シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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第二章
禍福は糾える縄の如し


昔々、中国の北端での話。

国境の近くで、とある老人がウマ娘と二人で暮らしていたそうな。

 

しかしあるとき、件のウマ娘が畑仕事中にふらっと姿を消してしまう。

みんなが老人に同情したが、彼はそのことを幸運が訪れる前触れだと告げた。果たしてそれは正しく、しばらくして消えたウマ娘はもう一人立派なウマ娘を連れて帰ってたそうな。

そこでみんなが祝福すると、今度はそれを不運の兆しだ」と答える。実際、その日のうちに老人の息子が駆け足のウマ娘と接触、不幸にも足の骨を折ってしまったらしい。

またまたみんなが同情すると、老人はこれを吉兆だと言うのである。事実、息子はその怪我のおかげで、直後に生じた戦争に行かずにすんだのだった。

 

人間万事塞翁がウマ娘。有名な故事成語の一つ。

 

すなわち、我が身に振りかかった出来事、それが幸いとなるか災いとなるかは容易に判断しがたいという教訓である。

禍福は糾える縄の如し。人生における幸不幸は寄り合わせた縄のように、容易く表裏に転じて予測がつかないものなのだ。

 

 

 

 

 

 

であるならば、罠に嵌められ、足枷で拘束され、担当ウマ娘の自宅の一室に監禁され、恐らくは学園全員から見捨てられた現状についてもまた、幸運の前触れであると捉えるべきだろうか。

 

 

………そもそも上がり目があるのかな、これ。

 

 

取り敢えずがちゃがちゃと、足錠に繋がった鎖を全力で引っ張ってみるものの、やはりと言うべきかびくともしない。

どうやら特殊な合金で構成されているようだ。其処らの雑貨店で投げ売りされているジョークグッズとは比べるべくもない。恐らくはウマ娘用の拘束具だろう。

まぁ、拘束具といっても収容施設で用いられている本格的なものではなく、少々特殊な男女の営みと言うか、いかがわしい行為で使用される製品だろうが……腐ってもウマ娘を対象としているだけあって、ヒトの力ではどうにもならない。

 

体感にしておよそ数十分、死闘を繰り広げていたがとうとう諦め、新品のベッド上に寝転がる。

ずた袋を被せられている内に、ポケットのスマホも取り上げられてしまったようで、本当にやることがない。

 

 

暇をもて余しつつ、ぼうっとシミ一つない天井を眺めること数分。

とたとたと、一直線に近づいてくる二人ぶんの足音。

 

「ただいまー、いい子にしてた?」

 

「寝ていたかったら、もう少し寝ていても良いんだぞ。トレーナー君」

 

威勢のいい声とともに扉が開かれ、寝室の照明が点灯した。

 

一瞬目が眩み、再び視界を取り戻した直後。部屋中央に据え置かれたモニターの両脇に立っていたのは、よく見知った二つの立ち姿。

両方とも私の担当ウマ娘であり、同時にこの監禁事件の共謀者でもある。

 

左手に立つシービーが、踞ってモニターをあれこれと弄る間、枕元に寄ってきて私の頬を撫で上げるルドルフ。

 

「さて、待たせてしまって悪かったね。今日は少々……いや、かなり忙しい日なんだ」

 

「そうだろうな。なにしろ二日がかりの出張をたったの半日未満で終わらせてきたんだから当然だろう。お疲れ様」

 

皮肉をぶつけてみるが、それにルドルフははぐらかすように肩を竦めるだけ。

 

「出張と言うのは勿論嘘だが、しかし生徒会の仕事が詰まっていたのは本当だよ。だから、シービーには出来る限り時間を稼いでもらう必要があった」

 

「そうか。それで、その仕事とやらは私の監禁と関係あるものなのか」

 

「大いに関係しているとも。やむを得ず、君をこうして閉じ込めた、その理由を今から開示しよう。シービー」

 

「はいはい。今やってるよっ……と。ああ、映った映った」

 

 

慌てて画面前から飛び退くシービー。

 

