シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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抜け駆け

 

暇でないのはこちらも同じなので、手短に用件を明かす。

タキオンのラボで見たカフェの様子と、その原因であるお友達の失踪について。心当たりがあるか否かを尋ねるだけなので、適当に掻い摘まんで説明した。

 

流石の彼女でも、実の娘の窮状にはなにかしら思うところがあるのだろう。苦虫を噛み潰した顔で、落ち着きなく両耳をばらばらに動かしている。

こちらの説明が終わったあたりで一つ大きなため息を溢し、どこか呆れの混じった金色の瞳で私を睨みつけた。

 

「いやー……よくそんな話を俺まで持ってきたな。アレとの仲が最悪なことぐらい、お前だってよく分かってるだろうが」

 

「だからこそですよ。既にちょっかいかけたりかけられたりしてるんじゃないですか」

 

「仮にそうだったとして、ならお前はどっちの味方なんだ?」

 

「お友達ですかね。貴女みたいに汚い言葉も使いませんし」

 

そもそも会話が出来ないだけなのだが。

もし彼女が喋れるようになったとしたら、どうせ似たり寄ったりの粗暴な言葉遣いなのだろう。コミュニケーションが成立しないぶん、かえって付き合いやすいのは皮肉なものだ。

 

サンデーサイレンスはふんと鼻を鳴らすと、私の前を横切ってリビングの棚をあれこれと物色しだす。

備え付けの三段構造であり、私含め殆どのトレーナーが資料の保管に使っている棚。彼女もまたその例に漏れず、青色のバインダーが幾つか最上段に収まっていた。

表紙自体は新品だが、中に納められた書類には遠目にも年季が感じられる。恐らくかつての現役時代のものであり、再雇用にあたって実家から持ち込んでいるのだろう。

 

「で、なにか知りません?」

 

「知らねェな。どうせその辺で用でも足してんだろ。俺としちゃどうでもいい」

 

本当に興味なさげに吐き捨てながら、じっと目で文字を追っているサンデーサイレンス。

別に隠す理由もないのだから、どうやら本当に心当たりがないらしい。

 

さて、こうなると手詰まりだな。

彼女に喧嘩を売りにいく以外の、お友達が能動的に動く理由が私には思いつかない。

 

そもそもの話、お友達が自分の意思で勝手に行動出来るのか、時間や距離の制約があるのかないのかすら全く分からないのだ。失踪そのものの確証もなく、もしかしたらとうとう成仏してしまっただけなのかもしれない。

 

「そういや、悪霊は招かれないと家に入れないなんて話も聞いたことあんな。アレはどうなんだ?」

 

「さぁ。普段はすり抜けて移動していますし、その気になれば物理的な干渉も出来ますから。実質的に制約なんてないのかもしれませんね」

 

人を叩く、押さえつける、あるいは扉をノックするなどといった行動も見せているから、触れたもの全てがすり抜けるというわけではない筈だ。たぶん、お友達自身の意思で自由に切り替えが出来るのだろう。

便利なものだ。もしかしたら、私達よりよっぽど自由なのかもしれない。

 

「ま、知らないならそれでいいです。朝早くにお邪魔しましたね。あとカフェにも顔を見せてあげて下さい」

 

「俺の用事が済んだらな。もう行け」

 

「はいはい」

 

目線すらこちらに寄越さず、終始淡々とした対応。バインダーを閉じて棚に戻したかと思えば、今度は学園保管のレース記録に手をつけている。

既にデビュー済みの生徒を中心に情報を集めているわけか。普通、赴任直後であればまだ担当のついていない生徒を漁るものだが、ひょっとしたら既にデビュー後のことまで視野にいれているのかもしれない。自信家の彼女のことだから、それも十分にあり得る話だった。

 

なんにしても、ここで横槍を入れるのも悪い。

集中しているようだからそっとしておこう 。

 

「ああ、そうだ。やっぱりお前、ちょっと待て」

 

踵を返し、リビングを一歩出た瞬間。

今度は彼女の方から待ったをかけられる。

 

「行けだの待てだの、忙しい人ですね貴女は。なにか忘れ物でも?」

 

「ああ。つっても大したことじゃない。俺も一つだけ、お前に聞きたいことがある」

 

「なんでしょう?」

 

「今回の企画……チーム対抗の駅伝競争。お前から見てどう思う?楽しめそうか?」

 

楽しめるかどうか以前に、現状では参加すらだいぶ怪しいところなのだが。

ただ、私にそれを問う彼女の意図も理解出来る。ここ数年でトレセン学園も大きく変化を遂げており、それを外部者ではなく関係者として間近で見てきたトレーナーの見解を知りたいといったところか。

 

「ええ、もちろん。各チームのエース級はいずれも粒揃いですからね。トレーナーとしても、それから出走するウマ娘としてもかなり歯ごたえがあるでしょう」

 

「お前んとこの担当と比べてもか」

 

「全く油断は出来ませんね。あの二人は歴代でもトップクラスですが、それにひけをとらないウマ娘も多くいる」

 

