シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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暗中模索

 

私は自分の仕事が好きだ。

トレセン学園においてウマ娘を育成する、この中央トレーナーという職業が。

 

ウマ娘の育成のために一生を費やす覚悟があるし、やりがいだって感じている。上司に同僚にと、人にだって恵まれてきた。

給与や社会保障といった待遇面においても不満など見当たらない。少なくともこの国の中においてはトップクラスだと胸を張って言えるだろう。

世の中就職するにあたってはなにかしら諦めなければならないと言われるこのご時世において、理想に限りなく近い生業に励めている私は幸せ者だと言える。

 

 

だけど、そうだとしても……月曜の朝というのはやはり憂鬱なもので。

これはもう理屈どうこうではなく、精神に深く根を張った習性なのかもしれない。平日初日に気分が暗くなるというのは。

たぶん、小学校から続いてきた週休二日のローテーションの中で、コツコツとその価値観が形成されてきたのだろう。

 

澱んだ血の巡りは一向に解消の兆しを見せず、それでもどうにかリビングのポットからコーヒーを並々とカップに注ぐ。

酸っぱさとほろ苦さの入り交じった香りが鼻の奥に抜けて、靄の晴れるように頭の中がしゃきっとしていく。その勢いで砂糖もミルクも入れず一気に流し込むことで、ようやく体も浅い眠りから浮上した。

こんな嗜み方、カフェに知られたらなんとどやされるか分かったものじゃないが。しかし手っ取り早く頭を動かすにあたって、最も健全な手法である。

 

「うぅ………」

 

……ただ、まだ目覚めは完璧じゃないな。

 

こうなればシャワーでも浴びてさっぱりしようかと、この後のスケジュールと並べて逡巡の唸りを上げてみれば、そんな私を前におかしそうに笑うウマ娘が一人。

 

「あはは。トレーナー、すっごい眠そうな顔してる」

 

「シービー……誰のせいだと。本当に……」

 

「いや~。ごめんて」

 

勝手知ったる人の家と言わんばかりにソファに寝転がり、行きがけにコンビニで買いつけてきたらしきたまごサンドをちびりちびりと齧るシービー。

テーブルの上に広げられたマイバックには、寝起きに見ているだけで胸焼けがしそうな程の量の握り飯やら惣菜パンやらが詰め込まれている。

 

まぁ、ヒトよりエネルギーの消費が活発なウマ娘のこと。それも現役アスリートとなればこのぐらいは……いや、それでも多いな。

オグリキャップと同等までは言わないが、いい勝負が出来そうな程度にはボリュームがありすぎる。遅れて来た食べ盛りなのかもしれないが、体重と摂取カロリーの調整という点で洒落になってない。

 

そんな私の危惧をよそに、最後の一欠片を飲み込むとすぐさま一番近くにある握り飯へと取り掛かるシービー。

透明な包装を豪快に破り、寝転んだままかぶりつく。みるみるうちに手のひら大の塊が口の中へと消えていき、ものの十数秒で食べ切ってしまった。あの体勢でよく海苔を散らさずに食べれるものだと、逆に感心してしまう。

 

「なぁに。人の食事をあまりじろじろ眺めるのは不躾よトレーナー。お腹空いたならキミも勝手に取ったら」

 

「いや……いい。今は腹減ってない……というよりまだ胃が動いてない」

 

「ふむ。だがいくら調子が出ないといっても、朝を抜くのは良くないな。君には釈迦に説法だろうが」

 

「ああ、君もいたのかルドルフ」

 

ひょっこりと、台所の奥からルドルフが顔を覗かせる。

朝に弱いのはいつまで経っても変わらないままで、今日も今日とて半眼に耳を絞りながら力なく尻尾を揺らしている。私と同じかそれ以上の億劫さだろうに、それでも口先だけでも取り繕っているのは流石の精神力と言ったところか。

パキンとペットボトルのキャップを開き、大儀そうに口をつけて傾ける。ラベルを剥がしたミネラルウォーターは、いつの間にか彼女専用としてここの冷蔵庫に常備されているもの。ちなみにシービーにも全く同じものがあり、そちらにはラベルがついたままだ。

