「いやーごめんね。呼んでいたのはちゃんと覚えてたんだけどさ、だけど待ってる間についうとうとしちゃって」
布団の上で胡座をかきながら、ついでにばつの悪そうに頭も掻きつつそう宣うシービー。
仰天しつつも叩き起こしてから既に一時間。
ようやっと頭が冴えてきたのか、次第に口もよく回るようになっていて、先程からつらつらと弁明をたて並べている。
「あ、チェーンもいつもはちゃんと下ろしてるよ?だけど今日はキミが来るから、朝起きて外しておいたの」
「で、そのまま二度寝を決め込んだと」
「だって土曜だし」
まぁ、それについては別にいい。
休日の過ごし方なんて人それぞれだからな。チェーンについても不用心だとは思うものの、そこまで責め立てるつもりもなかった。
そんなことよりも気になるのは、やはりこの部屋の状態。
布団の他には、ウマホに充電コード、目覚ましに歯ブラシやコップ、筆記用具といった小物。それからジャージや制服、部屋着に寝巻きなどの衣装、タオルが何枚かと言ったところか。
探せばまだあるだろうが、結局どこまで行っても寒々しいの一言に尽きる。断捨離とかそういうレベルですらなく、ほんの数日とはいえよく生活出来ていたものだと一周回って感心してしまう。
「なんだこの有り様は。まるで引っ越し直後じゃないか」
「いやぁ……ホントはね、初日に全部片付けちゃうつもりだったんだ。ただ、学校終わりだとどうしてもやる気が出なくて、億劫で、それで……」
「それで、ずるずると何日間もこの状態のまま放置していた、と」
「えへへ。うん」
「…………………………」
言葉が出ない。
いや、一応ベクトルとしては予め想定していた部分とほぼ同じだが。
問題はその程度であり、あまりにも想像の遥か先を行っていた。
いや、まぁ……気持ちは分かるが。
ただでさえ面倒極まりない引っ越し後の荷解き。
授業とトレーニングをようやく終えた帰宅後に取り掛かろうとなれば、誰だって気が重くなるだろう。いくらウマ娘が、肉体的にヒトと比べて遥かに強靭であると言ってもだ。
だとしても、なにも手つかずでは生活もままならないので、一先ず必要なものだけ整理することになるだろうが。
本当に、ここまでの必要最小限で満足しているとは思わなかった。
いや、満足しているというよりかは、荷解きの手間と比較検討した上で渋々ながら妥協していると表現する方が的確かもしれない。
妥協出来ている時点で問題なのだが……。
「……なぁ、今日私を呼んだのも、まさかこの片付け手伝わせるためだったり……?」
「ま、まさかぁそんなわけ……ホントだよ?昨晩だって、今度こそ手をつけようとしたんだから」
「なら、どうして客を招いたりなんかしたんだ」
「誰かがここに来るって分かってれば、無理やりにでも気合いを入れられるかなって」
成る程、発破がけに使うつもりだったんだな。
一度でも停滞を良しとしてしまった以上、そうやって強引に環境を変えて自分を追い込んでいくのも一つのやり方だろう。
「そのわりに進捗は見られないけど?」
「う……ほら、寝る前の数時間頑張るよりも、休日に一日かけて取り組んだ方が効率的かなって。だから、キミを呼ぶのは明日の方が良かったかも」
「はぁ…………」
今さら効率がどうこう言ってられる場合じゃあるまいに。牛歩の歩みに目をつむってでも、まずはなにかしらの行動を起こすべきだったんじゃないのか。
以前ネットかなにかで見たことがあるが、思い立ってから七十ニ時間以内に行動しないと、そのアイデアは死ぬまで実行されなくなるらしい。
それが真実か否かはさておいて、このままだと彼女は来週も来月も、きっと来年も同じ事を言い続けるだろう。
「……ああ、分かった分かった。手伝うよ、もう。君はともかく、私はこんな部屋に一日だって居たくない」
「あ、ありがと……あはは、結局甘える形になっちゃったかな」
「むしろもっと早くに頼って欲しかったんだけどね」
呼んでくれれば、私とルドルフなら手伝ってやれたものを。一人暮らし経験者として、きっとマルゼンスキーだって手を貸してくれたことだろう。
ウマ娘が三人もいれば、単身の荷物なんてあっという間にかたがつく。
入学式を終えて一週間。
さらに仮入部としてテイオーを迎え入れている今、私もルドルフも決して暇な立場ではない。
とはいえ、同じチームの仲間の危機を見過ごす筈もないというのに。
一応、今からでも呼んでみるか。
かえってますます事態を悪化させかねない問題児連中と、仮入部に過ぎないテイオーは除外して……まずあの四人にでもあたってみよう。
ウマインを立ち上げて、ルドルフとマルゼン、それからカフェとエースへこの部屋の画像を添付して救援を送ってみる。
土曜の午前だというのに、ものの一分も経たずに既読がついた。
「駄目か……」
しかし、返ってきたのはどれも断りのメッセージ。
ルドルフは生徒会の仕事、マルゼンは湾岸ドライブでエースはその付き添い、カフェはタキオンの実験の協力でそれぞれ予定が埋まっているらしい。
まぁ、仕方ない。
折角の休日なのだから、それぞれに計画があるのだろう。四人とも全滅なのは少し意外だが……。
礼の言葉を返したあと、ウマインの友達欄をざっと眺めてみる。
テイオーはやっぱり駄目だな。
トレーナーと先輩の手伝いなんて言われたら、彼女の立場からしたら断りようがない。
よく考えれば掃除に近いわけだし、エアグルーヴに協力願おう。それからブライアンにも。
「…………こっちもか」
エアグルーヴとブライアンは、二人ともルドルフの付き添いで地方視察に赴いているらしい。全員、月曜までは学園を留守にするとか。
……しかし、そんな大規模な出張があるなんて聞いてなかったぞ?
