シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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師弟談義

「お断りします」

 

開口一番、バッサリと切り捨てられた。

そのあまりの容赦のなさに、頭が真っ白になった私へと流し目を寄越しながら、先生は深々と息を吐く。

カフェテリアの椅子を傾けさせ、手にしたバインダーの背で肩を叩きつつ、気だるげに言葉を続けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……別に、貴方と組むのが嫌だからだとか、そういう子供じみた理由ではありません。たんに、私のチームはそのポスト・ホースとやらに出走しないだけです」

 

「そう、でしたか……して、その理由は一体」

 

「今年、また新しく担当を複数名とサブトレーナーも迎える予定ですから。率直に言って、新レースの対策まで手が回らないのです」

 

「あぁ……なるほど。見事に集中投資期間と丸被りしたと」

 

「えぇ」

 

新レースがあろうがなかろうが、新しい生徒とトレーナーは変わらずやってくるので致し方ない話である。

逆にベテラン勢の意識が逸れるこのタイミングをついて、有望なウマ娘を複数青田買いし育成するというのも一つの戦略なのかもしれない。

これまで中規模に留まっていた彼女のチームも、いよいよ勢力増強の時を迎えたのだろうか。

 

「最悪、そちらのエースを貸してもらえるだけでも十分なんですが」

 

「カツラギですか。難しいですね……あの子には今年度、チームの代表として育成にも絡んでもらうつもりですから」

 

駄目か。彼女であればただの頭数合わせではなく、立派な戦力の一角となり得るため期待していたのだが。

ルドルフは先行に差し、シービーは追い込みでエースは逃げと、脚質を多方面に揃えておけるのも魅力的だった。

 

無論、互いに手の内を晒すこととなる以上、絶対に承諾してもらえると確信していたわけではない。

ただ、シービーについては元々先生が三冠まで育て上げたウマ娘であり、エースもまた私がサブトレーナー時代に面倒を見ていた一人であった以上、そんなデメリットなど今さらだと捉えてはいた。

誰かしらのトレーナーと組むにおいては、シンボリフレンドをおいて他にはないと考えていたのである。

 

「まぁ、いの一番に私を頼ってきたあたりは評価してあげても良いでしょう」

 

「どうも。実際、私たちの連合が実現するなら世間的にも大きなアピールになりますからね」

 

世間においては、私とシンボリフレンドは極めて不仲であるという認識が根付いているらしい。レース競技クラスタ曰く、トレセン学園史上最悪の師弟関係だとかなんとか。

それも根も葉もない噂ではなく、一応根拠はある。なにせ推薦移籍の辞退という前代未聞の不義理をかまし、JCでは先生にトレーナーとして最初の敗北を叩きつけられ、かと思えばその翌年に一度は蹴った絶対王者ミスターシービーを特別移籍でかっさらったという因縁だ。

正直、これで関係が悪化しない方がかえっておかしいというか。仮に私が部外者の立場だったら、やはり不倶戴天の間柄であると考えるだろう。

 

真実はどうかといえば、サブトレーナー時代から変わらず良好である…………と思う。

 

はっきり言って、先生が何を考えているのか、私にどのような感情を抱いているのかが分からない。不仲については否定も肯定もしていないからだ。

あの性格からして、あのような敵対行為を一度でも見逃すわけがないのだが。この数年間、私以外にも弟子を取ってきていたが、仮に彼女らが同じ真似をしでかしたら絶対にただでは置かないだろう。

私の預かり知らぬ所で順調に負債が溜まっていっている可能性もなくはないが。少なくとも現時点においてはいたって親密な筈である。

 

ともかく、世間の価値観では私と先生は因縁の敵同士なわけで、我々が共同戦線を張るとなれば話題性は十分だと思えた。

トレーナー同士のみならず、その担当であるルドルフ、シービーとエースの因縁も無視できないのだから。

 

もっとも、実現しなかった以上なにを言ったところで意味などないのだけれども。

 

「なにも強制参加というわけではないのですから、都合がつかないなら貴方も辞退すれば良いのでは。悪いのは出走条件ということで」

 

