シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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袋小路

タキオンに連れ出されてから、街を彷徨うこと三十分あまり。

ひと悶着を経て、私はどうにか学園ではなく近場のカフェテリアへと彼女を連れ込むことが出来た。

話をするならこの方が都合もいいだろう。

 

日曜の、それも昼時ということもあってか、店内は大層賑わっている。

今この瞬間にも、ウマ娘の団体が奥のテーブルに案内されている。私服なので学園の生徒かは分からないが、既存の客もウマ娘ばかりだった。

流石、トレセン学園のお膝元ということだろうか。

 

テーブル席に面したガラスの向こうには、活気溢れる府中の大通りが広がり、雲一つない空からはうららかな陽射しが降り注ぐ。

 

 

そんな春の陽気に包まれながら、タキオンはおんおんと袖を涙で濡らす。

テーブルに突っ伏し、耳先から尻尾の先端に至るまで全身で悲哀を訴えながら、掠れた声でこれまでのいきさつを語ってくれた。

 

「つまり、どんな手を使ってでも私を母さんの元まで連れていかないと、君はチームを追い出され、ついでに今後の実験についても大きく制約される……と」

 

「そうなんだよぉ……!!」

 

まとまりがなく、時系列も滅茶苦茶なその話をどうにか要約してみれば、震える声で肯定を示すタキオン。

普段は妖しく輝いていた栗毛も、今となっては見る影もなく萎びている。色合いとしては枯れたコムギに近い。

 

傍若無人が服を着て走っているようなタキオンが、ここまで意気消沈しているのも珍しい。

彼女の意思を挫くというのは、学園の誰にとってもほとほと困難な作業である。ルドルフやエアグルーヴといった生徒会の面々、さらには理事長や親友であるカフェでさえ。

 

「追い出すと言っても、別にあの人は先輩のチームに加わったわけでもないし、その予定だって無いんだろう?」

 

新規採用者であれば、サブトレーナーとしていずれかのチームトレーナーの下で実地経験を積むものだが。

 

しかし再雇用であるサンデーサイレンスの場合には、その原則も適用されまい。

恐らくは地方や海外からの移籍組と同じで、即戦力として期待されている筈だ。

 

「分からないだろう!?いくらベテランとはいえ二十年近いブランクがある。勘を取り戻したいと言われれば、モルモット君とて快く受け入れてしまうことだろうさ!!」

 

「そうかなぁ……」

 

「そうだとも!ああ、彼はきっと実の母親を優先して、私なんて簡単に放り出してしまうのだろうねぇ!!」

 

「そんな嫁姑戦争みたいに」

 

そもそも先輩にしたって、親の指示で一方的に担当契約を解除するような無責任なトレーナーではないのだが。

タキオンの懸念は色々と無理がある……杞憂を通り越して、妄想の域に片足を突っ込んでいると言ってしまっても過言ではない。

 

聡いタキオンのことだから、そのぐらいは当然に理解しているだろう。

なのにこうも取り乱すのは、かつて母の圧力によって、学園当局から薬品に研究資料、論文を差し押さえられ、ラボの鍵も没収され、内部の通信回線も止められた挙げ句に、研究予算まで無期限凍結されたことが癒えないトラウマとなっているからに違いない。

 

もっとも、それにしたって学園祭で得体の知れない薬を騙し飲みさせられた報復という理由があったわけで。

 

「おまけに彼女、モルモット君を二度と私の得体の知れない実験には協力させないとまで言ってきたんだ!!親として見てられないと!!」

 

「へぇ。まともなこと言えたんだあの人」

 

「冗談じゃないねぇ!!そしたら誰が私のモルモットになってくれると言うんだい。なぁ、頼むよトレーナー君。あの黒い野犬を拾った場所に戻してくるよう、君から会長に取り次いでおくれ」

 

「いくらルドルフでも出来ることと出来ないことがある。今回は明らかに後者だ」

 

「私の時はどうにかなったじゃないか…」

 

「あれは君が生徒だったから生徒会長にも裁量があったんだ。トレーナーの人事は理事会の管轄だよ。生徒会ではどうにもならない」

 

「そんなぁ………」

 

結局一度たりとも顔を上げないまま、さめざめと涙を流すタキオン。

端から見れば、私がいたいけな女子高生を泣かしている図に他ならないわけで、即刻泣き止んで欲しいのだが。

 

そもそも君、つい今さっき私を生け贄にしようと連れ出したばかりだよな。

そのお陰で拘束から脱け出せたわけだが、勿論タキオンがそれを幇助したと知られればルドルフが黙っている筈もなく、ましてや手を貸すなんて論外だろうに。

 

カップを皿に戻して一呼吸つきながら、ガラス越しに外の街道を眺める。

日曜のランチタイムなだけあって、人の往来は一向に途切れない。

 

見える限りにおいて、ルドルフやシービーの姿はどこにもない。追跡を警戒して、スマホの電源も一応切っておいた。

なまじ休日であるぶん、彼女たちの動向について予測することが難しい。

多忙のあまり生徒会室に釘付けというのもあり得るが、既に様子を見に帰っていたとしても不思議ではない。

 

仮に脱走がバレているとしたら、今まさに二人がかりで私を捜索している真っ最中だろう。

 

