シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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トレセン情勢は複雑怪奇なり

 

結局、ベッドに繋がれたまま一晩を過ごし。

私はこれまでの人生において最も奇妙な、日曜日の朝を迎えていた。

 

 

ベッド横のデスクに置かれたデジタル時計や取り戻したスマホ、それに目張りされた段ボール越しの日の光から、現在の時刻について把握するぶんには不足ない。

こういう密閉された空間において、正確な時間の流れが分からないのはかなり精神的に苦痛なので、まさしく不幸中の幸いである。

 

「はいこれ、トレーナーのぶん。動いてないからお腹空いてないかもしれないけど、ちゃんと食べなくちゃだめよ?」

 

ベッドの横に持ってきた椅子に足を組んで腰掛けつつ、腕に抱えた紙袋から中身を三つほど手渡ししてくれるシービー。

片手に収まる円形で、赤と緑の包み紙。日本全国に展開している、有名なハンバーガーチェーン店のものだ。

寝床の上で齧りつくには少々気が引けなくもないが、これしか食べるものがないなら仕方あるまい。一応、家主である彼女が寄越してきたわけだし。

 

レタスやソースを溢さないよう、慎重に両手で持って食べ進める。

 

シービーはしばらくの間、そんな私をにこにこと笑顔で眺めていたが、そのうち満足したのか自分のぶんにも手をつけ始めた。

その数は私よりもずっと多い。最低でも七つはあるだろう。ウマ娘のエネルギー消費量に鑑みれば妥当なところだが、トレーナーとしては少々気にかかるかな。

 

「……仮にもトップアスリートである君が、朝っぱらかからジャンクフードに頼るのは感心しないな」

 

「もうお昼だけどね。起きたのはさっきだから、朝食代わりってだけで」

 

咀嚼したものを呑み込み、くあ、と大きく欠伸をしている。

鼻の先にくっついているマスタードを人差し指でそっと拭い取ってやると、すぐさま私の指はシービーに口元まで引き寄せられて舐め取られてしまった。

 

「こら。行儀が悪いぞ」

 

「もう、このぐらいのおいたは多目に見てよ。だいたい同じ床で寝ていたわけだからさ。今さらでしょ」

 

だとしても、なにをしても許されるわけではないのだが。

 

シービーの言うとおり、最後にここへ帰ってきて以来、彼女はずっと私の隣にいた。

風呂と用足しの間以外ずっと。夜寝るときも、あの布団ではなく私と同じベッドに潜り込んできた。

注意したところで、寝室で夜を明かしてなにが悪いととりつく島もない。そうして一夜が明けて、起床したかと思えば朝食もデリバリーで済ませている。

 

監視の意図があるにしてもそうでないにしても、結果としてシービーは私に微塵も隙を見せていない。

普通、こうも四六時中一緒にいればいずれ気疲れもするだろうに。私との同居を心の底から楽しんでいるらしい彼女は、疲れるどころかかえってリフレッシュしているようにすら思えるほど。

 

本日は日曜日。

少なくとも明日の朝までは脱出の機会もないだろうと、そう半ば諦めかけていたところ……最後の一口を呑み込んだシービーが、紙袋を丸めてゴミ箱の中に放り込み、続いて椅子を蹴って立ち上がった。

 

何事かと見守っていると、部屋の隅にある両開きのクローゼットを開け放つ。行儀よく並んだ衣装をかき分けて、取り出したのは学園指定の制服。

手早く寝巻きから着替えたあと、最後にトレードマークの帽子を乗っけて姿見の前で身繕い。

 

「今日は日曜じゃないのか?」

 

「うん。だけどルドルフが忙しそうでね。かなり限界ぎりぎりだから、アタシも手伝った方が良さげかも」

 

「ルドルフ……こんな日まで働いているのか」

 

思わず頭を抱える。

 

とりわけ新年度を迎えたばかりのこの時期、生徒会も繁忙期なのは嫌というほど理解しているが、それでも彼女はまだ学生の身だ。

土曜の活動はまだ目を瞑るにしても、それでも最低週に一度は休んで欲しい。

それによって学園の運営に支障が出るなら、そもそもその組織構造に問題があるのだから。

 