「最悪そうなるでしょうが、うちのチームは理事長からの期待も大きいと言いますか……ここで抜けるとどうにも後が怖いものでして」

 

手前味噌になるが、学園の内外から最も注目を浴びているチームの一つだろう。ポスト・ホースにおいても、まず間違いなく活躍を期待されている筈だ。

ただし、そうだとしても、このまま頭数が埋まらなければ辞退せざるを得ないだろうが。少数精鋭と言えば聞こえは良いものの、単純な規模で見るならまだまだチームトレーナーとしてひよっこと言う他ない。

 

もっとも、私の勤務年数を鑑みればチームの設立を許されているだけでも御の字なのだが。

同じ年齢の時点で、既に指導教官としての位を与えられていた先生がおかしいのである。

 

「なんですか。まるで私のチームは上層部に期待されていないとでも言いたげですね」

 

「い、いえ、断じてそういう意味では……」

 

「冗談ですよ。まったく……とことん弟子にも担当にも恵まれないものですね、私は」

 

「すみません……」

 

「構いませんよ、別に気にしていませんから。中央は弱肉強食であり、その方針はウマ娘第一ですもんね。ですから今の境遇も自然の成り行きと言えましょう、ええ」

 

ますます声のトーンを落としながら、バインダーの背で今度は私の頭を小突いてくる。その両耳はきちんと前を向いているものの、内心穏やかでないのは明らかだった。

 

破竹の勢いで出世街道を猛進しているシンボリフレンドであるにも関わらず、今現在いまいち担当チームから勢いが欠けているのは、主に三つの理由がある。

 

一つ目は単純にタイミングの問題で、これまでチームの中心にいた最古参のウマ娘達が、昨年一斉に卒業を迎えたためだ。今年度、新入生の大量スカウトを予定しているのも、つまりはその補填に他ならない。

リギルのようなコンスタントに優秀なウマ娘を集められるチームでもない限り、戦力の波というのは必ずついて回る問題である。先生のチームはまさに今、その波の底辺に直面していた。

それでも数年前まではシービーがいたのだが、それも私が抜き取ってしまったのが二つ目の理由である。一つ弁明させてもらうと、彼女の移籍はルドルフのデビュー時から殆ど確定事項であったのだが、しかしその抜けた穴は大きい。戦力の低下のみならず、三冠ウマ娘を擁するチームというブランドも同時に失ったのだから。

 

それでもかつては、エースとシービーの他にも有力なウマ娘が一人いた。日本ダービーを制し、いずれチームを率いると目されていたウマ娘……シリウスシンボリが。

しかし海外遠征から帰還した彼女は、先生のチームに復帰しないまま成績の振るわないウマ娘達を統率し始めて今に至る。出奔したまま戻ってくる気配は一向にない。それが、第三の理由だった。

 

弟子にも担当にも恵まれないというのはまさしく言葉の通りであり、巡り合わせの悪さをものの見事に体現している。

ちなみにシリウスには以前から強引なアプローチを受け続けていたが、ここで彼女まで受け入れてしまえばいよいよもって先生に殺されかねないので全力で拒否し続けている。

 

しかしそれも自己保身の一つであって、恩師への義理立てとは口が裂けても言えまい。

このまま話を進めてもろくな結末を迎えられそうになかったので、どうにか話題を変えてみる。

 

「先生で無理なら、他に誰と組みましょうか……先輩は単独で余裕でしょうから、やはりサンデーサイレンスですかね」

 

「止めておきなさい。経歴は立派でも、実体はチームすら持たない生ける化石。かえってお荷物になるだけです。あぁ……でもそうですね、彼女を走らせれば一応出走条件はクリア出来るかもしれませんね」

 

「いやいや……トレーナーですよ?」

 

「URA管轄の公式試合でもなし。それにチーム対抗と銘打つのなら、トレーナーだって戦力に含めても問題ないでしょう。貴方と違って、私やあの人ならそういう抜け道が使える」

 

「そういえば、皐月やダービーも走っていましたもんね先生」

 

クラシック級およそ七千人の内から、僅か数十人しか出走出来ないそれに顔を出しただけでも栄誉である。そもそもの話、勝負服すら着ないままターフを去るウマ娘だって数多いるわけで、彼女も中央では上澄みだったのだろう。