 

モニターに映し出されていたのは、ネコを帽子に乗っけた栗毛の少女。

どうやら車の中から中継しているらしい。小刻みにぶれる画面の中央に陣取り、広げた扇子には大きく『開幕ッ!!』の二文字。

 

「秋川理事長……?」

 

『傾聴ッ!トレーナー諸君!既に聞き及んでいる者もいるだろうが、本年度からトレセン学園を挙げてチーム対抗試合を行うこととなった!形式、距離、参加条件等はまだ未定であるが、開催自体は決定事項だと思って欲しい!!』

 

はっはっはっは!!と高笑いしつつゆったりと扇子を扇ぐ理事長。

 

はきはきと威勢のいい声で納得してしまいそうになるが、これは要するに詳細についてはまだなにも決まっておらず、完全に見切り発車と言うことでは……?

 

『目的はトレーナー間の競争意識の推進、それによる質の全体的な底上げだ。無論、現在の君たちの質が不足だということはない。むしろ、ここ数年は強豪のチームが幾つも生まれ、かつてないしのぎの削り合いが行われている。しかし、だからこそ、それをとことんまで活かしたいと考えた!』

 

『レース競技に出走し、大衆の面前で勝ちを争うのはウマ娘。トレーナーはあくまでサポート……そんな裏方意識が、君たちの中に多少なりとも根付いているのではなかろうか。それも間違いではない。が、私は君たちにもウマ娘と同等、あるいはそれ以上の勝負意識を抱いて欲しいと思っている』

 

トレーナー同士の競争心、対抗心を煽ろうとしている、というのも予め聞いてはいた。

どこから情報が流出したのかは知らないが、私に限らずトレーナーの間ではとうに周知されている話である。

 

問題は、それを具体的にどう実現するかだが……それについても、我々の間ではおおよその検討はついている。

人と人を競わせるにあたって、最も手っ取り早くて効果的な動機付けとなるのは、やはり魅力的な報酬だろう。

 

 

予想は、ものの見事に的中するところとなった。

 

 

『優勝チームには景品として、我が秋川家の私有施設について、その一年間の使用権を贈呈する!!無論、プライベートビーチも使い放題だッ!!』

 

「へぇ……太っ腹。トレーナーとしてはかなり垂涎モノだよね、これ」

 

「ああ」

 

驚いたように尻尾を揺らすシービーに、私も同意を示す。

 

秋川家の保有する施設は国内外に数多く存在し、プライベートビーチはあくまでその一部。

上手くその全てを活用出来れば、夏合宿並みの、あるいはそれ以上の効果を叩き出すトレーニングを、通年で行えるかもしれない。

これまで公開されておらず、今回も定員は一チームだけというあたり、恐らくはかなり管理に手間がかかる……そのぶん質の高いものなのだろう。

 

こうして、理事長自ら目玉として掲げるぐらいには。

 

『最後に一つ。これも知っているだろうが、本企画にあたって特別ゲストを招くこととなった。かつて中央において、戦後初、史上二人目の三冠バを排出した名トレーナー……サンデーサイレンス殿だ』

 

カメラが横に移動すると、しかめっ面で固く腕を組む母の姿が映った。

抜き身のナイフのように鋭く、もはや殺意すら見え隠れする満月の瞳が、液晶越しにこちらを貫いてくる。

 

そのさらに向こう側には、にこにこと微笑みながら膝に両手を揃えて座るたづなさんの姿。その長髪は乱れており、激闘の跡が垣間見えた。

理事長と母の両脇を固める格好。出張と言うか、連行に赴いていたわけだこの二人は。

 

『彼女は発破だ。新人トレーナーは勿論、ベテラン諸君も決して気を抜かずに励んで欲しい!期待しているぞッ!!』

 

破顔する理事長を最後に収めて、映像はそこで停止した。

 

 

「……ま、これ今朝配信されたものだから、アタシたちはもう知ってたんだけど」

 

「いや、私は初見なんだが」

 