この足枷さえなければ、今すぐ生徒会室に飛び込んで無理矢理にでも休みを取らせるのだが。たとえ嫌われて煙たがれようとも、こちらにだって譲れない一線がある。

 

そんな私の焦りを察したのか、宥めるように微笑んでくるシービー。

 

「今年は理事長の企画ともろに被っちゃったからね。それも今日だけだよ。エアグルーヴだって手綱を握ってくれているだろうし」

 

「そのエアグルーヴが働いていることもまた、私にとっては我慢ならないんだが」

 

「分かった。じゃあアタシがどうにかして今日の生徒会活動は中止にしてみせる。これでいいでしょ?」

 

後ろ手を組ながら、小首を傾げてこちらを窺う彼女に不承不承ながら頷いて見せる。

それが真であるという担保もないが、ここから動けない以上はシービーに任せる他ない。

 

シービーは二度三度と頷くと、尻尾をゆったりと揺らしつつ軽快な足取りで扉へと向かう。

そう言えば昨晩、眠りにつく前に翌朝の尻尾の毛繕いを約束させられた覚えもあるが、どうやらすっかり忘れているようだった。

いっそ潔癖とすら評せる程に律儀なルドルフとは異なり、彼女はその辺りがルーズだ。しかし妙な所で意固地にもなるので、その行動はかなり読み辛い。

 

「んじゃ、早速行ってくるからね。手の届く範囲のものは好きにしていいけど、逃げちゃダメだよ」

 

「どうやって逃げろと……はいはい。行っておいで」

 

「いい子で待っててね。あ、見送りはいらないから」

 

「承知しているよ」

 

見送りをするつもりはない。と言うより、出来ない。

壁越しに玄関の扉が施錠される音を確認した後、私はのっそりとベッドから床に降りる。

 

一分間のストレッチを三セット。

寝起きで固まった筋肉をゆっくりとほぐしていけば、全身に新鮮な血液が駆け巡るのを感じた。

 

拘束と言っても繋がれた鎖はかなり長く、寝室に限れば自由に行動することが出来る。ベッドの上で寝たきりというのも体に悪いので、これも不幸中の幸いだろうか。

ついでに段ボールの目張りも剥がしておこうかとも考えたが、それで脱出が叶うわけでもなく、むしろバレた際のデメリットの方が大きいと考えたので止めておく。

 

最後に深呼吸でストレッチを締めた後、再び寝床へと戻ろうとして……脇のデスクに、私のスマホが置きっぱなしになっていることに気がついた。

ご丁寧に、その隣には充電器とコードまで。

 

「ああ、思い出した。もう返してもらったんだったな」

 

なら、これで外部にコンタクトを取れば良いじゃないか。

外部への救助要請というのは、昨日までは何部屋か離れたたづなさんに期待する他なく、それすら完璧な防音設備という障害に阻まれたわけだが。スマホが戻ってきたなら話は別だ。

 

問題は、貴重な休日を消費してまでトレーナーとウマ娘間のトラブルに火傷覚悟で首を突っ込んでくれる聖人君子に心当たりがないということだが。まぁ、物は試しだろう。

 

ロックを解除し、職員用のイントラネットを立ち上げる。

IDとパスワードを入力して誘導されたホーム画面、その左上のメールボックス。

 

新着アリの表示と共に、未開封のメールの総量が示されている。

 

 

その数…………百五十八件。

 

全て、先輩が送りつけてきたものだった。

 

 

「うわ……」

 

最も新しい日付は、ちょうど一時間程前のこと。

 

最新の百件には、いずれも現状報告がつらつらと書き連ねられている。どうやら昨日の夜、彼のチームに母が襲来したらしく、これはその備忘録らしかった。

古いものには、半ば懇願じみた救援要請の文面。もしやと思うが、これらの現状報告は私の同情でも誘っているのだろうか。

 