もっともそれも現役時代の話であって、その抜け道の有用性にも疑問しか見当たらない。あくまで数合わせだけを見据えた裏技といった所か。

 

どのみち、その裏技すら私にとってはなんの役にも立たないのだが。

 

言いたいことを言い切って多少は気も晴れたのか、先生はさっさとカフェテリアを出ていってしまった。

日曜ではあるが、スカウトの準備に教本の手配にと休んでいる暇はないのだろう。

 

 

そんな彼女を引き留めてしまったことに一抹の心苦しさを抱きつつ見送っていたところ、入れ替わる形でこちらへと近づいてくる人影が一つ。

 

「やぁやぁ、トレーナー君。無事に帰ってこられたようでなによりだよ」

 

制服の上から白衣に袖を通し、ちゃかちゃかと軽快な足取りで真っ直ぐ向かってくる。

彼女の中で何かが解決したのか、顔には朝のような焦りの色はなく、変わりににたにたと胡乱な笑みを貼り付けていた。そのままぬるりと真横に滑り込むと、馴れ馴れしい手つきで私の肩を揉んでくる。

 

秒で裏切っておきながら、その数時間後にここまでの態度を取れるのは面の皮が厚いとかいうレベルではない。

まぁ、しおらしく詫びを入られたところで盛大に警戒心を刺激されるだけだろうが。そういう意味では、これが彼女なりの正しいコミュニケーションなのかもしれない。

 

「なんの用だ、タキオン。悪いが私は忙しいんだ」

 

「とてもじゃないが、そうには見えないけどね。ああ、会長とシービー君ならさっきテイオー君を連れて食堂に向かっていったよ。ここには来ないから安心するといい」

 

「どうも」

 

肩を揉む手を乱暴に振り払ってみるものの、タキオンはまるで気にした様子も見せずに怪しげな笑みを浮かべたまま。

周囲の客も一瞬だけこちらに振り向いたが、彼女の姿を認めた途端にいつものことだと視線を戻してしまう。

 

「ちょお~っと、データの採取に付き合っておくれよ。今朝の薬の効果がどれ程なのか知りたくてねぇ。今すぐラボに来てくれたまえ」

 

「そう言われてのこのこついて行くとでも思うか?私は先輩じゃない」

 

「しかし、君にとっても有意義なメンテナンスになるだろう。一時的にとはいえ、あんな無茶をして後に引いていないか不安じゃないかい?」

 

「む……」

 

言われてみれば確かに、あのような効果はありつつも怪しげな薬に手を出した副作用は気がかりだ。

それを作製し渡した張本人が言うのもどうかと思うが、張本人だからこそ最も的確な視点で検診出来るという面もある。

 

「それに、私はトレーナー君に対して一つ大きな貸しがある。私があの場で狂言を立証していなければ、君は今頃白昼堂々うら若き乙女達の前で放尿をかました現行犯として、当局に身柄を確保されていたのかもしれないのだから」

 

「あのタイプの注射器を寄越した君にも非があると思うが」

 

「エピペンを参考にしたとは言ったが、別に内腿でなくたって首でも肩でも良かったんだよ。どうしても納得いかないのであれば、ここで実演して見せてもいいが」

 

白衣の袖から注射器が一本取り出される。

形状こそあの薬に似ているが、充填されているのは全く違う薬液の筈だ。おおかた対象を一瞬で昏倒させるとか麻痺させるとか、そんな所だろう。

 

それにしても、いくら筋力に優れているわけではないとしたって、タキオンであれば素の腕力で私を黙らせて拉致することぐらい雑作もないと思うのだが。

なのにわざわざこういう手を使うのは、科学者としての矜持かなにかだろうか。

 

 

いずれにしても、こうして実力行使を示唆された以上、どのみち行く末は一つしかないのだと悟る。

 

「……ああ、分かったよ。ならさっさと案内してくれ」

 

とにもかくにも、まずは目の前の窮地を乗り切るために。

私は渋々ながら、タキオンの実験室へと向かうことに決めた。

 

 

 

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