シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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究極テイオーステップ

 

テイオーは激怒していた。

 

耳を絞り、尻尾を怒らせ、無言でずんずんと前を歩く。

私はただただ謝罪の言葉を垂れ流しながら、その後に続くことしか出来ない。

 

「テイオー。本当にすまなかった。言い訳をするつもりじゃないが、とにかく話だけでも聞いてくれないかな」

 

「………………ふん」

 

私の懇願もどこ吹く風といった険相で、迷いのない足取りのまま学園の中庭を進んでいく。

一応、後ろからついてくることぐらいは許して貰えているのだが。それにしても、トレーナー寮から真っ直ぐ離れて一体どこへ向かっているというのだろう。

 

テイオーが機嫌を損ねるのも当然の話だった。

私との電話の後、彼女は指示通り学園の事務局に合鍵の申請を届け出たわけだが、問題はその後だ。

手続き上、申請があったからといってそれだけで許可が降りるわけでもなく、当然こちら側からの承諾も必要となる。

事実、私のウマネットには事務局から承認の是非を問うメールが送信されていたのだが、その時には既にタキオンに同行していたため確認することが出来なかった。

結果として、テイオーは私の寮部屋に立ち入ることも叶わず待ちぼうけだったということ。

 

そうこうしている間に言葉も尽きて、黙々と遊歩道を歩き続ける私たち二人。

会話がないぶん、遠くから飛んで来るかけ声がよく聞こえる。今日は日曜でトレーニングも休みなのだが、自主練に精を出しているのだろう。

やや幼めの響きからして、恐らくはテイオーと同じく今年入学したばかりの中等部一年生か。トレセンにおける最初の関門たる選抜試験を控え、まだ学園生活に慣れていないこともあってか、この時期の新入生はどうにも力を入れすぎてしまうきらいがある。

 

休む時はしっかり休むと、上級生なら自然とそのあたりのメリハリもついてくるのだが。

トレーナーとしての性分故か、せめて無理だけはしないよう声の一つでもかけたくなるものの、いらぬトラブルに繋がりかねないので胸の内にしまっておく。

 

「……あのさ、トレーナー」

 

「ん?なにかな、テイオー」

 

と、そんなことを考えていた矢先、これまでなんの反応もなかったテイオーがようやくこちらへと振り向いた。

後ろ手を組みやや上体を傾けて、半眼で睨み付ける様は中等部時代のルドルフにそっくりで、こんな状況にも関わらず懐かしさが心を満たす。

彼女はポニーテールを揺らしながら、その瑞々しい唇をゆっくりと開いて一言。

 

「さっきからさ、ボク以外のウマ娘のこと考えてない?」

 

「……怖っ。背中に目でもついてるの?」

 

「トレーナーが分かりやすいだけだけど。で、誰のこと考えてたのかな?今はボクの機嫌をとるべきだよね?」

 

ねぇ?と目線だけで賛同を求めるテイオー。

目は口ほどに物を言うなんて諺もあるが、彼女の瞳はどうも口以上にコミュニケーションがこなせるらしい。

 

顔立ちや声は大層可愛らしいけども、後ろに寝かされた耳やざりざりと砂を掻く足も同時に視界に映るせいで、間近に迫られた私はまるで生きた心地がしない。

 

「いや、ちょっとルドルフのことをね」

 

「カイチョーがどうかしたの?」

 

「改めて見ると、やっぱりテイオーとルドルフはそっくりだなと」

 

嘘ではない。肝心の部分には全く触れていないが、そもそも機嫌をとれと言ったのは彼女の方だし。

 

ルドルフと似ていると聞いたとたん、テイオーはころりと態度を一変させて嬉しそうに笑う。

別にお世辞でもなんでもなく、その実力といい毛色や流星といい、どことなく纏う雰囲気はルドルフのそれを彷彿とさせていて、私に限らずこの学園でこれまで関わった多くの者から下されれいる評価である。

なんなら聞き飽きているぐらいではないかと思うのだが、元々ルドルフを追って中央に入学し、彼女に倣ってデビュー前でありながら無敗の三冠という大目標を公然と掲げるテイオーにとっては、何度繰り返されたところで嬉しいことには変わり無いのだろう。

 

ここでちょろいな、とかそういう考えを持ってはならない。

観察眼が鋭く、言動の節々を瞬時に分析出来る聡明な子だ。あっという間に見抜かれて、この先三日は目も合わせてもらえなくなるに違いない。

 

