのを好機と見ただけだろうな。

 

お花畑が。これまで一度だって、ウマ娘に蹴られた覚えがないんだろう。

なんなら本当に喧嘩を売ってやろうか。ただし、俺なりのやり方で。

 

…………いや、それも賢くないな。

 

〆るのは容易いが、しかし余りにも人目につきすぎる。

普段はんなことも気にしないが、生憎ここは警官が多い。万が一にも面倒になれば、身元引受人は間違いなくシンボリになるだろう。

追手は撒いたとはいえ、ここはまだ連中のテリトリー。あっという間に屋敷へと連れ戻され、そのまま梱包されて北に出荷されることとなるのがオチだ。

 

「■■■■。■■■■■■■■。■■■………        

 

故に、ここは穏便に済ませてやる。

暴力の代わりに、公表されればイメージ損失まっしぐらな、聞くに耐えないスラングを早口で捲し立ててやった。

 

もっとも、俺に今さら損なうだけのイメージがあるかは甚だ疑問だが……ああ、そう言えば昔、ライブの間奏でコレやった時には優勝レイ剥奪されたんだったか。

品位がどうとか。ならさっさと薬のアレコレをどうにかしろって、理事会の連中に声を大にして言ってやるんだったな。俺は正々堂々と戦ってたってのによ。

 

「……んだよ、ガイジンかよ。コイツら見た目で区別つかねぇんだよな。萎えたわもういいよ行こーぜ」

 

言葉が通じないと見るや否や、取り巻きを引き連れてさっさと横を抜けていくガキ。

 

外国語で捲し立ててやれば、ウザ絡みをほぼ確実にいなすことが出来る。俺がニホンに来て最初に会得したライフハックだ。

最近じゃあ、この国でも英語を解する連中が増えてきて、少々効き目の程も怪しくなってきたが。とは言えあの頭空っぽなツラを見る限り、アイツらは違うだろうと踏んでみれば案の定だった。

無論、仮に勉強熱心だったところで、スラムの身内言語を知る機会なんざ無いだろうが。

 

「はぁ……………だる」

 

子供には財布を握られ、息子を売って掴んだ夕食の席では酒にありつけず、おまけにクソガキに絡まれる有り様。

一発ぶん殴りもしなかったせいで、行き場を失くした加虐心だけがむらむらと胸の縁でとぐろを巻いていた。

 

 

それを噛み殺しつつ、コートの裾をはためかせながら帰路を急ぐ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

ひたすら心を無に保ち、足早に道を辿ること一時間弱。

 

 

ようやっと、自分の城まで帰ってきた。

ぽつぽつと部屋についた灯りは、はてさて一体誰のものか。

 

両手が塞がっているので、乱暴に音を立てつつ足で扉をスライドさせる。

最悪、締め出されていることも心の片隅で覚悟していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 

「大黒柱さまのお帰りだぞー。出迎えの一つもねェのかァ。おーい」

 

駄目だ。全く返事がない。

ふん、いいさ。わざわざ玄関まで出てくることなんざ端から期待してねェよ。

 

ガシャガシャと缶を打ち鳴らしながら、真っ直ぐ居間の方へと向かう。

まったく。今日はずっとここでごろごろしている予定だったのに、とんだ無駄足を踏まされたもんだ。相変わらずぎしぎしと悲鳴を上げる板の音にも、趣を感じている余裕は既に無くなっている。

 

玄関と同じく足で襖を開くと、予想に反してちゃぶ台には誰もいない。カフェも息子二人も、この時間は部屋に籠っているか。

その代わりと言ってはなんだが、奥にある俺の座布団を枕にのんびりと寛いでいる一匹のウマ娘。

 

「あ、お帰りなさい」

 

「お帰りなさいじゃねェだろ。なに勝手に家主のスペースに居座ってやがる。図々しいにも程度ってモノがあンだろ」

 

「なに、その言い方。ルナのおかげで本邸に入れたんだから、こう、もっと感謝してくれたっていいんだよ?」

 

「礼を言うことなんざないな。まったく。お陰で酷い目にあった。お前の母親は加減ってのがまるで分かっちゃいない」

 

座布団のすぐ側に袋を放り投げれば、缶同士の互いに衝突し擦れ合った金属音が凄まじい音が炸裂する。

耳元でそれを聞かせられたシンボリルドルフは、それはもう不快そうに顔をしかめつつ渋々そこから退いた。最後っ屁とばかりに忌々しそうに睨み付けられるものの、一切反応をやらずにコートをその場で脱ぎ捨てる。

 

そのまま袋に手を突っ込んで適当に缶を引っ張り出し、ついでにつまみも取り出して開封する。

座布団に胡座をかいてみれば、ズボン越しに尻に生暖かく伝わってくる体温の残り。さてはこのガキ、少なく見積もっても三十分はここで寝ていたな。

 

「ってか、なんだよそのカッコ。裾がダボダボじゃねェか。みっともない」

 

「貴女にだけは絶対に言われたくないんだけど……仕方ないでしょ。だって、着替えなんて持ち合わせていなかったんだから」

 

「んで、アイツから借り上げたってわけだ」

 

「違うよ。お願いしたらくれたの。『コレあげるから、他についてはもう見逃して下さい』って言ってたもの」

 

