シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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泰山鳴動して鼠一匹

 

「URAポスト・ホース……」

 

母の口から告げられた、新レースの名前を復唱する。

『ポスト・ホース』……英語に直せば『post-horse』か。『post』は郵便の意で、『horse』とは英語圏においてウマ娘を意味する古語である。

これら二つの単語を繋げて示唆されるのは、かつて郵便配達人として活動し、あるいは旅人の荷運びや護衛のために宿屋や駅舎に駐在していたウマ娘のこと。そこから転じて……

 

「……駅伝、ですか。リレー形式で長距離におけるタイムを競うと」

 

「どうもそうらしいな。あの理事長も中々面白いことを考えつくもんだ。なァ?」

 

「そう、ですね。ごく一般的な競争形式ですが、トレーナーとしてはまず出てこない発想です」

 

「概ね同感だな。つってもアイツは別にトレーナーでもねェし、だからこそ視野もそれなりに広いんだろうが」

 

どこか愉快そうなサンデーサイレンスであるが、しかしどうにも私の中ではイメージが浮かび上がってこない。

これは職業柄仕方ないと言うか、決して少なくない時間をレース競技に費やしてきたが故の固定観念に基因するものだ。

 

前提として、レースとは個人競技である。

勝者とは唯一人、最も速くゴール板を駆け抜けた選手であって、その者だけが全てを手に入れられる決まり。

たとえ二十人立てのレースであろうとも、勝者とは一着のウマ娘だけを指し、その他十九人は押し並べて敗者でしかない。

仮にハナ差数センチの大接戦であろうと、届かなければ敗けは敗けである。原則、レースにおいて覇者は二人と存在しない。

 

これはチームにおいても同じことだ。

共に切磋琢磨して腕を磨き、同じトレーナーから指導を受ける者同士、連帯感というものは確かに存在する。

だが一度レースで相見えれば、チームメイトと言えどライバル同士である。なにせ争う椅子は一つしかないのだから。

同門対決なんて珍しくもなんともない。それこそ私の担当であるルドルフとシービーにしたって、互いに適正が被っているために大試合では幾度も鎬を削っていた。

 

チーム対抗の色が強かったアオハル杯でさえも、個々のレースに出走するのはあくまで一人ずつであり、その勝敗の合計を競うものだった。

一つのレースにチーム全体で協力して挑むというのは、実はレース競技としてかなり異質な性格であると言える。

 

「釈然としねェってツラだな」

 

「それはまぁ……はい。ですが、貴女にしたって同じ気持ちなのでは?」

 

「まぁな。しっくりこない部分はあるよ。ただ、チーム対抗……もっと言えばトレーナー間に優劣をつけるって点で言うなら筋は通ってるんじゃないか」

 

「確かに、トレーナーの指揮に大きく依存する部分はあるでしょうけど……」

 

一人のウマ娘をどう勝たせるかが焦点となるレースとは勝手が違う。

誰をどの順番で走らせるかという作戦立案が重要となるだろう。他のチームの出方を探りつつ、こちらの情報は極力隠匿する駆け引きも求められる。それらは全てトレーナーの領域に他ならない。

そういう意味では、筋が通るという評価も的外れではないのだろうが。

 

ただ、それでも既存のレースとは大きく性質が異なる以上、ポスト・ホースで優勝したトレーナーがすなわち中央の頂点であるとは言い難い。

彼女は優劣をつけると言っているが、正直この競技形式でトレーナーとしての技量の多寡を測れるかについてはやや疑問が残るか。

 

「理事長からは他になにか聞いていないんですか?日付とかコースとか、今回の思いつきの裏側でもなんでも」

 

「ないな。ってか、仮に聞いてたところでなんで親切に教えてやんなきゃいけねェんだよ。今や俺とお前は商売敵だぜ。分かってんのか?」

 

「そうでしたね……」

 

レースが個人競技であれば、トレーナーという職業もまた個人競技。

目標が担当ウマ娘を勝利させることであり、その勝ち椅子が一つしかないのであれば、極論己以外のトレーナー全てが敵である。

無条件で寄りかかれるのは、担当すら持てない未熟なサブトレーナーの特権なのだから。

 

ああ、彼女はもう聞けば何でも教えてくれる相手ではなくなってしまったのだなと、僅かばかりの寂寥が胸をよぎる。

 

「ま、親子のよしみで一つだけ教えてやろう。URAポスト・ホ-ス……お前のチームにとっちゃかなりキツい戦いになるだろうな」

 