「そう言えば、カイチョーはどこに行ったの?シービーに連れ出されてどっか行っちゃたけど」

 

「どうだろう。ここにいないなら、今も商店街のあたりだと思うけど」

 

意識を失っていたため、あそこからどうやってここまで戻ってきたのかは分からない。

今でも私の捜索を続けているのか、とっくに学園まで引き上げているのか。まだ日は高いのでどちらもあり得る。

 

「今も……え、トレーナー、タキオン先輩と一緒にいたんじゃないの!?」

 

「その後に出会した。というかテイオー、なんでタキオンと私が一緒にいたことを知っている?」

 

「だって、ボクにトレーナーの居場所教えてってお願いしたきたのがタキオン先輩だったから」

 

「で、教えたわけか」

 

「うん。だってすっごく必死というか、切羽詰まってるカンジだったし……」

 

いつも飄々としているタキオンが新入生のテイオーにそこまで言われるということは、余程なりふり構わない姿だったのだろう。

出来れば隠し通しておいてほしかったが、仮にも高等部生であるタキオンの頼みを無視しろというのは酷な話かもしれない。

 

「それよりカイチョーとこっそり会ってたってこと!!ボク聞いてないんだけど!?なんで話してくれなかったのさ!!」

 

「別に隠してるつもりもないし、こちらの話を聞こうとしなかったのは君の方じゃないか」

 

「そうだけど、そうじゃないでしょ!!んもートレーナーのバカ!!」

 

「ど、どうどう」

 

だむだむと地団駄を踏むテイオー。

自分一人だけが蚊帳の外だったと悟り、いよいよ我慢ならなくなったらしい。

 

毛を逆立てるテイオーとそれを宥める私。

遊歩道のど真ん中でもつれ合う様子に好奇の眼差しを送りながら、私たちの横をウマ娘の一団がすれ違っていく。

学園指定の制服やジャージではなく色とりどりの私服を着こなしており、飲み物のカップを片手に休日の昼下がりを満喫しているようだった。

 

「!!」

 

彼女たちが横を抜けた途端、跳ね回っていたテイオーが急に動きを止める。

耳はこちらではなく、進行方向の一点へと揃って向き直り、ややあって私の手首を捕らえると有無を言わさずに引き摺っていく。

 

そのまま一分ほど歩いていけば、学園の正門から伸びる大きな通りへと出た。

その脇には、黄色に塗装されたキッチンカーが一台店を開いている。はちみーというドリンクを売り物にしているらしく、学園の生徒からはかなり評判が高い。先のウマ娘たちが持ち歩いていたのもこれだった。

私としては、その甘ったるさに少々値段が高いことともあって、メジャーな嗜好品であるにも関わらず買い求めたことは数える程しかないのだが。

 

テイオーは私の袖を引きながら、無言でその黄色の屋台を指差した。どうやら私の奢りで手打ちということらしい。

ドリンク一つで機嫌が直るなら安いものだ。はちみーついでに昨日今日の話でも聞いてもらおうと考えながら、私は内ポケットの財布へと指を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

二人ぶんのはちみーを受け取った後。

立ち話も疲れるので、そのまま近くの広場へと向かう。

 

この学園には幾つか広場があるが、ここはその中でも一番よく使われる三女神の広場である。

中心部には三女神像を戴く噴水が築かれており、誰が投げ込んだか底にはちらほらと小銭の姿も。

ベンチはないが、代わりに噴水の縁が幅や高さからして丁度良い塩梅で、私とテイオーはそこに並んで腰掛ける。

 

昨日の監禁、テイオーに救助を要請した経緯、タキオンによる連行とルドルフ達の襲撃、脱走劇からサンデーサイレンスとの遭遇に今後の方針にと、とりあえず知っていることは洗いざらい話しておいた。

テイオーはふんふんと頷きながら聞いていたが、やはり最も興味を引かれたのは新レースの情報らしい。

 

「へー……それじゃあ、その『ポスト・ホース』に出走するのは三人ってこと?カイチョーと、シービーと、それからボク」

 

「ルドルフとシービーはともかく、君は現状だと未確定だな。開催時期とか、具体的な形式とか、そのあたりが明らかにならないと……」

 