「なぁタキオン。ウマ娘の鼻や耳ってのは、具体的にどれだけ優れているのかな」

 

「なんだい、藪から棒に。ああ、会長たちに追っかけられているのが怖いのか。そうだね……個体によってまちまちだが、警察犬のような真似は出来ないよ」

 

「例えば、あの家からここまで真っ直ぐ匂いを辿ってくるとかは?」

 

「不可能だ。雨が降っていないとはいえ、こうも道がごった返していれば容易く紛れてしまう。耳にしても万能じゃない。特に低音については、ヒトよりも聞き取る力が劣る程度だからねぇ」

 

「そうか」

 

とりあえず、ほっと胸を撫で下ろす。

ウマ娘から逃げるにあたっては、なにを置いてもその鋭敏な五感が脅威となるが、他ならぬタキオンが杞憂だと断言するなら心配ないだろう。

 

そんな私の安堵を感じ取ったのか、店に入って初めて顔を上げるタキオン。

ほんの数秒こちらと泣き腫らした目を合わせた後、気だるげにそっと首を横に振った。

 

「安心するにはまだ早い。たとえ自力では見つけられなくとも、彼女たちには数の力がある」

 

「数の力……?」

 

「さっき、この店に来るまでの道中、生徒会長名義でお触れが出てね。報酬は応相談で、姿を消した君の居場所を通報するようにと。どうやら、我々は彼女たちのどちらか、あるいは両方と入れ違いになったらしい」

 

「なら、今まさに二千人のウマ娘が私たちを探している真っ最中だと?この府中の街で?」

 

「そうなるね。まぁ、実際にどれだけの生徒が応じているかは不明だが」

 

淡々と、どこまでも他人事のようにタキオンはそう告げる。

言うまでもなく私としては、まるで落ち着いてなんていられない。

 

「分かってるんだろうなタキオン?ここで捕まったら、君もただでは済まないんだぞ」

 

「なら、捕まらなければいい。現行犯でなければ幾らでも逃げ道はある。幸い、その手の身の振り方はこの学園でよく学んださ」

 

「そうなると、私一人が連れ戻されるわけか。で、また監禁生活に逆戻りと」

 

「いいや。君は意地でも私と一緒に来てもらうとも。なに、これだけ人が密集していれば、ウマ娘とて全力で走れない。私さえ補助すれば、ヒトでも学園までなら振り切る目は十分にあるさ」

 

「そもそも私は走れないが」

 

「勿論、それについてもちゃんと対策はある。私が無策で君を連れ出したとでも思っているのかい?」

 

先程までの哀愁漂う泣き姿はどこへいったのやら。

タキオンは得意気に胸を張ると、懐から細い筒状のものを一本取り出してくるりと回し、テーブルの上を転がして渡してくる。

 

片手で握れる大きさで、薬剤のカートリッジが一体化した注射器。構造としてはエピペンと酷似している。

外装はガラスではなくプラスチックで覆われており、持ち運びには適していそうだ。

 

「経口摂取では効果に難がある、かといって注射器を裸で持ち歩くのもなんだからね……どうだい、手製だが中々の出来映えだろう」

 

「これはなんの薬だ。アドレナリンか」

 

「いいや、もっと画期的なものさ。血管に注入することで、体内のウマムスコンドリアを活性化させて肉体の治癒力を飛躍的に高めることが出来る」

 

「ドーピングじゃないのか、それ」

 

「レースで使用するものじゃない。使途は壊れた足のリカバリーだ。といっても、私専用に調合したものだが………まぁ、体質からして君にも効くだろう。たぶん」

 

「たぶん………」

 

歯切れが悪いが、一応受け取っておくことにする。

彼女自身への投与を前提として作成された薬であれば、一応それなりの信頼性は期待出来るだろう。

そのガラスの足の克服については、タキオンが最も注力している分野でもあるわけだし。

 

「ただし、それはあくまで奥の手。切り札だと弁えてくれたまえ。ヒトに投与してどれだけの効果が望めるのか、その副作用については未だ不確実なんだ。なにしろサンプルがまだ一つしかなくてね」

 

そのサンプルについては聞くまでもない。

彼が無事にトレーナーとして活動出来ているのを見る限り、そこまで重篤な副作用は引き起こされないと見ていいだろうか。

 

せめて、こんな得体の知れない薬に頼らざるを得ない窮地が訪れせんようにと、胸中で神仏に手を合わせる。

ひとまずポケットに入れてしまおうと考えた矢先、うっかり指を滑らせてしまった。

 

「おっと」

 

「ああ、気をつけてくれよトレーナー君。失くしても予備はないんだから」

 

「ああ、済まない…………ん?」

 

ころころとテーブルの上を転がり続け、注射器は窓枠に突っ掛かってようやく動きを止める。

呆れるタキオンに謝りつつ、机上へと腹這いになって腕を伸ばす。

 

それを拾い上げた瞬間。

ふと、妙な視線を感じて顔を上げた。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

ガラスの向こう。

 

二人のウマ娘が張り付くように私たちを観察している。

 

「あぁ………会長……それにシービー君……」

 

目があった瞬間、二人は同時にカフェテリアの入り口へと歩き出して……途中、振り返ったルドルフがなにやら合図を送る。

 

 

私たち以外の客全員が、一斉に席を立った。

 

 

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