確かに、視察は生徒会役員の業務ではある。ただこういう場合、副会長のどちらかを最高責任者として残していくものだ。三人全員が向かうというのは、要するにそれだけ大きな仕事だということ。
おまけに今は、理事長とその秘書も出張中じゃないか。理事会と生徒会、その両方が揃って不在なんて……あり得るのか?
「……………………」
込み上げるざわつきに蓋をしながら、手当たり次第に他をあたる。
荷解きの手伝いを求めるのではなく、本日の予定の有無について探る形で。
ビゼンニシキ、オグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワン、ベルノライト、フジマサマーチ、ゴールドシチー、シリウスシンボリ、ナカヤマフェスタ、フジキセキ、ヒシアマゾン、桐生院葵、ハッピーミーク………
街に買い出し中、カサマツへの顔見せ、その付き添い×5、春の特集に向けた撮影、地方航空局への審査請求、徹マン明けでこれから就寝、寮の部屋割りについての会合×2、水族館デート………
先生は学会への出席、先輩はまたしても中央諮問委員会に出頭を命じられたとか。二人とも既に府中にはいないらしい。
「……………………???」
全員が全員、今日一日予定が埋まっている。
あり得……なくもないのか?
休日ぐらいゆっくりと羽を伸ばそうなんて、そんなスタイルが学園に似つかわしないのも確かではあるが……。
「おーい、トレーナー……? 手伝ってくれないの?」
私の前で手をかざしながら、そう呼び掛けてくるシービーの声に現実へと引き戻される。
「ああ、すまない。量が多いから、他の人の手も借りようかと」
「ふーん。それで、良い返事は貰えたの」
「いや、断られてしまったよ。誰にも都合がつかなかった」
「でしょうね。皆この時期は忙しいから」
私の報告に微塵も驚いた様子を見せず、シービーは踵を返す。そのまま足元の段ボールに取り掛かり、べりべりとガムテープを剥がしていった。
ようやく……本当にようやくやる気が出てきたと言うことか。なら、この機を逃さずに終わらせてしまおう。
釈然としない気持ちを燻らせながら、私もその後に続く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「………ふぅ、いやー……片付いた片付いた。ありがとうね、トレーナー」
「どういたしまして。思っていたよりは少なかったな。特にこまごましたものは」
「うん。寮を出る時に大半を実家に送ったからね。必要になったらまとめて届けて貰うよ」
ゆるゆると頷きながら、私は大振りに肩を回して上体も捻る。
いくら荷物が少ないと言っても、重労働であることには変わりない。心地よい疲労と達成感を存分に噛み締める。
作業開始から十時間。
飲まず食わずで取り組んだお陰か、二人がかりでもどうにか一日で荷解きを終らせることが出来た。無機質だったリビングは、少々ぎこちなくも生活感溢れる空間に様変わりしている。
たづなさんの家に何度も寝泊まりさせて頂いたお陰か、間取りについては完璧に把握していたので作業も捗った。
唯一手間取ったのは、シービーが頑なに寝室へと立ち入らせなかったことだ。
寝室関係の荷物にも決して手を触れされてくれなかったため、その量もあって大いに時間を食ってしまった。
大人びてはいるが彼女とて立派な女子高生なわけだし、男である私に見られたくないものでもあったのだろう。
なにはともあれ、一件落着だ。完全に日が落ちる前に終わらせられて良かった。
リビングの大窓の向こう、地平線に沈みかけた太陽の閃光に目を細める。
ピンポンと、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「あっ、さっき呼んでおいたデリバリーが来たかも。アタシが出てくるから、トレーナーは適当に座っておいて!」
「あ、ああ………」
壁のモニターに足を向けた私の進路を遮って、慌ただしく玄関へと走っていくシービー。
勢いよくリビングの扉が閉められ、一人取り残されてしまった私は仕方なくソファへと振り返る。
と、方向転換の最中、寝室に繋がる扉が僅かに開いているのが見えた。
……せっかく整えたばかりのリビングに、あんな中途半端な様子は勿体ない。
入るなと言われてはいるが、別に扉を閉めるぐらいなら許されるだろう。
布団で寝ていたぐらいだから、きっと一度も使ってはいないだろうし。
そっとドアノブを握る。
そのまま手前に引こうとして、なんとはなしに顔を上げて。
「……え?」
隙間から見えてしまったのは、綺麗に整えられたベッドと
その上には、無造作に放り投げられた鎖。先端に繋がった分厚い足枷、鈍色の光を放っていた。
目を凝らしても、真っ暗な部屋の全貌は分からない。寝室の窓は、一面段ボールで覆われている。
それでも辛うじてリビングの光が届く、部屋の中央には一つのモニター。
「なにを……」
「知っておくといいトレーナー君。猫に九生あり。さりとて、好奇心は猫をも殺すんだ」
固まった私の肩に手をかけるのは、今日この家には存在しなかったはずの声。
それに振り向いた次の瞬間、私の視界は暗闇に閉ざされた。