ようするに、それだけここに入り浸っているのだ。彼女達は。以前カフェをここに入れたときに、二人の匂いが染み付いているとまで言っていたからよっぽどらしい。

 

ちなみにその日はカフェがここに泊まり、翌朝念入りに消臭したにも関わらず夕方来た彼女達にはあっさりと看破された。

どうにもヒトとウマ娘では匂いの受け取り方そのものが異なるらしい。見えてる世界からして違うというか……鼻が良すぎるのも考えものだ。種族が異なる以上、そういうものだと割り切る他ないのだが。

 

「あぁー………シービー。私の分も」

 

「適当に取ってってよ。割り勘にしただけでどれが誰のぶんかは決めてないんだから」

 

「ああ。なんだ、シービーが一人で食べるわけじゃなかったのか」

 

「当たり前でしょ。アタシはオグリとは違うんだから。流石にあの子みたいのが二人もいたら堪らない」

 

そう言いながらも、二人がかかりで山のような食糧を平らげていく様はやはり見ていて迫力がある。

支払いは折半とのことだが、お互い特に取り分を測る様子もなしに気ままに手をつけているようだ。昔はこういったところで揉め事に発展することもしばしばあったことを考えると、二人とも随分丸くなったというか。

 

チームトレーナーとして最も気を遣うべき点は、やはりチーム内における不和の予防ないし解消である。

年頃の少女を複数担当するとなると、いかんせん常に円満というわけにもいかない。ただでさえ競争心旺盛なウマ娘のこと。些細な衝突が大惨事にまで発展することも珍しくなく、それを如何にして御するかが腕の見せ所。言い換えるなら、これが上手くこなせて初めてベテランを名乗れるのだ。

私のチームには今のところ亀裂の予兆もなく、唯一の不安要素は新顔であるテイオーとの関係であるが……まぁ、大丈夫だろう。

 

早めの朝食にありつく二人は取り敢えずそっとしておくとして、空になったカップを洗おうと流しに向かう。

その途中、資料をバインダーに綴じて並べた棚の中段に、見慣れない何枚かの用紙が無造作にねじ込まれているのに気づいた。

過去五年分の記録を時系列順に整理したものであるから、中段に納められているのはだいたい二年から三年程前の資料。半ば塩漬け同然の状態になっており、今さら新しいものが加わる余地もない筈なのだが。

 

取り出して広げてみると、用紙に記載されていたのは詳細な身体的データ。幾つかの視点を基に数字として表したものであり、学園のデータベースで管理されている生徒の記録と酷似している。

ルドルフやシービーのデータと比較対象がなされているものの、肝心の数値は二人と比べるべくもない。一般的なウマ娘の数値すら大きく下回っており、明らかにこれはヒトの……恐らくは私のデータだろう。

 

「タキオンか……」

 

そういえば、検診の後に結果を教えてもらうとか約束していたな。おおかた、私を昨日ここまで運び込んだついでに残していったというところか。わざわざ担当二人と比較するなど随分酔狂な真似をするものだが、見たところ後遺症の類いはないようだ。

そもそもトレーナーしかアクセス出来ないデータベース内の記録の仕様を把握していることとか、さらにはルドルフとシービーの身体データも保有していることとか、突っ込みどころを挙げればキリがないのだが……まぁ、タキオンのやることだからな。そのぐらいで驚きはしない。

イントラネットへの侵入などお手のものだろうし、オフラインの情報についても最悪お友達の力を借りればどうとでもなる。力を貸してもらえれば、の話ではあるけども。

 

 

……ああ、思い出した。

 

お友達、カフェ曰く行方不明なんだったか。

 

 

「ルドルフ、シービー……悪いが少し用事が出来た。朝練はそっちで進めておいてくれ。テイオーも一緒に」

 

「何時ぐらいに戻ってこれそうかい?授業開始前には顔を出せるかな?」

 

「分からない。なるべく早く終わらせるつもりだが、もしかしたら午前中は潰れるかも。夕方からは顔を出せるよ。たぶん」

 

「メニューは先週末打ち合わせたものでいいのかな。テイオーにも共有する形で」

 

「ああ、そうしてくれ。任せたぞ。もしなにかあったら遠慮なく電話をくれ。こっちはそこまで大事な用件じゃない」

 

「委細承知した、トレーナー君」

 