日本レース競技全体としての視点で見れば、これ程喜ばしいこともないだろう。

特にレースの隆盛に向けて尽力してきた秋川理事長やルドルフにとっては、件のレースを開催することそのものに意義があるのかもしれない。大感謝祭におけるファンレースのようなものだ。かといって、負けてやるつもりは毛頭ないけども。

 

……いや、その前にまずは出走条件を満たさないとならないのだが。

 

「そうか」

 

私の答えに満足がいったのか、サンデーサイレンスは大きく首を縦に振った。

俄然やる気が湧いてきたらしい。その目の色がトレーナーの矜持というよりウマ娘の本能に燃えているのが少し気になるところだが。旺盛な闘争心は何年経っても鎮まらないらしい。

 

「そんなに気になるなら自分の目で確かめてみたらどうです。そんな紙の上の数字よりもよっぽど説得力がありますよ」

 

「それもそうだな。この天気ならグラウンドか」

 

「まぁ、わざわざ屋内でトレーニングする生徒も少ないでしょうね」

 

こちらが言い終わるのを待たず、彼女は颯爽と身を翻して玄関へと走っていく。

乱暴に扉の閉まる音が部屋の中で尾を引いて、後には私だけが残された。

 

相変わらず落ち着きのない人だ。きっと見ているでは収まらず、手当たり次第に声をかけ始めるに違いない。ただでさえ要警戒人物なのだから自重して欲しいところだが、あの様子では望み薄だろう。

やっぱりここで資料とにらめっこさせておいた方が良かったかもしれないなと、若干の後悔を抱えながら私も寮部屋の外に出る。

 

 

と、その先には全身緑の女性が一人。

学園の紋章が印字された封筒を胸に抱き、その大きな目をぎょっと見開いている。

 

「あら、トレーナーさん。おはようございます」

 

「あ、おはようございます。たづなさん。とうとう貴女もこちらに引っ越してきたわけですか」

 

「違います。新たに赴任されたトレーナーさんには、福利厚生に関する提出書類がありまして」

 

「その回収に来た、と」

 

「ええ」

 

たづなさんはほうと一つため息をつく。

 

書類など自分で窓口に提出させれば良いものを、わざわざこうして受け取りに回っているのだから律儀なものである。必要な過程だとしても、彼女が月曜の朝から足を使うほどのものでもあるまいに。

理事長秘書というのも大概なんでもありというか、扱っている仕事の全容がまるで把握出来ない。生徒会長とそっくりである。

 

そして、新たな赴任者というのはサンデーサイレンスのことだろう。

タイミングが悪くすれ違いになってしまったらしい。やはり、余計なことを口にせず部屋に留めておくべきだったか。

私が彼女の部屋から出てきたいきさつが読み取れないのか、目を瞬かせつつ小首を傾げるたづなさん。

 

「トレーナーさんお一人……ですか?」

 

「今のところは」

 

「そう……ですか。まぁ、それよりトレーナーさんにも少しだけお話がありまして」

 

「私に、ですか」

 

なんだろう。事務の方々から目をつけられるようなトラブルはまだ起こしていない。

立ち小便疑惑もタキオンが後始末してくれたと言っているし。だいたいその場合だと、出張ってくるのは理事長秘書ではなくもっと穏やかではない部門の筈だ。窓のない部屋に閉じ込められて、適切な"処理"をなされる羽目になる。

 

「はい。と言っても簡単なご説明です。ポスト・レースの日にちと出走条件が確定したので、その概要について……あ、その前に一つだけお説教を。昨日から、レースの中身について他のトレーナーに広めて回っているらしいですね?」

 

「ああ、はい。すみません」

 

「もう、ダメですよトレーナーさん。一体どうやって突き止めたかは知りませんが、仮にも機密なのですから。漏洩防止には協力して頂かないと」

 

咎めるその声は、いつもより少しだけトーンが低い。

軽く眉を吊り上げながら、彼女は両手の人差し指でばってんを作った。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜の朝ってのは憂鬱だ。

学生の身分の私ですらそうなのだから、トレーナー連中にとってはさぞ辛いことだろう。

 

こういう時、どれだけ逆スカウトをかけても逆効果だと、私は昨年の経験から理解していた。

ましてやグラウンドの占領なんてもっての他だ。釣れるのはあのお堅い生徒会長ぐらい。今はアイツと遊んでやる気にもなれなかった。

 

だから、こうして図書館の半分を占めきってだらけてんのにも合理性はある。

うちの連中には、おつむの出来がお粗末な奴もそれなりにいるからな。こういう機会に鍛えさせないと。

 

「シリウスせんぱ~い。早くお外行きましょうよ~。また図書館ですか~?」

 

「うっせーな。朝からぶうたれる余裕があんなら、自分の脚質に合った教本ぐらい見つけてこいよ。なんだそれ、逃げの指南書じゃねえか」

 

「でも~これしかないんですよ~」

 

「チッ……ったく。ほらよ」

 

仕方ないので読みかけの指南書を渡してやれば、渋々といった様子で自分の席に帰っていった。

さてはアイツ、今のにかこつけて無理やり外に連れ出す魂胆だったな。

 

「ハァ……」

 