「ボクはカイチョーと一緒に走りたいの!ねぇトレーナー、じゃあさ、選抜レースで一着とれたらボクも走らせてよ!それなら実力的に問題ないでしょ?」

 

「あー……まぁ、考えてみるよ」

 

中等部一年生とはいえ学年のトップであれば、ぎりぎり戦力として通用するかもしれないが。

ただそれも、せめて幾つか公式レースを経験した後の話であって、仮に選抜レース直後の開催となったら難しいと言わざるを得ない。

それも含めて、今後の秋川理事長の動向次第ということになるだろう。

 

「そもそも出走登録が出来るかも分からないのがな。たとえテイオー含めても三人だと……せめてもう一人は欲しい」

 

「なら、ボク以外にもスカウトすれば良いじゃん。マックイーンは無理でもさ」

 

「いや、流石にそれだと私のキャパが足りない。普通の育成ならともかく、数ヶ月で新入生を即戦力まで仕上げるとなると、複数人はちょっと」

 

「そっか」

 

テイオー自身の有り余る才能に、私の持ち得る技術と時間を全て注ぎ込み、そこからさらにルドルフとシービーという優秀なチームメイトも加わることでどうにかやっとといった所だろう。

ただ出走条件を満たしたいだけなら、その辺のフリーのウマ娘を捕まえて放り込めばいいだけの話だが、仮にもトレーナーとしてそんなウマ娘にもレースにも不誠実な真似は許せない。

 

「なんかさ、どんなウマ娘も一瞬で強くなるみたいな、そんな裏ワザがあれば良いのにね」

 

テイオー自身もそのどん詰まりを理解しているようで、ぶらぶらと足を揺らしながら適当なことを言い出す始末。

 

「そんな夢みたいな話があるわけないって、他ならぬ君たち自身が一番よく理解しているだろうに」

 

「そうだけどさー……あっ、ねぇねぇトレーナー、こんな噂知ってる?この噴水でウマ娘同士が心を交わすと、力の継承が出来るんだって」

 

「知ってる。散々擦られた都市伝説だろう」

 

というより七不思議か。この学園ではトイレの花子さんや動く金次郎像並みに使い古された怪談である。

一体誰が言い出したことやら。なにぶん常日頃から勝負のプレッシャーに晒される世界なので、そういったまやかしにすがりたくなる気持ちは痛い程理解出来るけども。

 

「そもそも『心を交わす』って具体的にどういうことなんだろうな。告白でもするのか」

 

「なんかね、行動で示すってことらしいよ。告白もそうかもしれないけど。どうせやるんならもっと大胆な方がいいかもね……こういう風に」

 

言い終わる前に、テイオーは空いた手で私の襟元をがっちりと握り込む。

飲み干したはちみーのカップを握り潰し、そのままじいっと私の瞳を覗き込む。

 

「テイオー……っ!?」

 

なにやら嫌な予感を察知し、身を引こうとした瞬間。

瞬きの間に距離をつめられて、強引に唇を奪われた。

 

ほんの一秒にも満たない、お互い触れあうかどうかといったささやかなキス。

それでも微かに伝わってきた甘ったるさは、まさに固め濃いめなはちみーのそれ。わざわざ握り潰したのは、これを印象づけるためか。

 

「……なにを」

 

思わず睨み付けるが、テイオーは悪戯の成功を喜ぶ子供のように笑うだけ。

 

「これでトレーナーが足早くなったらさ、ひょっとしたら噂は本当かもね。そしたら適当なウマ娘を捕まえてチームに入れてさ、ボクとルドルフとシービーで…」

 

「接吻してやろうってことかい。嫌だよ、そんな痴女ウマ娘集団。ましてやそれを私が率いるなんて」

 

「ふんだ。でももう他にどうしようもないじゃんか。組んでくれる仲の良いトレーナーだっていないんでしょ?」

 

「い、いるさ一人ぐらい」

 

桐生院……は情報保全の点からたぶん無理だろうけど。

一時期はかなり苦しい立場に立たされたこともあったが、今ではそれなり以上に顔も利く。

 

その中でもこういう場合、真っ先に手を組む相手を挙げるとするなら……やはり、血よりも濃い(らしい)師弟関係で結ばれたあの人だろう。

 

 

正直、因縁があり過ぎてどう転ぶか分からないが……頼むだけ頼んでみるとしようか。

 

 

 

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