だとしたら間が悪いというか、今の私は助けに行きたくても自力では動けない。

そもそも昨日の引っ越しの手伝いをけんもほろろに断ったのはあちらなので、正直手を貸してやる気にすらなれないというのも事実。

 

 

故にただただ眺めることすら出来ず、淡々とスクロールを続けていると……いよいよ一番最後、最も古い日付のメールにたどり着く。

 

最初に先輩から発信されたその件名は、簡潔に一文だけ。

 

 

 

【警告】今学園中を探してるぞ

 

 

 

「…………」

 

主語が抜け落ちているが、『誰が』なんて問うまでもない。

ああ、ルドルフとシービーの見立てはやはり正しかったのか。母はまず私を喰らいにかかり、それでも見つからなかったから結果として先輩が身代わりとなった。

この警告を発した時点において、彼は自分が餌食になるとは露にも思っていなかっただろう。

 

 

心の中で祈祷を捧げると共に、急速に学園へ戻る意欲が失せてくる。

 

 

何しろ最新のメールが一時間前ということは、まだ全くほとぼりも冷めていないのだろうし。顔を出せば確実に母のヘイトがこちらへと向かうだろう。

それなら監禁されているとは言え、一応時間による解決が確約されているぶん、まだ現状の方がマシなのでは。

 

そう答えを出しかけた矢先、ぶるぶるとスマホが震え出した。

 

画面に表示された名前はトウカイテイオー。

いくら担当とはいえ、休日に業務スマホへと電話をかけてくるのはただ事ではない。はやる気持ちを抑えつつ、緑の応答ボタンをタップする。

 

「もしもし。どうしたテイオー、緊急事態か」

 

『あっトレーナー。あのね、緊急ってほどじゃないんだけど……カイチョー、今日もお仕事してるよ。もう知ってるかもしれないけど』

 

「聞いてはいる。それは朝からずっとか」

 

『うん。ボクが遊びに行った時にはもう。だから、トレーナーは前にカイチョーは無理しがちって言ってたから、一応伝えておこうかなって。だけど私用の方は全然既読つかないから……』

 

私用のスマホは寮の部屋に置きっぱなしだ。

テイオーと……と言うより私のチームで連絡を共用しているのは、そちらで管理しているウマイン内のグループチャットなので、彼女からしてみれば私は昨日今朝と音信不通だったということになる。

 

まさかこんな事態になるとは思わなかったからだが、一応業務用の電話番号も伝えてあったことが功を奏したらしい。

 

「テイオー。念のため聞いておくが、君の方から控えるように諫めることは出来ないかな」

 

『駄目みたい。やっぱりトレーナーがいないと……ねぇトレーナー、今どこにいるの?そう言えば昨日、トレーナーのこと探してた職員の人もいたんだけど』

 

「今は学園にはいないよ。トラブルがあって、すぐに帰れるかは……ちょっと難しいかな」

 

『ふーん。そのトラブルって、ボクにも手伝えること?』

 

「ああ、そうだな。ちょっと手間がかかるけど」

 

『いいよ。言ってみて』

 

「分かった。ならまず、事務局に私の代理として寮部屋への立ち入り許可を貰って…………」

 

今すぐこちらに来て貰ったところで、テイオーは家の中に入ることが出来ない。

なのでまず、私の寮部屋からここの合鍵を回収してもらわなければ。その為には事務局への申請と、こちらからの承認も必要となる。

その一連の手続きと、最後にここの住所を伝えて電話を切った。

 

このままシービーに任せようかと思っていたが、やっぱり止めだ。

いくらここが安全圏とはいえ、折角テイオーがルドルフの身を慮って報告を上げてくれた以上、責任者として動かないわけにはいかない。

だいたい冷静に考えてみれば、どんな事情があるにしても監禁を容認するなんて我ながらどうかしていた。

トレーナーという職業は現場主義。ベッドの上でごろごろするのは日曜だけで十分である……まぁ、今日はその日曜なのだけれども。

 

 

ベッドの端に腰掛け、ルドルフのウマホにコールしてみるものの応答がない。

普段であれば、私からの電話は最優先で出る。ましてやそれが、業務連絡なら尚更。

それに応じないとは、すなわち相当修羅場っているということ。エアグルーヴやブライアンあたりも同様だろう。

 