「ああ、キミがこの家にきてすぐのことだったからね。あの後ずっと片付けしてたから、見る暇もなかったでしょ」

 

「ああ、成る程………」

 

となると、シービーもこれを知ったのはつい先程のことか。

録画したのはルドルフだろうな。彼女の端末からモニターに出力したわけか。

 

「それよりもシービー、それからルドルフ。私は監禁された理由について聞いたのに、全く答えになっていないんだが?」

 

「落ち着いてくれトレーナー君。これも君のためなんだ。君を守るためなんだよ」

 

「私を、守るため……?」

 

「考えてみて欲しい。サンデーサイレンスは今晩にも学園に到着するだろう。そうして入寮を済ませたあと、彼女が真っ先に取るであろう行動はなにか」

 

ルドルフの口調は、予想に反して真剣だった。シービーもまた、真剣な眼差しでこちらを見つめている。

 

はぐらかしているわけでもないらしいが……しかし、考えろと言われたところで、あの人の行動を正確に予測するのは困難極まる。

 

「道場破りでもするんじゃないか」

 

「チームを道場と呼ぶならあながち間違いでもないだろうが……その前にまず、仲間が必要だろう。仲間と言うより、勢力かな」

 

「ああ、そうか……」

 

よく考えれば、母は身一つでこの学園に放り込まれるわけだ。

件のチーム対抗戦に参加するためには、当然彼女もまた自らのチームを確保しなくてはならない。しかし今のトレセン学園は、理事長の語った通り群雄割拠であり……いくらかつての伝説と言えども、単身で動き回るのは難しいだろう。

 

必然的に何処かの派閥、何らかの勢力に属することとなる。

理想的なのは実力があり、尚且つ母が影響力を行使できそうなトレーナーとチーム。その条件に当てはまるのは。

 

「先生と先輩と、それから私。三人のいずれか……あるいは全員に接触を図る、と。中央への再進出における橋頭堡として」

 

「その通りだ。ただ一つ付け加えると、その際真っ先に標的にされるのはトレーナー君だろうな」

 

「どうして」

 

「そりゃチョロそうだからね……ウソウソ。冗談。チームの人数が一番少なくて御しやすいからだよ。ね、ルドルフ」

 

「ああ……それと、三人の中で一番トレーナーとしてのキャリアが短くて、与しやすいというのもある。少なくとも、私が彼女ならそうあたりをつけるだろう」

 

一理ある。私のチームは今のところ、ルドルフとシービーと……あとは仮入部のテイオーだけ。

 

先生は拷問されても誰かの子分になる性格じゃないし、先輩のチームはかなり規模が大きい。おまけに反抗期のカフェと、母のことが大嫌いな"お友達"もいる。

消去法で、私が一番チョロそうというわけだ。また随分と見くびられたものだな。

 

「私がサンデーサイレンスに屈するとでも。昔はともかく、今の学園ではこちらにだって力があると言うのに」

 

「最終的に屈服するかどうかは、実際のところそこまで問題じゃない。重要なのは、その結果に至る過程で君が間違いなくろくでもない目に遭うということさ」

 

「随分とはっきり言い切るんだな……ちなみに、その根拠は?」

 

「経験則だよ。キミはこういう時、必ず災難に襲われてきたからね」

 

「こうして担当に監禁されているのも、十分災難の内に入ると思うんだけど?」

 

「この方がまだマシってことだよ。心配しなくても何時かは出してあげる。サンデーサイレンスが落ち着いた頃にね。ここはトレーナーにとって、彼女の脅威から身を守るシェルターってこと」

 

そんな、人を災厄かなにかみたいに。

取り敢えず二人の中では、母とかち合うと私は間違いなく酷い目に遭うという認識で一致しているらしい。

 

「それなら、私があの人を接触しなければいいだけじゃないか。なにもこんな風に、行動の自由を完全に奪わなくても……」

 

「トレーナー君が避けても向こうから来るだろう。閉じられた学園の中で逃げ切れる自信があるのかい。これからは同じ建物で寝泊まりするというのに」

 