足を組み直し、腕を頭の後ろで組んでソファにどっしりとふんぞり返る。

 

こういうのは本来トレーナーの役割なのだが、ウチは担当がいない生徒の寄り合いなので、必然的に最も経験豊富な私がマネジメントに回るしかない。

と言っても、スタッフ研修生でもない私が出来る指導なんてたかが知れていた。トレーナーなんてのは見様見真似でこなせるもんじゃない。いくらダービーウマ娘と言えども、走ることと教えることはまた別の話であった。

 

海外志向の強いシンボリのウマ娘として、そしてなによりも欧州で戦い抜いたウマ娘として、海外の芝に関する知識やノウハウなら其処らのトレーナーを凌駕していると自負しているが。

デビューすら果たしていないアイツらにとっては海外挑戦なんて夢のまた夢。身のある体験談も完全に宝の持ち腐れだ。

 

 

……しかしどうすっかな。

新しい年度も始まっちまった。トレーナーの目が有望な新入生に集まる中、私達の逆スカウトはこれまで以上に至難を極めることとなるだろう。

 

私については問題ない。

かつてのダービーウマ娘であり、海外を渡り歩いたシリウスシンボリの名前は今も健在だ。気性に難があるのは自分でも認めるところだが、それを差し置いても尚私をスカウトしたいトレーナーなんて大勢いる。

そもそもG1クラスのウマ娘がいつまでもフリーなことそのものが異常事態だ。成果が欲しくて欲しくて堪らない新人連中は喉から手が出る程だろう。

 

しかし、それが取り巻きまで一緒となると話は変わってくる。

 

リーダーとしての贔屓目を抜きにしても、アイツらはそれなりに見込みのある連中だ。

腐っても中央の選抜試験を潜り抜けたウマ娘。運やら出会いやらに恵まれなかったが故にこんな状況に甘んじているだけであり、ちゃんとトレーナーがつけば一人前に戦える。

本当に見込みのない奴はそもそも私の所にこない。一人で限界を悟って勝手に学園を去るだけだ。

 

しかし、いくら素質があると言ったところで、経歴にケチがついていることには変わりなく……そんな連中をまとめて面倒見てやろうなんてトレーナーはいなかった。

あるいはやる気はあるとしても、肝心のキャパシティが足りていない。一度に大勢を育成出来るだけの腕があるトレーナーなんて、いくら中央でもごく一握りだ。

 

私の元トレーナーは、まさしくそのごく一握りだったわけだが。しかし私一人だけならともかく、残りのウマ娘は受け入れないと明言している。曰く素行が気に食わないからだと。

あのウマ娘はそう決めたらまず態度を変えない。交渉の余地はないと思っていい。

 

素行や気性についてはお世辞にも良好とは言えず、辛酸を舐め続けてきた結果ひねくれている部分があるのも確か。

そしてそういった連中も押さえつけて、言うことを聞かせられるだけの剛腕も彼女は持っているだけに、本当に惜しい。

 

 

私達をまとめて育成し、きちんと纏めあげられるだけの腕っこき。

そんなトレーナーが、この時期に大勢の担当を探しているなんて……そんな旨い話があるわけないか。

この学園に所属するチームトレーナーの顔は全て把握しているが、どいつもこいつも既に新しい担当を確保しつつある。私達のつけ入る余地などどこにもない。

 

 

ぐるぐると、何度も何度も思考を反芻させていたところ……いきなり頭を叩かれた。

 

「……ッてぇな!!大人しく本すら読めねぇのかお前ら」

 

「ようNaughty。こんな天気の朝にも図書館に縮こまってお勉強かい。殊勝なもんだな」

 

「………ッ」

 

聞き覚えのある、しかしここにいる筈のないその声に思わず息を詰まらせた瞬間、ソイツは後ろから身を乗り出してこちらを覗き込んできた。

 

無頓着に前後へと流された、バサバサの真っ黒な長髪。その隙間からは揺れる満月の瞳が覗いており、血の気の失せた真っ白な肌と相まって、酷く陰気な気配を纏っている。

輪郭は細く、その全貌はさながら飢えた野犬か大ガラスのよう。肩に羽織ったコートの内側には、中央トレーナーの証であるバッジが鈍く光っている。所々塗装の剥げていて、長いこと使い込まれていたらしい。

 

「ハッ、アンタか。ここは孤児院でもなけりゃレーススクールとも違う。ボケるにはまだちょっと早いんじゃないか」

 

ああ、そういや昨日あたりちょっとした噂が立ってたな。理事長が学園を去っていたトレーナーを一人呼び戻したとか。

元々この学園は妙に退職者が多い。出ていった連中全員に声をかければ一人二人は応じるだろうし、そんな事もあるだろうと特に気にも止めていなかったが。

 

それがコイツだったわけか。

私の挑発にも取り合わず、胸につけたバッジの縁を指でなぞっている。いつの間にやら集まってきていた、取り巻き連中に見せつけるように、何度も何度も。

 

「口の利き方には気をつけた方がいいぜ。お前は必死に尻尾振って媚びるべきだ。なんたって俺は、お前らの神様なんだからなァ」

 

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