「…………はぁ」

 

思わず口から飛び出したのは重いため息。

脱力し仰向けに倒れ込んで、とうに見飽きた天井を見上げる。

 

驚異のワンマン体制から脱却し、今となってはかなりの部下もついたことで、ルドルフの生徒会長としての負担はかなり軽減されたと思っていたが。

それでもこうして偶然が重なると、無理が生じることは避けられない。さらにルドルフはその無理を率先して受け入れる性格だ。

 

一完璧に見えるルドルフだが、その辺りの自己管理についてはまだまだ拙い部分がある。

最近では彼女の自主性に任していたが、やはり昔のように強くコントロールするべきだろうか。

 

 

時間潰しがてら、今後の方針をあれこれと組み立てていたところ。

突然ガチャガチャと、玄関から音が聞こえてきた。

 

 

「テイオー?」

 

そう呼び掛けて、直後にそれを頭の中で否定する。

 

テイオーにしてはあまりにも早すぎるだろう。

通話を終えてから、ウマ娘の足なら学園から走ってこられるだけの時間こそ経っているものの、それはあくまで真っ直ぐここまで迷わずに来たときの話。

知らない建物を住所頼りで訪れるとなればもっと時間がかかる。

 

 

ガチャガチャ、ガキンと。

 

剣呑な音を最後に開かれる玄関扉。

 

 

やはりテイオーではないな。

合鍵ではなく、もっと物騒なやり方(ピッキング)で解錠を成し遂げた。

 

恐らく……否、間違いなくろくでもない輩。

空き巣か、あるいは女性の一人暮らしと踏んで不法侵入に至ったか。

目的ならいくらでも思い浮かぶ。なにせここはかのミスターシービーの自宅なのだから。

 

どたどたと、騒々しく気配はこちらに近づいてくる。

なにかを探しているのか、家中にある扉を片っ端から開け閉めしている模様。私が見つかるのも時間の問題だろう。

 

「くそっ……!!」

 

自棄になって暴れてみたところで、やはり拘束は破壊出来ない。

それどころか音を聞きつけて、侵入者は真っ直ぐこちらに向かってきた。

 

とうとう、寝室の扉が開かれる。

 

そうしてぬるりと姿を見せたのは―――

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「ああ、やっと見つけたよ会長のトレーナー!!はやく私を助けてくれたまえ!!」

 

 

 

 

「………タキオンか……………」

 

栗毛を振り乱し、目元にうっすらと涙まで浮かべて。

目の前で助けを乞うているのは、トレセン学園屈指の問題児アグネスタキオン。

 

よりによって、救いの手がこれとは。

 

「助けてもなにも、助けて欲しいのはこちらの方なんだが……」

 

「なんだい、君は。いの一番に学園から逃げ出しておきながら……ああ、この足枷かい。ふん、こんな玩具がなんだって言うんだ」

 

タキオンは涙目のまま足枷の輪っかに両手を差し込んで、私が何時間と格闘しても微塵も緩む気配のなかった拘束を、ものの一瞬で破壊した。

中央ウマ娘の中では、そこまで筋力に優れるわけでもないタキオンですらこれか……本当に、ウマ娘の膂力は我々とは別次元だ。

 

「ほらほら、早く帰るよトレーナー君!!」

 

すっきりした足首を振っていると、タキオンがぐいぐいと私の腕を引っ張ってくる。

見た目こそ可愛らしいが、その力は今まさに見せつけられた通り圧倒的で抵抗は許されない。

 

辛うじてバランスだけは維持しながら、その真意を問いただす。

 

「タキオン。どうして君がここに?誰に頼まれたんだ。テイオーか?」

 

私の問い掛けに、ぶんぶんとアホ毛ごと大きく頭を振るタキオン。

 

「違う。カフェとモルモット君と、それに君の母親とか名乗るウマ娘さ!」

 

「サンデーサイレンス……」

 

「そう。悪いが君を連行させてもらう。私の大事な大事な実験のためにね!!」

 

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