「そりゃ、おねだりじゃなくて脅迫って言うんだぜ」

 

「えへへ。ねぇ、これってもしかして、彼シャツってやつかな。ふふ」

 

「あー……ああ、はいはい。そうかもな。おめでとさん」

 

たかだかシャツ一枚で大満足とは、なんともコスパのいい女だことで。

 

ぶかぶかの袖をふりふりとさせてその場で三回転。さらに胸元を引き上げて残り香を嗅ぎ、一人で頬を紅潮させている。

……よく見ればそれ、今朝からアイツが着てたやつだ。

 

ウマ娘は嗅覚が鋭く、体臭やフェロモンを感知する能力も優れている。

この辺り、ウマ娘と婚姻した者がまず浮気出来ない理由でもあるわけだ。ほぼ百パーセント見抜かれるからな。

 

「ふん」

 

まいいか。折角だし、目の前でシャツと戯れるシンボリルドルフの一人芝居を肴にでもするとしよう。

 

プルタブを上げ、一気に中身を喉の奥まで流し込む。

 

……悪くはないな。良くもないが、価格も加味してぎりぎり及第点はやれるだろう。

 

俺はあの三本足と違って、酒の質についてはそこまで拘らない。

大して目利きが出来る方でもないし、正直酔えさえすればなんでも良いだろうと考えている部分もある。

しかしそんな俺でも、普段のそれなりに値が張る銘柄とは比べるべくもないことが分かってしまう。要するにその程度だ。安かろう、悪かろうを地で行くスタイルなんだろう。

 

 

ただまァ、それもそのうち慣れるか。

 

 

慣れさえすればなんの問題もない。

割高なコンビニではなく、いつものスーパーで買い求めりゃ十万でも十二分に遣り繰りがきく範疇だろう。企業努力様々だな。

 

「あ、そう言えば思い出したんだけどね。さっきお風呂に入ったときなんだけど、ちょっとひと悶着があって。ルナとは一緒に入れないって。母さんにぶん殴られるからって断られちゃったの」

 

「そりゃそうだろ」

 

「だから私、ちゃんと許可は貰ってるって、貴女との"取引"のいきさつ、全部話しちゃったから。そしたら納得して貰えた」

 

「そうかいそうかい。良かったじゃねェか。めでたいめでたい。お前らの行く道に幸多からんことを」

 

「それでね。あの人、すごく怒ってたよ。帰って来たら覚悟してろだって。私は、貴女はメジロに行くからしばらく戻らないよって言ったんだけど……なんで帰ってきたのかな」

 

「………さぁな」

 

やっぱりお前、ルナが網張ってること知ってやがったな。

最初からグルだったわけだ。結局コイツはあの一回限りのおねだりのチャンスとやらも使わず、なにも失わないままちゃっかりと利益だけを上げている。

挙げ句にこうしていけしゃあしゃあと俺の前に顔を出しているわけだから、ホントふてぶてしいと言うか、面の皮が厚いと言うか、心臓に毛が生えていると言うか………。

 

 

……あーあ。それはそうと、これもうお小遣い全額没収ルートだろ。

 

やってらんねェ。午後だけで面白い程状況が悪化していくな。

仕方ない。一先ずは俺の負けを認めよう。明日からはちゃんといい子に生まれ変わることにする。お試しで三日間続けてみれば、あちらさんにも心変わりが起きるかもな。

 

 

だから、今日が好き放題出来る最後の日だ。

 

まずは没収される前に、ここにある酒を全て飲みきってしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………んあ」

 

 

頭が重い。

 

……ああ。寝落ちしてたのか、俺は。

 

「ぐうぅ……」

 

 

日光が瞼を貫き、軽やかな小鳥の囀ずりが届く。

 

もうとっくに夜は明けていて、シンボリルドルフの姿もどこにもない。

 

 

あるのはぐしゃぐしゃに握り潰され、畳に散乱した空き缶ばかり。

 

 

「何時……何時だ。今………」

 

「昼の十二時ですよ。母さん」

 

独り言に返事が帰ってきたことを不審に思い、ぼやけた視界で前を見上げると、我が家の大蔵省がとことんまで呆れ返った瞳で俺を見下ろしている。

 

目があった瞬間、魂が抜け落ちるかのごとき特大のため息を溢しながら、取り上げた通帳やカード類を投げ渡してきた。

 

「……そっか……俺は、いい子になれたってわけか……」

 

「んなわけないでしょう。逆です……もう、諦めました。まさか初日からこんなものに手を出すなんて」

 

俺のうわ言をぴしゃりと遮り、散らばった空き缶を拾い集めながら苦々しげに絞り出されたのは投了の宣言。

 

「匙を投げるわけかい」

 

「節度を守って、どうぞご自由に」

 

つっけんどんな態度。そっか、とうとう見捨てられちまったわけだな。

 

胸によぎるのは一抹の寂しさと………首輪が取り払われたことによる、これ以上ない解放感。

 

 

「っしゃ!!!」

 

「……………………」

 

 

 

呆れ顔の息子はその場において、俺は意気揚々と廊下に飛び出した。

 

 

 

 

 

いい子に生まれ変わるのはもう止めだ。

 

 

さて、まずは一風呂浴びて、さっぱりと酔いを醒ますとでもしようか。

 

 

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