相変わらず声だけは威勢のいいルドルフに一つ頷くと、私は私服のまま業務用スマホだけを手に玄関へと向かう。

ノブに指をかけたところで、二枚の用紙を手にしたままなことに気付いたためひとまずポケットに捩じ込んでおいた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

さて、朝のうちにお友達を見つけられれば良いのだが。

 

いくら自分の担当でないとは言っても、カフェのああまで取り乱した姿を目にしていては流石に動かないわけにはいかない。生まれた時からずっと一緒にいた相手であるから、急に目が届かなくなっただけでも不安で堪らないのだろう。

それに私自身、お友達に消えてしまわれては困るという事情もある。少なくとも私の知る限りにおいて、サンデーサイレンスへの抑止力となり得る存在が彼女だけである以上、これからの平和のためにはなにがなんでも側にいてもらわなくてはならないからだ。

 

玄関を抜けて、これから目指す先はまさにそのサンデーサイレンスの寮部屋。

窓が大きく取られ、さらさらと柔らかな朝陽が射し込む廊下を大股に抜けていく。人気はなく、がらんどうに響き渡るのは私の靴音ただ一つのみ。

 

見つけると意気込んだところで、実際なにかアテがあるというわけでもない。

お友達の姿を認識し、話が出来るのはカフェだけ。私は互いに視認出来るのみで、今のところ意志疎通にまでは至っていない。それ以外の人物においてはそもそも見ることすら叶わない。

そうである以上、目撃証言を集められないのは厄介なところだが……霊障を介して存在そのものを察知する事は私とカフェ以外にも出来るのだ。なので、先ずはそういった超常現象の痕跡を集める。

いの一番にサンデーサイレンスをあたるのは、単に常日頃からお友達と折り合いが悪く、とっくにいざこざの一つや二つでも起こしていそうだという、たったそれだけの理由でしかなかった。

 

部屋の前に立ち、インターホンを鳴らすとすぐに扉が解錠される。

ボタンの上に設置されたカメラは起動していない。赤ランプのまま沈黙している。相変わらず無用心というか、来訪者の顔を確かめる手間ぐらいは惜しまないで欲しいものだ。

 

 

 

「失礼しますよ……起きてますか?起きてますよね。入りますからね」

 

施錠はオートロックに任せ、スニーカーを脱ぎ揃えて土間に上がり、ずかずかとリビングを目指す。

いくら旧知の間柄とはいえ一応他人の家なのだが、今さら遠慮する気には微塵もなれなかった。私もルドルフやシービーのことをとやかく言える立場ではないのかもしれない。

 

申し訳程度にリビングの扉をノックし、返事を待たずして開ければ部屋の中央に佇むサンデーサイレンスの姿。

 

こちらに背を向けて、大窓越しに朝焼けの名残を見つめている。尻尾は垂れ下がったままぴくりともせず、両腕は無造作にズボンのポケットへと突っ込んで、特になにをするわけでもない。

朝っぱらかたぼうっと自室で立ち尽くして、この人は一体なにがしたいのだろうか。もしかしたら春の陽気に呑まれたとか、美しい晴れ空を堪能する詩的情緒に目覚めたとかいった事情があるのかもしれないが、いずれも似合わないから即刻止めろと言いたい。

 

どう声をかけたものかしばし戸惑っていたところ、ふと彼女の脇にあるテーブルに放置された缶が目に飛び込んでくる。

350mlのビール缶。先日、あんな説教を私にくれておきながら自分は手をつけたのか。見上げた職業意識だと、密かに感動していたところだったのに……。まぁ、実家では日に一瓶のペースで空けていたことを考えれば、これでも驚異的な進歩であると評価するべきなのだろう。

 

だとしても、せめて一言ぐらいは文句を述べさせてもらおうか。

ついでに私の感動も返して欲しい。

 

「アルコールは鼻につくから止めておけって、そう言ったのは何処の誰でしたっけか。サンデーサイレンス殿」

 

「俺だな。今はンなこと放っておけよ。それよりさっさと用件を言え。俺だって暇じゃないんだ」

 

 

やる気のない仕草で、ぼそぼそとそう呟きながら……目の前の黒鹿毛のウマ娘は、ようやくこちらを振り返った。

 

 

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