「ルドルフとシービーの二人がいてもですか?」

 

「実力じゃなくて形式の問題。どういう意味か分かるか?」

 

連携……ではないだろうな。チーム結成当初ならともかく、今は阿吽の呼吸とまではいかないものの、ごく一般的なチームメイトとしての関係を築けている。

勿論慣れないリレー形式となれば、本番において多少の噛み違いは想定されるだろうが、それは他のチームにおいても同じこと。あえて私のチームだけに特筆されるような懸念事項ではない。

 

形式の問題、つまり駅伝競争においてのみ浮上する特殊事情。

実力ではないと言っていた。正式メンバーは二人だけとは言え、両者揃ってこの学園における最上位であるなら当然だ。

 

二人だけとは言え…………

 

「……ああ、人数ですか。そうか、駅伝ですもんね」

 

「正解。一応、一チーム何人が出走するかは現時点において未定らしいがな」

 

駅伝と称するからには、当然形式は多人数競争。

具体的な人数は不明だとしても、流石に二人で回すということはあり得ない。実力云々以前に、肝心の頭数が足りないのか。

テイオーがこのまま正式にチーム入りすれば、一応三人にはなるが……いくら天才と言っても、デビューもしてない内から戦力に換算するのは如何なものだろうか。

 

「うわ……何気に大問題じゃないですかこれ」

 

「恨むんなら少人数で慎ましくやってた自分を恨むこった。普段から大軍団を率いていりゃあ、問題にもならなかったのになァ」

 

G1ウマ娘を複数擁し、総勢では十名前後ものウマ娘を抱えるチームも存在する。

中央最大勢力たるリギルはまさにそれで、先輩のチームも当てはまる。もっともそれだけの担当を捕まえて、適切に育成し、安定して重賞バを排出するのは一筋縄ではいかないので、こういう時に有利が取れるのはむべなるかなという話か。

 

私のように人数自体が少ないチーム、あるいは絶対的なエースが単独で引っ張っているチーム等は困ったことになるな。

 

「しかしそう考えると、問題ないチームの方がむしろ少ないと思うんですけど」

 

「頭数揃えるだけなら幾つかのチームが手を組みゃあいい。学園主催のイベントレースで、担当ウマ娘の詳細が他所に割れることを許せるならな」

 

「成る程。結託し放題というわけでもないというわけですか」

 

「呉越同舟とはいえ、仮にも同じ陣営として作戦を練る以上、少なくとも出走メンバーのデータについては共有しなくちゃならんからなァ」

 

身長や血液型といった基本的な肉体情報、身体測定での記録、入学試験及び選抜試験において残された結果などについては、イントラネットから全校生徒分のデータを参照出来る。

だが担当トレーナーがウマ娘から抽出する情報は、そういった上部の数値とはまるで別次元のものだ。

育成方針の決定から作戦の構築にも直結する最大級の機密情報。ここで明かしてしまえば以降、レースで相対した際に不利を被るリスクが大きい。

 

恐らく殆どのトレーナーの目的は、理事長が提示した秋川家プライベート施設の一年パスである。

言い換えるなら育成の効率化を図るためであり、最終的にはレースでの勝利が目当てであるから、そのために重要な機密が流出するようでは本末転倒である。

 

「と言うかさっきからやけに余裕ですね貴女。まだチームはおろか担当すらついてないでしょう」

 

学園に運ばれてきたのが昨晩のこと。

昨日今日と学園は休みなので、書類上はまだトレーナーとして着任すらしていない筈。明日から目ぼしい生徒を漁る予定なのだろう。

 

しかし、そんな予想はどうやら外れたようで。

サンデーサイレンスはラップトップを脇に退けて、代わりにポケットからウマホを取り出しポチポチと操作して、一つ頷くと画面をこちらに見せてくる。

 

「いや、それが面白そうな一年坊に唾つけててな。コイツだ」

 

そこに映っていたのは、澄まし顔でこちらに流し目を送る芦毛のウマ娘。

 

今月トレセン学園に居を移したばかりの一年生で、同じく新入生のテイオーとは入学前から付き合いがあった。

 

「メジロマックイーンですか。テイオーと同じく、今年度の有望株だとか」

 

「お前も知ってたか。ああそうだ。手続きは来月になるから、現時点では内々定という形だがな。お前んとこの新入りと同じだ」

 

「結局貴女の所に行ったんですね。てっきり彼女もうちに来るものかと」

 

「ンだよ。今さら返してっつったってもう遅いからな」

 