「ぐっ………」

 

「彼女には絶対知られていない、ここが最も安全なんだ。仕事環境も整えていこう。生徒会長としての権限でどうにでもなる」

 

「なら、テイオーも近い内に呼んじゃおうか。アタシたちが見てあげられるにしても、流石にリモートだけじゃトレーニングにも限界があるし」

 

「そうだな。私の方から声をかけるとしよう」

 

私の頭上を飛び越えて、トントン拍子で話が進んでいく。

手際のよさといい、思いつきではなく明らかに計画して行ったことだろうから、翻意を促すのは無理か。下手したら、シービーの引っ越しからして布石だった可能性すらある。

 

テイオーに賭けてもいいが……無駄だろうな。

せめてスマホがあれば、外部に助けを……外部……

 

 

「なぁシービー。朝の作業前、頼れそうな知り合い全員に声をかけても断られたんだが。あれも君たちの仕業なのか」

 

「ああ……あれね。アタシたちは関係ないよ。まぁ、来たら邪魔だし追い返すつもりではあったんだけど……たぶん、それぞれのトレーナーからの指示でしょ」

 

指示……学園全体の意思で、私を外したとでも言いたいのか。

焦燥と不安に耐えきれず顔が引きつっていく。

 

「君は一番に警戒されているんだよ、トレーナー君。優勝の最右翼としてね……君は少々、目立ちすぎている。原因であろう、私が言うのもなんだが」

 

「強豪チームなんて他にもいるだろう。それこそリギルとかスピカとか……なんなら、先輩のチームだって大概じゃないか」

 

「ああ、しかし君はリギルやスピカのトレーナーとは違って、サンデーサイレンスの縁者だろう。三冠バを育てた者同士で手を組んで、私たちを指揮する……そんな可能性を怖れているんだ」

 

「だから極力、手の内は明かしたくない。プライベートでの交流なんて以ての外なんだろうね。このあたり、キミが先輩と呼ぶあのトレーナーについても同じだろうけど」

 

……なんてことだ。

 

これまで、チーム間で競うことは往々にしてあった。

そもそもトレーナー業自体がパイの奪い合いだ。勝利というただ一つの席を争う以上、本質的には同業全員が敵となる。

 

ただそれでも、ここまでバチバチにやり合った記憶は、少なくとも私の中には存在しない。

やはりあの報酬が効いたか……理事長の目論見通り、トレーナーの闘争心にかつてなく火がついたということ。そうして、私は目下最大の脅威となったのだろう。

 

「ま、そもそも勝ち目の薄い弱小チームや専属トレーナー連合なんかは、そこまでキミを警戒視してないだろうけど……まぁ、それでも周りに便乗はするよね」

 

「ただ、その空気もやはりサンデーサイレンスが落ち着けば……つまり君を籠絡することを諦めれば、ある程度は緩まるだろう。逆に言えば」

 

 

 

―――― その間、君を助けに来る者はいない。

 

 

 

「は、はは………」

 

無情な宣告に、力なく乾いた笑いを漏らす。

 

これまでの話を総合するなら、私以外の全員が私と母との接触を怖れていて。そうなると、こうして人知れず隔離されているのが彼らにとって望ましい状態だというわけだ。

 

カフェたちに断られたのは、あくまで引っ越しの手伝いであって、監禁からの救助となれば人道最優先に動いてくれる者がいるかもしれないが……仮にいたとして、コンタクトをとる手段がない。

 

………詰みだ。

 

「そういうわけで、君はここから逃げられないし……逃げようとも考えないでくれよ?トレーナー君。面倒が増えるからな」

 

「ま、その様子を見る限り大丈夫そうだけどね」

 

 

そう言い残して、部屋から出ていく二人。

その背中を引き留める言葉も出てこない。

 

 

かくして、私だけをベッドの上に残して。

 

 

「じゃあね、トレーナー。一時間したらまた来るから」

 

 

ぱたん、と。

 

無情にも扉は閉められた。

 

 

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