「言いませんよそんなこと……もともと私のものじゃありませんし。むしろ貴女が担当につくなら安心だ」

 

マックイーンはテイオーと同じく、私のチームに興味を示してくれてはいたものの、他のトレーナーと比較検討したいという本人の希望があって、仮入部には至らなかったという経緯があった。

競技ウマ娘としてのバ生を左右する選択であるから慎重にもなろう。いくらルドルフの担当トレーナーとはいえ、最初から私だけしか眼中になかったテイオーの方がむしろ見ていて怖い。

 

期待の大物新人、加えて名門メジロ家のウマ娘ということもあって、万が一にも変な輩に捕まってやいないかと密かに心配していたが、相手がサンデーサイレンスなら大丈夫だろう。

良くも悪くも箱入りな彼女であるが、この破天荒を通り越して狂気に片足突っ込んだウマ娘とも意外と上手くやっていけるのかもしれない。

 

それはさておき。

 

「いや、だとしても、結局メンバーはまだマックイーンだけってことでしょう。一人で駅伝は出来ませんよ」

 

「そうなんだよなァ。やよいちゃんには、どうにか人数少なくしてくれってお願いするとして……残りもう三、四人は欲しいわな」

 

「なら先輩のチームからでも引き抜いてきたら如何です。そのために圧力かけてるんでしょう?」

 

「あ?なに言ってんだお前。俺がいつアイツのチームを締めたってんだよ」

 

「ですが、タキオンはそう受け取っていたみたいですよ。その上で、彼女に私を拉致してくるよう脅したとかなんとか」

 

「………………いや、知らんけど。ナニソレ」

 

しらを切るわけでもなく、本当にまるでなんの事だが分からないといった様子で、きょとんと私の顔を見つめるサンデーサイレンス。

 

それはこちらの台詞なのだが……。

 

「そりゃ、ヤツにお前を連れてこいとは言った気もするが。でも別におかしな話じゃねェだろ?旧知に挨拶するってのは。それにお前、今年の正月は帰ってこなかったし」

 

「え……でも、ルドルフもシービーも私が貴女に出くわすと悲惨な目に遭うって……」

 

「だから知らねェって。お前らが勝手にあれこれ大騒ぎしてただけだろ。今日の俺はミノルちゃんと茶しばいて、マックちゃんとお話して、あとは荷解きしてただけだぜ」

 

「じゃ、じゃあ先輩は?」

 

「知らん。部屋で寝てんじゃね」

 

「えぇ…………」

 

なら昨晩からの災難はなんだったのか。

一過性のショック症状だとしても、元凶がこれではあまりにも救いようが無さすぎる。

 

よく考えれば、十中八九無理やり連れてこられたらしきサンデーサイレンスが、持ち前の適応力を発揮して落ち着いているのは喜ばしい限りではあるが。

しかしそれすら素直に受け止めきれない程の、どうしようもない徒労感に苛まれる。

 

肩を落とす私を、サンデーサイレンスは妖しげな瞳でせせら笑う。

喉を小刻みに震わせる不気味な嗚咽だが、彼女にとって最大限の感情表現なのだろう。

 

「ああ、なんだなんだ、がっかりした顔しやがって。そんなに虐めて欲しかったのか」

 

「…………帰る」

 

もう疲れた。

貴重な休日をつまらないことで潰されたものだ。まぁ、仮になにも起こらなかったところで、どうせシービーと一緒に生徒会の手伝いをしていただけだろうけども。

 

とくに挨拶もせず、サンデーサイレンスの部屋を出る。

 

分かっていたことだが、やはりここはトレーナー寮の一階らしい。

玄関に程近く、だからこそ気絶した私が運び込まれても誰も気づかなかったのだろう。気づいた上で見捨てられたのかもしれないが。

 

この階には私の部屋もある。

今日はもうこのまま戻って、夜が明けるまで大人しく閉じ籠ってよう。外に出たところで散々な目にしか遭わないのだから。

 

毛の長い絨毯の感触を楽しみながら、廊下の端へ端へと歩いていく。

 

 

 

「………あれ?」

 

玄関の前にもたれている影が一つ。

こちらが存在を認識した瞬間、向こうも同時に気づいたらしく、肩を怒らせながらずんずんと歩み寄ってくる。

 

人気のない廊下の端で、よく通る高い声を張り上げた。

 

 

「どこに行ってたのさ!?ボク、ずっとここで待ってたんだよトレーナー!!」

 

 

 

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